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二百十五話 仕事の話

 食事を取り終え、アグルアース伯との面会に臨んだ。

 といっても、会いに行くのは俺と徴税官だけだ。

 出された料理を食べて満足そうなイアナと、前足で口元を拭っているチャッコは、この部屋に置いていかなければいけないらしい。

 プラシカルさんが言うには――


「ご様子を伺っていると、行動の決定権を持つのは貴方のようですからね、他の方はお寛ぎ頂いて待機していただけたらと思います」


 ――ということだった。

 この措置を穿った目で見るなら、イアナとチャッコを引き離して、俺に変な行動をとらせないようにするためかもな。

 真偽はともかく、変なことをする気はないので、気にするとこはないな。

 そんなことを考えながら俺は、徴税官と一緒にプラシカルさんに案内されて、階段を上がり、大理石作りらしき廊下を歩いていく。

 ところどころにある台座には、壺や皿を始めとする調度品が置かれている。たまに剣などの武器も据え置かれていた。俺には審美眼がないから、どれほどの価値があるかわかないな。

 長い廊下の割りには、扉の数が少なく見える。きっと一部屋一部屋が大きいんだろう。もしかしたら、遊戯室や書庫などの部屋も作ってあるのかもしれない。

 内装をきょろきょろ見ながら歩いていると、プラシカルさんが振り向き、微笑んできた。


「随分と熱心にご覧になられていますが、手に取ってみようなどとは考えていないご様子ですね」


 言われて、俺は首を傾げる。

 そもそも、飾ってある物に触ろうという考えがなかった。前世の美術館でだって、展示物は手に触れないし。


「触ってもいいんですか?」

「構いませんが、陶器などは壊さないよう慎重に扱ってくださいませ。どれも最低で金貨が何枚も飛ぶ価値がございますので」

「ふーん、そうなんですか」


 なら触らないで、見ているだけでいいな。

 そう思って観察を続けていたら、プラシカルさんだけでなく徴税官にも微笑まれた。

 気味悪くなって、俺は眉を寄せる。


「なんなんですか、その反応は」


 俺が気分を害していると見せたからか、プラシカルさんが違うと身振りする。


「いえいえ。金貨数枚の価値があると聞くと、人の反応が分かれるものなのですよ。ある人は価値に驚き恐れて手を触れようとしなくなり、ある人は盗もうと考えて隙を伺い始めます。しかしバルティニーさまは、そのどちらでもなく。ただ愛でる方に意識が向かったご様子でしたので」


