二百四十五話 崖の上を思う
依頼で食料集めを始めたはいいが、はっきり言って、とても難航していた。
冬という季節ということもあるが、なぜか鉱山町の近くの森には、動物が明らかに少なかったのだ。
それなのに、動物と人間が共に食べられる植物の数も少ない。
俺が故郷で学んだことでは、あり得ないことだった。
そんな獲物の少なさとは逆に、ゴブリンやオークといった、人型の魔物の姿は多い。
俺とテッドリィさんは、近づく魔物たちを武器で叩き殺しながら、愚痴を言い合う。
「倒しても、どっちも食べられないんだよ、ねッ!」
「邪魔だから、来ないで欲しいよ、なッ!」
「それにしても、ゴブリンもオークも弱いな、っとッ!」
「こいつらも食料が足りなくて、痩せているからだろうね、っとッ!」
俺たちがばっさばっさと倒した魔物から、討伐証明部位を取っていくのは、イアナの仕事になっている。
「あの、バルティニーさんにテッドリィさん。なんだか、倒しても倒しても、次々に来ていませんか? 刈り取る作業が、追いつかないんですけど!?」
「倒した魔物の血の匂いに引き寄せられているからと、森に食料が少ないから森に入ってきた人を逃がしたくないんだろうな」
「それって、わたしたちを食料として見ているってことですか?」
「そういうことさ。まあ、鉱山町に集団で押し入ろうとしていないあたり、まだ飢餓には至っていないようだけどねぇ」
近くの地面が血だまりだらけになった頃、ようやく魔物の襲来が終わり、ひと息つけるようになった。
この間に、俺は鍛冶魔法で、全員分の武器の手入れを行うことにする。
エルフの集落で魔法を特訓したお陰で、この作業も血脂を布でざっと拭いて刃の部分を指で直に撫でることで終わらせられるぐらいに、手早くできるようになった。
俺が一分も経たずに武器を返却したことに、テッドリィさんは驚いている。
「武器の刃の曇り方を見りゃ、手抜きはしてないってわかるけどさ。こうもさっと返されたら、そこらの鍛冶屋は何に時間を取られているのかって、疑問に思っちまうねぇ」
「今やっているのは簡単な整備だから、早いんだ。しっかりと洗浄と復元をするなら、俺だってもっと時間がかかる」
「へー、そんなもんかい」
気のない返事とは裏腹に、テッドリィさんは嬉しそうな顔で、こちらの頭を撫でてくる。
「ちょっと、どうしたのさ?」
「いやな。あたしと離れてから、ずいぶんと成長したんだなって、改めて思ってね」
あまりに嬉しそうにするものだから、止めさせるのも悪い気がして、撫でられ続けることにした。
こうも明け透けに褒められることがなかったから、嬉しいってこともあるけどな。
俺が少し照れ顔で撫でられていると、イアナとチャッコが微笑ましそうにこちらを見てくる。
「……なんだよ」
「いやー。バルティニーさんも、そうやられていると、わたしと同い年なんだなーって実感しちゃいましてー」
「フフッ、ゥワウ!」
その小生意気な態度に文句を言おうとして、途中でやめた。
また新しい魔物の気配が、こちらに向かってきている。
「まったく、忙しないな……」
整備を終えた武器を手に、俺たちは構え、魔物の襲来を待つ。
そして木々の向こうから姿が見えたとき、こちらから一斉に襲い掛かったのだった。
魔物を倒し続けていて、疑問に思ったことがある。
それは、人型の魔物が多く、動物系や昆虫系の魔物がほぼ皆無であり、動物たちの姿もほぼない点だ。
休憩の暇な時間を利用して、どうしてだろうと悩んでみた。
理由として考えられるのは、良い餌場が遠くにあり、そちらに移動したというものだ。
けど、そんな場所があるなら、人型の魔物もそちらに行くはずでもある。
なにか情報を見落としている気がして、周囲を見回してみた。
高さが段違いになった大地が目に入る。
その高層ビル並みの高さを誇る断崖を見て、ピンときた。
もしかしたら、動物系や昆虫系の魔物は、あの岸壁の上に移動したんじゃないかなと。
そう考えて、だだっ広い穴あきの断崖を見回していくと、いくつか動物が上れそうな場所を見つけた。
