二百四十話 依頼主の行商人
皆さま。
明けまして、おめでとうございます。
本年もどうか、私の作品群を御贔屓くださいますよう、よろしくお願いいたします。
広場で運動を終え、軽く身だしなみを整えてから、受けた護衛依頼の発注主である行商人に会いに行くことにした。
待ち合わせ場所が冒険者組合の建物になっていることを伝えると、イアナは不思議そうにする。
「あれ? 前日の顔合わせって、商会や商店の中でやるものじゃないんですか?」
指摘を受けて、俺は首を傾げつつ、テッドリィさんに顔を向ける。
「俺は護衛依頼をあまり受けてこなかったから、変には思わないな。護衛をやり慣れている冒険者として、どう思う?」
「あたしの経験からすると、ないことはないよ。個人の行商だったり、後ろ暗いヤツが、大商会に睨まれないように、冒険者組合で顔合わせするってことはあるからね」
きな臭い話に、イアナは眉を寄せた。
「怪しいかもしれない人の依頼を受けて、平気なんですか?」
当然の疑問だけど、テッドリィさんはひらひらと手を振る。
「あたしらの目的は、マインラ領まで移動するついでに、護衛で金を稼ぐことだ。怪しげな相手だって、金を払ってくれるんなら、願ったり叶ったりじゃないかい?」
ドライな言葉に、イアナは不服そうな顔をした。
するとテッドリィさんは、しょうがないと苦笑いを浮かべる。
「相手が犯罪者だって決まったわけじゃないんだ、心配しすぎだよ。それにねぇ、犯罪に加担させられそうになったら、組合の職員に話を通せばいい。そうすれば依頼は解除。犯罪を未然に防いだって、報償がもらえたりもする」
「なるほど。怪しい相手からの依頼であっても、内情を知るために、組合がわざと受けることもあるわけですね」
イアナは勝手に納得し、テッドリィさんは苦笑いを続ける。
俺は相手をしろとすり寄ってきたチャッコを撫で、後ろで会話を続ける二人の言葉を聞きながら歩いていく。
歩いている通りには、朝早くなのに、商人や馬車の姿が多い。
働きだす彼ら向けの屋台からは、美味しそうな匂いがしてくる。
見ると、クレープみたいな皮で、味付けされた野菜や肉を巻く料理が多いみたいだった。
片手で簡単に食べられそうなことから、さしずめ、異世界版のサンドイッチやおにぎりみたいなものだろう。
買って食べようかとも思ったが、組合の中で飲食ができることを思い出し、ぐっと食欲をこらえる。
空腹と寒さを我慢しながら歩き続け、ようやく組合の建物に到着した。
入ると、意外なことに、冒険者の姿はまばらだ。
俺が少し長く住んだ港町サーペイアルでは、朝は依頼を求める冒険者が殺到していたが、この街では違うようだ。
適当に空いているテーブルに向かい、席を取ると、皆に朝食について尋ねる。
「食べ物を頼むけど、なにがいい?」
イアナが真っ先に、元気良く手を上げる。
「運動してお腹が減ったので、がっつり量を食べたいです!」
「ゥワウ!」
イアナの意見に同意するように、チャッコも鳴いた。
「テッドリィさんはどうする?」
「酒――と言いたいところだけど、これから顔合わせだしねぇ。適当につまむ物と果実水でも頼んどくれないかい」
「分かった。じゃあ頼んでくる」
俺はカウンターにいる職員に声をかけ、料理と飲み物を頼んで、代金を支払う。
出来上がるまで待ち、木製のトレーごと頼んだ物を受け取ると、皆のところに戻った。
さっそく食べ進めていると、誰かに注目された気配がしてくる。
顔を向けると、組合の職員と、真新しい旅装を着た行商風の男性がいた。
男は職員から離れると、こちらに歩み寄ってくる。
「失礼ですが、あなたがたが、私の依頼を受けてくださった、冒険者の方々で間違いないでしょうか?」
馬鹿丁寧な言葉に、イアナは驚き、テッドリィさんは疑う目を向ける。
その後で二人は、俺が喋ろという視線を向けてきた。
「マインラ領までの片道護衛の依頼の件なら、たしかに俺たちが受けました」
「おおー、そうですか。みなさま、お初にお目にかかります。私、ホーネスコと申します、行商人です。今回はよろしくお願いいたします」
丁寧に挨拶をしてくる彼に、俺は苦笑いを向ける。
「あのー。ホーネスコさんは、もしや行商をすることが、今回初めてなのではありませんか?」
「えっ!? それはその――分かってしまいますか?」
小声で問いかけてきたことに、俺は返答する。
