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二百三十四話 冬の平原を去る

 拠点の周りに集まっていたゾンビたちは、援軍にやってきた冒険者たちの手で全滅した。

 アグルアース伯が雇った手練れだけあって、彼らが苦戦したのは、オーガゾンビ相手だけだった。

 人数任せに網や縄で身動きを封じて、複数人が頭を狙って棍棒を振り下ろし続ける光景は、なかなかに見ものだった。

 こうしてゾンビたちが一掃し終えた冒険者たちは、揚々とした足取りで、こちらに近づいてくる。

 そして屋根に居る俺たちに、下から声をかけてきた。


「よぉ。生きていたようだな」

「それにしても、お前らも拠点を脱出していたよな。なんでまた戻ってきて、さらには屋根に上ってんだ?」


 不思議そうに聞いてくる彼らに、俺は拠点近くに倒れる、頭に矢が刺さったゾンビを指す。


「こうして屋根に上っているのは、矢でゾンビを倒していたから。それと前にここを出たのは、滅んだ村に行って、ゾンビたちの親玉と戦うためですよ」

「親玉? こいつらの統率者がいたってのか?」


 冒険者たちが疑わしげにするので、俺はイアナと共に拠点の中に戻り、斜めに傷が入った焼け焦げた頭蓋骨を手に外にでる。


「これが証拠です。叩いてみればわかりますが、普通のスケルトンとは骨の硬さが段違いですよ」

「ほう、どれどれ」


 冒険者の一人が、俺が持つ頭蓋骨に拳を振り下ろした。そしてあまりの硬さに、殴った手を押さえて涙目になる。


「た、たしかに、すっごく硬いなソレ」

「言い忘れてましたけど、鉄以上に硬いんですよ。下手なナイフじゃ、刃が潰れるでしょうね」

「そんなにか!? しかし、そんな硬いスケルトンだなんて、聞いた覚えはないな……」


 手を押さえたままの彼が顔を向けた仲間も、知らないと首を横に振る。


「ここにいる誰も知らないってことは、とても珍しいスケルトンってことだろうな。冒険者組合に売れば、いい金になるだろうぜ」

「もしかしたら、組合の職員ですら知らない可能性もあるな」

「なんにせよ、お前たちが生き延びたことと、あっちの拠点も残っていてよかった。寒空の中で、野宿しないで済みそうだ」


 会話を打ち切って引き上げようとする彼らを、俺は呼び止めた。


「あっちの拠点はゾンビに荒らされていて、食糧が汚染されていましたよ」

「マジでか。まあ、伯爵さまが寄越してくれた追加物資と共にきたから、食うには困らないだろうが……」

「今回の物資は近くの村から買ったものだから、酒がないんだよなぁ」


 酷く残念そうにしているので、俺はイアナに声をかける。


「集めた酒を、この人たちに渡してしまおう」

「そうですね。わた――ボクたちは飲みませんしね」


 途中から男性っぽい口調にして、イアナは拠点の奥へ向かう。

 その後で、大量の酒瓶を縦置きに詰め直した箱を手に、戻ってきた。

 そのまま、冒険者の一人に押し付ける。

 中身が蒸留酒だと分かると、大喜びした。


「うおおおぉぉ。またこの酒が飲めるなんてな!」

「これを渡してもらえただけでも、ここに戻ってきた価値があったな」


 冒険者たちは喜びながら、あちら側の拠点へと去っていく。

 その後で、馬車が一台近づいてきた。

 そして御者が降りて、俺の前に立つ


「伯爵さまの伝言をお伝えします」

「この依頼についての話ですか?」

「そうです。さらに冒険者を雇ったので、早晩にもゾンビたちを駆逐できるだろう。全滅させ終えた後は、冬が終わるまで、この拠点で暮らしてくれていい。討伐の報告は、物資を補給しにくる人――つまりは私に伝えればいいとのことです」

「分かりました。ああそうだ、その馬車には補給物資があるんですよね?」

「その通りですが、なにかご入用なので?」

「ゾンビにやられて、毛皮の外套と靴を片方なくしてしまいました。物資の中にあれば、頂きたいんですが」

「靴は生憎ありませんね。ですが外套の予備はありますので、お渡ししましょう」


 御者の人は俺に毛皮の外套を一着渡してくれた。

 何の動物の毛皮かはわからないけど、滑らかな手触りから、かなり上物っぽい。

 ありがたく受け取ると、御者の人は馬車に乗って、馬に鞭をくれる。


「靴は、次の補給時に持ってまいります」


 馬車が移動を始め、あちらの拠点へと向かっていく。

 俺は見送ると、拠点の扉を閉じて中に入る。

 そのとき、イアナに突かれた。


「バルティニーさん。屋根のこと、話さなくていいんですか。あの穴のせいで、いくら焚いても、暖炉の近く以外は温かくならないんですけど」

「ああー、忘れてた。けど、箱を解体した木材で塞ぐくらいはできるから、言わなくてもいいだろ。穴を開けたままにしていたのは、集まったゾンビを射るためだったから、もう必要ないしな」

