二百三十三話 敗残処理
俺は屋根に穴を開けた拠点の上で、毛布に包まりながら、俺は眼下の光景を見ていた。
「「ウウウゥゥアアアァァァ」」
「「カチカチチチチチカチチ」」
相変わらず、ゾンビとスケルトンばかりだ。
俺は弦を張り直した弓を手に、毛布を取り払う。
冬の寒い空気が、毛皮と片靴を失った俺に襲い掛かってくる。
震えそうなのを堪えながら、箱から矢を取り出し、一射、二射と弓で放つ。
ゾンビとスケルトンが一匹ずつ倒れたのを確認して、微かに温かみが残る毛布を体に巻き直した。
体と指が温まるのを待って、また同じようにして、矢でゾンビやスケルトンを倒す。
まだ拠点に食料はあるので、倒すペースは、かなりのんびりとやっている。
なにせ、スケルトンの顎を鳴らして仲間を呼ぶ特性のお陰で、周りに散らないから焦る必要がない。
また一匹ゾンビを倒したところで、屋根の穴からイアナの声がやってきた。
「バルティニーさん、昼食ができたので、休憩にしませんかー」
「わかったー。今から降りるー」
俺は矢の入った箱を屋根に置いたまま、穴から拠点の中へ跳び入る。
床に着地すると、そろそろ食べ飽きたごった煮のスープの他に、小麦の焼ける匂いがしてきた。
食事を作ってくれたイアナに顔を向けると、大皿に丸く平たいパンが何枚も積まれている。
「パン作ってみたんだな」
「はい。バルティニーさんに教えてもらった、少しずつ水を入れる方法で小麦を練って、試作してみました。でも、なんだか素っ気ない味なんですよね」
イーストがないので、無発酵。入れる量が分からないので、塩もなし。
味が素朴なのは仕方がないことだ。
「って、味を知っていってことは、つまみ食いしたな?」
「ち、違いますよ。味見です、味見!」
焦りながら否定するイアナに、冗談だと身振りする。
「食事を作ってくれたんだ、味見ぐらい許すさ。例えば、パンを一枚、全部食べていたとしてもな」
「も、もしかして、見ていたんですか?」
「俺は屋根の上に居たんだぞ、見ているわけないだろうが。単に、食べかけのパンがどこにもないから、食べきったんだなって予想しただけだ。そんなことより、食事にするぞ」
暖炉の前に陣取って、俺とイアナは食事を始めた。
「ちょっと硬いが、焼きたてだから、パンが美味しいな」
「自分ながら、上手くいったと自負してますので。次は塩を入れて、もっと美味しく作ってみせますよ」
「入れすぎて、塩っ辛いパンを作らないようにな」
「それはそれで、日持ちがしそうでいい気もしますけど?」
「パン一枚食べるのに、何杯水を飲ませる気だ」
談笑しながら食事をする俺たちの横では、チャッコが腹を暖炉に向けて寝転がり、熱気を体に浴びている。
けど、俺たちが物を食べているからだろう、前足を動かして骨を口元に引き寄せ、歯を立てて噛み始めた。
もちろんその骨は、倒した親玉スケルトンの物だ。
相変わらず鉄以上に硬いが、歯ごたえが気に入ったのか、チャッコは事あるごとにガジガジ噛んで満足そうにしている。
まるまる人の骨格一揃えあるので、しばらく口寂しくはならないことだろう。
一応の討伐照明のために、頭蓋骨だけは俺が貰っている。
焦げた骨はお気に召さないようで、チャッコは快く渡してくれたっけ。
思い返していると、ごった煮スープをおかわりしたイアナが、木のスプーンを咥えながら喋りかけてきた。
「ねえ、バルティニーさん。わたしって、冒険者でやっていけますか?」
「なんだ突然?」
「だって、バルティニーさんもチャッコちゃんも、物凄く強かったじゃないですか。わたしができたことなんて、ほとんど何もないですし。というより、明らかにお荷物でしたし」
「そう言われてみれば、チャッコの背に乗る荷物だったな」
「もう、茶化さないでください。けっこう、真剣に聞いているんですからね!」
真面目な話ならと、俺はイアナの目を真っすぐに見返す。
「俺とチャッコと比較して考えてどうする。得物も役割も、そして経験量だって全く違うだろうに」
「武器はともかく、役割と経験ですか?」
「そうだ。俺は鉈や弓で前衛でも後衛でもやれる万能型だ。そしてチャッコは、完全な速攻前衛型だな。イアナは、棍棒での強打を狙う戦い方だろ。全員、役割が違っている」
「それはそうですけど。でも、同い年で万能型なバルティニーさんに、前衛なわたしが負けてたら、駄目じゃないですか?」
「そこは経験の差だ。自分で言うのもなんだけど、俺はかなり恵まれた環境で、戦い方を教えてもらったからな」
故郷で鍛冶と生活用の魔法をを教えてくれたスミプト師匠と、狩りを教えてくれたシューハンさん。
加えて、教育係だったテッドリィさんや、オゥアマトをはじめとする黒蛇族たち、アリクさんやエルフの人たち。
思い返してみると、本当に教えてくれる人に、俺は恵まれていたな。
「だから、俺がイアナより腕前が上なのは、当然なことだ。その上で考えれば、イアナは訓練さえすれば、いい線いくと思っているぞ」
「むうぅ。なんだか、上手く誤魔化された気がします」
