二百四十三話 野盗の生きる道
野盗を捕まえ、歩かせているのだけど、選択肢を間違えたかもしれないと後悔していた。
「止まれ。食い物を置いていけ!」
「ついでに、捕まえているヤツも解放してもらおうか!」
このように言ってくる新しい野盗が、五人現れたからだ。
半目を捕まえている方の野盗に向けると、仲間じゃないと首を横に振ってきた。
次に目をテッドリィさんに向けると、肩をすくめられてしまった。
「運が悪いと、何度も野盗に出くわすって聞いたことがあったけどね。あたしでも、すぐに遭遇するのは初めてだよ」
どうやら珍しい状況ならしい。
それならしょうがないなと、俺は拳を握りしめて新しい野盗に近づいていく。
「待て、止まれ! この刃物が目に入って――あがっぉ」
「くそ、やりやがったな。容赦しない――ほごげっ」
「待て、悪かった。通っていいから、なっ――おおぐぅ」
顎やコメカミを殴りつけて倒し、武器を奪って、ホーネスコのチチックに載せる。
その後で、腕と腕を繋ぐようにロープで縛り、その端を先に捕まえた野盗のロープとつなぎ合わせてから、今倒したばかりの方を蹴り起こす。
「ほら、立て。そして大人しく、鉱山町まで歩け」
「――ハッ。くそっ、やられたのか」
「だがな、こんな優しい縛り方なんて、オレたちに逃げてみろと言っているような――」
「逃げてもいいけど、そのときの命の保証はしないぞ?」
「「――生意気言いました! 大人しく従います! お世話になります!」」
こうして、十人に増えた野盗を連れて歩くことになった。
道を進んでいると、野盗同士が内緒話を始めて、やや五月蠅くなる。
「なぁ、人数はこっちが圧倒的に多いんだからよ。武器がなくたって」
「馬鹿。お前らはさっさと倒されたから知らないだろうが、この縄の先を咥えているヤツは、オレを投げ飛ばすような恐ろしい犬なんだぞ」
「え? そりゃあ話を盛りすぎだろ?」
「いや、マジなんだって。従魔がこれだけ強いってことは、飼い主はより強いってことだ。だから反抗したら、片腕でくびり殺されかねないぞ」
野盗たちが恐ろしい物を見る瞳を、俺に向けている。
無視して歩き続けていると、ホーネスコが休憩を要求してきた。
「ずっと登り道で、足が限界です。休ませてください」
情けない声に、野盗たちから嘲笑が起こった。
「へっ、情けねえな。この場所で行商したいのなら、もうちょっと足腰鍛えてこいや」
「そうだぜ。あまりに弱々しいと、鉱石売りも足元をみてくるぜ」
彼らの勝手な言い分に、テッドリィさんが嫌悪感を抱いた顔を向ける。
「野盗に落ちぶれて、倒され捕まっている分際で、偉そうに言える立場か?」
「ぐっ。し、仕方ないだろう。食料がねえんだ。何もせずに、飢えて死ねってのかよ」
「そ、そうだぜ。オレにも家に飢えた兄弟がいるんだ。野盗でもしなきゃ、生きていけねえんだ」
お涙頂戴な話を披露する野盗に、テッドリィさんは鼻で笑う。
「はんっ。なに言ってやがる。人様の不幸で飯を食うぐらいなら、餓死しやがれ。いやなら、食えやしない故郷を捨てて、冒険者にでもなりな!」
「そ、そんなことができるなら、こんな真似なんてしない!」
「それで犯罪奴隷に落ちるなるなんて、馬鹿を通り越して、頭の中身が空な間抜けとしか言いようがないねぇ」
飾りのない真っすぐな正論に、野盗たちが黙り込んでしまった。
俺もイアナも苦笑いして見ていると、こちらに近づいてくる気配がした。
まさかと思って、弓矢を構えて待つと、遠くに手に武器を持つ人たち――どうやらまた野盗のようだ。
「またか。連続で襲われることは珍しいはずなのに、どうしてこう野盗続きになるんだか」
