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二百三十八話 テッドリィのいる朝

 色々とやり終えて、俺とテッドリィさんはベッドの上で荒い息を吐く。

 少しして冬の寒さから、お互いがくっつくように抱き合った。そして掛布団で体を覆いつつ、体を撫で合って余韻を楽しんでいく。

 その中で、テッドリィさんの手が、俺の頬を摘む。


「なんれ、頬を引っっているの?」

「……なんか、すっげー上手くなってて、気に入らねぇ」


 理不尽な感想に抗議するべく、俺はテッドリィさんの下腹を捏ねるように撫でてあげることにした。

 すると、可愛らしい悲鳴が上がる。


「ひぃぅ!? こ、こら、まだそこは触るな……」


 弱音を吐いて、テッドリィさんは俺の頬から手を放し、撫でている手を押さえにかかった。

 その反応が可愛らしくて、つい唇に軽くキスをしてしまう。

 不意打ちに驚いたテッドリィさんは、生娘のように真っ赤になって俯く。

 その後で、恨みがましいような目を向けてきた。


「やっぱり、女の扱いに慣れすぎだろ。いままで、何人の女を泣かせて来やがった。正直に言え」


 心外な評価に、俺は本当のことを言うことにした。


「テッドリィさんの他に、こういうことをした相手は、二人だけだね」

「二人ぃ? 嘘は言ってなさそうだけど、それでこんなに上手くなったのかよ」

「たぶんそれは、片方が商売女で、いろいろと教えてもらったからかな」

「あー、なるほどな。なんにせよ、なんだかすっげー負けた気分だ……」


 この行為に勝ち負けなんてあるのかなと、首を傾げる。

 俺が疑問に思っていることが通じたのか、テッドリィさんは拗ねるように、こちらの胸元に額をくっつけにきた。


「……憎からず思っていたけどさ、こんな衝撃を味わっちまったら、抜け出せなくなるじゃないか。この女泣かせめ」


 なんと返したらいいかわからず、俺は黙って抱き寄せて頭を撫でる。

 正解かどうかは分からないけど、とりあえずテッドリィさんの機嫌はなおったようだった。


「まあいいさ。それにしても、わたしも悪い男に惚れちまったねぇ。あれだけやったのに、まだまだ硬くて元気だなんて、萎えるまで付き合ったらこっちの体が壊れちまいそうだよ」

