二百二十四話 脱出
拠点がゾンビに囲まれている中、まずは腹ごしらえだと、俺たちは食事を取る。
今日も一日忙しくなりそうだ。ばてないように、野菜と芋に肉をふんだんに入れたスープを、何杯もおかわりしていく。
チャッコも肉やスケルトンの骨を、大量に齧る。
一方で、イアナは不安そうにしながら、スープを食べている。
「あ、あのー、バルティニーさん。よく落ち着いて食べていられますね」
「ゾンビが中に入ってきたわけじゃないんだ。焦って食べる必要はないだろ」
「こうドンドンって叩かれていたら、壁を破られたりしないかって、不安になりませんか?」
「うるさい以上に実害はないし、気にならないな。むしろ音で存在を知らせてくれる分、忍び寄ってくる魔物がいる森の中より安全だろ」
「ううぅ~、バルティニーさんは感性がずれ過ぎですよー」
「そうか?」
俺は首を傾げながら、最後の一口を食べ終わる。
「さて食べ終わったことだし――」
「いよいよ、外のゾンビと戦うんですね!」
希望に満ちた顔をしているイアナに、俺は首を横に振った。
「――拠点を脱出する準備をするぞ」
俺の言葉に、イアナの目が点になった。
「……えっ? ここ、捨てるんですか?!」
「いや、捨てはしない。出るときに戸締りするから、ゾンビたちに占拠されることはないはずだ」
「じゃあ、どうして離れるんですか?」
「ちょっと、滅んだ村の様子を見に行こうかと思ってな」
よほど意外だったのか、イアナの口が大きく開く。
「ほ、本気ですか? だってほら、ゾンビとかスケルトンとか、まだたくさんいるんですよ。それなのに、親玉がいるはずの村にいくなんて」
「危険は承知だよ。でもな、こんなドンドンとうるさい場所に居続けてみろ。俺はともかく、怖がりなイアナは耐えられないんじゃないか?」
「それは! ――そうかもしれませんけど。でも、壁のない場所で寝泊まりする方が、襲われる危険があるんじゃないですか」
「ゾンビやスケルトンの動きは鈍いから、森の中で暮らすより安全だろうな。気にするべきは、冬の寒さだが、これもどうにかできる考えがある」
自信をもって力強く言うと、イアナは安心したようで諦めたようにも見える顔になった。
「分かりました。そういうことなら、もっとたくさん食いだめしておかないと!」
決心が固まったようで、ごった煮スープを勢いよく食べ始めた。
その様子を横目に見ながら、俺は二人分の背嚢を取り出す。その中に、日持ちのする食料を詰める。ゾンビだらけの場所で、野生動物が捕れる保証はないからな。
加えて、度数の高い蒸留酒が入った瓶も、手ぬぐいで包んでから入れ、寝具の毛布を丸めて背嚢の上に括りつける。
脱出の準備が整い、食べすぎでお腹が膨れたイアナと、温かい場所を名残惜しむチャッコと共に、出入り口の扉の前に並ぶ。
俺は扉の支えにしていた水甕を退かしながら、脱出手順を説明していく。
「最初に俺が外に出て、近くのゾンビやスケルトンを一掃する。その間に、イアナは拠点の戸締りをしてくれ。チャッコは戦わずに周囲の警戒な」
「は、はい。わかりました」
「ゥワン!」
「戸締りが終わったら、ゾンビたちの囲みを一気に突破する。遅れるなよ」
水甕を退かし終わり、俺はイアナとチャッコに目で合図をしてから、閂を抜き、扉を開けた。
腐って解け崩れかけた顔を持つゾンビたちが、俺を掴もうと手を伸ばしてくる。
「「オーアアアアーー」」
「悪いが。いちいち相手にしてられないんだよ!」
俺は水と火の属性を混ぜた攻撃用の魔法を使い、高温の熱湯を出入り口付近にいるゾンビたちに浴びせかけた。
「「オオオァアアアア――」」
腐った肉が煮溶ける臭いと湯煙を上げながら、湯がかかったゾンビたちがばたばたと倒れる。
