二百十八話 準備完了
次に案内されたのは、ごく平均的な品質を揃えた武器屋だった。
他の町にも並ぶような物ばかりだけど、全体的に少し安めだ。
店主に理由を聞いてみると、工房の弟子が修行で作った物ばかりだからだと言われた。
そう知ってから改めて見ると、俺が自分で作ったものと大差ない感じに、洗練さのない無骨なものばかりだった。
けど品質はいいので、イアナに買い与えるのに申し分ない。
早速店内を物色して、いい物が見つかった。
一メートルほどの長さがある、金属バットに似た形の、総鉄製の棍棒だ。
軽量化のためか、グリップの底から頭にかけて穴が開いている。覗いてみると、真っすぐな内壁が見て取れた。
その形から金属バットというより、鉄パイプを先端にかけてやや膨らむよう肉付けしてみた、といった感じだな。
「持ってみて、軽く振ってみろ」
「は、はい。うわっ、ちょっとだけ、前のより重たいですね」
イアナは感想を呟きながら構え、上下にゆっくりと一度、二度と振っていく。
傍目では、使い心地は悪くなさそうだ。
イアナも取り回しにくさは感じないようで、この鉄の棍棒を気に入ったようだった。
「バルティニーさん。これ良いです。これにしましょう」
「分かった。じゃあそれを買う――」
――ことにしようと言いかけて、金属バットとの相違点を見つけた。
「店主。この棍棒の持ち手に巻き付けられる、布や革なんかありますか?」
「ああ、あるよ。用途は滑り止めかね?」
「はい。あのままだと血で滑って、手からすっぽ抜けちゃいますから」
「なら結った細革がいいな。棍棒と革代を払ってくれるなら、巻き代は負けてやるよ」
「じゃあ、お願いします」
棍棒をイアナの手から奪って店主に渡し、言われた代金を即金で支払った。
早速、店主は黒い細革を寄り合わせて、棍棒にまき始めた。金属に定着させるためか、ニカワのようなものを使っているようにも見える。
興味本位で覗いていると、袖を引っ張られた。
イアナかなと思って振り向くと、女性使用人が困り顔で立っていた。
「代金は当家がお支払すると、言ってあったではありませんか」
「会話上、いまのは俺が払う流れでしたから」
「……そういうことでしたら、防具の更新に関しては、こちらが支払いますので」
律儀だなと苦笑いしようとして、貴族は貸し借りや約束事にうるさいんだったと思い出す。
そういうことなら、イアナに厚めの革鎧を買い与える際には、払ってもらおう。
イアナの装備が鉄製棍棒と厚い革鎧になって、さらに数日が経った。
暇潰しに訓練を重ね、イアナは新しい装備に慣れてきていた。
丁度その頃、俺はアグルアース伯に呼び出された。
執務室の中に入ると、彼の他に護衛が二人、冒険者らしき格好の人が四人いた。
俺は冒険者たちの方を警戒しながら、アグルアース伯に顔を向ける。
「何かご用ですか?」
「なに、準備が整ったのでね。早速、アレの討伐に向かってもらおう思ってね」
「分かりました。それで、そちらの人たちは」
「君らの他に雇った冒険者、その統率役たちだ。お互いに紹介をして――」
アグルアース伯が名を口に出そうとする前に、冒険者の一人が言葉で遮った。
「要らないでしょうよ、伯爵さま。オレたちは冒険者仲間ではあるが、商売敵なんだぜ。特に今回は、出来高払いが高額だからな。仲良くする理由がねえよ」
無礼な態度に、護衛がイラッとした顔をする。
けど、アグルアース伯が笑いだしたことから、彼は何も言わなかった。
「はっはっは。それもそうだ。こちらとしても、君たち同士が切磋琢磨して領地の脅威を排除してくれれば、それに越したことはない」
「流石は好人物と名高い、アリアル領の伯爵さまだ。話が分かる」
「はははっ。移動の準備はできているからね、今すぐ出立することができるぞ。もちろん、馬車はそれぞれの組に一台ずつだ。気まずい思いをするといけないからね」
「至れり尽くせりだ。こりゃあ、報酬の方も額面通りに期待していいな」
