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二百二十九話 逃走工作と拠点探索

 ゾンビたちから逃れてからも、俺たちは平原の上を走り続けていた。

 どうやらチャッコが咥える骨腕のお陰で、持ち主の親玉スケルトンに、こちらの位置が筒抜けになっているんだろう。

 こちらの進路を塞ぐように、平原に点在しているゾンビやスケルトンが移動してくる。

 その予想を伝えると、自分で走るようになって顔色が回復した、イアナが提案してきた。


「それがあったら、ゾンビとかスケルトンとかに追いかけられ続けるじゃないですか。その骨、どこかに捨てちゃいましょうよ。ね、チャッコちゃん、いいでしょ?」

「ゥワフ」


 嫌だと顔を背けられて、イアナがこちらに助けを求める目を向けてくる。

 けど、俺も彼女の意見には反対だった。


「その骨のお陰で、こちらの位置がわかるなら、逆用することだって可能だ。むしろ、骨を捨てたからって、あの親玉が俺たちを見逃すとは思えないな」

「なら、どうするんですか。バルティニーさんやチャッコちゃんが体力自慢だとしても、ずっとは逃げられませんよ。それと、それより先に、わたしが力尽きます!」

「たしかに、どこかで休憩は必要だよな」


 走りながら考えて、ある思いつきが出た。

 俺はチャッコに手を伸ばす。


「その骨、ちょっと貸して。ちゃんと、返すから」

「……ゥワウ」


 渋々と言った感じで、骨を渡してくれた。

 俺は受け取り、詳しく観察する。

 やはり骨の継ぎ目は、不思議な力場でつながっているらしく、空間がある。

 指先の骨を摘まんで引っ張ってみる。すると、簡単に抜けた。戻すと、簡単にくっ付く。

 指や手首、前腕の二本の骨を離したり付けたりしていると、骨の腕が抗議するように暴れ始めた。

 もう十分に確認したので、俺は手首から先を取り外すと、腕の骨だけをチャッコに返却する。


「ゥワウ?」


 なにをするか気になるようで、俺の手にある骨の手を見ている。


「これはな、こうするんだ」


 小指の先の骨を抜き取ると、適当な方向に遠投する。

 枯れかけの草の間に入り、投げた俺でもどこにあるのか分からなくなった。

 その直後、平原にいるゾンビたちが、一斉に小指の骨が落ちた当たりに集い始める。そして草の間を探し始めた。

 どうやら、親玉スケルトンが回収するように命令を出したんだろう。

 小さい骨だから、探すのが大変そうだ。

 そして『人の指を捨てるなんて』って、親玉スケルトンが怒る様子が目に浮かぶ。

 けどこれで、俺の予想通りに、適当に指の骨をばら撒けば攪乱に使えると分かった。

 俺は休憩場所をどこにするか考えつつ、指の骨を明後日の方向に投げ捨てながら逃げる。

 その最中に、ある穴が目に入った。


「イアナ、チャッコ。俺は少しやることができたから、先に行っててくれ。合流地点は、アグルアース伯が作ってくれた、あの拠点だ」

「は、はい。じゃあ、あの建物の中で待ってますね!」

「ゥワウ」


 返事を返すしたチャッコは、イアナの革鎧の後ろを咥えると、大きく振り回した。


「うぅえええー?! うわっぷっ!」


 困惑する声を上げたイアナは、チャッコの背中に落ちた。

 反射的にだろう、首元に腕を腕を回して、地面に落ちないように抱き着く。


「ゥワワウ」

「うわわわっ! チャッコちゃん、これはちょっと、危険じゃないかなって思うんだけどなああー!!」


 背中にイアナを乗せたまま、チャッコは全速力で駆け始めた。

