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二百二十六話 進んでまた一休み

 地下室で寝て起きると、灯りがついていた。

 寝起きで霞む目を凝らすと、イアナが得意げな顔で、指先に火を浮かべていた。


「おはようございます、バルティニーさん。見てください、もう完璧ですよ!」

「……そうみたいだな」


 寝起きでつれなく返すと、イアナは膨れた。


「むぅ。褒めてくれたっていいじゃないですかー」

「一日でできるようになったことは、褒めたいとは思う。けど、徹夜で練習していたんじゃないよな?」


 目の下にあるクマを見ながら言うと、イアナは顔を背けた。


「い、いやだなぁ、ちゃんと寝てましたって」

「どれくらいだ?」

「えっと……ほんの少しです。魔法が使えたことで興奮しちゃって、寝るに寝れなくなっちゃって……」


 どうせそんなことだろうと思った。

 俺は自分の指に生活用の魔法で火を出すと、イアナの襟首を掴んで引きずり倒す。

 そして、胡坐に組んだ太腿の上に、彼女の後ろ頭を乗せた。


「ここは敵中だから、体調は万全にしておけ。ほら、寝ろ」

「うええ?! バルティニーさんの膝の上で寝るんですか!?」

「いまなら赤ん坊にするように、お腹をぽんぽん軽く叩いて、寝かしつけてやるぞ」

「ちょっ、止めてくださいよ。寝ます、ちゃんと寝ますから、もう……」


 イアナはお腹に手で隠して、寝かしつけることを嫌がった。

 その割には、俺の膝から頭を退かそうとしない。


「えへへっ。ちょっと硬くて高いですけど、バルティニーさんの膝は温かくていい枕ですね」

「ありがと。でも高いなら、腕枕に変えるぞ?」

「それは嫌です。腕に抱えられて喜ぶほど、バルティニーさんのこと師匠としては好きですけど、異性としては好きじゃないですから」

「喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら、よく分からない評価だな」


 他愛のない話を続けていると、イアナの目が自然と落ちて、すーすーと寝息を立て始めた。

 それを待っていたかのように、チャッコも起きて近づいてきて、もう片方の膝に顎を乗っけてきた。

 目で撫でろと言ってきたので、指先に灯した火を消してから、チャッコの頭を手で漉いていく。

 こうして暗闇の中にいる間、俺は魔塊を回し続け、細胞から過供給される魔力を、魔塊に吸収させ続けて量のさらなる回復を図ったのだった。


 

 


