二百四十四話 鉱山町の風景
マインラ領に入ってから七日間かけて、鉱山町にやってきた。
その間にも、野盗が次々とやってきて、捕まえては辻奴隷商に売り払った。
資金に余裕ができたからと、護衛が完了するまえに、野盗を売った金の何割かを支払ってくれた。
俺がこの町にやってきたのは、硬貨を宝石に替えて軽量化するためだったのだけど、その前にさらに財布が重くなることになった。
それはさておき、気にするべきは鉱山町の様子だ。
この町は、鉱山に隣接して建てられている。
けど、鉱山と言っても、地面が隆起してたか陥没したかして、大地自体が段違いになっている場所だ。
周囲が森なので違う感じがあるけど、前世の観光映像で見た、合衆国のグランドキャニオンやナイアガラが近いと思う。
まあ、実際に見たことがないので、合っているかどうかわからないけど。
そんな段違いになった大地を鉱山として掘っているので、遠目からでもわかるほど、色々な場所に穴が開いている。
冬とはいえ、穴を掘るのに季節は関係がないので、さぞや作業音で賑わっているだろう。
そんな俺の予想は、町に入ってすぐに間違いだと気がついた。
なにせどこもかしこも、火を落としたような静けさが漂っている。
それどころか、道には人一人として歩いていない。
どういうことかと首を傾げそうになったとき、こちらを見つけた住民の一人が近づいてきた。
彼の顔には生気が乏しく、まるで病人のようだった。
「な、なあ、あんたら、商人だろ。たべ、食べ物を分けてくれないか。代金は、宝石で、払うから」
差し出す彼の手の中には、指先ほどの宝石の粒が、十個ほどあった。
けどその様子を見て、ホーネスコさんは提案を突っぱねた。
「これから大事な商談があるんだ。売り分けてやれるものはない、悪いね」
持ち運んでいる食料には、まだ余裕があるのにと驚いていると、ホーネスコさんはこちらに顔を向けてくる。
「護衛依頼はここまででいいよ。これ、報酬ね。それじゃあ、君たちも頑張ってくれよ」
手を振って足早に駆ける姿を、俺たちは茫然と見送ることしかできなかった。
我に返り、俺は食料を求めてきた男性に近寄る。
「保存食でいいなら、少し譲ってもいいですよ」
「おおー、本当か! なら、この宝石を――」
「いえ。宝石はいいので、どうして町がこんな状況か、教えてくれませんか?」
彼の手に干し肉や焼き固めた穀物のバーを渡すと、誰にも渡してなる物かという顔で、俺たちを近くの路地に引き込んだ。
そして、渡した物を食べながら、俺の質問に答えてくれた。
「ああ、くそ。久しぶりの固形物だ。うめえな、上手ぇ――分かってる、町のことだったな。こうなったのは、隣の領地にゾンビが出たからだ」
俺とイアナに関係する話題が出てきて、思わず問い返す。
「ゾンビが出たのは、こっちとは反対側だったはずです。何の関係があるんですか?」
「直接的な関係はないさ。ただな、食料を売り控えられたのさ。ゾンビを倒す冒険者を雇う金を工面するため、違う領地に収穫物を売るからとな」
言っていることが分からず、俺は疑問顔になる。
「マインラ領は宝石の産地と聞いています。売るなら、こちらの領地の方がいいのでは?」
「さては兄さん、この場所は初めてだな。残念ながら、それは勘違いだ。この領地に宝石はあっても、銭は少ないんだ」
一層わからなくなっていると、テッドリィさんが注釈を入れてくれた。
「この領地での大型取引はね、食糧と鉱物を物々交換することが主流なのさ。だから、貨幣はあまり流通してないんだよ。そんでもって、アリアル領内で宝石を現金化する際には、商店に手数料が取られちまうんだ」
そこまで言われれば、俺もだいたいの事情は分かった。
「つまりアグルアース伯は、宝石を現金にする手間とお金を惜しんで、別の貨幣を多く持っている領に食料を売ったってことか」
「その通りだ、兄さん。マインラ領主は、長年アリアル領主に食料を依存してきた。ゾンビの大量発生なんていう天災が起きたから、今年は食料を多く売り渡せないと言われれば、飲むしかなかったのさ」
「そうか。マインラ領に入ってくる食料が少なかったからこそ、あれだけ多くの野盗が出てきたのか」
「ははっ。野盗なんて真似ができるヤツは、まだ恵まれている。この町の住民の多くは、今日食べる物に欠く有様で、人を襲う元気すらねえよ」
その言葉は本当なんだろう、この男は大事そうに、俺が渡した食料を少しずつ食べている。
話を聞いて、これは困ったことになりそうだと思った。
なにせ食料がないなら、この町に逗留して、鉱山に出るというゴーレム相手に金稼ぎなんて真似すらできない。
「周囲は森なのに、本当に食料はないんですか?」
「森に行けば、あるにはあるさ。だがいまは冬だ。滅多に手に入らねえ。冒険者を頼りに組合に食糧確保の依頼を出しているが、そもそも冒険者が自分で食う分で精一杯って噂を聞くぐらいだ」
「自分で採りに行ったりはしないんですか?」
「馬鹿言え。オレは穴を掘るしか能のない鉱山夫だ。野生動物を捕まえる術は知らないし、森の魔物に出会ったらすぐ殺されちまうよ」
事情を語ってくれた彼とは、追加で干し肉を渡してから、別れることにした。
どうするかなと後ろ頭を掻いていると、テッドリィさんが俺の腕を引っ張ってくる。
「バルティニー。ここはアンタの狩りの腕の見せ所だよ」