 今までイアナの足に合わせて走っていたから、足の遅さに我慢できなくなって、乗せて運ぶ気になったんだろうな。

 元気よく走り去るチャッコを見送り、俺は穴の中――二日前に地面に作った、あの地下室へ入る。

 残っている指の骨を全て抜き、残った手の甲の骨を部屋の中央に置く。

 その後で地下室の外へ出て、地面に手をつける。

 魔塊の残りを確認して、地下室全てを土に埋めるのは無理だと判断した。

 ならと、地上とつながる通路を潰してしまうことにする。


「土に埋まれ!」


 イメージの補強のために言葉を出しながら、魔塊からの魔力で魔法を使った。

 すぐに小さな地揺れが起き、空いた穴から土煙が出てくる。

 俺が魔法を終えて地面から手を放す頃には、穴の痕跡はあっても、地下室の存在を匂わす証拠はなくなった。

 少し倹約しすぎたかなと、魔塊の減った量を確認しつつ、俺は指の骨と共に走り出す。

 あれを掘り起こすのは、ゾンビやスケルトンでは難しいので、指の骨を撒くよりも時間を稼げるはずだ。

 俺は先に行ったチャッコたちを追うため、拠点へ向けて、再び駆け出したのだった。

 





 拠点に到着すると、ゾンビやスケルトンの姿は周りに全くなかった。

 どうやら、俺が投げ捨てた骨を探すために、手勢を全て振り分けているようだ。

 鍵を開けて拠点の中に入ると、出てきたままの状態だった。

 見回すと、すでに暖炉が焚かれている。

 その前には、毛布を広げて寝そべりつつ、骨の腕を前足で押さえているチャッコ。そして、青白い顔で横たわるイアナがいた。


「ゥワフ」


 ようやく来たかと言いたげなチャッコの後で、イアナは気分が悪そうにしながら、こちらに這いよってきた。


「バ、バルティニーさん、聞いてください。チャッコちゃんったら、酷いんですよ。気持ち悪くて倒れているのに、暖炉の火をつけろって、泥だらけの足で頭を踏んできたんですよ」

「ああ、だから後ろ頭が変に汚れているのか。でも、ここまでチャッコに運んでもらったんだろ。労いって暖炉をつけてやるぐらい、いいじゃないか」

「それは感謝してますけど……いや待って、あんなに揺られて気持ち悪くさせれたのに、ありがたがる必要はないんじゃ??」


 困惑しているイアナを他所に、俺は戸締りを確認してから、残しておいた食料を確かめる。

 なにかに齧られたり、誰かに汚されたような痕跡はないので、食べても大丈夫そうだな。

 料理を作ろうとして、ふと冒険者たちが住んでいた方の拠点の中が気になった。

 確認に行きたいが、暖炉でくつろぐチャッコと、気分の回復を待っているイアナにつきあわせるのは悪いな。


「少し様子を見てくる。俺が戻るまで、休んでいてくれ」


 チャッコは尻尾を、イアナは手を振って、こちらに了承を返す。

 俺は外に出ると、出入り口の戸締りをしっかりとしてから、冒険者たちが暮らしていた拠点に向かった。

 戸締りもせずに出たからか、出入り口は開け放たれている。

 鉈を手に入っていく。逃走のために、扉は開けたままにしておいた。

 建物の中は荒れていた。

 けど、洗い物がそのままだったり、酒瓶が転がっているところを見ると、ゾンビたちが荒らしたのではなく、あの冒険者たちがだらしなかっただけのようだ。

 そもそも、踏み荒らされた形跡がない。

 ゾンビたちは中に入らなかったのかもしれない。

 広い建物の中にある物陰に注意しながら、中を探索していく。

 部屋を一つ一つ確認していくが、ゾンビの姿はない。

 それにしても、部屋の中が汚れているな。

 汚れたシーツに、食べこぼしの跡。臭気を放つ衣服が、丸まって床に落ちている。

 男所帯が住んでいると、これが当然なのか?