 イアナが熟睡から覚めたところで、遅い朝食――いや早めの昼食を取った。

 拠点から持ってきた食料をそのまま齧るだけの、味気ない食事だ。それでも、腹は満ちた。

 地下室を出る準備を整え、俺たちは出入り口に至るスロープを上っていく。

 入口を塞いだ土を取り除く前に、俺はチャッコに聞くことにした。


「すぐ外にゾンビがいるか、わかる?」

「ゥウウ……ゥワウン」


 チャッコの反応は、いるともいないとも言えない、微妙なものだった。

 たぶん、ゾンビたちがまばらにはいるって言いたいんだろう。

 反応の意味をそう受け取った俺は、鍛冶魔法は使わずに、ゆっくりと手で土を掘り崩した。

 出入り口に穴が開くと、冬の冷たい空気が入ってくる。

 地下室との温度差に身震いしながら、穴を広げて顔を出し、周囲の状況を確認する。

 出入り口の近くには、ゾンビとスケルトンはいない。少し遠くに、まばらに点在する姿が見えた。

 俺たちを探しているという雰囲気じゃなく、ただ広く分布しているだけだみたいだ。

 厄介なスケルトンの位置を把握してから、俺は弓矢を構えて穴から素早く出た。

 向こうが反応する前に、狙い当てられるスケルトンの頭を、順々に矢で射抜いていく。

 しかし冬の寒さで指がかじかんだのか、狙える最も遠くの獣型のスケルトンを射抜き損ねてしまった。

 悔やむ前に次の矢を番え、周囲に顔を巡らし始めたそのスケルトンに放つ。

 今度はちゃんと当たり、ほっとした。

 続いて俺は、近くのゾンビの動向を警戒しながら、身振りでイアナとチャッコに出てくるように伝える。そして小声で、これからの行動を伝える。


「ゾンビは極力無視して、滅んだ村まで進む。距離的に、夕暮れ前までに到着できるはずだ。もしできなかったら、新しい地下室を作って寝泊まりして、翌日に持ち越しになる」

「分かりました。戦うよりも、バルティニーさんを追いかけるほうを重視すればいいんですね」

「ゥワワン」


 イアナとチャッコからの了解の返事を受けてから、移動を始めた。

 ゾンビの感知範囲の外を縫うように進む。どうしても入ってしまう場合は、音を立てさせないように鉈や棍棒で素早く倒す。

 進行先で見かけたスケルトンは矢で射倒し、仲間を呼ばせないように注意を払う。

 しかし滅んだ村に近づくにつれて、ゾンビとスケルトンの数が多くなってきたので、発見されずに進むことが段々と難しくなってきた。

 そして、滅んだ村が視界に入る場所まで来て、俺は足を止めざるをえなかった。

 俺たちの拠点にきた数よりも、はるかに多いゾンビたちが、村の中と外にひしめいていたからだ。

 ここからは力押ししかできないなと考え、どのくらいの数いるか調べようとする。

 だけど途中で、意味がないことに気づく。

 ゾンビの中に、多数のオークのゾンビが見えたからだ。それだけじゃなく、森の中に現れる虫や動物型の魔物もいる。

 ぱっと見では分からないけど、この分だと、俺と関わりが深いオーガのゾンビもいるかもしれない。

 あの面々がいるとなると、今までの人間や野生動物に弱い魔物のゾンビたちと戦った経験なんて、役に立たないだろうな。

 けれど、あれだけのゾンビが集まっているとなると、あの廃村に親玉がいることは間違いない。

 多数のゾンビとスケルトンを突破して、その親玉に向かうにはどうすればいいだろうか。

 深く考えようとして、西日が差していることに気づく。

 冬の寒夜の下で過ごす気はないので、俺は地下壕を作ることにした。

 ここまで近いと、ゾンビの親玉に感知される危険があるため、攻撃用の魔法で地下室を作れない。

 そのため、鍛冶魔法で地質を柔らかくしてから、鉈で地道に掘り進めていく。

 イアナとチャッコに周囲の警戒と、近寄ってくるゾンビの排除を任せること、小一時間ほど。

 俺たちが身を寄せて収まるぐらいの、斜めの竪穴が完成した。

 さっそく、中に入って休憩だ。


「かなり、窮屈ですね。これで穴を塞ぐんですから、息苦しくなりそうです」

「ちゃんと空気穴は作ってあるから、窒息はしない。それに体を寄せているから、火を使わなくても温かいぞ」

「温かいことは温かいですよね。チャッコちゃんがいるから、余計にですけど」

「ゥワオン」


 小声で会話をしながら、地下壕の出入り口を鍛冶魔法を使って、土で塞ぐ。

 真っ暗になった中で不安なのか、イアナが抱き着いてきた。そして小声で質問してくる。


「あ、あの。あんなにたくさんのゾンビたちを、ここで暮らしながら、一匹ずつ倒していくんですか?」

「そんなことはしない。しないが、どうしようか考え中だ」

「それならいっそのこと、バルティニーさんが強い魔法で、一網打尽にしてしまったらどうですか」

「できなくもないが――」


 エルフの集落で、空飛ぶ竜を相手に使ったあの光の魔法なら、ゾンビたちを薙ぎ払うことは可能かもしれない。

 炎の魔法を連発して、廃村ごと丸焼きにすることもできるだろう。


「――でも仕留め損ねたら、攻撃用の魔法を見て、ゾンビの親玉が逃げるかもしれないんだよな」


 懸念を口にすると、イアナが小首を傾げた。


「人を見れば襲ってくるような魔物が逃げ出すなんて、心配のしすぎじゃないですか?」

「いや。廃村を根城にしていて、強いゾンビは身近におき、弱いゾンビで勢力範囲を広げている点。そして俺たちの拠点を、数任せに責めてきたことを考えると、親玉はかなり頭がいいと考えられるぞ」

「まさか。魔物に、頭がいい悪いなんてあるんですか?」

「あるぞ。現に、チャッコは魔物だが、とても頭が良いだろ。それに森の主で、人と会話が可能な個体もいたしな」

「……もしかして、バルティニーさんはその個体と会話をしてきたとか?」

「会話だけじゃなく、色々なことを教えてもらったぞ」


 会話をしている最中に、空気穴の向こうが暗闇へと変わった。同時に、冷たい空気が流入してくる。

 寒さに身を震わせつつ、俺は攻略法を考える。


「この寒さでゾンビたちの動きが鈍ってくれて、廃村まで楽にいければ、魔法で親玉を倒せるんだけどな」

「伯爵さまがわたしたちに依頼をだしたのも、寒いとゾンビが弱くなるからでしたよね」

「ゾンビじゃなくても、こんな寒い時期に外にいたら、人間だって満足に動けなくなるけどな」


 苦笑いしながら言葉に出して、閃きが頭の中をよぎった。

 この発想を実現するためには――


「――明日は、朝日が出る前から行動するからな。早めに寝ておけよ」

「えっ、ちょっと、バルティニーさん。夜になってすぐ寝るとか、子供ですか。いや、そうじゃなくて、昼まで寝ていたから眠くならないので、まだお話してくれないかなーって」 

「眠れないなら、背中をぽんぽん叩いて、寝かしつけてやろうか?」

「赤ん坊じゃないんですから必要、あ、寝ないでくださいよー。分かりました、寝かしつけてください、お願いしますからー」


 一人で真っ暗な中で起きているのが嫌なのか、イアナは縋り付いてくる。

 暗いのが怖いなんて子供だなって苦笑いして、抱き寄せてから背中を軽めに手で叩きながら、目を瞑った。

 少しして、イアナが眠りに入ったか確かめないまま、俺は眠りに入ってしまったのだった。

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