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二百四十七話 断崖登り

 崩れた岩壁でできた、砂利と砕石の斜面を上ることは簡単だった。

 ここまでの道のりを良く観察すると、ゴブリンやオークの物と思われる、足の形のくぼみが見つかった。

 どうやら人型の魔物も、この辺りまでは来ているようだ。

 けど、この場所にある白骨の中に、どちらの骨も見当たらない。

 そのことから、滑落した動物の死体を食べに来た可能性が高いな。

 そんな考察をしながら、登頂出来そうなルートを見ていく。

 岩壁を近くで見ると、垂直続きの壁というわけではないと、より理解できる。

 岩が張り出していたり、逆に崩れた壁にくぼみがあったりと、場所ごとに見れば斜角がまちまちになっていた。

 そんな足場になりそうな場所に残る、野生動物たちの移動跡を見つけながら、指でルートをなぞっていく。

 横にいるイアナが、俺のその指の動きを辿り、岩壁に視線を向ける。

 けどその途中で、俺の動く指を掴んできた。


「バルティニーさん。なんだかすごく危険な場所を、いま指先でなぞっていませんでしたか?」

「平気だって。野生動物の足跡があるんだから、人間だって移動できないはずがないじゃないか」

「それは、そうかもしれませんけどぉ……」


 恨みがましい目つきをするイアナから手を引き抜き、ルートの確認を続けていく。

 イアナを不安にさせないよう軽く言ってしまった手前、口には出せないけど、たしかに移動が困難そうな場所がいくつかある。

 きっとその場所が、野生動物が滑落した箇所で間違いないと思う。

 けど、鍛冶魔法を使えば、乗り越える方策は立てられる。

 行けると確信を抱き、俺は岩肌に取りつく。


「それじゃあ、俺が見本を見せつつ先に進むから、二人は後からついて来て」


 出っ張りに足をかけ、斜めにくぼんだ岩壁に片手をつきながら登る。

 そして、同じ要領で進んでいく。

 くぼみが終わると、今度は飛び石のように、壁から少し大きな岩が突き出る場所にくる。

 野生動物たちはここを飛び移って、移動するようだ。

 でも俺は安全性を考え、ロッククライミングの要領で、岩にある裂け目や握りやすそうな場所を掴んで落ちないようにして、一つ一つ足場を移動していく。

 掴み移動の場所が終われば、今度は大岩の下にある、屈んでしか進めない亀裂の中を這い進んでいく。

 ここで、みんながついて来ているか心配になり、俺は後ろを見る。

 すると、チャッコが平然とした顔で、俺のすぐ後ろにいた。

 むしろ、早く俺に行けと言わんばかりの目をしている。

 その後に、イアナ、テッドリィさんの順番で、ちゃんとついて来ていた。

 これから先の道のりも、ここまで箇所のどれかと同じ要領で登っていけるので、ここまでついてこれるなら登頂したようなものだ。

 そう思いながら、一つ一つ行程をこなしていくと、途中でイアナから泣きが入った。


「バルティニーさん。どこかで休みましょうよ。寒空の下で岩を掴んだりしてたから、手が冷え切って痛いです!」


 その意見に、テッドリィさんからも同意の言葉が飛んでくる。


