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二百四十一話 慣れていない行商人

 顔合わせを終えた翌日、俺たちと行商人のホーネスコは、マインラ領に向かって移動することとなった。

 けど、最初から俺は不安を抱いていた。


「旅慣れていないのに、運搬に馬を使わないんですか?」


 つい聞いてしまったように、ホーネスコが握る先には馬ではなく、大型の陸上を走る鳥――チチックが繋がれていた。

 この大きな鳥は、背に荷物を載せて移動することは得意だ。

 その分、荷車を引くことが苦手としている。

 そのため、チチックを連れる行商人は、歩いての移動が基本となる。

 この特性を、冒険者の駆け出しの頃に知っていた俺は、旅慣れていないホーネスコには不似合いな選択なように思えたのだ。

 けど、彼は自信ありげに言い返してくる。


「このチチックは、かなりの優良種なんですよ。体格が大きくて荷物をかなり大きく載せられるのに、気象は穏やかで扱いやすいんです」


 問題はチチックの能力じゃなくて、ホーネスコ自身の体力なんだけどなぁ。

 困って後ろ頭を掻いていると、テッドリィさんが半笑いで、こちらの肩を叩いてきた。


「諦めな、バルティニー。行商の中には、金目のことばかりで、自分のことが疎かなヤツだっている。あたしら冒険者は、そういうヤツだって護ってやらなけりゃいけないのさ」


 護衛仕事に慣れているテッドリィさんに言われれば、俺も納得せざるを得なかった。

 不安を抱きながらも、俺たちは街を離れ、街道を進んでいく。

 徒歩でのんびりと移動するこちらの横を、何台もの荷馬車が猛スピードで通り過ぎていく。

 轢かれないように街道の脇を歩くことにして、さらに進む。

 運動すれば体温が上がってくる。

 このままだと、全身汗まみれになってしまうので、外套の合わせを少し外して、冬の冷たい空気を服の中に入れて換気する。

 身が引き締まる風が肌を撫で、寒さに思わず吐いた息が白く濁った。

 そのとき笑われた気がして、顔を横に向けると、チャッコがこちらを見上げていた。


「ゥワウゥ」


 服で体温調整するなんて、人間は不便だと言いたげに、全身にある豊かな冬毛を見せつけてくる。

 生意気だと頭を強めに撫でると、なにをするんだと、軽い体当たりを返してきた。

 こんな俺たちのやり取りを不真面目だととったのか、ホーネスコがイアナに苦情を言っていた。見た目から、彼女が一番話しやすかったからだろう。


「あの、本当に大丈夫なんですよね。昨日話してくれた武勇伝は、嘘じゃないんですよね?」

「バルティニーさんとチャッコちゃんは、いつもあんな調子ですよ。それと長い旅路では、気を緩められるところは緩めておかないと、気疲れしちゃいますよ。ただでさえ、いまは冬で景色がつまらないんですから」

「そ、そういうものですか?」


 ずけずけと物をいうイアナに、ホーネスコは驚いていた。

 けど、この会話が切っ掛けで、二人は話し相手になったようだ。


「へー。ホーネスコさんって、あの街にある、とある宝石商の跡取りさんだったんですか」

「いえいえ。跡取り候補の一人というだけです。父親は元気に辣腕を振るっているので、後を継ぐのは十年以上かかるなって、兄弟たちで話しているぐらいで」

「でも、どうしてそんな人が、チチック一匹連れて行商なんてことをしているんですか?」

「採掘地で宝石を見る目を養うためと、行商がどのぐらい苦労して荷を運んでいるのかを、直に体験させるためだと言われました」

「それじゃあ、わたしたちの依頼料と、そのチチックは、店から出ているんですね」

「その通りですが、冒険者を雇うお金、チチックか馬の購入資金、宝石の買い付け代金や、その他諸々ひっくるめての予算が決められてしまっていまして。それでどうにか、やりくりしないといけないのですよ」

