二百四十二話 アリアル領からマインラ領へ
初日は色々と散々だったものの、二日目からはホーネスコも自分の体力が把握できたらしく、無理しないように歩いていた。
「購入した宝石が売れたら、馬車を絶対買います」
なんて休憩のときに、愚痴ったりする元気があるぐらいだ。
一方で、一番体力がない彼に合わせて行進しているため、かなりゆったりと歩き、休憩も頻繁にとるため、俺たちは疲れとは無縁だったりする。
その上、アグルアース伯が治安を維持しているようで、盗賊どころか野生動物すら出てこないので、暇でしかない。
あまりに体力が余るものだから、ホーネスコが休憩中だったり村に宿泊する際に、訓練をする余裕があるぐらいだ。
そんな俺たちを見て、ホーネスコは疲れ切った顔になる。
「一日あれほど歩いて、そんな運動ができるなんて、皆さん体力ありますね」
「冒険者は体が資本ですから。それに、全速力で長時間走れないと、魔物や肉食獣から逃げきれませんよ」
俺が返答すると、彼は自分の足を揉み始めた。
「こんな不甲斐ない調子じゃ、私が一番最初に餌食になってしまいそうですね」
「そうならないように、俺たちが居るんですから、任せてください。絶対無事に、目的地まで案内しますので」
「本当に、あなたがたにおんぶに抱っこで、申し訳ない。依頼が完了した際には、報酬に色をつけさせてもらいますから」
「それはありがたいです。冒険者として励みになります」
こんな風に、ホーネスコとは良好な関係が築けていた。
十日ほどかけてアリアル領を抜け、ようやくマインラ領に入った。
いまだ平原にいるのに、なぜ領地を越えたと分かったかといえば、道路の状況にあった。
「止まった村で、道を見ればアリアル領じゃなくなると分かるってきいていたけどさ」
「本当に、一歩越えただけで、道の状況がガラッと変わってますね」
俺とイアナが呟く先には、轍が深く刻まれ、小石がゴロゴロ転がっている、荒れた道がある。
振り向けば、丁寧に舗装された道があった。
ちょうど俺たちが立っている場所を境に、舗装状況が全く変わっている。
俺たちが驚いていると、テッドリィさんが苦笑していた。
「領地によって道の状況が変わるのは当たり前だろうに。アンタら、領地を越えたのが初めてなのかい?」
「いやほら、俺は森の中を移動してきたから。道の舗装状態が変わることは見てないから」
「わたしはアリアル領から出たことがないです!」
「そうかい。なら、仕方がないねぇ。けど、足を止めてないで、進むよ」
テッドリィさんに言われ、俺たちはマインラ領の道を歩いていく。
歩き始めてすぐに、道を歩いている感触じゃない気がしてきた。
「道に小石が転がっているから、森の平坦な場所を歩いているみたいだ」
「それになんだか、緩やかな登り道になっている気がしますね」
イアナの感想に、テッドリィさんが当たり前だと答えた。
「マインラ領の中心地である、宝石が採れる鉱山まで、登り道が延々続くんだから当然さね」
「えっ、そうなのですか?!」
ホーネスコが驚いた声を上げる姿に、テッドリィさんは半目を向ける。
「荒れた上り道が続くからこそ、お前にその鳥が薦められたんだろうが」
「な、なるほど。言われてみれば、こんなところで馬車を使ったら、車輪を取られて横転しそうですもんね」
「それだけじゃなく、登り道続きで心臓が、道の小石に足を取られて足が折れて、馬がやられちまうんだ。だからこそ道に慣れたヤツ以外は、チチックしか使わねえんだよ」
「そうなんですね。てっきり、嫌がらせでチチックを薦められたと思ったのですが、違ったのですね。いやぁ、勉強になるなぁ」
そんな会話の最中に、チャッコが拳大の石の一つを持ってきた。
不思議に思って受け取って見ると、宝石らしい輝きが、表面に小さくある。
俺は鍛冶魔法石を柔らかくして、宝石を取ってみることにした。
すると、小指の先ほどの青い宝石――たぶんサファイアが出てきた。加えて、小さな猫目石も現れる。
ナイフを仕舞いつつ、手に入った宝石をテッドリィさんに見せる。
「マインラ領では、道端でも宝石が手に入るの?」
「採れないことはないが、道に落ちている石の多くは、行商が落とした物が多いねぇ」