「どうせなら、ちゃんと修復してもらえばいいと思うんですけどね。雨漏りとか心配ですし」

「もしかしてイアナは、冬の間、ここに住む気でいるのか?」


 半目で問いかけると、イアナは驚いた顔をした。


「えっ、バルティニーさんは違うんですか。だってさっきの人が、住んでていいって」

「俺はこの周囲を探索して、ゾンビやスケルトンが居ないと判断したら、補給の馬車に相乗りさせてもらって街に引き返す気でいるぞ」

「ええー! なんでですか。ここに住んでいれば、食べ物と温かい寝床に困らないんですよ!?」

「あのな。ここに住んでいいっていうのは、アグルアース伯の好意だぞ。人の好意に、恥ずかしげもなく甘えてどうするんだ」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「それにな、この周囲はゾンビたちのせいで生き物や魔物がいないんだぞ。そんな中で暮らしてみろ。すぐに生活に飽きるぞ」

「……それもそうですね。ここで暮らし続けたら、バルティニーさんが暇つぶしに特訓するとか言い出しかねませんし」

「イアナの中で、俺はどんな存在なんだよ。それに望むなら、いまから特訓してもいいんだぞ?」

「いえ、いいです! ほら、バルティニーさんは、あの親玉と戦って疲れてるはずですからね。師匠の体を気にして、あえて訓練をしてもらわないことを選ぶのも、弟子の務めですから!!」

「都合のいい時だけ、師弟を持ち出すなよな」


 調子のいい発言に苦笑いしてから、特訓はしないと身振りして、イアナを安心させてやったのだった。





 靴がないので外に出られず、拠点の中に居続けると、魔法の練習をしていてもあまりにも暇だった。

 とうとう次の補給でくる靴を待っていられず、俺はボロボロになった方の外套を流用して、簡易の靴を制作してみた。

 それを失った靴の代わりに履き、イアナとチャッコと共に、周囲にゾンビがいないか探索することにする。

 素人作りの靴なので、多少寒い気もしなくもないが、半日歩き回るぐらいはできた。

 俺たちが近場を回る一方で、冒険者たちは手分けして滅んだ村の周囲を巡って、ゾンビたちがいないかを確認しているようだ。

 十日経っても、ゾンビの姿は見つからない。冒険者たちからも、倒したという報せはやってこない。

 その代わりに、野生動物や他の魔物が少しずつ平原に戻ってきた。

 これはもう、ゾンビやスケルトンはいないと判断してもいいだろうな。

 補給に訪れた馬車の御者にそう伝えると、こちらに靴を渡しながら苦笑いされた。


「あなたは正直な方ですね。普通の冒険者なら、もしかしたらまだいるかもしれないと、少しでも依頼期間を先延ばしにしますよ」

「そうなんですか? 戦い方を教えてもらった人が狩人だったからか、俺は獲物がいないと分かっている場所をうろつく気にはならないんですね」

「そう仰られるということは、依頼が終わったと判断して、この拠点から去る気でいるのですか?」

「伯爵さまに報告して、依頼料を受け取ったら、別の場所に行こうと思っています」

「こちらとしては、あなたたちがこの拠点を明け渡してくれることは嬉しいのですけどね。なにせ、あちら側の冬の間ここに居座る気満々の冒険者たちは、あの建物に詰め込んでいる状況ですから」

「俺たちが退去したら、何組かをこちらに移すわけですね。それなら、素人仕事で塞いだ屋根の穴を、修復した方がいいですよ」

「大工を次の補給のときに連れて来ましょう。それで、あなたは今日から退去なさるのですか?」

「そうしようかなと。良ければ、その馬車に同乗させてもらいたいんですけど」

「構いませんよ。こちらとしても、護衛が増えることはよいことですので」


 話が決まったので、俺はイアナと共に、拠点を去る用意をする。

 消耗品は補充して、携行食も多めに背嚢へ入れる。親玉スケルトンの黒焦げの頭蓋骨と、チャッコが食べかけの骨も持っていくことにした。

 どうせ残しても、冒険者たちに食べられるのだからと、昼食を食べられるだけ詰め込む。

 少し食休みをして、補給馬車の御者が呼びに来たので、俺たちは外套を着こんで拠点からでた。

 するとすでに、この拠点を次に使うであろう冒険者たち十人ほどが、外に立っている。

 彼らは去ろうとする俺たちを見て、理解し難いと思っていそうな顔をしていた。

 やっぱり俺の価値観と彼らの考えは、ずれているんだなって思いながら、イアナとチャッコと共に馬車に乗り込んだ。

 荷台から、俺は冒険者たちに声をかける。


「その拠点は好きに使っていいですから。残ったゾンビの討伐、頑張ってくださいね」

「食料もまだまだ残ってますから、あっちから持ってこなくても大丈夫だと思いますよ」

「ゥワウ」


 俺に続いて、イアナとチャッコも発言し終えると、待っていたかのように馬車が発車した。

 ガラガラと車輪が鳴る音の中、俺たちが使った拠点に、新しい人たちが入り込むのを眺める。

 前世では体験したことがないけど、引っ越しや、前に住んでいた家に別の人がいたとき、こんな感覚がするんだろうなと感慨深くなった。

 でもそんな思いを抱いているのは、俺だけなようだ。

 イアナは名残惜しむ様子のない表情だし、チャッコは噛みかけの骨に夢中だ。

 その様子を見て、俺も気持ちを入れ替える。

 イアナとチャッコと共に行くであろう、次の場所はどんなとこだろうと考えて、楽しみにすることにしたのだった。

次から、新章になります。

今から構想に入るので、もしかしたら、数日更新が開くかもしれません。

ご了承くださいませ。

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