二百十七話 伯爵家御用達の店
街に繰り出し、武器屋の商店が並ぶ場所に向かっていく。
案内してくれる女性の使用人は、道々に見かける物を説明してくれる。
「この噴水は当家の初代さまが、人々の憩いのためにとお作りになりました。あちらにあります店は、甘く香り高い菓子で有名です。そちらの路地を少し奥に入ったところにあります店は、行商人が各地から集めてくる特徴的な土産物を中心に扱っておりますね」
すらすらと、観光ガイドのように教えてくれる情報を、イアナはふんふんと頷きながら聞いている。
一方で俺は、聞いてはいるが、街並みを中心に眺める。
ここに来たときにも観察はしたが、より詳しく見ていく。
道が規則正しく敷設されていて、建物も多くが画一的なものが多い。
大きな道路の左右には必ず店が配置されていて、住宅は脇道の少し奥にあるという塩梅だ。
こう配置されている理由は、大通りの脇に止まっている馬車の多さと、そこから積み下ろしをしている人たちを見れば分かる。
つまり大きな道路は通商用で、俺が脇道だと思っていた場所が住民用の通路という感じで、使い分けているんだろう。
街の作りに感心していると、チャッコが詰まらないと言いたげな顔で、俺に体を擦りつけてきた。
チャッコにしてみれば、石造りの街なんて、採石場と変わらないんだろうな。
俺は微笑みつつ、爪を立てるようにして、チャッコの額を掻いてやった。
それでいいって感じの顔をして、チャッコは尻尾を大きく左右に振る。
通りかかった夫人とその付き添い人たちがこちらを見て、微笑ましそうな目をこちらに向けつつ、すれ違っていった。
きっとチャッコを、大きな飼い犬だと思ったんだろう。
チャッコの種族は、魔の森に出る魔物の中でも、かなり方だと知らないからこその反応だな。
俺が苦笑していると、道案内をしてくれている使用人が横を手で示す。
「こちらが、当家が懇意にしている武器屋でございます」
声につられて顔を横に向けると、大きな透明なガラスを壁にはめ込んだ、前世の服屋のような作りの店だった。
この世界では、透明なガラスは貴重品だ。
それなのに、これほど大きなガラスを使っているってことは、かなり儲かっている店らしい。
呆気にとられながら、ガラス越しに店内を見る。
甲冑を着たマネキン、壁に飾られた剣、低いテーブルには小さな武器類が置いてある。
どれもぱっと見ただけで、一流の職人の仕事だと分かる武器たちばかりだ。
予想以上の高級そうな品揃えに苦笑いする俺の横で、イアナが顔を引きつらせている。きっと、高級店に入ることに、いまさら尻込みをしているようだ。
そんな俺たちの様子を、店内にいた従業員が見つけたようだ。
一瞬だけ眉をしかめてから、営業スマイルを浮かべて外に出てきた。
「ビッペン武器商に、ようこそお客様。店前に書いてございますように、アグルアース伯爵家の御用達となってございまして、最高品質の武器ばかり取り揃えてございます」
ひと聞きするだけだと、単なる店の説明に聞こえる。実際、イアナはなるほどって感じで納得している。
けどこの店員が本当に言いたいことは、『貴族が愛用する店だから、お前らみたいな冒険者はお呼びじゃない』って感じだろう。
こちらを下に見る態度に、少しムッとする。だが、当然の対応だろうなって納得もする。
前世の高級レストランではドレスコードがあったように、この世界の敷居が高い店は客側に『格』を求めるんだろう。
なら仕方がない。違う店にしてもらおうと、道案内をしてくれた使用人に目を向ける。
すると、かなり立腹した顔をしていた。
彼女はずいっと前に出ると、店員に詰め寄った。
「当家の名前を、客を追い払うために使用なさるとは、何をお考えなのですか?」
静かな言葉かつ無表情だったが、明らかに怒気が含まれていた。
言われた店員は、なにを言われたのか分からない顔をしている。しかし少しして、ハッとした顔になった。
「も、もしや、アグルアース伯爵家のお方ですか?」
「貴方が軽々しく使う程度な家の、使用人でございます。そしてこちらのお三方は、当家に逗留なさってくださっている冒険者の方々です」
使用人が意地悪な言い方をすると、店員はさっと顔を青ざめさせた。
「そ、それは大変な失礼を。ど、どうぞ中に」
