二百三十二話 動く死者との決着
走る俺の前に、親玉スケルトンを護衛するゾンビたちが立ちはだかる。
後ろにゾンビの群れが迫っているため、長々と相手をしている暇はない。
俺は六方手裏剣を数枚抜くと、魔法で全ての刃を赤熱化させる。
「邪魔だッ!」
投げつけ、三匹の体に命中させる。
手裏剣を食らったゾンビたちは、その場所から燃え上がった。
「「「オオオオアアアアァァー」」」
しかし燃えながらも、こちらに来ようとしている。
魔法の選択を誤ったなと思いながら、燃えるゾンビを迂回して走る。
ここでようやく親玉スケルトンは、俺が攻撃用の魔法を使えることに気づいたようだった。
「お前もォ、魔導師だァったのかァ。ははァはー。であれば、殺して屍にしィ、魔法を使うゾンビとしてェ、こき使ってくれるゥわ」
「ご免だ、ねッ!」
護衛のゾンビの首を斬りおとしつつ、俺はもう一度手裏剣を取り出し、魔法で赤熱化させる。
投げつける先は親玉スケルトン――の下にいる、御輿の前側を支えるオークゾンビたちだ。
手裏剣を食らわせて燃え上がらせると、親玉スケルトンは慌てた。
「足場を崩すつもりかァ。だが、火は水で消せるゥぞォ。水よ、我が手より出でて、配下を濡らせェ」
燃えながらも懸命に支えるゾンビたちに、親玉スケルトンは無事な手から放出した水で濡らしていく。
水で消されても、まだまだ燃え続けるが、火力は衰えてしまったみたいだ。
でも赤熱化させた手裏剣を放った目的は、親玉スケルトンに対処の時間を使わせるためだ。目的は果たしているので、後は気にしなくてもいいな。
俺は鉈で護衛のゾンビの首を斬り飛ばしながら、足に魔法の水を纏わせる。
跳び上がり、頭のなくなったゾンビを踏み台にして、さらに上に跳んだ。
空中を飛びながら手の鉈を赤熱化させ、親玉スケルトンに突貫する。
「てぇいやぁああああああああ!」
「小生意気なァ! 風よォ、吹き飛ばすがいいィ!」
魔法を使ってくると察し、俺は体に纏う水の魔法を止め、手を親玉スケルトンに向ける。
「吹き散らせ!」
風の魔法を放つと、俺と親玉スケルトンの間で突風が衝突し、護衛のゾンビたちが散った風を食らって地面に転がる。
御輿を支えているオークゾンビたちは耐えている。
しかし風に吹かれたことで、前側の燃えているゾンビの火勢が盛んになってしまう。そして急所まで火が通ってしまったのか、燃えるゾンビは体勢が崩れ、御輿が前側に傾いた。
「のおおゥああァ?!」
足場が傾いたことに、親玉スケルトンが驚きの声を上げ、魔法を中断した。
その隙に、俺も風の魔法を止めながら、飛びかかる勢いのままに赤熱化させた鉈で攻撃する。
「とぅりぃやあああああああああ!」
頭蓋骨を割ろうと斜めに振るった鉈は、親玉スケルトンが掲げた、肘から先がない二の腕の骨によって防がれた。
骨が硬いとは分かっていたけど、まさか赤熱化させた鉈が斬り負けるとは、俺は予想していなかった。
しかし燃えれば多少は脆くなるようで、じりじりと切れ込みが深くなっていく。
けれど俺はすぐに斬ることを諦め、跳び退くことにした。
御輿の傾きが大きくなったことと、親玉スケルトンが手をこちらに向けてきていたからだ。
地面に俺が降り立つと、御輿を支えていたゾンビがうつ伏せに倒れ、御輿が横転した。
その前に、親玉スケルトンも地面に下り、暗い眼窩をこちらに向けてくる。
「死者の王たるゥ我を、地面に降ろさせたなァ」
「うるさい。死んでいるなら、動いてないで、さっさと土に還れ」
俺は赤熱化したままの鉈を構えて、親玉スケルトンと対峙する。
しかし向こうは、一対一で戦う気はないようだった。
「ゆけェい、ゾンビたちィ!」
「「オオアアアアアー」」
護衛のゾンビたちが、一斉に俺へと迫ってくる。逆に親玉スケルトンは、離れように動く。
そして俺の背後には、ゾンビの群れが迫ってもいる。
鉈を赤熱化させているだけでも、俺の魔塊は減り続けているんだ。長丁場になれば、俺が不利になる。
もう猶予はそんなにないと判断して、少し強硬して護衛のゾンビを斬り倒し、親玉スケルトンへと向かう。
しかしここで、ゾンビは頭か左胸を攻撃しなければ倒せないという特性と、人型と獣型が混在していることが、先に進む障害になった。
仲間をどれだけ倒されようと、体を傷つけられようと、こちらに噛みつこうとしてくる。そして弱点の位置がマチマチで、攻撃しにくい。
どうにか的確に弱点を狙うが、四方から襲い掛かられているので、どうしても対処に時間を取られてしまう。
しかも悪いことに、親玉スケルトンは配下を気にかけたりしないらしい。
「火よォ、焼き払うがァいい」
「くッ」
俺は首を飛ばしたゾンビを蹴り飛ばし、親玉スケルトンが放った魔法の火にぶつけて盾にする。
その上で、体に魔法の水を纏い、目と口を閉じて火傷を防ぐ。
数秒間の炎の蹂躙が終わると、俺の周囲は焼け焦げていた。
近くのゾンビも焼死体のようになっていた。それでもまだ動けるようで、燻る腕をぎこちなく伸ばしてくる。
火を浴びなかったゾンビも、後から迫ってくる。
背後のゾンビの群れの足音は、かなり近い。
これはもう、魔塊の量に気を配れるほど、悠長な状況じゃない。
俺は魔塊の魔力を盛大に使い、体に纏った魔法の水の厚みを増す。それによって増えたアシスト力を使い、囲うゾンビたちを体当たりで吹き飛ばしながら、親玉スケルトンへ向かう。
強行突破するとは思ってなかったのか、慌てて骨の手を向けてくる。
「風よォ、切り刻めェい!」
魔法がやってくるが、体に纏った魔法の水の防御力を信じることにした。
顔を腕で覆いながら、こちらから渦巻く風へ突っ込む。
踏ん張りながら進むと、体の各所に切られる感触が走る。だが、どこにも痛みはない。
気にせず風の中を走り抜け、顔を覆った腕を解けば、もう目の前に親玉スケルトンがいた。
「てぇりやああああああああ!」
「くゥ――」
渾身の力で赤熱化させた鉈を振るうと、親玉スケルトンは骨の腕で防御した。
しかし今回は、俺には魔法の水のアシストがある。力任せに鉈を押し込んで、骨腕を両断する。
そしてそのまま、親玉スケルトンの頭に直撃を食らわせた。
「――ぐおァ!? なん、だとォゥ」
鉈が頭蓋骨の半ばまで入ると、親玉スケルトンが困惑したような声を上げる。
切れ込みから火が吹き上がっているのに、どこか余裕が感じられた。
まさか、頭は弱点じゃないのか?!
