二百二十二話 収穫とゆったりと
見かけたゾンビとスケルトンを倒し、討伐数を記憶しながら、使った矢を回収していく。
その最中、ふとチャッコを見ると、太い骨を咥えていた。形と大きさから考えるに、動物型の足の骨っぽい。
「それ食べる気か? 食べても大丈夫なのか?」
「ゥワン」
平気だとばかりに、?み砕いて食べてみせてきた。
そして食べ終わると、他の骨を拾いに向かっていく。
お腹壊さないかなと心配になる。でも、チャッコも魔物だし、病気なんてかからないのかもしれないな。
それにあれだけ欲しがるのなら、骨を何本か集めてから、拠点に戻ったほうがいいかもしれない。
食いごたえのありそうな骨だけ選んで拾っていくと、倒した人型ゾンビたちを棍棒でつついて回るイアナを見かけた。
「なにしているんだ?」
「バルティニーさんこそ、なんで骨なんか拾っているんですか? 優しさに目覚めて、お墓でも作ってあげるとか?」
「そんなわけないだろ。これは、チャッコのおやつ用だよ」
「そうなんですか。わたしも倒したオマケを期待してですね――あ、あったあった」
イアナは喜ぶ表情を浮かべると、人型ゾンビの汚れた服に手を突っ込んだ。
腐汁が湿り粘った音を立て、思わず背筋が寒くなる。
イアナは気にした様子もなくゾンビを漁り、革の小袋を服から引っ張りだした。
「やった。死んだままの状態で動いているなら、お金を持ったままだと思ったんですよ」
革袋を逆さにすると、銀貨一枚と銅貨十数枚でてきた。
それなりの小金を持っていたことから、もとは旅人か行商人の死体だろうな。
イアナはその後もゾンビを突きまわり、小金が入った革袋や、衣服に縫い付けてあった銀貨金貨を見つけて、回収していく。
手がすっかり腐汁塗れだけど、気にする様子はない。
「なんか、手慣れているな」
「路上生活のとき、酔っ払いの懐をくすねたことがありますから。あと、ゴミ箱の残飯漁ったりとかも」
だいぶ逞しい生き方をしてきたんだなと、ちょっと感心した。
「でもその割りには、体に腐った汁がつくことを嫌がっていたように見えたが?」
「当たり前ですよ。服に臭いがついたら、洗い落とすの大変なんですからね。臭いと、ご飯を恵んでくれる人がいなくなります。だから服は汚さないようにして、体をこまめに水拭きすることは、重要なんですよ」
「服は汚すと大変だけど、手ならすぐ荒い落とせるから、汚れても良いってことか?」
「その通りです。でも、手を汚したまま物を食べちゃいけないんですよ。お腹痛くなりますから」
得意げな顔で語るので、俺はそうだなと言いつつ、イアナの頭を撫でた。
「そのお金は俺に渡す必要はない。イアナが好きにしたらいい」
「本当ですか!? ありがとうございます。よーし、頑張っちゃうぞー!」
いそいそとイアナがゾンビの死体を漁り尽くし、俺がスケルトンの骨を拾い集め終えた頃、チャッコも満足そうに口を舌で舐めていた。
ふと顔を上げると、全滅した地域を埋めるように、新たなゾンビやスケルトンが近寄ってきていた。
先は長いんだから、ここで欲張る必要はないな。
俺はイアナとチャッコを連れて、拠点に引き返すことにした。
途中、冒険者たちが戦っていた付近を通ったが、向こうも引き上げたようだった。
拠点に戻ったら、まず手を、そして体を洗うことにした。
ここで、エルフの集落で学んだ、温水を出す生活用の魔法が役に立った。
人が入れる大きな水甕を空にして、そこに熱めのお湯を入れることで、五右衛門風呂もどきを作れたからだ。
でもイアナは、俺が何をしているのか分からないようだった。
「お湯を入るってことは、スープでも作るんですか? でもこれ、鍋じゃなくて壺ですよ?」
「いや、これはお風呂だよ。このお湯で体を洗って、中に入って温まるんだよ」
「お風呂!? お金持ちの人しか使えないっていう、あのお風呂ですか!!」
「それれの簡易版だよ。ほら、先に使っていいぞ。その間に、俺は服を洗うから」
「はい! ――って、どうやって使うんですか?」
「使い方はだな――」
一通り説明してやると、人生初のお風呂に、イアナはウキウキな様子になる。
「服を脱いで中に入って、手ぬぐいで体を擦って綺麗にするんですね」
「石鹸があれば、湯船の中で使って洗う。それが流儀だそうだ」
前にターンズネイト家に世話になったときに教わったままを、イアナに伝えた。
もっとも、前世が日本人だった俺は、この湯船を汚す使い方に抵抗感があったりする。
それは置いておいて、一通りの使い方を教わったイアナは、いそいそと服を脱ぎ始めた。俺の目の前で、恥じらいもなく。
「……宿は同室だし、普通に着替えたりしていたから今更だが。俺のことを男だと思ってないだろ?」
「やだなぁ、バルティニーさんが男だってことは分かってますよ。その上で、わたしを襲ってこないって信用しているんですよ。そうじゃなきゃ、もっと警戒しますよ」
言いながら脱いだ服をこちらに押し付け、全裸のイアナは五右衛門風呂もどきへ向かう。
入る際に、豊かになりつつある小ぶりな胸や、肉つきが増したお尻に、隠すべき割れ目なんてものも目に入った。
