二百三十五話 報酬と、食堂にて
ゾンビやスケルトン、そしてそれらの親玉を倒した俺とイアナとチャッコは、荷馬車に揺られてアグルアース伯の屋敷へと戻った。
俺だけが執務室に通され、現状の報告をする。
「――というわけで、もうあの土地にゾンビやスケルトンの脅威はなくなったとみていいと思います」
「うむ、分かりやすい報告だった。しかしながら元冒険者がスケルトンとなり、同種を引き寄せて死者の国を作ろうとしていたとは。大事になる前でよかったよかった」
アグルアース伯は安心したように笑うと、俺が討伐証明に渡した焦げた頭蓋骨を持ち上げる。
「それで、コレはこちらが買い取るということでよいのだね?」
「はい。俺が持っていても、荷物になって持ち腐れるだけですので」
「そういうことなら、買い取らせてもらおう。魔法を使うスケルトンなんて聞いたことがないからね。この頭蓋骨を売り払う先は魔導師だが、支援要請を断ってきた意趣返しに、大金をふんだくってやるとするよ」
アグルアース伯が家令のプラシカルさんに、指を何度か曲げる仕草を見せた。
するとプラシカルさんは執務室の脇にあった金庫に向かい、俺に見えないように体で隠しながら、金庫の鉤を開ける。
その後で、硬貨がざらざらと鳴る音が響き、金庫の扉が閉められた。
プラシカルさんがこちらに近寄り、手にある革袋を差し出す。
握り拳よりもやや大きいぐらい袋を受け取った俺は、アグルアース伯に問いかける。
「中を見てもいいですか?」
「構わないよ。それが以来の報酬と、珍しいスケルトンの頭部の代金だ。量に不満があったら、相談次第で上乗せしてもいいよ」
優しい笑顔のアグルアース伯の言葉に甘え、俺は革袋の中を見る。
そこには、金貨がぎっしりと詰め込まれていた。
ざっと見で、五十枚は優に超えている。もしかしたら、百枚をやや超えている可能性もある。
金色の輝きに呆気に取られて固まっていると、アグルアース伯が困ったように言う。
「それじゃあ足りないかね? では追加でもう少し――」
「いえ、大分多いなと思っていたのですよ。これ以上は過分でしょうから、辞退いたします」
「――おや、そうかね。満足してくれていたのなら、よかったよ」
「それにしても、報酬が多過ぎじゃありませんか?」
「気にしなくてもいい。それと同じ額以上を、この頭蓋骨を魔導師に売り払って賄うからね」
「そんなに高値で売れるものですか?」
「あいつらはかなりケチだから、少し難しい。だが、交渉材料は色々揃っているからね。少し恨まれることを覚悟すれば、倍額を入手することも可能かもしれない」
きっと、他に雇った冒険者の費用も、支援要請を断った魔導師側からふんだくる気でいるんだろうな。
優し気なアグルアース伯でも、やっぱり貸し借りに拘る貴族の一人ってことか。
俺は貰う物は頂いたので、立ち去ろうとする。
「アグルアース伯。これにて、失礼いたします」
「そう慌てて出て行かなくてもいいだろう。しばらくこの屋敷に滞在しては?」
「家臣になる気のない者を囲うのは、アグルアース伯の時間と財産の無駄になりますので」
「ふむっ。本当に冒険者にしておくには惜しいな。いや、君の夢は立派なものだ。その道を阻むことは止そう。機会があれば、また依頼を頼むことがあるだろう。そのときは」
「金払いのいい依頼主なので、大歓迎です。ご縁があったら、ぜひまたお声かけください」
軽い冗談を混ぜて返事してから、俺は執務室を出る。
扉の前にいたイアナとチャッコと合流して、屋敷を後にした。
寒風が街を吹き抜ける中を、俺たちは荷物を背に、冒険者組合を目指して進む。
その中で、イアナがぼやき出す。
「組合で護衛の仕事を探して、街を離れるんですよね。でも、冬の間はあまり行商が出ないので、しばらく足止めを食らうかもしれませんよ」
「それなら、大金が手に入ったから、宿でのんびり暮らしながら探せばいい」
「……その革袋の中に、どれだけ入っているんですか?」
「数えてはいないが、金貨で満杯になっている」
イアナは長い絶句の後で、疲れたような笑みを浮かべる。
「…………大金をぽんとですか。金持ちなお貴族さまらしいですね」
「報酬を払っても、アグルアース伯の懐は痛まないみたいだぞ。なにせこの金と、冒険者を雇った分の代金を、支援を断った魔導師から交渉で奪い取る気でいるらしいからな」
「あのお貴族さま、優しい顔して、とんだ恐れ知らずだったんですね。わたしなら恐ろしくて、バルティニーさんに強気になんて出られませんよ」
「おい。なんでそこで俺がでてくる」
「だって、身近な魔導師なんて、バルティニーさんしかいないじゃないですか。他の魔導師を想像しろと言われても、無理ですよ」
会話に夢中になっていると、チャッコが控えめに吠えてきた。
「ゥワウ」
「チャッコを無視していたわけじゃないぞ。でも、お金の話なんて興味ないだろ?」
「ゥゥワン」
あると言いたげに吠え返し、チャッコはある方向へ顔を向ける。
視線で追うと、食堂らしき建物があった。そこからかすかに、美味しそうな匂いがしてくる。