「食料が足りないからでは?」
イアナの意見に、捕まえた野盗たちから返答がきた。
「いや、マインラ領の各地から、この辺りに野盗をしにくるんだよ」
「あまり鉱山町近くで待つと、行商が持つ食料が少なくなっていて、襲い損になるんだよな」
「野盗の出稼ぎってことか。なんとも世知辛い出稼ぎもあったもんだな」
俺は嘆息しながら、次の野盗を出迎えることにした。
けど、前二つとは、この集団は毛色が違っていた。
なんと、全員が女性の野盗だったのだ。
「痛い目を見たくなきゃ、有り金と食料を置いていきな!」
先頭を歩いていた、見る限りでは食料に困ってなさそうな、恰幅が良い女性が曲剣を向けて脅してきた。
その文句に、俺はなぜか安堵してしまった。
「よかった。言ってくることは、ほぼ一緒なんだ」
「なに呟いてんだい。玉無しの男野盗を倒したからって、いい気になるんじゃないよ! こちとら十年近く、冬はこれで食っているんだ。大人しく出す物を出せば、痛い目に合わずに済むよ!」
女野盗たちが武器を向けてきたので、こちらもやることをやるだけだ。
俺が握り拳を構えて前に出ると、なぜか向こうは腰が引けている。
「あ、あんた、女相手に手加減するって気はないのかい?!」
「特にないかな。野盗相手なら、容赦もいらないだろ?」
「あんた、それでも男かい! 男なら、女に優しくしてくれたって、バチは当たらないだろうに!!」
身勝手な言い分に眉を潜めていると、テッドリィさんが俺を追い抜いて前に立った。
「なら、女同士ならいいだろ? それにあたしは、こいつ以上に容赦はしないよ?」
鉈を抜き放って脅すと、女盗賊たちは明らかに逃げ腰になった。
「くそっ、なんて奴らだい! こっちはお腹を空かせた子がいるんだよ! ちょっとは食料を融通してやろうと――」
「ああ、女盗賊の姐さん。それ、少し前にオレが言って、餓死しろって面と向かって言われたっすよー」
こっちが捕まえている野盗が声を上げると、女盗賊は口惜しそうな顔になる。
「こんな血も涙もないヤツラ、相手にしていられないよ! ちゃっちゃと逃げるよ!!」
恰幅が良いのに、逃げ足はかなりなもので、配下を追い抜いて走り去っていく。
その背に向けて、俺は弓に矢を番えて引く。
けど、矢を放つ直前に、テッドリィさんに止められてしまった。
「女性だから、見逃せってこと?」
「ばーか、そんな柔なこと、あたしが言うわけないだろうに。ただ、これ以上連れ歩いても、管理が面倒ってだけさ。まして、矢で傷を負った野盗なんて、歩きが遅いからね。邪魔にしかならないよ」
そういう理由ならと、俺は弓矢を仕舞うことにした。
女盗賊が逃げ散るのを待って、鉱山町へ向かっての旅路を再開させた。
盗賊を十人引き連れて歩いていると、問題が色々と起きてくる。
まずは、水の世話だ。
寒い冬とはいえ、運動すれば喉が渇く。
ましてや、食糧目当てに行商を襲おうとしたやつらだ。大した食料を持ってきていない。
そちらの世話をしてやらないと、空腹から動けなくなる可能性もある。
とりあえず俺は、生活用の魔法で指から産み出した水を、野盗一人ずつにたらふく飲ませていく。これで空腹や渇きは紛れるはずだ。
「案外、こうして捕まって、奴隷に落ちるまでが、野盗の計画の内なのかもしれないな」
思わず出した呟きに、イアナが反応した。
「この人たちは、奴隷になりに来たってことですか?」
「奴隷商店に売られれば、寝床と食べ物は出るだろ。飢えて死ぬよりかは、だいぶマシだろ」
「危ない賭けだと思いますけどね。だって、襲った冒険者によっては、斬殺される可能性だってあるんですから」