嫌な予感を覚えながら、俺は鉈を強く押し付ける。
じりじりと斜めに切れ込みが入っていくが、親玉スケルトンはやっぱり余裕そうだ。
「お前ェ、なぜ二種類の魔法をォ、同時に使えているゥ?」
「左右の手で別々に魔力を扱えるよう、練習したからだ!」
「そうかァ。やはりィ、どんな存在になろうとォ、練習は欠かしてはァいけないわァけだなァ」
変な受け答えをしている間に、鉈は親玉スケルトンの頭蓋骨を斜めに斬って抜けた。
けれどそれを待っていたかのように、風の魔法を放たれてしまう。
「風よォ、吹き飛ばせェい!」
「――くッ、そぉ!」
堪えるが、足が地面から浮き、後ろに飛ばされてしまう。
さらに親玉スケルトンは、ゾンビたちに命令を飛ばす。
「そいつをォ、押さえこめェ」
「「オオアアアアー」」
このときには既に、護衛のゾンビと追ってきたゾンビの群れが合流していて、俺はその中に叩き込まれる形になった。
四方八方から伸ばされる手を避けながら、跳び上がって、ゾンビたちの上に逃れようとする。
しかしそこで運悪く、履いていた靴の片方に、ゾンビの指が引っ掛かった。
俺は引っ掛かった方の足を強く引き、片靴は失いながらも、どうにか別のゾンビを蹴りつけて上空へ退避できた。
けれど、安心はできない。
上空にいる俺を狙って、親玉スケルトンが魔法を放ってくるかもしれないからだ。
警戒するが、しかし魔法はやってこなかった。
不思議に思って観察すると、親玉スケルトンの骨格のつながりが緩んで、崩壊寸前になっていた。特に腕の骨は既に崩れ落ち初めていて、無事だった方の手も地面に落ちてしまっていた。
上空にいながら呆気にとられる俺に、親玉スケルトンが笑いかけてくる。
「くあはァはッ。やせ我慢もォ、これで限界かァ。強大な魔物になろうとォ、元は二流の冒険者ァ。ここらが限界ィだろうゥなァ」
諦めるような口調の後で、崩壊し始めた腕をこちらに向けてきた。
「だが、再び死ぬ道ずれェに、お前ェも連れて行かせてもらうぞォ。我が崩れてェもォ、ゾンビとスケルトンたちィは、生者のお前ェを狙い続け――」
言葉の途中で、背後に忍び寄っていたチャッコが、口に咥えた棍棒を親玉スケルトンの焦げた頭蓋骨に振り下ろす。
「ゥオオオオオオオオン!」
「――がッ。いい、ところをォ、ジャマし……」
あれが止めの一発になったようで、ぐしゃりと潰れるように、親玉スケルトンは崩れ落ちた。
骨格がバラバラになっているところを見ると、活動は停止したようだ。
安堵からほっと息を吐きつつも、俺は自由落下の終わりに、足元のゾンビを踏み壊しながら、また上空へ跳び上がる。
同時に、高い場所から周囲を観察する。
親玉スケルトンの大腿骨を咥えて運ぶチャッコ。冒険者の拠点だった建物の屋根で、嬉しげに手を振るイアナ。そして、まだ五十以上いそうな、ゾンビとスケルトンの群れ。
どうしようかと考えて、冬の寒さに身震いする。
体を見ると、着ていた毛皮の外套が、戦闘の影響でボロボロだ。その上、水の魔法を厚く纏っていたので、体がかなり濡れてしまっている。加えて、片足は素足でもある。
このまま外に居たんじゃ、風邪をひいてしまうだろう。
ここはいったん、自分たちの拠点に戻って、暖炉と食事で温まる必要があるな。
そのためにはまず、俺の魔塊が尽きる前に、イアナとチャッコと合流して、戻らなきゃな。
俺はそんな予定を立てると、その通りに動くために、足下に迫ったスケルトンを踏み壊しながら、また上空へと戻ったのだった。