男性的には嬉しい場面なのだろうけど、明け透けすぎて、あまり性的な目では見れないなぁ……。
そんな俺の気持ちをよそに、イアナは水甕の中に身を沈めていく。
「うわっ、熱、熱つ! あ、でも……ああぁぁ~~~~」
じんわりと温かさが身に染みてきたんだろう。イアナは心地よさそうな顔を、水甕の縁に乗せてゆったりし始めた。
「堪能するのはいいけど、体は洗っておけよー」
俺は手ぬぐいをイアナの頭に置くと、彼女の服を魔法で洗っていく。
バランスボールぐらいの水の球を作り、その中に毛皮以外の服やサラシを入れて、不規則に攪拌していく。
その傍らで、毛皮を振ったり叩いたりして、土埃を落としていった。
水球が汚れてきたら服を取り出し、新しい水の球を作る。そこに取り出した服をまた入れ、すすぎ洗いをする。
それが終われば、取り出した服の水を絞って、ひとまとめに。
洗い終わったので、俺はイアナに声をかける。
「暖炉の前に干してくる。あと、新しい手ぬぐいと、着替えの服も持ってくるから。それまでその中に入っていろよ」
「はーい。ゆっくりさせてもらいますー」
「チャッコは見張りな。一応あれでも、女の子だから」
「ゥワフ!」
任せろとチャッコが鳴いたので、俺は安心して小屋の中に入り、火を入れた暖炉の前の天井に紐を渡す。
そして洗った服をそこにかけて、干していった。
一通り作業が終わり、荷物から出したイアナの服と大き目の手ぬぐいを手に、五右衛門風呂もどきへと戻る。
水甕の縁に乗ったイアナの顔は、蕩けたままだった。
「あんまり長湯すると、のぼせるぞ」
「のぼせるって、なんですかー?」
「改めて聞かれると表現に困るな……頭がゆだってきて、めまいや気絶することってところか」
「ああー、それは大変ですね。なら出ないとー」
イアナは湯船の中で体を手ぬぐいで一通り擦ると、水甕から外に出てきた。
かなりしっかり温まったようで、湯気を立たせる肌が真っ赤に色づいている。
濡れた肌と、上気してゆるんだ顔つきに、イアナの女性らしさが引き出されたように見えた。
これなら色っぽく見えるなんて思っていると、冬の寒さで一気にその赤みが引いていく。
「うわっ! さ、寒いですよ?!」
身を震わすイアナに、俺は苦笑しながら乾いた手ぬぐいを渡す。
「ほら、さっさと拭いて、服を着て、小屋の中に入れ。暖炉を入れたから、中は温かいはずだぞ」
「ありがとうございます。すぐに中に入ります!」
渡した手ぬぐいでざっと拭くと、イアナは着替えを抱えて小屋の中に駆け込んでいった。
その様子を見て、少女というより、幼い子供のようだなって苦笑いする。
さて、水瓶を空けて新しい湯を張り直す――
「――なんだチャッコ。水瓶によじ登ろうとして。もしかして、風呂に入りたいのか?」
「ゥワワン!」
入りたいという顔をしているので、俺は水瓶のお湯を減らしてから、その中に浸けてやった。
「ゥワワオウ~」
「そうか、気持ちいいか」
チャッコの顔にかけないようにしながら、体にお湯をかけ、毛並みを揉むようにして洗っていく。
綺麗にしているように見えても汚れていたようで、お湯が薄茶に濁った。
一通り洗い終わったので、チャッコを引き上げる。手ぬぐいで拭うには体が大きいし、怪我水を吸い過ぎているので、温風を出す生活用の魔法で乾かしていく。
「ゥワオオウ♪」
お湯につかるよりも温風を当てられる方が好きなのか、チャッコの目が気持ちよさそうに細まる。
乾かしきり、ふわふわな毛並みになったチャッコは、満足そうに尻尾をフリフリしながら小屋に入っていった。
見送ってから、俺は水甕の中を洗ってから湯を張り直し、服を脱いでその中に身を入れる。
久々な湯船に浸かる感触に、思わず声が出てしまう。
「ふうぅぅ~~。あ~~、気持ちいいな~」
視線を前に向ければ、見渡す限りの冬の平原がある。贅沢な露天風呂だな。
まったりとしていると、アグルアース伯が雇った冒険者の一人がたまたま近くを通りかかった。
水甕に入る俺を見て、ギョッと目を見開き、急いで大きい方の拠点に入っていく。
なにか勘違いされたかもなと思いつつ、湯の温かさにどうでもいいかという気分になる。
俺はのぼせるギリギリまで温まってから出て、温風の魔法で体を乾かしながら、着替えの服を着る。
汚れている服を魔法で洗うと、湿った服を手に小屋に戻った。
暖炉の前に干していると、調理場からイアナの声がやってくる。
「バルティニーさん。ごった煮ですけど、食事を作りましたよー」
「ありがとう、お腹が減っていたから助かる」
「いえいえ。お風呂なんて体験させてくれたので、この程度じゃお返しにもなりませんよ」
受け答えしていると、イアナが小鍋と深い木皿を手にやってきた。
暖炉の前で食べることにして、体の外と内から体を温めていく。
チャッコもふわふわな毛並みのまま、暖炉の前に寝そべり、スケルトンの骨を齧っている。
身も心も温かくなり、外に出る気はなくなってしまった。
少し早いけど閉じまりをして、この日の活動は終わりにすることにしたのだった。