「こいつら、大した実力ないからな。ちょっと脅して食料が取れればよし。勝てなさそうだったら、すぐ降伏する気だったかもしれないぞ」
「なるほど。降伏する前に、バルティニーさんが殴り倒しちゃったってわけですね」
適当な想像をしながら会話をしていると、ガラガラと馬車が荒れた道をいく音が聞こえてきた。
道の端によって歩くようにすると、少しして頑丈そうな馬車が一台、近くに止まった。
御者台に座る商売笑顔な男性が、こちらに声をかけてくる。
「まいど! お兄さんがた、倒した野盗の扱いに苦労しているようですね。どうです、わたしどもに売りませんか?」
切り出してきたのは商売の話だった。
その類の交渉なら、護衛の冒険者ではなく、雇い主の行商人の役目だろう。
俺はホーネスコの背を押して、御者台の男の前に立たせた。
その後で、肩をぽんと叩く。
「交渉は任せます。できるだけ、高値で売ってやってください」
「ええっ?! この人たちを、売り渡しちゃうのかい?」
「だって、連れ歩くの邪魔じゃないですか。それに、この馬車の人は、奴隷商の買い付けでしょうし、売っても問題ないと思いますよ」
「おおー、そっちの兄さんは慧眼ですな。その通り、わたしどもは奴隷商の、買い入れ担当の行商ですよ。こうして、野盗が頻発する地域に赴き、現地で現金で取引いたします」
御者台の男が放つ調子のいい言葉を補足するように、テッドリィさんも口を開く。
「マインラ領では、よくいるヤツらだよ。行商人の中には、宝石の購入資金を得るために、自分の奴隷を売り払うヤツだっているぐらいだよ」
「おお、そちらのお嬢さんは、こちらの事情に明るいと見えますね。言ってあげてくださいよ。わたしどもは、ちゃんとした商売人だと」
テッドリィさんは男に半目を向けてから、俺たちが護る行商人に忠告をする。
「ま、出した値段が気に入らなきゃ、売らなきゃいいだけの話さ。こういうヤツは、よくいるって言っただろ。また違う奴隷商の馬車と出くわすだろうさ」
「事実ですが、こちらが損をするようなこと、教えなくても良いではありませんか」
「うっさいねぇ。こちとら雇われの身なんだ。雇い主の損になるようなこと、黙っていられるもんかい!」
そんな会話の後で、穂^ネス湖は野盗の引き渡し交渉を始めた。
どんな値段がつくか興味がないので、聞き流していると、交渉していた二人が固く握手を交わした。
「行商は初めてって言っていたのに、交渉上手で驚きました。先ほど聞かせてくれた、女性野盗を捕まえた際には、ぜひ鉱山町の本店に売りに来てくださいね」
「はははっ。こちらは、護衛におんぶに抱っこですからね。確約はできませんとも」
交渉を締めくくる言葉の後で、こちらが引き連れていた野盗たちは、奴隷商の馬車の中へと連れて行かれた。
その代わりに、ホーネスコの手には、少し重そうな革袋が握られている。
馬車が走り去ったのに合わせ、ホーネスコは自分のチチックの荷物の中に、その革袋を仕舞う。
そして、こちらに満面の笑みを浮かべてきた。
「バルティニーさんが、怪我少なく野盗を捕えてくれたお陰で、かなり交渉が有利に運びましたよ」
「……こう言うのもなんですけど、本当に有利だったのですか?」
ここまでの情けない姿に疑問を抱くと、ホーネスコは自信ありげな態度を見せてくる。
「もちろんですとも。私、商会で働いていたと言ったでしょう。奴隷の相場も、だいたいは把握していますからね。道端で売り買いしたにしては、いい値段で売れたと言っていいと思いますよ」
この売買の一件で、商売人としての自信を取り戻したのか。ホーネスコの歩みは堂々としたものに変わった。
けどすぐに、疲れから猫背に変わったのは、ご愛敬だった。