どうやらチャッコは、お金があれば美味しいものが食べられるという認識は持っているようだ。
「そうだな。まずは腹ごしらえするか。あそこが従魔も入れる店ならいいが」
「だめだったら、料理だけ作ってもらって、適当なところで座って食べましょう!」
「ゥワウ!」
イアナはウキウキと、チャッコは尻尾をフリフリと、その食堂に向かう。
俺は後について歩き、そして全員で扉を潜った。
こちらに気づいた町娘風の格好をした女性店員が、にこやかに近寄ってきた。
「いらっしゃいませー。お二人と従魔がお一方ですね。店の奥のテーブルまで、ご案内しますね」
イアナとチャッコと共に、俺は店員の後ろについて歩きながら、周囲をそれとなく見ていく。
広い店内には、平行に置かれた長机に、丸椅子が並んでいる。ちらほらいる客の食べている料理を見ると、盛り付けは雑だが、量がかなり多いようだ。
内装も料理も質実剛健な感じなので、労働者向けの食堂なんだろうな。
そんな判断を下しつつ席に座ると、店員がにこやかに質問してきた。
「お出しできる料理は二種類です。野菜が多めか、肉が多めかです。飲み物は、お酒か水かです」
なんとも豪快な区分けなメニューに、俺もイアナも苦笑いする。
「では肉が多めで、水をください」
「わた――ボクも同じものをお願いします!」
「分かりましたー。獣型の従魔のお方には、生肉と水をお持ちしますが、いいですか?」
「ゥワウ」
チャッコがよきに計らえと言いたげな態度で鳴くと、店員は微笑ましそうに見てから、厨房のある方へと引っ込んでいった。
料理が出てくるのを待っていると、十人以上の客がどやどやと入ってきた。
外套の下に革鎧と武器をつけた格好から、冒険者の一団だと分かった。
若干疲れている姿を見るに、一仕事終えた後だろう。
別の女性店員が対応に向かい、長机の一角を指し、冒険者たちを移動させていく。
彼らは注文になれている様子で、席に着きながら注文を出している。
「オレら全員、料理は肉多い方、飲み物は酒だ。ここのエールは安いのに美味いからな、大杯で持ってきてくれよ」
「はいはい。料理が来る前に、お金を用意して待っててね。ここはツケは駄目だから」
「分かっているって。今日は護衛仕事が終わった打ち上げだからな、オレがキッチリ払うから心配しなくていい」
男性冒険者が言いながら尻に伸ばしてきた手を、女性店員は叩いて去っていく。
そんな光景を見ていると、俺たちの前に料理が運ばれてきた。
「はーい、お待ちどうさま。合計で銅貨三十枚ね。足りなかったら、料理のおかわりは一度だけ無料だから、声をかけてね。でも、お酒と水は二杯目からも料金とるから、注意してね」
料理を置いた店員は、俺が代金を渡すと、入ってきた客の対応に向かっていった。
忙しい様子を横目に入れながら、料理に視線を向ける。
かなり肉々しく量が多い野菜炒めもどきと、顔ぐらい大きな黒パンに、器になみなみ入った野菜の芯を刻んで肉と煮たスープ。
量のインパクトが大きな料理を前に、俺はいただきますと心の中で呟いてから、まず野菜炒めもどきをフォークに刺して一口食べてみた。
肉の脂と強めの塩気が、ざっと炒められた野菜と相まって、運動部員たちなら喜んで食べそうな、荒々しくも美味しい料理だった。
次に飲んだスープは、逆に塩気の薄い、野菜の出汁だけのような味だった。
けど、野菜炒め、スープと交互に食べると、手が止まらなくなってくる。
イアナもすっかりこの料理の虜なのか、パンを千切ると、野菜炒めと共に口に入れ、噛んでからスープで流し飲むという荒業をやっている。
一方で、生肉と水を皿に入れて渡されたチャッコは、大人しく静かに食べている。
なんの肉だろうと見ると、普通の肉の切れ端や、スジ肉や内臓ばかりみたいだった。
チャッコはペロっと食べ終えると、俺に目を向けてくる。
意図を察して、俺は店員を呼んだ。
「ちょっといいですか。従魔の料理のおかわりをください」
「はーい、すぐにお持ちしますね」
注文を受けて、すぐに新しい皿がやってきた。
店員が去り際に食べ終えたチャッコの皿を回収しないのは、おかわりが一回済んだという目印のためだろう。
そんなことを考えながら、俺も料理を食べ進めていく。
少しして、大人数で入ってきた冒険者たちが騒ぎ始めた。
「なあ、いいだろぅ。オレたちは、かなりいい相性だと思うんだよ。離れるだなんて言わないでくれよ」
「そうだよ。一年間、うまくやってきたじゃねえかよ。これからもずっと一緒に働いてくれよぉ」
酒に酔った大声で、仲間の女性冒険者を引き留めようとしているようだ。
けど彼女は、そう言ってくることが嫌なようだった。
「うるさいねぇ! アンタらとは、もう組まないって言っただろ! あたし以下の腕前の優男なんて、連るんでいても仕方がないってね!」
威勢の良い啖呵を放つ女性冒険者に、俺の教育係だったテッドリィさんを思い出して、懐かしさを覚えた。
……いや、待てよ。あの声は。
もしかしてと顔を向けると、あの日別れたときと変わらないテッドリィさんが、男性冒険者たちに絡まられて嫌そうな表情を浮かべていたのだった。




