二百三十七話 別れていた月日
食堂を出て、冒険者組合に向かう道すがら、俺はテッドリィさんに今までの道のりを掻い摘んで語った。
「――で、ゾンビやスケルトンを倒した報酬を貰いに、この街まで戻ってきたってわけ」
「へー、活躍したもんだ……って、アンタが『鉈切り』や『浮き島釣り』のバルティニーだったのかい?!」
「そうだよ。もしかして名前が同じ別人が、二つ名持ちに成ったと思ってた?」
「そりゃそうだろうに。今日まであたしが知っていたバルティニーは、こんな背が小さくて、可愛らしい坊主だぞ。二つ名持ちになっただなんて、考えもしなかったさ」
背が小さいという言葉にちょっとムッとしたが、過去の話なので気にしないことにした。
「テッドリィさんは俺と別れてから、どうしてました?」
「相変わらず、行商の護衛をしていたさ。このアリアル領は収穫物の、隣のマインラ領は鉱物の流通が盛んだから、仕事に欠かなかったねぇ」
「鉱物ってことは、山がある場所だったり?」
「山っていうより、大地が大きく段違いになっている場所さ。鉱脈を掘れば金銀宝石がザクザクと出て、住み着いたドワーフ作の工芸品がゴロゴロある、好事家にはたまらないところさね」
「へー、次はそこを目指してみようかな」
「いいんじゃねえか。金貨なんて多く持っていても重いからな。マインラ領で宝石と交換して、荷物を軽くすればな」
金貨を別の価値あるものに交換しておくという発想に、俺は目から鱗が落ちる思いをした。
前世の経験だと、貨幣は貨幣のまま持つことが当たり前だったからだ。
考えてみると、この世界の貴族が美術品や珍品を大枚叩いて買っているのも、財産を別の形で保有する例だったんだろうな。
深く納得していると、テッドリィさんが注意点を告げてきた。
「もし宝石を買うなら、同じ種類で硬い物を選んで買えよ。あとなるべく原石を買え。加工されたものは買わない方がいい」
「それはまたなんで?」
「宝石ってのは、それぞれに硬さが違うもんだ。違う種類を一緒の場所に入れておくと、柔らかい方が傷ついて割れるんだ。そして割れたら価値が下がっちまうのさ」
「なるほど。じゃあ原石を買うのはなぜ? 加工品の方が価値が高そうだけど?」
「切って磨いた宝石が価値があるが、逆に言えば一つでも小さな傷がついたら値が暴落するわけだ。逆に原石の方は、多少の傷があろうと、加工のときに削るからあまり関係がないわけだ」
「よく知ってますね。護衛の仕事を通して知ったんですか?」
「そうとも。馬鹿な行商人が、加工された様々な石を一緒の袋に入れちまってね。運んだ先で高く売れなかったからって、護衛代を値切りに来やがったのさ。いま言ったのは、そのとき学んだ教訓だよ」
テッドリィさんも苦労しているんだなと分かったところで、俺は後ろを振り向く。
俺たちが旧交を温めているのを気遣ってか、イアナとチャッコが大人しいので、様子を見ようと思ったからだ。
けど、その心配は杞憂だった。
なにせ、イアナとチャッコは楽しんでいる目を、俺に向けていたからだ。
「話に混ざってこないと思えば、こっちを観察していたのか?」
「だって、楽しそうに異性と話すバルティニーさんなんて、わたしと同年代だなって実感できる数少ない場面ですからね。ここは見納めておかないといけないと思いました!」
「ゥワワン!」
チャッコも同意するように鳴いたのを見て、そんなに歓談している俺は珍しいのかなと、首を傾げてしまう。
そんな俺たちの様子を見て、テッドリィさんは笑顔になる。
「くふふっ。アンタら、いい組み合わせだねぇ。なんというか、性別や種族を超えての冒険者仲間って気がするよ」
「……いまはその仲間の中に、テッドリィさんも入っているんだけど?」
指摘すると、テッドリィさんの笑顔が深まる。
「おやおや。あたしも楽しい仲間に入れてくれるってのかい? けどイアナとチャッコは、賛成するのかねぇ?」
問いかけられて、イアナは反射的に答えた。
「もちろん、大歓迎ですよ! テッドリィさんは、わたしがこうなりたいって目標ど真ん中の女性冒険者ですからね! 色々と教えてもらいたいです!」
「……ゥワウ」