けどそれは、見るからに命がけのルート。
ゴブリンやオークは言うに及ばず、人間だって登攀道具を駆使しても登頂が困難そうだった。
でも、もしあの上に動物たちが逃げたとしたら、周囲の森を巡っても時間の無駄でしかない。
けど、これは俺の思い過ごしの可能性もある。
ここで俺は、自分だけで判断することを止めて、皆に意見を聞いてみることにした。
予想を伝えると、テッドリィさんは呆れと感心が半々な顔になる。
「あの上には、獲物が豊富にあるかもしれないとは思ったけどさ。まさか、動物や魔物が上で越冬しているだなんて発想はなかったよ」
一方のイアナは、理解を示してくれた。
「でも、あり得る話ですよね。だって、少し森の奥で、ここまで獲物が少ないだなんて、聞いたことありませんし」
そして最後に、チャッコはどうでもいいという顔で、話が終わるまで伏せて休む構えになっている。
「……ゥワウ」
「えっと、それでさ。今日は用意がないから無理だとしても、明日上に行ってみない?」
「行くって、どうやってだい? まさか、あの岩壁をえっちらおっちら登っていくってのか?」
「想像するだけで、大変そうですよね。というより、落ちて死にそうですし」
「バルティニーだったら、魔法でぴょんぴょんって登れちまうだろうし、落ちてもピンピンしてそうだけどねぇ」
「もしかしたら、ぴょーんって、ひとっ飛びで崖の上まで行く気なんじゃないでしょうか?」
茶化してくる二人に、俺は苦笑いを浮かべる。
「出来ないとは言わないけど、それじゃあ俺だけしか行けないじゃないか。ちゃんとみんなで行ける方法を考えているよ」
「へぇ、それはどんな方法だい?」
「岩壁は見た通りに石でできているからね。鍛冶魔法で形を変えて、足場を作りながら登ればいいのさ」
あっさりと言った俺に、テッドリィさんとイアナは半目を向けてくる。
「バルティニーならできるとは思うけどね。そりゃ、一日でできる仕事じゃないだろう」
「そうですよ。あんなに高い岩壁なんですよ。いったい、何日がかりで登る気なんですか?」
改めてそう言われると、俺も考えてしまう。
今世の俺は体格がいいし、徒歩移動続きで基礎体力は前世の非じゃない。
だから、前世の高層ビル並みの高さぐらい上れるだろうと、侮っていた。
けど、エレベーターを使わず階段で登頂すると考えると、うんざりするほどの重労働だと分かる。
「いい考えだと思ったんだけどなぁ……」
上に行くことは止めて、森の奥まで探索するかと考え直していると、テッドリィさんい背中を叩かれた。
「なにしょぼくれて諦めているんだい。あたしはね、やるからにはきちんと準備してからやれって言いたかったんだよ。崖の上に獲物がたんまりとありゃ、持って帰るだけであたしらは大量の宝石を手に入れられるんだ。試す価値はあるだろうさ!」
前向きに励ましてくれるテッドリィさんとは逆に、イアナは嫌そうな顔をする。
「この森で食材が取れないんですから、上に行く道ができる前に、わたしたちの食料が尽きちゃいますよ。もともとは、バルティニーさんのお金を宝石に替えるために来たんですから。さっさと両替を終えて、町から去った方が利口だと思います」
その意見は最もで、とても確実な道だろう。
けど、やっぱり冒険者という職に就いたからには、安全なことばかりではいけないと思う。
「決めた。崖の上に行こう。でもその前に食料の確保がてら、この森の状況をもっと調べよう。もしかしたら、上に行かなかった動物や食べられる魔物が、こっちに残っているかもしれないし」
決意を口にすると、イアナとテッドリィさんの呟きが聞こえてくる。
「……食料になる動物がいたら、上に行く必要がない気がするんですけど。でもまぁ、バルティニーさんは言い出したら聞かないので、好きにしたらいいと思いますよ」
「そういう向こう見ずなところがあるのが、バルティニーのいいとこじゃないか。一緒にいて飽きないってのは、いい男の条件の一つだよ」
そういうことは、聞こえない声量で言って欲しかったなと、決意に水を差されて俺は少し不機嫌になったのだった。