「その真新しい旅装と、客に使うような言葉遣いを冒険者にしている点を見れば、行商をしたことがなさそうと予想はつきますよ」
俺の考えの正しさを証明するように、イアナとテッドリィさんは首を縦に振る。
こちらの様子を見て、ホーネスコは納得するような顔になった。
「そうですか。少人数しか雇えないからと、冒険者組合に手練れの護衛を求めたのですが、あなたがたはその資格が十分にありそうですね」
口ではそう言いつつも、俺たちの格好をしきりに確認する目は、信用をしていない感じがある。
それならと、こちらから実力を語ることにした。
「こちらのテッドリィさんは、長年護衛として数々の商会を渡り歩いた実力者です。女性冒険者だてらに、二つ名だって持っているんですからね」
俺が真っ先に紹介すると、テッドリィさんは半笑いで言い返してきた。
「あたしよりも、バルティニーの方がすごいだろうに。ホーネスコだって商人だ、貴族や豪商が血眼になって探しているっていう、噂のバルティニーの存在は知っているよな?」
「ええ、はい……えっ、この方があの?」
絶句し、一歩距離を取られた。
彼が俺のどんな噂を知っているのか、ちょっと気になる。
しかし問いかける前に、イアナが口を開いてしまっていた。
「事前に言っておきますけど、わたしに武勇伝はありませんよ。バルティニーさんの弟子なだけですから」
「ゥワウ」
イアナと違って自分はすごいぞと、チャッコは鳴いた。
だが、ホーネスコには通じなかったようで、引きつり笑いを浮かべると、チャッコから距離を取る。
「あははっ。これはすごい人を護衛に雇えてしまいました。ですが、その、報酬を上乗せしたりは、ちょっと……」
心苦しそうに言うので、気にするなと身振りしてやる。
「その点は、大丈夫です。俺たちもマインラ領に向かう予定でしたので。だからこそ、片道分の護衛を頼んだ、あなたの依頼を受ける気になったのですしね」
「それは良かった。なにせ危険が大きいのは、アリアル領からマインラ領に入るだけですからね。帰りは、護衛がいなくてもどうにかなりますし」
ほっと息を吐くホーネスコには悪いが、もっと詳しい話を聞かなければいけないようだ。
「なぜ、こちらから向こうに行くときだけ、危険が大きいのですが?」
「それは簡単です。こちらの交易品は食料で、あちらから持ってくる物は石です。いくら石があろうと、腹は膨れず証拠も残ります。ですが、食糧は盗んで食べてしまえば、簡単に証拠を隠滅できてしまいますからね」
要領の得ない説明に困惑しそうになるが、すぐに事情を察した。
「つまり食糧狙いの盗賊が、街道には出ると?」
「食べ物狙いの盗賊は、この領地に食べものを依存する食料自給率が低いマインラ領の、冬の風物詩ですよ。あそこと取引のある行商なら、だれでも知っていることですね」
「風物詩って……危険を排除しようとする人はいないんですか?」
「盗賊を捕まえて奴隷に落とすために、奴隷商が行商に扮して巡回しているとは聞きます。ですが、あちらの領主や村長が何かをしているという話は、伝わっては来ていませんね。ああ、アグルアース伯はしっかりと、アリアル領に入ってくる盗賊を配下に捕まえさせていますよ。だから、こちら側の街道は平和そのものです」
どうやらマインラ領は、あまり治安が良い場所ではなさそうだ。
気落ちしていると、テッドリィさんがニヤリと唇を吊り上げる。
「治安が悪いからこそ、冒険者として出世が見込める場所だけどな。組合に出される依頼は尽きず、出てくる盗賊を捕まえて売り払えば大金を入手できる、美味しい場所だよ」
「……そういう考えもありか」
「それとあの場所の坑道では、バルティニーにとっては慣れた魔物が出てくるからね。手軽に手柄を立てる機会でもあるさね」
坑道という場所と、慣れた魔物という響きに、ピンときた。
「もしかして、ゴーレムが出たりする?」
「大当たり。石やら鉄やらのゴーレムが、わんさといるようだぞ。ま、あたしは入ったことないんだけどな」
名物が宝石金属、盗賊にゴーレムだなんて、なんともまた変な場所だなとため息を吐きがてら、俺は口に食べ物を入れて、やるせなさと共に飲み込んだのだった。
事情があり、連日更新は難しくなりました。
そのため勝手ながら、二日に一回に、更新頻度を落とします。
楽しみにしてくださっている方々には申し訳ございませんが、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。