「あたしも指先が冷えてしょうがない。休憩して温めないと、うっかり岩から手を滑らせてしまいそうだよ」

「分かった。すぐ先に、潜って進む場所がくるから、そこで休憩しよう」


 岩の大きな亀裂に移動し、ここで暖を取ることにした。

 けど、屈んでしか入れない場所なので、チャッコ以外は窮屈すぎて休憩になりそうもない。


「みんな、ちょっと待っててよ」


 俺は岩に手を当てて鍛冶魔法を使い、その感触でこの周囲の構造を把握していく。

 上の岩を削ると、他からの荷重で崩落しそうなので、構造に余裕がある足元を掘ることにした。

 鍛冶魔法で岩を粘土のように柔らかくして、手で掘って亀裂の外へと掻き出す。

 その度に、岩壁の下から重い衝突音が響いてくるが、誰もいないはずなので気にしないことにした。

 こうして十分ほどで、全員で背筋と足を伸ばし、岩壁を背もたれにして座れそうな空間ができた。

 皆に座るよう促すと、ひと心地ついたようなため息が、イアナとテッドリィさんからでてくる。


「はぁー、疲れました。手もかじかんで、指が真っ赤ですよ、真っ赤!」

「いやー、あたしも冬の崖登りを舐めてたね。体力には余裕があるのに、吹きさらす風と掴む岩の冷たさで指が動かなくなりそうだなんて、初めての経験だよ」


 二人とも手を擦りつつ、イアナは恨めに、テッドリィさんはどこか楽しだ。

 配慮が足りていなかったという意識はあるので、俺は生活魔法で手から野球ボール大の火を出す。


「ほら、手を温めてよ。っていうか、イアナは手が冷えたら、自分でこうして魔法で温めればいいんじゃないか?」

「崖を移動している最中は怖くて、両手を岩から離す余裕なんてないですよ。というより、余裕がなさ過ぎて、自分が魔法で火を出せること忘れてました」


 俺の火に手をかざしながら、イアナは誤魔化し笑いする。

 ここで、同じように手を温めていたテッドリィさんは、興味深そうな顔になった。


「へぇ、イアナも魔法が使えるのか。どの程度できるんだい?」

「バルティニーさんに比べたら、大したことないですよ。ちょろちょろ水を出したり、ランタンぐらいの火を灯したりですね」

「それだけ出来りゃ、冒険者としちゃ上等だよ。水が出せりゃ水場を気にせずに移動できるし、火が出せりゃ薪の火付け役としちゃ及第点さ」


 テッドリィさんから手放しに褒められて、イアナは面食らった顔になる。


「そ、そういうものなんですか? バルティニーさんぐらいできないと、ダメだとばっかり思ってましたけど」

「あはははっ。バルティニーを参考にしちゃいけないさ。なにせ、小器用にあれこれ出来ちまう上に、技術も高いときてるからね。これを基準にしたら、他の冒険者なんてカス以下になっちまうよ」

「そうですよね。だってバルティニーさん、二つ名持ちですもんね。他の人を比較するときの基準にしちゃいけませんよね」


 なんだか酷いことを言われているような気がするけど、聞きようによっては褒められているともとれるから、反論がしにくい。

 そのため俺は黙ったまま、生活魔法で火を出し続けることに徹することにする。

 そんな俺にチャッコはすり寄ると、すぐ隣に伏せてくれたのだった。

 