「あ、ちょっと。男の急所なんだから、あまり強く握らないでよ」

「握って痛いのは、こっちの袋の方だろ」

「正確に言えば、その中のほうだけどね。けど、棒の方だって命を握られているみたいで、落ち着かないんだよ」

「嘘つけ。こっちにさんざん持たせたり、しごかせたり、舐めさせたりさせた癖に」


 他愛ない会話を続けているうちに、運動で浮いた汗が引き、こんどは疲れからくる眠気がやってくる。

 テッドリィさんの目もとろんとしてきて、眠りに落ちる前に、俺の手を取って指を絡ませてきた。

 こちらも応じると、嬉しそうに微笑み、すっと目が閉じた。

 片方の手はつないだまま、逆の腕をテッドリィさんの頭の下に差し入れ、腕枕にして抱き寄せる。

 発情した女性の匂いがしてきて、こちらの獣性が刺激されるが、繋いだ手指を絡めなおすことで誤魔化し、俺も眠りにつくことにした。





 翌朝。俺とテッドリィさんは、ほぼ同時に起きた。

 何も言わずに微笑み合うと、濡らした手ぬぐいで体を拭き合い、衣服を着ける。

 普段の姿に戻ると、テッドリィさんはほんのりと頬を染めながら、俺の首に腕を巻き付けてきた。


「調子はどうだい、バルティニー。スッキリして、体が軽くなったんじゃないかい?」


 どうやら、普段通りの調子に戻そうとしているようだ。

 こういうちょっと不器用なところが、テッドリィさんらしい。

 俺は微笑むと、からかっていると聞いて分かる口調で喋りかける。


「テッドリィさんは、腰が痛いんじゃない? なんなら、行商人の挨拶にいかずに、ここで休んでいていいよ?」

「言ってくれるじゃないか。こちとら、バルティニーよりも長く冒険者をやってきたんだ。鍛え方が違うよ」


 テッドリィさんは生意気だと、こちらの首を絞めにくる。俺はその腕を叩いて、参ったと示す。

 こんな一連のやり取りで、一夜の相手をしたことや、二年ほど離れていた事実は霧散して、俺たちは別れる前と同じような雰囲気に戻った。

 その状態のままで部屋の外に出ると、イアナとチャッコがすでに待っていた。

 こちらが声をかけようとすると、チャッコが俺たちを一嗅ぎずつして、俺だけに体当たりしてきた。

 それは咎めるというよりも、したことを激励するような、優しい当たり方だ。

 一方でイアナは、手に持つ金属バットのような棍棒を手に、こちらに詰め寄ってくる。


「バルティニーさん。いつものように、朝練お願いします! テッドリィさんも、迷惑じゃなければ、教えてください!」


 熱意溢れる言葉に、俺は驚いていた。テッドリィさんも目を丸くしている。


「ああうん、朝練はする気でいたよ。けど、ここは街中で、訓練できる場所があるかなぁ……」

「いや、運動できる場所は少し行けばあるよ。でもね、訓練する前に、少し腹に入れた方がいいんじゃないかい?」


 俺たちのやり取りを見て、イアナはなぜかより一層やる気に満ちた顔になる。


「では、すぐに行きましょう。大きな街なんですから、朝は通りに屋台が出ているはずです! そこで朝食は済ませましょう!」


 なんでそこまで張り切っているか分からないが、そう言うのならと荷物を持って移動することにしたのだった。




 屋台で水に溶いた小麦に刻んだ野菜を混ぜて焼いた、お好み焼きっぽい物を買って、食べながら運動できる場所にやってきた。

 そこはかなり広い公園で、中央には川を広げて溜めたような形の池がある。

 池は生活用の水場でもあるのか、一角にシーツや衣服と桶を持った女性たちが集まっている。

 早朝だからか、杖をつく老人が散歩をしていたり、木の長椅子ベンチに座って絵を描く青年がいたりもする。

 そんな光景の中を進み、何もない広場にやってきた。

 すでに冒険者風の人がいて、素振りをしたり、模擬剣での打ち合いをしている。

 彼らの実力のほどは、チャッコが一目見て無視を決め込んだよどなので、大したことはなさそうだな。

 他の人たちの邪魔をする気はないので、空いている一角で訓練をすることにした。


「まずは、チャッコとイアナの追いかけっこからだね」

「はい! 今日はチャッコちゃんを捕まえてみせます!」

「ゥワフ」


 できるかなとチャッコが鼻で鳴くと、イアナは不意打ち気味に飛びかかった。


「てりゃぁ!」

「ゥワワフ」


 甘いとチャッコが避け、お返しにと軽く体当たりを食らわせる。

 イアナはよろめきながらも体勢を立て直し、諦めることなく追いかけていく。

 いつも通りの光景だなと思いながら見ていると、テッドリィさんが質問をしてきた。


「どうしてこんな遊びみたいなことをやってんだ?」

「チャッコの運動不足解消のためもあるけど。相手の動きを見極め、瞬発力を生かして踏み込んで捕まえる訓練は、棍棒が武器のイアナにもってこいだからだね」

「へー、ちゃんと師匠らしく考えてやってんだねぇ」

「俺が教わった方法に、少し手を加えただけだけどね」


 受け答えしていると、テッドリィさんに肩を突かれた。


