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二十一話 試行錯誤してみよう

 恋仲だとか若いツバメとかいう噂のお蔭で、今日も分かれて依頼を受ける。

 テッドリィさんは木こりの護衛をやりにいき、俺は鍛冶屋にいく。


「きたな。鉄作れ」

「はい。今日もお世話になります」

 

 相変わらず炉の近くに陣取っているロッスタボ親方に挨拶をしてから、石が入った大きな樽がいくつもある場所に移動する。

 珍しいことに、何人かの人が既に樽精製を行っていた。

 最近開拓村に来た人たちかな、見た顔じゃない。人の出入りが多い場所なので、気にするほどのことでもないか。

 さて、魔産工場を活性化させて出した魔力を通し、鉄を作っていこう。

 精製を大樽二つ分終わらせて、鉄を引き出しから取り出し、樽の中の石を入れ替え、使用し終えた石は所定の場所に入れてから休憩する。

 疲れた風を装いながら、身体強化ができないかを、未練がましく頭の中で考えていく。

 テッドリィさんに呆れられて注意もされたけれど、逆を返せばそれだけ補助的な魔法は見慣れないということ。

 だから、もし身体を強化するような魔法を作れたら、敵の意表をつける隠し玉になりえるってことだ。

 けど、どれだけ考えても、上手くいく気がしない。

 筋肉が動く仕組みとかは、生物の授業やテレビの科学番組なんかで出てきて、知ってはいる。

 知ってはいるけれど、どうやってそれを魔法で再現するかまでは、想像力が追いつかない。

 それに筋肉の動きを魔法で強化した場合、なんか反動ですごく体に悪そうな気がする。なんというか、筋肉がボロボロになりそうな予感がする。

 かといって、生命力や活力や気力といったものは、前世でも解明しきれていない分野だ。それらを向上させる方法を想像しようとしても、色々と無理があった。

 上手くいかないなぁ、と手慰みに落ちていた石を軽く上に投げて、落ちてきたら掴む。また投げて、掴む。

 そんな行動を続けていると、ふと体の内側を強化しなくてもいいんじゃないか、って考えが浮かんできた。

 着ている服は植物で出来ていて、単一属性じゃないから俺は操れない。

 けれど、この石で代用すれば、ちょっと出来るんじゃないかって気がしてくる。

 試しに、鍛冶の要領で魔力で石を柔らかくしてから、指の一本を覆ってから硬化させる。

 その後で、この石の指サックを指の動きに合わせて曲げ伸ばしするように想像しながら、魔塊から紐解いた魔力を用いて魔法を使う。参考にするのは、ニュースでやっていた稼動可能な義指だ。

 魔法が石の指サックに発動し、俺の想像通りに指の動きに追従して動き始める。

 指を覆ったときに残った石のあまりを、この指だけで掴んで砕けるか試してみた。

 俺自身はあまり力を入れていないけれど、握る指の動きに追従して、石の指サックはどんどんと小石を締め上げていく。

 それからすぐに、小さな音がした。指を開いてみると、小石に亀裂が生まれていた。

 よっし、成功!