狙い通りに、体の筋肉が煮え固まって、動けなくなったようだ。
けど、これで安心はできない。十重二十重に取り囲むゾンビたちが、倒れたヤツを踏みつけてまで、こちらに近寄ってくる。
さらには、スケルトンたちが顎を鳴らして、仲間を呼び集め始めた。
「「カタタタタチチチチチチ」」
「ちっ、キリがないな」
俺は同じ魔法で足止めを行いつつ、戸締りをしているイアナに顔を向けた。
「まだか?」
「もう少しです。これで――できました!」
「なら、脱出だ」
攻撃用の魔法で竜巻を起こして道を開こうとして、寸前で取りやめた。
遠くの平原からも、ゾンビやスケルトンたちがこちらに近づいてきているのが見えたからだ。
けど、魔法を使うと魔物が寄ってくると知っていたから、この事態は想定内だ。
俺はイアナの腰を抱き、チャッコも脇に抱える。
「一気に飛び越える。飛び上がりと着地時に、体を傷めないように気をつけてくれ。いくぞ!」
「へっ? 飛び越えるって、どうやってえええええええーー?!!」
イアナの言葉は無視して、俺は攻撃用の魔法で全身に水を纏わせ、魔法のアシスト力で一気に斜め上空に飛び上がった。
頂点に到達したところで、下を見て距離を把握する。だいたい、ニ十メートルくらいか。エルフの集落で修行して、アシストの出力が上がったみたいだ。
ほどなくして、自由落下が始まった。
イアナが悲鳴を上げ、チャッコは楽しそうに吠える。
「ひぃやあああー!! お腹の中が、中が持ち上がるうううう!!?」
「ゥワフウウウウウ♪」
「着地だ。口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
警告からすぐに、俺は足下のゾンビを踏みつぶしながら着地した。衝撃で、がくっとイアナとチャッコの頭が曲がったが、無事みたいだ。
「ば、バルティニーさん。この移動の仕方は、非常識すぎますよー。上からゲロが、下からおしっこが出るかと」
「それは悪かったな。ゾンビの群れを突き進むより、こっちのほうが楽だったんだよ。見ろ、十秒経たずに囲みの外縁に到着だ」
俺の腕から降りたイアナは、周囲を見て驚いた顔になる。
「……まさかですけど、バルティニーさんって魔導師だったりします?」
「ちょっと魔法が得意な冒険者なだけで、魔導師じゃないぞ」
「いやいや。ゾンビにお湯をかけたりはいいとして、こんなところまでひとっ飛びな冒険者なんて、絶対にいませんって!」
「そんな大げさな。エルフの人たちなら、風の魔法で同じことができるはずだぞ」
「エルフ?!! おとぎ話に出てくる魔法使い種族が、バルティニーさんの先生なんですか!? いったいどこで会ったんですか!!」
白熱しかけるイアナを、チャッコが吠え止める。
「ゥワウ!」
警戒を促す吠え方に周囲を確認すると、ゾンビやスケルトンの群れが、こちらに来ようとしている。
「チャッコの言う通り。今は話しをするより、逃げないとな」
「あわわっ、そうでした。早く逃げましょう。あんなに集まっているなら、他の場所は少ないはずですよね!」
あんな大勢は相手にできないと、イアナは率先して逃げ始めた。
俺とチャッコはその後ろについて走り、後ろのゾンビたちを警戒しつつ逃げる。
ゾンビたちが俺たちを狙って移動を始めた隙に、遠くに見える大きい方の拠点から、あの冒険者たちも逃げ始めた。
向かう先はこちらと違い、滅んだ村から離れる方向へ走っている。
助けを呼びにいくのか、それとも新しい場所を拠点に活動するかは分からないけど、彼らはここで一時脱落だな。
競合相手が去ることに少し寂しさを感じながら走り、無事に俺たちはゾンビの群れから逃げおおせたのだった。