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二十二話 魔の森の変調

 今日も今日とて依頼をこなそうと、テッドリィさんと共に冒険者組合へ向かった。

 すると、顔見知りになってきた職員さんに声をかけられた。


「お二人に、ちょっとしたお話があるのですが」


 意味深な言葉に、俺は首を傾げ、テッドリィさんは嫌そうな顔をする。


「悪ぃが、小言ならカンベンだかんな」


 テッドリィさんが釘を刺すと、職員さんは首を横に振る。


「いえいえ、そうじゃありません。是非ともお二方に受けていただきたい依頼があるのです」


 そう言って差し出してきたのは、一枚の紙。

 森の状況が少し変化したと情報があるので、なにか変わったことがないか調べて欲しい。その際に、野生動物を獲ったり魔物を倒した証拠を得ていれば追加報酬を払う。そんなことが書いてあった。

 要するに、狩りをするついでに、森の様子を見て来いってことだろう。


「この依頼なら、俺が受けてもいいですよ」

「そうだな。バルトが受けりゃそれで済む話なようだな。けど、あんまり深く森に入んなよ」


 俺たちがそんな風に依頼を受けようとすると、職員さんが首を横に振る。


「いえ。重要なのは情報なので、この依頼は二人以上で行動してもらわないといけないと、決まりごとがあるのですよ」

「それって、一人がやられても、もう一人が逃げて情報を持ち帰るためですよね?」

「はい、まさしくその通りです」


 理由を聞いて、俺とテッドリィさんはどうしようかと顔を見合わせる。


「あたしは魔物をぶっ殺すことは得意だが、森歩きはあまり自信がない。得意なバルトが決めろ」


 うーん。情報を持ち帰れば報酬が出るなら、狩りの成果はオマケに考えればいいかな。

 テッドリィさんが一緒にいれば、弱い魔物か野生動物ぐらいなら、不意打ちでも死ぬようなことは起きないだろうし。


「テッドリィさん、この依頼を一緒に受けましょう」

「バルトがそう決めたなら、つきあってやるよ」


 と決まったので、職員さんから依頼の詳しい内容を聞くことにした。


「ここ最近、魔物が木の伐採場近くまでやってくることが多くなりました。森の奥で何か変化が起きて、森の際まで押しやられたのではないかと思われます。その原因が何だったのかを探って欲しいのです。期間は今日から十日ほど。日ごとに依頼が発行され、報酬はその都度お支払いします。有益な情報であれば報酬に上乗せがされます。特に何かを発見できなくとも、規定の報酬はお支払いいたします」


 紙に書かれた依頼料は、情報を集めるだけにしてはやや高い。組合側が知りたそうな情報を見つけたり、動物や魔物を獲れば、さらに上乗せされることを考えれば、割りは良い気がしてくる。


「コレだけ良い条件だと、冒険者たちがちゃんと森に入って調べているかの確認は、狩りのときと同じで優秀な狩人さんが見回るんですか?」

「はい、その通りです。もっとも、依頼を受けた冒険者たちが森の奥に行く姿を見かけたら、深追いはしないように伝えてあります」


 優秀な狩人さんが死んでしまうと、冒険者組合としては手痛い損失になっちゃう。だから、それを予防しているってことかな。


「じゃあ、さっそく森に行ってみよう。テッドリィさんは、何か用意したいものある?」

「いや。この格好のままでいいさ。何か不都合があれば、狩りに慣れてるバルトを頼らせてもらうしな」


 珍しくテッドリィさんに頼らると、なんだか嬉しくなってしまう。

 けど、森歩きをするからには、あまり気分を浮かれさせてはいられない。

 でも村を出て森に入るまでの間、気分を良くしたまま歩く分は許されるはずだ。

 そう思ってうきうきと歩き続けると、テッドリィさんは微笑ましそうに苦笑している姿が見えてしまったのだった。





 森に入ってみたけれど、さほど変な感じはしなかった。生まれ故郷の魔の森と、あまり変わらないような感じだ。

 けれど、森の中が何か怪しいという噂を聞いているのか、斧を持つ木こりも草取りの少年少女たちも、あまり森の中に入らずにそれぞれ作業している。

 そんな彼らを尻目に、俺とテッドリィさんは森の中を歩いていく。

 今回は獲物を取るのが目的ではないため、隠れ進んだりはしない。

 あと、森歩きに慣れていないと自己申告したテッドリィさんのために、歩きやすい場所を進むことにした。それは動物が体で植物を押し開いた獣道だったり、狩人が刃物で切り開いた道だったりだ。

 先頭は俺で、左手に弓と一本の矢を一緒に握り、右手に鉈を持ち振るってより歩きやすくしながら道を歩く。

 後ろにはテッドリィさんが、剣を剥き身で持ちながら、周囲に目を配っている。


「こうも枝や草が茂ってると、あんま先が見えねぇな」

「だからこそ、音や気配で近づいてくるモノがいないか探すんだ」

「分かっちゃいるけど、こうも隠れ場所があると、落ち着かねぇよ。平原じゃ見渡せるぐらいに視界が通るからよぉ、何かがいて不自然に草が揺れる場所なんかはよく見えるんだ」