 崖にある岩場を足場に崖を上り、ときどき暖や食事をとるため休憩する。

 その繰り返しをしていると、俺が崖下でルートを確認した際に、難所だと検討をつけた場所にやってきた。

 足場が間隔を空けて存在している場所だった。

 いま俺が踏む足場と、次にある足場まで、二メートルは距離がある。

 その上、ちょうど人の頭の高さに、大きい岩の出っ張りがある。

 仮にこのまま飛び移ろうとしたら、出ている岩に頭を引っ掛けて、崖下に真っ逆さまだ。

 かといって身を屈めて飛ぶと、足場を手で掴んでから、上によじ登る羽目になる。

 一方で、四つ足の野生動物なら身をかがめる必要はないので、ここまでと同じ要領で渡れそうな場所でもある。

 まさに、ここまで上ってきた人間や人型の魔物を突き落とすためにあるような、天然の障害物だ。

 この難所に、イアナとテッドリィさんから質問がやってきた。


「こんな場所、どうやって渡るんですか? 引き返して別の道を探すんですか?」

「鍛冶魔法で、出っ張りを取り除いてから、渡る気かい?」


 答える前に、改めて間近で難所の様子を確認する。


「うーん、この岩自体を削ると、崩落の危険が増しそうだな。それに、人型の魔物も渡れるようになるし……。よし。鍛冶魔法で人だけが渡れそうな足場を作ろう」


 俺は一番身長が低いイアナを参考に、飛び石までの間に新しく作る足場の目星をつけていく。

 岩の小さな切れ目に手を入れて保持すると、片足を伸ばして、つま先を岩に触れさせる。

 そして足先から魔力を岩壁に通すことで、鍛冶魔法を使う。

 足場になる場所を、魔力で粘土のように柔らかくすると、靴を履いた足を押し付けてくぼませる。

 両足がかかるぐらいまでくぼみを広げると、鍛冶魔法を中断して、固まるまで待つ。

 その後で、頭の位置にある出っ張りに引っ掛からないよう気をつけながら、作った足場を使って、先へと渡った。

 俺が渡った直後、待ちくたびれていたように、チャッコが跳び、俺が踏む足場に乗ってきた。

 俺は急いでまた次の足場に移動すると、イアナに声をかける。


「俺が作った足場は見えるか?」

「はい、なんとか。けど、足場を確認しようとすると、真下の断崖が見えて、ものすっごく怖いです!」

「じゃあ、見なくてすむよう指示をだすから、言うとおりに足を伸ばせ」

「分かりました。お願いします!」


 イアナが恐々と伸ばす足の位置を、俺は細かく指示して調整していく。

 その中で、くぼみの足場に足が入ったようで、イアナは安堵した顔になる。


「足場が分かりました。移動できます!」


 イアナがゆっくりと次の足場に上ったが、続くテッドリィさんは簡単そうにこなしてみせた。

 こうして最初の難所を越え、またしばらく崖登りを続けると、次の難所がきた。

 それは岩の中にある亀裂が、何本も分岐している場所だった。


「崖下で観察してわかったけど、ここで選ぶ道を間違えると、行き止まりだったり、登頂できない道に出るようだった」

「その正解の道を、バルティニーさんは覚えているんですよね?」

「崖下からだと、亀裂が良く見えなくて、道順は分からない」

「えっ……。どうするんですか? 当てずっぽうで行くんですか?」

「いや。ここを越えた先の道順は分かるから、そこに続く道を、鍛冶魔法で岩の亀裂を見て探す」

「……鍛冶魔法って名前なのに、武器や道具を作る以外に、色んなことができるんですね」

「なんだって使い様で、色々なことができるもんだぞ。包丁の代わりに、剣で料理を作ることだってできるだろ?」


 そんな理屈を言いつつ、俺は魔力を亀裂全体に通していく。

 魔力の手応えから、脳裏で目当ての場所に出る道順を探す。


「――よし、分かった。こっちだ」


 亀裂の中を這って進みつつ、正解の分かれ道に目印を入れる。

 これでまた来たとき、鍛冶魔法なしでも進むことができるようになった。

 そうして亀裂を抜けた先に、最大の難所が待っていた。

 それは四十五度ぐらいの斜度がある坂の道だった。

 ただし、道幅は二メートルほどしかなく、足場が平行に戻る場所までの長さは十メートルはある。

 もちろん、足を踏み外したり、坂から滑り落ちたら、崖下に真っ逆さまだ。

 ここを越えられなかった野生動物の成れの果てが、下にあった白骨なのだろうな。

 ここまでの展開に慣れたのか、イアナもテッドリィさんも、俺が何かしてくれるんだろうっていう視線を向けてくる。

 もちろん、何とかするつもりだ。

 俺は坂の通路に片足をつけると、胸元の高さの岩壁に、鍛冶魔法で手を差し入れるくぼみを作った。 

 そこを手掛かりにして、もう片方の足も通路に乗せる。

 その後で、横にカニ歩きしながら、鍛冶魔法でくぼみを手の側面で押し広げて、一直線の手がかりを作っていく。

 このとき、手がかりを握りやすいように、指先をひっかけやすいよう、つの字状にくぼみを形成する。

 こうして、人間だけがこの坂の通路を安全に渡れる、取っ手が出来上がった。

 唯一、この仕組みを使えないチャッコが、安全に渡れるかが心配だ。

 しかしそれは杞憂で、この程度の角度なら問題ないと言いたげに、あっさりと渡ってみせてくれた。

 こうして難所を突破してからも岩壁を登り続け、どうにか夕日が地平線に落ちきる前に、登頂を果たすことができたのだった。


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