 いまできた魔法を体を石で覆ってから使えば、超人的な腕力を発揮することができそうだ。

 けどすぐに、この魔法の問題点に気がついた。

 石の指サックを見ると、ひび割れて壊れる寸前だったのだ。


「元は石だから、さほど強度はないんだ……」


 これじゃあ、強度不足で使えない。

 なら代わりに、鉄で作ればいいかと考える。

 けれど、鉄の鎧を作るような技量はないし。そもそも、関節を自由に動かせる鎧では、魔法での力のアシストが上手く働かない気がする。

 試しに、石の指サックを整え直してから、指関節を自由に動かせるようにちょこっと加工してみた。その後で同じ魔法を使ってみたが、全くといっていいほど、力が出ない。


「魔法で操って強い力を出そうとするなら、同じ物体で関節まで覆わないといけないんだ……」


 こうなると、硬い物体だと身動きがとれなくなっちゃうか。

 なら、候補は土か水がいいかな。

 どちらも関節を覆っても動きに制限がかかりにくいし、土はそこらにあって調達可能だし、水は魔法で生み出せるし。


「けれど、やっぱり強度が不安だよね……」


 問題が逆戻りしてしまった。

 力を大きく出そうとすると、強度に問題が起きる。強度を上げれば、動き辛くなってしまう。動きを改善しようとすると、力が大きく出せなくなる。

 あっちを立てれば、こっちが立たなくなっちゃう。

 テッドリィさんが前に言っていたように、魔導師たちが色々と考えて生み出すような類の魔法だ、そうそう上手くはいかないか。

 けれど、一応のヒントは掴んだ。

 単一属性の物で体を覆ってから魔法で操れば、簡単に強い力が出せる。


「けど、ちょっとした隠し芸ぐらいにしかならないよね」


 テッドリィさんが指摘したように、同じ魔力を使うなら、普通に攻撃魔法を使ったほうが効率がいい。

 でも、ちょっとしたロマンだからと言い分けして、どうしたらより良くなるかを考えよう。

 その前に、休憩時間は終わりにして、樽精製での鉄作りに戻らないと。

 いつもより長く休憩していたせいで、ロッスタボ親方がチラチラと不審そう――というよりあれは心配そうにかな、見ているしね。




 鍛冶屋での仕事を終えて、冒険者組合で依頼料を貰った後、テッドリィさんを建物内で待つ。

 脚の長い机を一つ陣取るためには、飲み物を頼まなきゃいけないので、果物のジュースを適当に頼む。単価としたらエールの方が安いのだけれど、まだ酒が美味しいと感じられないので仕方がない。

 少しずつ飲んでいき、少し酸味のある薄赤色のジュースを飲み終えた。でも、テッドリィさんはまだ来ない。

 仕方ないので二杯目を頼み、チビチビと飲んで時間を潰す。

 それだけでは暇なので、片手では鍛冶屋で思いついた魔法を試そうか。

 手を覆う素材として選ぶのは、水。周りにいる人たちが、酒を飲んでいるので、多少机や床が濡れるぐらいは気にされないことから選んだ。

 あんまり大っぴらにやるのも、困った事態を引き起こしそうなので、控えめにやろう。

 左手の表面が薄っすらと濡れる程度をイメージしながら、魔塊を回して魔産工場を活性化させ、生み出した魔力を使って魔法を発動する。

 すぐに左手は水に薄っすらと濡れたが、ぽたぽたと机の上に滴ってしまう。


「水を手の表面にとどめられないかな……」


 ジュースで口内を湿らせてから、左手に水が纏わりつくイメージで、再び魔法を発動してみる。

 しかし、再び手を覆った水が、机に滴り落ちてしまった。

 うーん。もう一度、今度はより効力が高い、魔塊から解した魔力で試してみよう。


「おっ、これなら成功するのか……」


 思惑通りに、左手の手首から先までを、薄い水膜が覆うことに成功した。

 こうなれば後は早いもので、鍛冶場で石を使って得た感覚を元にして、魔法で水膜を操りながら左手を握ったり開いたりしてみる。

 順調に上手くいき、水が机に滴ることもなかった。

 嬉しくなって、左手の指先で机の端を掴むと、こっそりと強めに握ってみる。指の痕が小さいながらも、くっきりとついた。

 ちゃんと力が増強されていることに喜んだけれど――


「水だから触れた物が濡れちゃうか。あと、効率もやっぱり悪いや」


 消費され続ける魔力の量を考えると、攻撃に使うのならば、やっぱり水の魔法をつかった方が建設的だった。

 それと、この魔法に防御力はあまりなさそうだ。

 水膜を厚くすれば鎧代わりにも出来そうな予感があるけど、どれだけ厚くすれば剣を防げるのか分かったもんじゃないや。

 これは土でやったとしても、同じ結果になるだろうなぁ。

 結局は、隠し芸程度の役に立たない魔法ってことか。

 そんな風に、新しい魔法の評価を下していると、テッドリィさんが建物内に入ってきたのが見えた。向こうも俺を発見したようで、近づいてくる。


「よぉ、バルト。待たせたちまったようだな」

「いや、そんなにはね。そっちは大変だったの?」


 魔法を止めて、左手の水気を振って払いながら聞くと、テッドリィさんは困りながらも嬉しそうな顔を見せてくる。


「いやぁ、参ったぜ。木こりのヤロウどもが張りきりまくって木を切り倒しつづけてよぉ。そんで、こっちも倒した木の運搬に借り出せれちまったんだ。お蔭で、ちょっとばっかし多めに金が入ることになったけどな」


