二百十九話 ゾンビの強み
馬車で目的地まで移動して数日が経つと、ちらほらとゾンビらしき影を見る機会が増えてきた。
人型や獣型の差はあるけど、それらはほぼ単独で行動していて、刈り取られた畑にいたり、平原をうろついていたりしていた。
ゾンビやスケルトンは、寒くなると動きが鈍くなる。
この世界での通説の通りに、千鳥足の酔っ払いよりも鈍い動きで、ぎくしゃくのろのろと動いている。
町や村の近くに出た個体は、アグルアース伯の手勢らしい綺麗な金属鎧を着た人が対処しているようだった。
平原で見つけた個体はというと、行商の護衛や、移動中の冒険者たちが率先して狩っている。
その光景を観察する。ゾンビの動きが鈍いので、新人冒険者でも一匹だけなら、棍棒一つで相手にできそうなほど弱く見えた。
けど、それが勘違いだと分かる出来事があった。
ある日、年若い冒険者が、仲間に見守られながら、一匹の人型ゾンビと戦っていた。
「どらああああああ!」
「ア゛ー~-~」
彼が棒の先端に鉄球をつけた武器――球杖を振るっている。
その姿を見て、イアナの戦いの参考になるなと判断し、馬車を止めてもらって観察することにした。
若い冒険者が振るう球杖が当たるたびに、腐った肉が腐汁と共に弾け飛ぶ。
ゾンビの腕が、肩が、胸が、首が折れ曲がり、実に一方的な状況に見える。
でも、どれだけ滅多打ちしても、ゾンビは動き続けた。
「ア゛ー~ア゛ー~-~」
「くそっ、この!」
ゾンビが伸ばしてくる手を殴り飛ばし、近寄ってくるのを蹴りで押し返しながら、冒険者は奮闘する。
急所が頭や心臓部だと理解はしているらしく、球杖を当てようと頑張っているが、上手く攻撃できていない。
ゾンビが揺れ動くせいで狙いを外し、振り下ろせば肩に、横に振り回せば外したり腕に当たってしまっている。
手間取る姿に、彼の仲間が笑い声をあげる。
「あはははっ。しっかり狙わないと、掴みかかられるぞー」
「ゾンビはノロいが力は強いからな。組みつかれたら、一人で剥がすのは難しいぞー」
「分かってるよ! くそ、見てろ! おらあああ!」
ムキになった冒険者が、ゾンビを力任せに殴りつけ始めた。
十回ぐらい殴って、ようやく一発、ゾンビの頭に命中する。べっこりと頭がへこみ、ぐらりとゾンビの体が傾いだ。
それを見て、彼は得意げな顔で仲間たちに向ける。
けどその表情はすぐに、頭がへこんだゾンビに抱き着かれたことで、恐怖に変わった。
「どう――どぅわああああ?!」
「ア゛ー~ア゛ー~-~」
ゾンビは冒険者を引き倒すと、圧し掛かった状態で噛り付く。
頭に攻撃を食らったからか、正常な判断ができていないようで、革鎧を噛んでいた。
一方、押し倒された冒険者は半狂乱になり、手足をバタつかせるだけになっている。
「助けて、助けてー!!」
「馬鹿! ゾンビ相手に、なにやってんだ!!」
彼の仲間が慌てて助けに向かい、ゾンビのへこんだ頭を蹴ってさらに壊した。
この攻撃が致命傷になったのだろう、ゾンビは動かなくなる。
けど置き土産のように、腐汁がへこんだ頭と口から零れ出てきて、下にいる若い冒険者を濡らしていく。
慌てて押し剥がしたようだったが、彼の仲間は鼻をつまんで距離を取る。
「おい、近づくな。臭いが移る」
「生活用の魔法で洗い流してやるから、そこに突っ立ってろ」
「え、ちょ、まっ――うわわわわ?!」
ゾンビと戦っていた彼は、仲間が使った魔法で頭から水をかけられる。
寒空の下でずぶ濡れにされて、とても寒そうだ。
けど、一度だけじゃ臭いが取れなかったのだろう。二度三度と水をかけられ、離れてみている俺でもわかるほど、激しく身震いを始める。