 首を傾げながら進み、調べていない部屋が残り一つとなった。

 ここまでに食糧庫を見かけていないので、ここがそれだろう。奥まった場所に作ってあるのは、籠城するときのためかもしれないな。

 近づくと、扉が開け放たれていて、干し肉や野菜などが転がっていた。

 そうとう慌てて、逃げ出したんだろう。

 中に入りかけ、足を一歩踏み出した状態で、俺は頭を後ろに反らした。すぐ近くに、なにかが動いた気配がしたからだ。

 すると目の前を、腐った腕が物凄い勢いで、上から下に通り抜けた。

 跳び退き、鉈を構えながら、周囲の広さを確認する。存分にとはいかないが、鉈を振るえるぐらいは廊下が広い。

 十分に戦えると判断して、食糧庫に潜んでいたゾンビを待つ。

 やがて暗がりから出てきたのは、顔の半分が白骨化し、腕や足に噛まれた痕がある、オーガのゾンビだった。

 親玉スケルトンが、冒険者たちが戻ってきたときのために、手駒の中で強い個体を潜ませていたようだ。


「オオオォォアァァァ」


 生きたオーガと比べるまでもない、貧弱な雄たけびを上げながら、オーガゾンビは襲い掛かってきた。

 歩きは鈍いが、振るってくる腕の速さは相当なものだ。

 俺が殴る軌道を予想して避けると、オーガゾンビは勢い余って壁を殴りつけ、大穴が開いた。

 俺は端に寄りながら、壁を拳で軽く叩いてみる。人間の手じゃ穴を開けられないほど、かなり硬い素材だ。

 それに穴を開けたのを見ると、オーガゾンビは生きているオーガに比べて、膂力が増しているようだ。

 オーガゾンビが壁から引き抜いた手を見ても、怪我はない。鉄剣を防ぐ皮膚の硬さは、死んでも健在らしい。

 ただの鉈じゃ倒せないな。

 俺は片手で鉈を向けつつ、もう一本の鉈――赤熱化の魔法を使うための武器を抜く。

 今日は色々あって、かなり魔塊を減らしてしまっている。今後のことも考えると、長くは戦っていられない。


「とりゃあ!」


 俺は向けていた方の鉈を投げつけ、その後を追うように前に踏み込む。


「オオオァアアアア」


 オーガゾンビは飛んできた鉈を防御せず、頭に食らいながら、こちらに踏み込んで拳で殴りつけてくる。

 生きたオーガとの戦闘経験、黒蛇族とエルフたちとの訓練経験を生かし、俺はギリギリのところで避けて、さらにもう一歩踏み込んだ。

 この時にはすでに、戦闘用の魔法で手にある鉈の刃は、赤熱化させ終わっている。


「たああああああぁぁぁ!」

 

 気合を込めて、オーガゾンビの首を横に、赤熱化させた鉈で両断した。

 刎ね飛んだ首が壁に当たって跳ね返り、廊下の上を転がる。焼け焦げた傷口からは、腐った血と肉が焼けた嫌な臭いがしてくる。

 もともと死んでいただけあって、オーガ特有の生き汚さはなくなっていたんだろう。

 あっさりと、首を失った体が倒れて、動かなくなった。

 蹴って反応がないか確かめてから、俺はオーガゾンビが潜んでいた食糧庫に入る。

 二十人近くいた冒険者たちを賄うために、かなりの食料が残っていた。


「……いや、ほとんど使えなくなっているな」


 手に取らなくても、腐った肉や汁が、多くの食材に振りまかれている光景が見えた。

 よく周りを観察すると、ゾンビの残骸が転がっている。

 きっとオーガゾンビが、このゾンビを解体して、その肉や汁を食糧庫の中に撒いたんだろうな。

 オーガゾンビにこんな工作をする知能があるように見えなかったので、親玉スケルトンの仕込みに違いない。

 なんにせよ、腹痛を起こさないように、ここの食料を持っていくことは止めた方が良さそうだ。

 踵を返そうとして、閉まったままの箱がいくつか目に入った。

 見たことがある箱に、もしかしてと開けると、中には蒸留酒の入った瓶。

 冒険者たちが宴会で飲み残したか、今後のために取って置いたようだ。

 ちゃんと密封されているし、そもそも箱が防いでいて腐った汁すらかかってないので、飲んでも問題はなさそうだ。

 仮に飲まなくても、何かに使えそうだ。

 敷き藁を抜いた箱一つに詰め直して、全て持っていくことにしたのだった。

 

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