喋っていた冒険者が立ち上がると、成り行きを見ていた他の人たちも席を立つ。そして、ゾロゾロと執務室から出て行った。
廊下を歩き去っていく彼らの足音を聞きつつ、アグルアース伯に顔を向ける。
「依頼内容は、滅んだ村にいるゾンビやスケルトンの討伐でいいんですよね。倒した数を証明するために、どの部位を集めればいいでしょう?」
俺の質問に、アグルアース伯はよくわかっていない顔をする。
隣の護衛が耳打ちして、ようやく納得したようだ。
「これは冒険者組合側も内緒で処理する案件であり、こちらに腐った物を持ってこられても困るからね。倒した数は、自己申告で構わないよ」
「……いいんですか?」
「もちろんだよ。無理を聞いてくれた君たちに、敬意を払う意味を込めてね」
太っ腹なことを言うアグルアース伯だが、護衛から注釈が入った。
「先ほどの冒険者たちの中には、こちらの息がかかった監視役がいる。下手に水増しをした数を言えば、露見すると思え」
「そんなつもりはありませんよ。仕事を完遂するだけで、いいお金が貰えるんですから。それ以上は余禄ですし」
「そうだぞ。バルティニーくんを始め、他の冒険者も私自らが面談して決定した、腕の立つ好人物たちだ。そんな心配は無用だろう」
アグルアース伯に言われて、護衛は渋々納得した顔になる。
苦労してそうだなって思いつつ、俺は執務室を出ることにした。
「それでは、アグルアース伯。吉報をお持ちして、ここに戻ってまいります」
「うむ、そうしてくれたまえ。早く仕事を終える必要はないからね。じっくりと討伐してくれ」
一礼して去り、その足で使わせてもらっている部屋に向かう。
入ると、チャッコがイアナにマッサージを受けていた。
「あ、お帰りなさ「ゥワン!」あわわっ! はい、真剣に揉まさせていただきます」
吠えられて、イアナは慌ててチャッコの首を指で揉んでいく。
チャッコは俺に顔を向けて、これ気持ちいぞって顔をしている。
暢気な様子に苦笑いしつつ、俺はアグルアース伯に言われたことを伝えた。
「――というわけで、すぐに移動の用意だ」
「用意って言ったって、冒険者の心得だって、荷物はいつもまとめてあるじゃないですか。これ以上、なにをするんですか?」
「これから向かうのは、滅んだ村だ。アグルアース伯は手配してくれるとはいえ、補給に心配がある。念のために日持ちのする食料と、武器や防具の整備に必要な物も多めに買いそろえておかないと。相手はゾンビやスケルトンだから、殺して肉を得るなんてできないしな」
早速動こうとして、イアナはチャッコをマッサージしながら首を傾げる。
「……そんなに悠長にしていいんですか。他の冒険者たちは、もう馬車に乗って屋敷から出ていくようですけど?」
耳を澄ますと、屋敷から出ていく何台もの馬車の音がした。
それを聞いても、俺は焦らない。
「最多討伐数を目指すわけじゃないんだ。出発をゆっくりしたって、大して問題はないだろう。それよりも、後で食料や武器に支障が出たら、生死の問題に直結するんだ。ここは準備を怠らない方がいい」
「そう言われてみると、慌てて出る必要はない気がしてきました。それに事情を話せば、きっと伯爵さまが代金を持ってくれるでしょうしね」
「……いや、それはどうだろう」
「なにを言っているんですか。使用人のお姉さんが、何か買い増すときは代金を支払うって約束してくれているんですから、伝えない方が不義理ですよ」
そこまで甘えていいのかと疑問に思う。
このときタイミングよく、俺たちの荷物を運ぼうと女性使用人が部屋に入ってきた。
イアナがここまでの経緯を話すと、使用人は力強く頷く。
「分かりました。必要だと仰られる物は、われわれ使用人が買い集めてまいりますので、お三方はこの部屋でしばしお待ちください」
それならと、必要だと思う物を伝え、大人しく準備が整うまで待たせてもらうことにしたのだった。