「落としたって、宝石の入った石を放置していったの?」
「金のない行商人が、宝石があるかもしれない屑石を買い込むんだよ。それを家まで持ち帰って、楔で割って宝石を取り出して店に売るのさ。実入りが少なくて旅費を押さえるために、日数を切り詰めて移動するから、袋から零れ出る石は放置するのさ」
「テッドリィさんは、そういう人の護衛をしたことがあるの?」
「そういう零細行商人は護衛なんて雇わないんだよ。あたしが知っているのは、護衛した馬車持ちの行商人が酒の席で語ってくれたからさ」
「へー。でも、道にある石を割れば宝石が手に入るなら、拾う人がいてもよさそうなのになぁ」
「全部に入っているわけじゃないからね。それにアンタのように魔法で宝石を抜くんじゃなきゃ、楔と金槌が必要になる。同じ道具を使うなら坑道に潜ったほうが金になるから、労力に見合わないんだよ」
土地柄だなって思いつつ、俺は宝石を抜いた石を、そこらへんに投げ捨てた。
マインラ領を通ること二日。
ホーネスコは登り道で筋肉痛になった体を動かして、道を進んでいた。それもこの二日、村に泊まらず野宿をしている。
彼がここまで必死に進んでいるのは、全て金のせいだった。
「まったく。素泊まりなら、銅貨十枚で、食事を一つつけると、三十枚なんて、暴利にも、ほどがありますよ」
「冬だから、食料が高騰するとはいえ、薄いスープに銅貨二十枚は払えませんよね」
俺が相槌で喋ると、ホーネスコは恨み言を放つ。
「それに、貸してくれる寝床も、物置や馬屋ばかり。そんな場所に泊まるなら、野宿のほうが、資金が減らないだけ、マシですよ」
「だからって、急いで鉱山町まで行こうとしなくても。先は長いんですから」
「アリアル領に近い村で、これですよ。特産が鉱物しかない、鉱山近くに行ったら、食料がどれほど高騰するか。食料に余裕があるうちに、行って帰らないと、要らないお金を使う羽目になります」
そこまで金のことを気にする姿を見ると、ホーネスコも商人なんだなって納得する。
彼の呼吸のためにも、これ以上は何も言わないことにした。
その代わりに、周囲の風景を見ていく。
平原ばかりだったアリアル領と違って、段々と木々が増えてきた。
この周囲は低木がまばらに生えているだけだが、緩やかな坂道の先に顔を向ければ、木々が段々と濃くなっていくる様子が見える。
もう一日も歩けば、拓いた森の中を進むことになりそうだ。
けど俺は森の姿を見て、なんとなく自分が生きる場所に戻ってきたっていう感覚を得ていた。
隣を歩くチャッコも、平原よりも木々があった方が嬉しそうな感じだ。
俺たちが少し気分よく歩いていると、気分を害する気配を感じてしまった。
少し離れた低木のところに、こちらを狙っている人がいるようだ。
俺は弓矢を手に取ると、気配がする方に向けつつ、大声を上げる。
「おい! 俺たちを襲う気なら、止めておけ。こっちはお前たちの居場所は掴んでいるぞ!!」
そう警告したものの、動きはない。
弓矢を引こうとすると、ホーネスコが息切れしながら声をかけてきた。
「居場所を知らずに、適当に大声で警告しても、盗賊も慣れたらしく、効果はないそうですよ」
「別に、嘘を言っているわけじゃないんだけどなぁ」
俺は弓矢を引き、気配がする方へ向け、低木を飛び越すように曲射する。
この行動も威嚇だと思っているのか、気配に動きはない。けど、矢が隠れている場所に降ってきたことで、大慌てで道に出てきた。
「危ないな! なにをするんだ!!」
「いきなり矢を射かけるなんて、人間性を疑うぞ!!」
出てきた二人と、違う木に隠れていた三人が合流し、五人がこちらに文句を言ってきた。
勝手な奴らに、俺は半目を向ける。
「警告したのに、出てこない方が悪い。それで、お前らは野盗の類でいいんだな?」
「ちっ、バレちまったんじゃ仕方がない。大人しく食料を置いていけ。そうすりゃ通してやる!」
「渡す気はないと言ったら?」
「そりゃあ、力づくで奪うまでよ!」
野盗たちが武器を構える。意外なことに、状態も造りもよさそうな剣と槍を持っている。
それを見て、テッドリィさんが舌打ちした。
「チッ。鉱山にドワーフが居るから、野盗が手に入れられるぐらいの武器でも、やたらと質がいいのが厄介なんだよな」