「テッドリィさんがウキウキと言うからには、慈善活動ってわけじゃないんでしょ?」
「あたぼうさ。いまこの町じゃ、食糧は金よりも貴重になっているんだ。鹿一頭を大粒の宝石一つと交換、なんてことになっているはずだよ」
宝石に目がくらんでいる瞳で語るテッドリィさんに、俺は苦笑いする。
過去に借金奴隷になった経歴があるから、稼げるときに稼ぎたいのかもしれない。
「とりあえず、冒険者組合にいこうか。テッドリィさんの言葉が本当かどうか、依頼書を見れば確かめられるだろうしね」
「おっしゃ、すぐに行こうぜ。ふっふっふ、いい時期にこの町に戻ってこれたもんだ!」
テッドリィさんは浮足立ちながら、俺たちを組合へと先導を始めた。
その後ろ姿に、俺だけでなくイアナとチャッコも、しょうがない人を見る目を向けたのだった。
冒険者組合に入ると、こちらを見た女性職員が、大慌てで走ってきた。
「苛烈さん! 戻ってきてくれたんですね!」
抱き着かんばかりの勢いだったが、テッドリィさんが頭を掴んで止める。
「おい。その二つ名は嫌いだって、言ってあったはずだなぁ?」
「あ、あはははっ。だって、この名前で呼べば、構ってくれ――いたっ、いたたた、頭が、頭が締め付けられてぇぇぇ~」
ぎりぎりと頭の骨が軋む音が、女性職員からしてくる。
顔の上半分はテッドリィさんの手で隠れて見えないが、下半分が嬉しそうな表情なのは気のせいだと思いたい。
しばらくアイアンクローで痛めつけてから、テッドリィさんは職員を手放した。
「こんなバカな掛け合いやっている場合じゃないんだよ、こっちはねぇ」
テッドリィさんが別の職員に足先を向けると、女性職員はすがるように押しとどめた。
「分かってますよぉ~。依頼を探しに来たんですよね。いつテッドリィさんが戻ってきても対応できるように、いい護衛依頼に目星をつけているんですよぉ~」
だから褒めてという目で見上げる彼女に、テッドリィさんは冷ややかな目を浴びせた。
「うぜぇな。第一、今回は町に長くいる気なんだ。いま必要なのは、護衛依頼じゃなくて、食糧採取なんだよ」
「ふっひっ。もう、テッドリィさんってば、お金の匂いに敏感ですね。そっち系の依頼だって、ちゃーんといい物を見繕ってますよぉ~」
普通にしていれば可愛らしい顔立ちなのに、にたりと笑う女性職員に、俺はドン引きだ。
しかし、テッドリィさんは俺の首に腕をかけ、こちらを巻き込もうとしてきた。
「前々から言っているよな。あたしは、男性が好きだって。付き合っているヤツがいないのは、気に入る男がいないからだってな」
テッドリィさんが俺の顔に頬寄せると、女性職員は悲鳴を上げそうな表情になる。
「ま、まま、まさか、その男はぁ~~」
「そうよ。あたしの、いい人さ。お前の知らないあんな場所のことも、こいつはよーく知っているねぇ」
女性職員は、こっちに真偽を問う視線を向けてきた。
嘘を言う気はないので、俺は知っていると頷いて答える。
すると彼女は、頭の上から魂が抜けたように、床に倒れ込んだ。
テッドリィさんはその姿を一目見ただけで、後は無視して別の職員に歩き寄っていく。
「放っておいていいの?」
「いいんだ。前に、暴漢から助けてやったら、それ以来付きまとわれて迷惑してたんだからね」
憮然とした表情から、よほど嫌に思っていたんだろうな。
テッドリィさんの手前、同情はしないけど、不憫な女性職員にもう一度目を向ける。
すると、チャッコが物珍しいモノを吟味するように、倒れる彼女の体を嗅ぎまわっている。
やめなさいと身振りしてから呼び寄せ、依頼を受けるべく、男性職員に近づいていく。
そこからの手続きはスムーズで、こちらの冒険者証を確認し、適当な食糧採取の依頼をたくさん見せてくれた。
そこにある報酬欄を見たイアナが、驚いて職員に尋ねる
「あの、ある野草を一束で指の爪ほどの紅玉一つって、報酬を間違ってませんか?」
「いいえ、間違ってはいません。その野草は滋養が強く、食べれば病気知らずな薬草ですが、冬には滅多に取れないのですよ。その上、食糧難ですからね。この程度の報酬は当然です。むしろ、安いぐらいかと」
「生えている草が、本当に宝石に変わるんだー……」
イアナが茫然としている間に、テッドリィさんは数ある依頼を見比べて、少しでも報酬が良いものを選び取っていた。
「野生動物の肉を獲る依頼は、これと、これが良さそうだね。野草採取は、量と種類を考えて、こいつが良さそうだけど。バルティニー、どう思う?」
「この辺りの冬の植生が分からないから、野草関係は後受けにした方がいいね。肉は、チャッコの鼻で後を追えるから、どんな依頼でもいいよ」
「よっし、そうしよう。じゃあ、肉を獲る以来の、これとこれを受けるんでいいね?」
「いいと思うよ。問題は出てくる魔物や肉食獣に、どんな相手がいるかだけど……」
「それについては、ここに広げられた依頼をみれば、だいたいのことがわかるさね」
「ゴブリンとオークが多いのかな。いや、報酬が低いから、取り残されているのかな?」
テッドリィさんと話し合っていると、後ろからギリギリと歯ぎしりが聞こえてきた。
振り向くと、床に倒れている女性職員が、恨みがましい目でこちらを見ている。
事情を知って、気にするのも馬鹿らしく思えたので、俺はテッドリィさんを見習って、無視して依頼を選んでいく。
すると、さらに歯ぎしりが大きくなったが、聞こえないふりを続けることにしたのだった。