「ってことは、テッドリィさんって基本は平原が活動場所だったんだ?」

「行商たちの護衛が主だったからな。一人で動く冒険者は、行商相手の依頼は受けやすい。弱小商人は護衛を少人数で済ませたがる。強大な商人なら安全のために、贔屓にしている冒険者の他に、先払い役に二人ぐらい増やしたがるからな。変に人数が多いと、選択肢が狭まるもんだ」

 

 普通の狩りだったら黙って歩くのが普通なのだけれど、こうやって声や音を立てながら歩いていれば、野生動物は逃げるけれど、魔物は近づいてくる。

 今回は情報収集が目的なので、テッドリィさんの役立つ話を聞きながら森の中を歩いたほうが、効率がいいと判断したのだ。

 そんな俺の思惑は当たり、すぐに何かが近づいてくる気配を感じた。


「テッドリィさん。魔物が来るから、注意しててよ」

「バルトがそう言うからには、用心すっかな」


 俺は鉈を一旦仕舞い、弓矢を番えた。

 テッドリィさんは剣を構え、周囲に気を配り始める。

 ほどなくして、近くの茂みから物音。

 予想していた俺は、すかさず矢をその茂みに放った。


「ギャィイィィン!」


 悲鳴を上げて茂みから出てきたのは、黒い毛並みの犬の魔物――ダークドックだった。

 前足の付け根に矢が刺さっているが、まだまだ元気そうだ。


「グルルルルルル!」


 うなり声で威嚇してくる姿を見て、テッドリィさんが斬りかかっていく。


「おおりゃあああああああ!」


 力任せに見える振り方で剣の一撃を食らわせ、ダークドックの頭から顎までを斬り裂いた。

 致命傷を受けて、ダークドックはその場に倒れ、頭からでた真っ赤な血が土の地面に吸収されていく。

 これで一息つけるかなとも思ったのだけれど、そうはいかないようだ。


「テッドリィさん、追加で魔物がくるから気を抜かないで」

「へへっ。この程度の魔物なら、三匹や四匹来たって、どうってことねぇ」


 テッドリィさんの軽口に応えるように、茂みを飛び越えて三匹のダークドックたちが現れた。

 姿を視認した瞬間に、俺は番えてあった矢を放つ。一匹の腹に命中したが、それだけじゃ致命傷にはならないことはわかっている。

 弓を足元に捨て、鉈を引き抜いて構える。

 その間にも、テッドリィさんはダークドックの一匹に斬りかかっていた。


「おおおうりゃああああああ!」


 強振された剣だったが、横に跳ばれて避けられてしまっていた。

 剣を振るい終わったテッドリィさんの隙を狙い、別の一匹が噛み付こうとする。


「ガアアアオオア!」

「舐めるんじゃ、ねえよ!」


 テッドリィさんは体勢を力強く立て直しながら、剣を振り戻すようにして攻撃した。


「ギャイイイン!」


 首元から顎下にかけてを斬られ、噛み付こうとしていた一匹は、悲鳴を上げながら飛び退く。

 すると三匹のダークドックたちは警戒したようで、周りを囲みながらも攻撃しようとはしなくなり、俺たちの隙を窺い始めた。

 剣や鉈の攻撃範囲外で待たれてしまっているので、俺は足元にある弓を拾おうとする。


「ガウガウウガウ!」


 俺の行動を阻止するように、一匹のダークドックが吠えながら近づいてきた。

 弓を拾うのを諦めて鉈を構え直すと、遠ざかって様子見を続ける。

 テッドリィさんも状況を打開しようと、軽く踏み込んでから剣を振るってみたりしている。しかし、ダークドックたちは距離を保ち、下手に攻撃しようとはしてこない。


「チッ、変に知恵がついてやがんな」

「それと魔物なのに、戦い方がなんだか消極的だ」


 テッドリィさんと言葉を交わしながら、どうしようかと考える。

 ちょっとだけでも注意が逸らせれば、ダークドックぐらいの魔物なら倒すのは簡単だ。


「森の中で魔法は厳禁なんだけど……」


 そんな呟きでもって、魔法を使うという合図を出す。

 テッドリィさんはちゃんと理解したようで、顎を引く程度の軽い頷きを返してきた。

 俺は片手をダークドックの一匹に向けつつ、魔塊を回して魔産工場を活性化させる。生み出された魔力の余剰分が体外に出されるのを待ってから、放水するイメージを浮かべながら魔法を発動した。