諸手を上げて喜ぶイアナとは対照的に、チャッコはどうでもいいという感じの素っ気ない鳴き声だった。
両者両様の反応を受けて、テッドリィさんはチャッコに興味深そうな目を向け、イアナの首に腕を巻き付ける。
「よーっし。バルティニーの弟子ってことは、あたしの孫弟子だ。同性のよしみで、あれこれ教えてやるとするよ。まずはその男装を止めるところからかね」
その反応に、俺は半目になる。
「俺の教育係を始めるときと、テッドリィさんの対応がずいぶん違うなぁ」
「……バルティニーも、生意気言うようになったねぇ」
「そりゃもう。『苛烈』さんと同じで、二つ名持ちになったからね」
「その名前は嫌いだって、知っていたよなぁ?」
お互いに視線をぶつけ合わせている間に、冒険者組合の前に着いてしまった。
それをきっかけに、もともとじゃれ合いみたいなものだったので、俺たちの争う空気は霧散してしまう。
その後で、俺は組合の中を指しつつ、テッドリィさんに喋りかける。
「それじゃあ、マインラ領に向かう行商の護衛依頼があれば、それを取るってことで」
「それでいいよ。こっちは三人と一匹だからね。あまり大きな行商じゃなきゃ、あたしらだけで受けられるだろうさ」
依頼を取るのは俺に任せたと言いたげに、テッドリィさんはイアナとチャッコを引き連れて、組合に併設された酒場に向かっていった。
それならと、俺は一人で組合の職員さんの前へ向かい、冒険者証を示しながら護衛依頼に目星をつけることにしたのだった。
俺たちだけで護衛人数が済むよう、体よく依頼を取りつけた。
依頼開始は明後日からだったので、挨拶は明日にするとして、今日は宿屋で一泊することにした。
テッドリィさんは何度もこの街に来たらしく、いい宿を知っているとのことで、道案内はお任せだ。
「着いた。ここが、この街じゃ安めの値段なのに、いい宿なんだだ。もっとも、食事はつかないけどな」
テッドリィさんが自慢げに紹介する宿は、主要街道から外れた、住宅街の一角にあった。
中に入ると、簡素な造りながら清掃が行き届いていて、気持ちのよさそうな宿屋だ。
きっと、サービスの良さと値段の安さで、他の宿と集客勝負をしているんだろうな。
そんな予想をしている間に、テッドリィさんが部屋を取ってくれていた。
「この宿は、どの部屋も個室で、ベッドは一つだけなんだ。二つ部屋はとったから、一つはあたしとバルティニー。もう一つは、イアナとチャッコでいいよな?」
聞いてはいるが、決定していると暗に言っているようなものだった。
けど、イアナは文句を言わずに受け取る。
チャッコはどうでもいいと思っていそうな態度で、イアナを急かして部屋に案内させる。
取り残された形になった俺の首に、テッドリィさんの腕が巻き付いてきた。
顔を向けると、ギラギラと瞳が輝いている。
「さーて、こんな場所で出会っちまったからな。色々と我慢してきた分、たっぷりと払ってもらうからな」
部屋に行く前に、ここで開戦しそうな雰囲気に、俺は苦笑いしながら押しとどつつ茶化しを入れる。
「我慢って、そんなに俺ともう一度相手したかったんだ?」
てっきり否定してくると思いきや、テッドリィさんは真っ赤な顔で頷いてきた。
「そ、そうだよ、悪いか? あたしの心の中には、一夜をともにしたあの時から、アンタが住み着いているのさ。そして求めるのさ。あの時の体験を、もう一度ってね」
「……言ってて、恥ずかしくならない?」
「なんだよ、馬鹿にするってのか?!」
「馬鹿にはしないけど、テッドリィさんもけっこう乙女だなって、ねッ」
黒蛇族とエルフたちに鍛えられた体術を応用して、テッドリィさんの背中と足の下に手を入れ、持ち上げるように腕で抱える。
要するに、お姫様抱っこという形だ。
すると、テッドリィさんはうろたえながらも、俺の首に両腕を巻き付けてきた。
「あたしを軽々と持ち上げるなんて、前とはやっぱり違うねぇ」
「違いに幻滅した?」
「いいや、逆に楽しみになってきたよ。どれほど成長したかがね」
お互いに微笑み合うと、部屋の鍵を開けて中に入る。
扉を施錠すると、どちらからともなく噛みつくようなキスをして、ベッドに倒れ込んだ。