 テッドリィさんが見せてきたのは、依頼表の隅に書き加えられた文字。どうやらこれを入れられていると、追加報酬がでるようだ。


「この金を受け取って、さっさと飯食いに行くぞ」

「はいはい。お供します」


 嬉しげなテッドリィさんは、俺の首に腕を回してくる。

 そのままの格好で、冒険者組合の建物から行き着けになった食堂まで、歩いて行く羽目になってしまった。

 例の噂があるのに大胆だなと思っていると、食堂に居合わせた人たちからからかい半分に声をかけられる。


「前は否定していたが、やっぱり年下好みなんじゃねぇのか?」

「仲良さそうで羨ましいかぎりだ。おい、坊主。そのネェちゃんの抱き心地はどうだったよ?」


 テッドリィさんはあの噂についてうっかり忘れていたようで、途端に俺の首から腕を離すと、赤ら顔でからかい言葉を吐いた二人の胸倉を左右の手で掴み上げた。


「そんなんじゃねぇって、前々から言ってんだろうが!」

「いや、だってよぉ。あの坊主の首に腕を巻いて、嬉しそうによぉ」

「ああん、なんだって?」


 テッドリィさんが睨み付けると、言いかけていた男が口を噤む。

 するともう一方の男が、愛想笑いを顔に浮かべた。


「へへっ、悪かったって。エールを一杯奢るから、それで許してくれよ」

「……ケッ、分かりゃいいんだよ」


 テッドリィさんは男たちの胸倉を離すと、女性の店員を呼び寄せる。


「ってことになったから、一杯分のエールの代金はあっちにツケてくれ」

「はいはい。けど、あんまりいざこざ起こすようなら、出禁にするからね」

「分かってるよ、あたしもそんなに馬鹿じゃないさ」


 その後で、テッドリィさんは注文をしながら、小声で店員さんに何かを言った。

 なんと言ったか聞こえなかったので、ちょっと不思議に思いながらも、俺も料理と飲み物を注文する。

 それから少しして、俺たちに料理と飲み物を運ばれてきた。

 早速食べようとすると、運んできた店員さんの手にはまだ二杯の木のジョッキが握られている。

 それをどうするか見ていると、さっきいざこざがあった男たちに近寄り、目の前に一杯ずつ置いた。

 彼らは置かれたエールのジョッキを見て、驚き困っているようだ。


「え、あの、頼んじゃいないんだが?」

「はい。あちらのお客さんから、奢ってもらうお返しだそうです」


 店員さんが指したのは、テッドリィさんだ。

 男たちは再び驚いた様子になると、頭をテッドリィさんにペコペコ下げてから、ジョッキを一気飲みする。その後で、エール一杯分の料金だけを店員さんに払って立ち去っていった。

 どういうことか分からずにいると、テッドリィさんからデコピンを食らってしまった。


「あ痛ッ!?」


 恨みがましく見ると、笑い顔を返された。


「こういう場の納め方もあるってことは、覚えておきな」

「……先に悪く言ってきたのは向こうなのに?」

「先だの後だのは小さなことさ。どんな風にでも、禍根を残さないようにするのが、冒険者として賢いやり方なんだよっとッ」

「痛いッ!」


 再びデコピンされてしまった。

 けど、言われたことは最もだし、小さいことを気にするのはよくないな。うん。

 その後は大した騒動もなく、楽しく食事を終えると、同じテントの中で就寝する。

 寝場所を離さないと噂はずっと消えないだろうなとは思ったけど、小さいことを気にするなと教えられたばかりなので言わずにおいたのだった。

 


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