「じゃあ聞くが、仮に俺が『冒険者に向いていない』って言ったら、イアナはどうする気だったんだ?」
「それは、そのぉ……いい人を見つけて、結婚しちゃったり?」
明らかな思い付きでの発言に、俺は白い眼を向ける。
「身を守るために男装しているヤツが、心にもないことを言うなよな」
「うぐっ。で、でも、結婚願望がないわけじゃないんですよ。わたし、これでも女性ですから!」
「分かってるよ。でもそれは『いつか』であって、『いま』の話じゃないんだろ?」
「……はい、その通りです」
しゅんと項垂れるイアナの頭を、俺は雑に撫でる。
「自分と他人の実力を比較して悩むな。冒険者として大事なのは、自分の実力をどう伸ばすかと、いまの実力ならどの程度の相手が倒せるかを知っておくことだ。敵わないと分かったら、逃げことも重要だぞ」
「……バルティニーさんって、どんな相手にもとりあえず戦うって印象なので、その助言は納得し辛いんですけど?」
言われてしまったなって、俺は苦笑いする。
「まあ、それが俺の悪い習性だって、自覚はある。でもこればっかりは、おいそれと治っちゃくれないんだよなぁ……」
頭に血が上りやすいのは、チビな前世で培い、転生しても残った特徴――それこそ『死んでも治らなかった性格』だ。
前世より体格が大きくなったことで、いくらか丸くはなったけど、矯正はできないだろう。
「そんな俺の助言が納得できないっていうのなら、この仕事が終わった後で、他の冒険者たちと交流してみるといい。イアナが意外とできるって、自覚できるだろうからな」
「そうなんですか?」
「もし自覚できなかったら、生活用の魔法を生かして、別の職に行くのもいいだろ。どこかの家の使用人になるとかな」
「ああー、そういえばわたし、魔法が使えるようになったんでした。バルティニーさんや、あのスケルトンがバンバン魔法を使っていたから、つい忘れてしまっていましたけど……」
自分の進路に悩んでいるのか、イアナは腕組みする。
その様子を微笑ましく見ていて、俺はこの場所に近づく気配を察知した。
チャッコも気づいたようで、寝そべった状態から、四つ足で立つ体勢になる。口には骨を咥えたままだが。
俺たちの様子の変化に、イアナが遅まきながら気づいたようだ。
「新しいゾンビやスケルトンが来たんですか?」
「いや、この気配の強さは、生き物だな。恐らく人間だろう」
「ゥワウ!」
俺の意見に、チャッコも同意する鳴き声を上げる。
状況を確かめるため、俺は屋根の上にいき、周囲を見回してみた。
すると、ゾンビとスケルトンの群れのさらに外側。滅んだ村に続く道とは逆の街道上に、数台の馬車と多くの人の姿が見えた。
目を凝らすと、この場から逃げ出した、あの冒険者たちがいる。
見慣れない人たちも多くいることから、応援を呼んで戻ってきたようだ。
もしかしたら、状況を知ったアグルアース伯が、集めたって可能性もあるかな。
どうする気だろうと見ていると、この拠点に集中しているゾンビたちを不意打ちする気なのか、そろそろと静かに近づいてきている。
その行動に、俺は頭を抱えたくなった。
人や生き物相手ならそれでいいだろう。
けど、スケルトンの感知の仕方は、明らかに目や耳で判断したものじゃない。ある一定領域に踏み入ると、背後からでも察知されてしまうんだ。
どうせ大人数で攻撃するなら、スケルトンが仲間に注意を促す前に、一気呵成に突っ込んでいった方が成果が上がるだろうに。
この後の展開を予想して、俺は一度中に戻ると、毛布を手にイアナと共に屋根に戻ることにした。
不思議そうにするイアナに、目的を伝える。
「俺たち以外の冒険者が、どうやって戦うか見る絶好の機会だ。どうせなら、一番見やすい場所で見せてやろうと思ってな」
「つまり、さっきの話の続きですね。でも、人が必死に戦う姿をのんびり観戦しようだなんて、バルティニーさんはあくどい性格をしてますね」
「ほっとけ。第一、俺は外套と片靴を失っているんだぞ。寒空の下で、あいつらと一緒に戦おうって気は起きない」
毛布を体に巻こうとして、イアナが俺に背中を預けてきた。
「外套を着ても寒いので、毛布の中にご一緒させてください」
「……まあ、いいけどな」
別の意図がなさそうなイアナごと、俺は毛布で体を包む。
その間に、冒険者たちに気づいた外周に居たスケルトンが、ゾンビたちを引き連れて逆襲していた。
不意打ちに失敗した冒険者たちは、腹を決めたように攻撃しに動く。
戦う音が響くと、この拠点に集まっていたゾンビやスケルトンたちが、一斉に冒険者たちへ向かい始める。
すぐに混戦模様となり、冒険者もゾンビも入り乱れて、攻撃しあう。
その光景を見ていたイアナは、急に明るい声を出す。
「バルティニーさんみたいに、ぶっ飛んだ実力の人なんて、そんなにはいないんですね。なーんだ、自分の実力を心配して損したー」
自信を取り戻してくれたことは喜ばしいが、その言い方はないだろう。
小生意気な弟子に、次はどんな訓練を課してやろうかと考えながら、冒険者たちとゾンビたちとの狂乱を眺め続けたのだった。