「あれが終わるまで暇だろ。なら、あたしらも訓練しないかい」

「構わないけど、模擬武器がないから、素手での攻防だけになるよ」

「それでいいさ。バルティニーが大仰な二つ名に相応しい実力か、確かめたいだけだしな」


 ひとまとめに置いた荷物の脇に、俺とテッドリィさんは剣帯を外して置く。

 その後で、五メートル離れて、向かい合った。

 俺は直立から左足を一歩前に出す。一方でテッドリィさんは、ボクシングのような構えになる。

 お互いに準備は整ったとみて、こちらから声をかけた。


「どうぞ。いつでもどうぞ」

「殴り合いだってのに、構えないのかい?」

「これが素手での構えだよ。こうして腕を下ろしたままなのは、視界の確保を重視しているためだから」

「そう、かいッ!」


 説明の最中で、テッドリィさんは素早く踏み込んできた。

 その姿を、俺はつぶさに観察していく。

 テッドリィさんの右拳が少し振り上がったのを見て、右ストレートが来ると判断。射程外へ、一歩横に移動する。


「しぃあァ!」


 テッドリィさんが振った拳が、俺の顔横を通過する。

 避けたり防がなかったら、鼻血が出そうな威力だった。

 訓練なんだけどなって呆れながら、来た斜め下からくるフックを、俺は一歩近づいて自分の肩にワザと当てて防ぐ。

 次の攻撃が来る前に、テッドリィさんのお腹を軽く素早く叩く。

 革鎧に当たってダメージにはならないけど、俺が有効打を取ったことは伝わる。

 すると、テッドリィさんは楽しげに笑い、一度距離を取った。


「なるほどねぇ。これはもうちょっと本気を出さなきゃな」


 テッドリィさんは肩をぐるぐると回し、改めて構えなおす。

 そこから猛攻が始まった。

 拳を素早く振り回し、俺の顔面を執拗なまでに狙ってくる。

 俺は足の移動と首を振って、避け続ける。

 その中で、俺は拍子抜けしていた。

 テッドリィさんは、とても上手く動いている。この広場で運動している、他の冒険者たちなら、一分と経たずに叩きのめすことができるだろう。

 けれど、黒蛇族のような厄介なフェイントや、エルフの人のような魔法の隠し玉があるわけじゃない。

 攻撃の軌道さえ読めれば、避けるのはさほど難しくなかった。

 もっとも、体力任せに顔面目がけてバカスカ飛んでくる、鋭い軌道の拳は脅威だ。

 防御のために腕を上げたら、その腕が視界を遮って動きを見逃し、拳を避けそこなうだろうな。

 けどそれは、こちらが防御に徹している場合だ。


「よっとッ!」


 俺が強めに来た拳を叩き落すと、テッドリィさんの体がぐらついた。

 挽回するために体勢を引き起こしながら、アッパーを放ってくる。


「このッ!」

「――破れかぶれは止めた方がいいよ」


 拳を手で横に払いながら、テッドリィさんの横を通って、後ろに回り込む。

 その間に、俺は彼女の首に腕を巻き付けていた。

 逆の腕で頭をホールドして、軽く腕で首を絞めつけてやる。


「はい、これで極まったね」

「まだだ! このッ――」


 こちらが手加減していることを、締め方が甘いと誤解したのか、肘打ちをしてこようとしてきた。

 仕方がなく、少し強めに締める。

 これで息ができなくなったようで、テッドリィさんは慌てた様子で俺の腕を掴んできた。

 俺が締め方を軽く戻すと、手を放し、降参するように上げてくれた。


「――けほほっ。あたしの負けだよ。手も足も出ずに完敗したのは、久しぶりだねぇ」

「二つ名持ちに相応しい実力があるって、分かってくれた?」

「十分に分かったよ。あたしはてっきり、コレで成りあがったんだとばかり思ってたから、逆に安心したよ」


 腕の上を撫でるような動きに、俺は小首を傾げかけ、水で体を覆う魔法のことかと合点がいった。


「便利だからつい頼りたくなるけど、そればかりじゃ強くなれないからね。使わないで済むよう頑張ったんだよ」

「だろうね。あと、それでね……」


 急にもじもじし始めたテッドリィさんが、気恥ずかしそうな声色になる。


「昨日の今日だから、こう抱きしめられていると思い出しちゃってね、落ち着かないんだ。放しちゃくれないか?」

「ああ、そう、そうだよね」


 一瞬意味が分からなかったが、気持ちを察して腕を解いた。

 俺から離れたテッドリィさんの顔が赤いのは、窒息したばかりではないんだろうな。

 そう気づくと、こちらも顔が赤くなりそうになる。

 お互いに少し気まずい空気が流れたが、次第に元通りになった。


「さて、あたしの負けでこっちは終わったが。あっちはどうかね?」

「あー、チャッコが飽きてきたようだから、もうそろそろ時間切れでイアナの負けになるね」


 俺の言葉とほぼ同時に、チャッコが強めの体当たりを食らわせ、イアナは地面に転がって土塗れになったのだった。

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