「ぶぇくしょおおお! さ、ささ、さむい、し、しぬしぬしぬ!」
「ああもう。火を熾してやるから、全裸になって体を拭け」
「ゾンビ程度にヘタを打ったんだ。風邪ひいても村まで一人で歩かせるし、宿の中で看病はしてやらんからな!」
冒険者たちが慌てふためく様子を見ながら、俺は馬車を再出発させてもらった。
ガタガタと揺れる車内で、俺はイアナに顔を向ける。
「あの冒険者の戦いを見て、なにか気づいたことは?」
「えっと、ちゃんと頭を殴らないと駄目なこと。それと、頭を殴っても一撃じゃ倒れないこともあること。あとは、ゾンビの体液をかぶっても、冬じゃすぐに水浴びできないから臭くなりそうってことですね」
「もう一つ。掴みかかられたら、イアナの膂力じゃ抜け出れないことも覚えておけよ。特に、俺たちが向かう場所は、ゾンビがうじゃうじゃいるという場所だ。一匹を相手にしていたら、横から別の一匹が来たなんて状況がざらなはずだからな」
「そうですね! 戦う際には、一匹ずつ素早く倒さないといけませんね!」
自信ありげに、あっさりと言ってきて、俺は不安に思った。
「さっき見ていた通りに、鈍器で急所を狙うのは難しいんだぞ。素早く倒すだなんて、イアナには難しいだろ?」
「ふふーん、そうでもないですよ。だって、チャッコちゃんと毎日追いかけっこして、棍棒の扱いにも慣れましたしね!」
偉そうに張ってくる胸に、俺は視線を落とす。
イアナは男装でサラシで巻き、さらに革鎧をつけているので、女性らしい膨らみは見えない。けど、食糧事情が改善された日々を送ったからか、鳩胸っぽい見た目になりつつあるな。
成長しているんだなと感じつつ、改めて座っている姿を観察した。
髪もそうだが、背も少し伸びているような気がするな。
多少ふっくらもしてきたので、以前は痩せた少年のようだったが、いまでは男っぽい少女か中世的な少年っぽい見た目だ。
じっと見ていると、イアナは急に自分の頬を手で触り始める。
「あの、なにか顔についてますか? 寝跡とか??」
「いや。もうそろそろ、男装が無駄になりそうだなって思ってたんだ」
「?? どういうことです?」
「見た目が、女性っぽくなってきたってことだよ」
端的に告げると、イアナは笑顔になりながら、冗談っぽく自分の体を腕に抱く。
「わたしとバルティニーさんの関係は、師匠と弟子ですよ。魅力的になってきたからって、襲っちゃダメですよ――あ痛ッ?!」
生意気言ってきたので、デコピンを食らわせてやった。
「俺は物の分別ができるから、心配するな。それより、他の冒険者に気をつけろよ」
「それは分かってますよ。だからこうして男装をして警戒を――」
「女っぽければ少年でもいいって輩が、いないとも限らないんだぞ」
「――本当ですか?」
「可能性はあるだろ?」
俺の返しに、イアナは革鎧の上から胸元に手を当てる。
そして小難しそうな顔を向けてきた。
「男装、止めたほうがいいんでしょうか?」
「成長したら男だと偽るのが難しくなるだろうからな。止めるなら早い方がいいと思うぞ。女性だと周知させれば、同性の冒険者と組みやすくなるだろうし」
「でも女性だと思われたら、男性冒険者が言い寄ってくるんですよね?」
「そういう奴は無視して、仲良くなれそうなやつと組めばいいさ」
「もう、バルティニーさんは。自分が女性じゃないからって、投げやりな助言をしないでくださいよ」
ぷいっと顔を背けてから、イアナは腕組みして首を捻り始める。どうやら、男装を続けるか止めるかを考えているようだ。
決断を邪魔するのも悪いので、俺の膝の上に顎を乗っけて寝ているチャッコを撫でて、時間を潰すことにしたのだった。