「ドワーフを熟練の鍛冶師と考え変えると、あの程度の品質は、手習いに作ったようなものだろうな」
食料が乏しい土地なのに、軽く手に入る武器が高品質なんて、なんて物騒な領地なんだろうか。
「こんな危ない場所なら、多少の食料を払ってでも、安全に通り抜けようとする行商がいそうだ」
「腑抜けな行商人はそうやっているぜ。盗賊さえやり過ごせば、危険は少ねえしな」
テッドリィさんと小声でやり取りしていると、野盗の一人が剣を振り上げて怒鳴ってきた。
「おい、何こそこそと話しているんだ! この武器を見て、食料を寄越す気はないのか、どうなんだ!」
急かされたので、俺はある身振りをしつつ声を出す。
「渡す気はないから、チャッコ、やっちゃっていいよ」
「ゥワウウウ!」
一吠えして駆け出したチャッコは、少し離れていた野盗たちに、数秒で肉薄していた。
「のわッ?! なんだ、この犬――うううおおおおおおぉ??!!」
「ゥグウルルルル!」
チャッコは犬と呼んだ野盗の一人の足に噛みつく。
そして物凄い首の力を発揮して、その男を振り回して、地面に叩きつけた。
「ごぼぇ――」
当たり所が悪かったのか、一発で失神してしまったようだ。
チャッコは足を放し、他の野盗に顔を向ける。
彼らは頼りの武器の切っ先を向けながらも、腰が引けていた。
戦意を喪失している様子に、チャッコは興味を失ったように踵を返す。
すると、野盗たちは助かったというように、ため息を吐く。
すぐ近くまで、俺が走り寄っていると気付かないままに。
「隙あり」
「なっ、あぐ――」
「へっ、あぅ――」
俺が殴りつけた二人が倒れ、他二人が武器を向けようとする。
素早く手裏剣を抜き、彼らの手に一つずつ投げつけた。
「いぐっ。くそ、飛び道具なん――」
「武器が落ちて――」
対応に遅れた二人の顎を、拳で撃ち抜いて失神させた。
こうして、五人の野盗を生かしたまま倒し、俺は手を振ってホーネスコを呼び寄せる。
「この人たちどうします? 鉱山町まで連れて行って、犯罪奴隷として売れば、資金が増えますよ?」
ホーネスコは倒れ伏した野盗を見て、首を横に振った。
「連れて行っても、チチックしか運ぶ手段がないので、管理できませんよ。武器を取り上げて、放置するぐらいでいいのではありませんか?」
雇い主がそう言うなら、俺は従う気でいた。
けど、テッドリィさんが待ったをかける。
「甘いね。こういう手合いは、見逃せばつけ上がるんだ。気絶している間に、苦しまないように殺してやるのが筋ってもんだろ」
「ですが、武器を奪ってしまうんですから、なにも殺してしまうことはないかと」
「雇い主だからね従ってやりたいが、こればっかりは甘い顔はできないね。野盗は奴隷に落とすか殺すかしないと、他の行商の迷惑につながるからね」
二人が睨み合っている姿を、のほほんと見てるイアナに、俺は耳打ちする。
「もしホーネスコが殺す決断をしたら、イアナに一人は殺してもらうからね」
「えっ!? どうしてですか!」
「これからも冒険者を続けるなら、人を殺す経験を積んでおかないと、イアナが野盗と戦うときに困るからだ」
「……理屈は分かりますけど、人殺しはちょっと難易度が高くありませんか?」
「むしろ悪いことをしてくる相手なんだから、罪悪感を感じる必要はないと思うぞ」
そんなやり取りをしていたのだけど、結果的にホーネスコの決断で無駄になった。
「分かりました。この野盗たちを連れて行き、奴隷として売ります。殺してしまうよりはマシですし、資金が増えますから、一挙両得です!」
この判断には、テッドリィさんは異を唱えなかった。
それならと、俺は自分の荷物からロープを取り出し、失神している男たちの手を結び繋いでいく。
作業が終われば蹴って起こし、ロープの先端を持つ役目をチャッコに任せ、道を歩かせる。
「くそぉ。野盗になったとき、これ以上に情けないことはないとおもったのによぉ」
「まさか、犬に引っ張られて歩くことになるなんて」
「きっと振りほどいて逃げ出そうとしたら、後ろから武器で殺すために、あえてこいつに縄を引かせているに違いない」
野盗たちは愚痴を呟いていたが、チャッコが睨みつけると、すぐに黙ってしまったのだった。