「いえ、結構です。他の店に向かうことにしましたので」
使用人が気分を害した表情になり、俺とイアナの手を掴むと、スタスタと歩き始めた。
店員はこちらを追おうとするが、チャッコの姿を目にして急停止する。
恐れている表情から、犬嫌いなのかなと、俺は小首を傾げた。
動きを止めた店員を放って、俺たちは路地へと入っていく。
少しして、使用人が手を放し、こちらに謝ってきた。
「申し訳ございません。ご不快に思いになったことでしょう」
深々と頭を下げてこられて、俺とイアナは同時に否定の言葉を口にしていた。
「いえ、そんなことありませんよ。俺たちの見た目だと、お金持ってなさそうに見えますしね」
「そうですよ! わた――ボクなんて薄い皮鎧だし、バルティニーさんなんて格好がヘンテコですから! あのお店の人が、変な態度をとっても変じゃないですよ!」
「そうそう――って、おい。だれがヘンテコだ」
「えっ。だって……」
イアナがこちらを上から下にとみるので、俺は自分の格好を改めて見てみる。
客観的に見ると、全身タイツ状のぴったりとした服。その上に、つぎはぎで厚くなった上着と、半ズボンを着ている。そしてさら、ウィートンの村でもらった毛皮を羽織っている。
毛皮以外は、すべてが魚鱗の布製で、とても高い防御力を誇っている良い防具だ。
けどそうと知らない人が見れば――うん、確かにヘンテコだ。
もうすっかり自分では当然になってしまって、変だなんて感覚は消え失せちゃっていたな。
でも確かに変な格好なので、これからは指摘されても、怒らないしよう。
そう決心していると、使用人は微笑み、そして困り顔になる。
「お二方が心優しい人でよかったです。それにしても、当主様が文句を言わないことをいいことに、当家の威を借りて高圧的な態度になる者が出て困ります」
「様子から困っているのは分かりますが、苦情を言わないのは、どうしてですか?」
「当主様は、祖が開拓者だっただけの当家の名前が商売に役に立つなら使わせてやれと、仰られておりまして……」
分かっていたことだけど、アグルアース伯は本当に、善人な上に大らかな性格なようだ。
使用人が語る苦悩は続く。
「当主様がお優しい分、我々使用人や護衛が気を張らなくてはいけないのですが。そうすると逆に、当主様は立派だが、仕える者たちは了見の狭い者ばかりだと言われてしまい……」
少し気心が知れただけの俺たちに、つい内情を語ってしまうほど、彼女の悩みは深かったようだ。
苦労しているんだなって、俺もイアナも苦笑いしかできない。
こちらの反応に気づいたのか、使用人は顔を少し赤らめる。
「これは大変失礼いたしました。それでその、あの店は使えませんので、出入りの商人が愛用していると又聞いた武器店でも、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。むしろ、そちらの方がいいです」
「そうですよ。わ――ボクなんかに高い武器を買ってもらった、違う場所で売って、安い物に買い替えないとも限りませんから!」
使用人を慰めるためだろうけど、言葉の選び方に問題がありすぎる。
俺が身振りで失言していると伝えると、イアナはハッとした顔になる。
「あッ! いや、本当に売ったりはしませんよ、本当ですよ!」
焦るイアナの様子を見て、使用人は笑顔になる。
「分かっております。ですが、そうですね。こちらも冒険者の考えを把握することを、おろそかにしていた部分があったと反省しないといけません」
微笑みを向けてから、彼女はこちらですと案内を再開する。
それを受けて、イアナは焦りながら、俺の服を引っ張ってきた。
「あ、あの、バルティニーさん。なんか、わたし失敗しましたよね?」
「大丈夫だ。冒険者が高いものを手に入れたら、売り払うのは当然な行為だからな」
「も、もうー! すぐそうやって、からかってくるんですからー! 本当に悩んでいるんですよ!!」
気にしなくていいと強めに頭を撫でてやると、不服そうな顔のまま、イアナは悩みを棚上げしたようだ。
ここまでの一連の様子を端で見ていたチャッコは欠伸をしてから、さっさと用を済ませろとばかりに、俺に軽く体当たりをしてきたのだった。