「あれ? その予算で、冒険者三人を雇って、チチックと旅の道具一式を買ったんですよね。馬車一台よりも安く済んでいるので、大分お金が余っているんじゃないんですか?」

「おや、バレてしまいましたね。その通り。余らせたお金で、高価な宝石だけを狙って買い込む予定を立てているんですよ」


 和気あいあいと喋っているが、ホーネスコは少し内情を喋り過ぎな気がした。

 いや、それだけイアナが乗せ上手だったってことだろうな。

 二人の会話を聞き流しながら、手振りでテッドリィさんを呼ぶ。


「どうしたんだい。なにか問題がありそうなのかい?」

「いや、この周囲は至って平穏な気配しかないよ。そうじゃなくて、この旅路が無事そうか、熟練者の意見を聞いておこうと思って」


 問いかけると、テッドリィさんはホーネスコを横目に見て、こちらの耳に口を寄せてきた。


「いいところの商会の息子かつ、旅に無知なもんだから、身の危険を本当に理解しているか怪しいねぇ。馬車なら、馬の背に乗せて逃がす方法も取れるんだけどねぇ」

「つまり、無事に旅路は終わりそうにないってこと?」

「いいや。こちらの指示に従う気があるってだけで、十分にまともな雇い主さね。あとは護衛の器量の問題になりそうってことさ」


 なんとも気が滅入る話だ。

 けど、この依頼は俺が取ったもの。文句を誰かに言うのは筋違いだ。

 仕方がないと納得し、護衛の依頼を果たすことだけを念頭に動く気持ちを固めることにしたのだった。





 旅の問題は、すぐに表れた。

 というのも、ホーネスコが体力切れで、へたり込んでしまったのだ。


「はー、はー。なんだか、とても息が切れるのが、早いですね。これが、旅の大変さ、でしょうか」

 

 街道脇の地面に座り、荒い息を吐いている。

 けど息切れしている原因は、イアナと話し続けていたために、呼吸が疎かになっていたことだ。

 そのため、少し休めば呼吸が落ち着き、また行進を再開することができた。

 けど、三時間もせずに、今度はホーネスコの足の筋肉がつった。


「痛たたたっ。足が急に痛く。もしや、毒のある生き物に咬まれてしまったのですか?!」

「単純に、寒さと疲れで、足が引き攣っているだけですよ。こうして伸ばせば、少し楽になりますから」

「待ってくださ――あ痛たあー!?」


 ぐいっと筋を伸ばして、引きつりを解消してやった。

 これで痛みが治まったようで、ホーネスコは不思議そうに自分のふくらはぎを揉んでいる。

 その様子に呆れながら、俺はテッドリィさんと相談する。


「予想以上に貧弱だから、予定を組み替えたほうがいいんじゃない?」

「アリアル領はデカイ平原で土地が余っているから、普通の人が半日歩く距離ごとに、村や町が作られているんだけどなぁ。このままじゃ、野宿になっちまうだろうね」

「野宿なんてさせたら、一日使い物にならなくなりそうだよ。それどころか、風邪をひいて、次の村で養生生活しなければいけなくなるかもしれない」

「滞在費は雇い主持ちだけど、あの坊ちゃんなら、資金が減ることを嫌がって、病気を押して進みそうだしなぁ」


 ホーネスコが馬車を使っていれば起きなかった問題に、俺とテッドリィさんは頭を悩ませる。


「とりあえず、先に進んで。馬車が通りかかったら、ホーネスコとイアナを次の村まで乗せてもらった方がいいかもしれない」

「その馬車を共同で護衛すりゃあ、手間賃を払わなくてもいいだろうしな。よし、それでいこう」


 話がまとまり、ホーネスコを立たせて、ゆっくりと前進していく。

 けど、あれほど横を通り過ぎていた馬車が、こちらが必要になると、ぱったりと現れなくなった。

 前世で、何とかの法則って呼ばれていたなって回想しながら、ホーネストに無理させない程度に少しずつ進んでいく。

 日が中天を過ぎ、やや傾いてきた頃に、ようやく一台の馬車が通りかかった。

 呼び止め、事情を話すと、御者台に座っていた行商人が苦笑いした。


「ああ、オレも駆け出しの頃に覚えがあるよ。足がつるのは辛いよな。よっし、同業のよしみだ、次の村まで乗せてってやるよ」

「ありがとうございます。もちろん村に着くまでの間、この馬車を護衛しますから」

「ははっ。この領内じゃ滅多なことはないよ。だからこそ、オレは護衛を連れてないんだしな。でも、ありがたく護ってもらうとするよ」


 気前よく請け負ってくれた行商人にもう一度頭を下げてから、荷台にホーネストと介添えのイアナを乗せる。

 馬車が動き出したのに合わせ、俺はチチックの手綱を握ってついていく。

 程なく見えてきた村で、ホーネストを下ろしてもらい、再度行商人にお礼を言う。


「ありがとうございました。大変助かりました」

「ははっ、いいってことよ。けどな、そっちの新米行商人。自分の体は行商の資本の一つだぞ。自己管理は徹底しなきゃいけねえ。覚えときな」


 行商人に苦言を言われて、ホーネストは委縮する。


「は、はい。以後、気をつけます」

「よし、分かればいい。けどな、失敗は行商につきもんだ。行商人をやろうってんなら、そうやって気に病むんじゃなく、次に生かすような心持ちで、ふてぶてしくなりな」


 行商人は言うだけ言うと、馬車を発車させて、村の先へと進んでいってしまった。

 ホーネストは呼び止めようしたのか、口を開いた状態で固まり、やがて口惜しそうにギュッと噤んだ。

 そして、こちらに顔を向けてきた。


「……今日は、申し訳ありませんでした。さあ、明日のためにも、宿で休息を取りましょう」


 つった足はまだ痛いだろうに、足を踏みしめながら歩き始めた。

 先ほど言われた、ふてぶてしさを発揮しようとしていることが見え見えで、俺とテッドリィさんとイアナは苦笑を交換しあったのだった。

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