 手から水が発射され、狙っていたダークドックへと向かう。


「キャゥン!?」


 そのダークドックは驚いた声を上げつつ、水を被らないようにと大きく後ろに跳んだ。

 崩れた包囲網を調えようと、他二匹が少し前に出てこちらを牽制してこようとしてきた。

 だけど、テッドリィさんが行動する方が早かったみたいだ。


「おおおぅりゃああああああ!」

「ギャアアアン――」


 力いっぱいに振るわれた剣が、一匹の首元に叩きこまれた。

 この一撃で首の骨ごと首の半分を斬られ、一匹が地面に沈む。テッドリィさんはそのままもう一匹へと斬りかかっていく。

 水に怯えて逃げた一匹が迫ってくるのを、俺が鉈で迎撃する。


「だあありゃああああああ!」

「ガアアオオオオオオオン!」


 首元を狙って飛びかかってきたところを狙い、鉈を横に振るって当てる。

 ダークドックの側頭部が割れ、血と脳が盛れ出てくる光景を間近で見ながら、鉈をさらに横へと振るって弾き飛ばした。

 その一匹は地面に体を投げ出すように倒れると、起き上がろうと足掻き始める。

 また攻撃しにきてはたまらない。止めを刺さないと。


「だありゃあああああ!」


 近寄って、鉈を首元に叩きこむ。

 首の骨を断てたようで、起き上がろうとする動きが止まった。そしてそのまま力を失ったように、地面に横たわる。

 倒したことに安心する前に、テッドリィさんが無事かを確認しないと。

 振り返ってみると、俺より先に最後の一匹は倒されていたようで、ダークドックの尻尾を剣で斬り落としているところだった。


「おっ、バルトの方も終わったか。なら上乗せの報酬をもらうために、尻尾をちゃんと回収しとけよ」

「あと、ゾンビやスケルトンにならないように、首を落とすのも忘れないようにしないとね」


 俺とテッドリィさんは尻尾を回収し、三匹のダークドックの首を落とす。

 地面に落ちている弓を拾うと移動して、少し離れた場所で立ち止まる。


「切れ味悪くなっちゃうから、武器の血を落とさないと」


 俺は土を一掴み拾って、抜いたまま持っていた鉈に擦り付け、刃についた血を拭った。

 この方法は初めて見るのか、テッドリィさんは興味深そうに見てから、真似して土で剣の血汚れを取っていく。

 そうして簡単な整備を終わらせ、再び森の中の様子を調べようと、二人して立ち上がる。

 そのとき、先ほどダークドックと戦っていた場所あたりから、大きな遠吠えが聞こえてきた。


「ウルォオオオオオオオオオン!」


 明らかにダークドックとは違った声を聞いた瞬間に、俺の背筋に寒気が走った。

 なんだか、とてもやばい相手な気がする。

 テッドリィさんも同じ気持ちになったのか、とても嫌そうな顔をしていた。

 お互いに顔を見合わせながら頷き合う。

 そして森の外に出るべく、静かにこそこそと移動を始めたのだった。




 早々に森の探索を切り上げて、俺とテッドリィさんは開拓村に戻ってきた。

 朝に出て昼前に戻ってきた俺たちに、冒険者組合の職員はあまり良い顔をしなかった。


「魔の森に探索に行っていたのは、そのダークドックの尻尾を見れば分かりますが。いささか早すぎるんじゃありませんか?」


 指摘について、俺は当然の反応だと思った。朝に森に入って昼前に戻ってきたので、探索したのは本当に短い時間だったからだ。

 しかし、テッドリィさんはそうは思わなかったみたいだ。


「おい、テメェ。あたしらが何の情報もなく、魔の森から逃げ出したみたいな言い方しやがって!」


 『苛烈』と二つ名があるテッドリィさんらしく、射殺すような目で職員を睨みつけていた。

 しかし、海千山千の人たちがくる冒険者組合の職員だけあって、平然とした様子をしている。まあ、ちょこっと肩が震えているあたり、やせ我慢って気もしなくもないけど。


「ほほう。有用な情報を得たので、報告しに戻ってきたわけですね?」

「おうさ。このダークドックたちと戦った後だ。その死体を貪りにきたらしい、ヤバイ感じの魔物の遠吠えが聞こえたんだ。あの嫌な感じは、かなり強い魔物に違いない。きっと魔の森の雰囲気が変わったのも、その魔物のせいなはずだ」


 テッドリィさんが真剣に語ったが、職員の反応は冷ややかだ。


「その強い魔物とやらの姿を見たのですか?」

「おいおい、ヤバイと感じたから戻ってきたんだ。そんな相手の姿を、わざわざ見ようとするわきゃねぇだろう」

「聞こえたのが声だけとなると、魔の森の変調がその魔物の所為とは言いがたいですね。そもそも、姿を見ていないのなら、何かの聞き間違いという線もありますし」

「なんだと、コラ。あたしが嘘吐いているってのか?」

「いえいえ。森の変調だと決定するには根拠が乏しい、と言っているだけです。ただ、強力な魔物が森の際まで出てくるらしいと、冒険者に注意喚起はしておきましょう」


 依頼の報酬は支払われたのだけれど、ダークドックの討伐分は上乗せされて、報酬額をやや超える程度だった。

 やや減額されてしまったことに、テッドリィさんは腹を立てて、怒りながら外に出て行ってしまう。

 俺は追いかけていき、行きつけの食堂の手前で合流した。

 そして真昼間だというのに、その食堂にてテッドリィさんの自棄酒に付き合わされる羽目になってしまったのだった。


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