 要領を得ない言葉に首をひねっていると、徴税官が訳してくれた。


「要するに君の反応が、ここの美術品程度は見慣れている、大物貴族に似ているって言いたいんだよ」

「買いかぶり過ぎですよ。観察するのに、手を触れる必要がないって思っただけです。それに俺の出身は、大して裕福でもない荘園ですよ」


 軽く身の上を話すと、プラシカルさんが食いついてきた。


「ほぅ、どこにある荘園なのでしょう?」

「ヒューヴィレの町を知っているなら、その近くにあると言えばわかるんですが」

「ヒューヴィレ……。薄っすらと、交易の町だとは聞いた覚えがあるのですが……」

「申し訳ないですけど、ここからどれほどの距離があるかは、ちょっと俺にもわからないので、たぶん遠いとだけしか言えません」


 そんな会話をしていると、ある扉の前に立つ二人の歩哨が見えてきた。

 ざっと位置を考えると、屋敷の三階の真ん中という場所なようだ。

 その前までくると、歩哨が俺に手を伸ばしてきた。握手かなと思ったけど、厳しい目つきから違うと分かった。


「武器は全て、ここで預からせてもらう」

「そして隠し武器を持っていないか、体を改めさせてももらう」

「そういうことなら――はい、どうぞ」


 装備を外して、剣帯ごと全て渡す。そして体を調べてもらいやすいように、両手を横に、足を肩幅に広げる。

 するとなぜか、歩哨が意外そうな顔をする。


「調べるんじゃないんですか?」

「いや、調べるが……。やけにあっさり手放したな」

「渡せって言ったのはそちらじゃないですか?」

「それもそうなんだが――隠し武器もないな」


 歩哨たちの不思議そうにする姿が、俺には不思議だ。

 それでも身体検査が終わったからだろう、歩哨がノックをして、中から入室を許可する声が来た。

 開けてもらった扉を潜って、俺、徴税官、プラシカルさんの順番で入っていく。

 重厚な机と広い硝子窓の間に、アグルアース伯がいた。彼の隣には、帯剣した護衛の男性もいる。

 ウィートンの村には居なかった人だな。けど、チャッコが戦いたそうにするほど、腕が立ちそうな人だな。

 俺が値踏みすると、向こうも値踏みし返してくる。そして半歩、彼はアグルアース伯に近寄った。その縮めた距離の分だけ、俺の実力を高く見てくれたってことだろうな。

 そんな護衛の人の機微が分かっていないかのように、アグルアース伯は席を立ち、俺を迎えるように両手を広げる。


「ようこそ、我が屋敷に。歓迎するよ、バルティニーくん」


 普通なら、近寄って握手の一つでもする場面だろう。

 けど俺はあえて、目上の貴族に対する礼――実家で教わったものを思い出しながら――をすることにした。


「お招きいたただいた上に、料理まで振舞っていただき、感謝の言葉もありません」


 丁寧な言葉遣いをすると、アグルアース伯は苦笑いを浮かべ、隣の護衛は改めて値踏みする目を向けてきた。

 どうやらこの態度は不評のようなので、冒険者らしい態度に戻すことにする。


「それで『仕事』の詳しい話を、ここでしてくれると考えていいんですよね?」

「その通りだとも。しかしながら、よく貴族相手の礼儀作法を知っていたね」

「人がやっているのを見て、真似して覚えただけですよ」


 実際に、俺は兄たちがやる授業をまた聞きしながら、学んでいただけだし。

 そんな気持ちを含めて言葉に出すと、アグルアース伯がまた勧誘してきた。


「礼儀の下地があるなら、護衛に打ってつけの人材なのに残念なことだ――それはさておき、本題に移ろうじゃないか。まずは、納税の確認からしよう」

「は、はい。報告します!」


 徴税官は緊張した様子で、帳面に目を向けつつ懇切丁寧に税について語り始めた。

 報告が終わると、アグルアース伯に帳面を渡す。


「大変によい報告だった。二日休暇をやるよう、部署に伝えておく。存分に羽を伸ばすといい」

「は、はい! ありがとうございます!」


 報告が終わった徴税官が、安堵した顔つきで部屋をでる。

 その姿を見送ってから、アグルアース伯が机から紙束を取り出し、隣の護衛に手渡した。

 彼は歩いてこちらに近づき、俺に紙をそのまま差し出す。

 受け取って目を向けると、ゾンビやスケルトンなどがどこにいるか、どの範囲まで広がっているかの報告書のようだ。

 文字を目で追いながら、ペラペラと紙をめくっていく。

 その俺の姿を見てか、アグルアース伯が口を開く。


「文字が読めるようなので、詳しい部分はその調査結果を見てもらうとして、簡単に概要を伝えるとするよ。ああ、目を通しながら聞いてくれるだけでいいから」

「はい。そういうことなら」


 俺は上げかけた顔を再び下ろし、報告書に目を向けた。

 アグルアース伯は仕事内容を語り始める。

  

「この事態の発端となった場所は、我が領地の端にある村だ。そこで疫病か毒物かで、住民のほぼ全てが危篤になってしまったのだよ。通りかかった行商人によって、その村の現状が伝えられ、救援と対処に向かったのだが、すでに遅かった。死亡した住民はゾンビとなり、多くが村から出ていった後だった」


 報告書によると、ゾンビたちは野生動物や通りかかった人を襲って、新たなゾンビにしていったそうだ。

 やがて古いゾンビの肉が腐り落ちて、動きがより速くなるスケルトンへ。スケルトンも野生動物を殺して放置し、新しいゾンビを作っていく。


「我が領地は平原ばかりで遮るものがない。その上、魔の森が遠くて、ゾンビを倒して食らう魔物や獣もない。そのため、かなり広範囲にゾンビやスケルトンが散らばってしまったのだ」


 けどそれが、俺や冒険者を雇い入れようとする、直接的な理由ではないらしい。


「手勢を放って討伐をこなしている際に、意外なことが分かったのだ。発端となった村に、ゾンビやスケルトンが集まっているようだとね。偵察に向かわせたのだが、ゾンビやスケルトンだらけで、村に入っての調査は無理だった」


 つまり、原因は分からず終い。

 なので、平静を保つ滅んだ村に集まっているゾンビたちは無視し、ゾンビを増やし続ける散った少数勢力を手勢で駆逐して回ったらしい。

 そして冬に手すきとなった冒険者を多く雇い入れ、集まっているゾンビたちを駆逐する予定を立てたそうだ。

 話を聞いていて、俺はなんとなく、ゾンビが集まっている原因に予想がついた。


「俺は以前に、ゾンビを操っているオーガに出会いました。きっとその村には、オーガやそれに類する魔物が住み着き、ゾンビやスケルトンを手勢として呼び寄せているんじゃないかと思います」

「おおー、それは有益な情報だ。なるほど、森の主ならぬ、死者の王が立ったと考えれば合点がいく。しかしその王は、最低でもオーガ級の魔物ということか……」


 腕組みして考えるアグルアース伯に、俺は一つ疑問を告げる。


「報告書のように大変な事態なら、魔導士を呼んだ方が早いのではないですか?」

「うむむっ、そうしたいのは山々なのだが……」

「もしかして、アグルアース伯は反魔導士派なのですか?」

「いや。距離は少しとっているが、親魔導士派だね。しかし要請を断られてしまったのだよ」

「断られたって、どうしてですか?」

「さてね。魔導士を派遣してもらう相場の金は払うし、倒した魔物の素材は全て譲ると条件を出したのだがね。きっとゾンビやスケルトン相手では、やる気が出なかったんだろうね」


 なるほどと頷きかけて、ふと思いとどまった。

 アグルアース伯は貴族の中でも、かなりの金持ちっぽい。

 なのに『相場の金』で頼んできたから、魔導士側は報酬を吊り上げようと思って、ひとまず断ったんじゃないだろうか。


「あのー、要請を出したのは一度きりですか?」

「そうだ。要請を受けるきなら、一度目で受けてくれるはずだ。なのに断られたからと、二度も三度も出したのでは相手方に迷惑だよ。私も同じ要望が何度となく寄せられて、辟易とさせられたものだった」


 プライドからではなく、ただ自分が嫌だったことを相手にやらないようにしているようだ。

 そんな志を持つアグルアース伯は、心優しい立派な人物だろう。

 でも、優しさを発揮する場面を間違っているよな。

 チラッとプラシカルさんに顔を向けると、近寄ってきて事情を小声で話してくれた。


「当主様は、感性が他の人と少しずれておられまして。その点を、魔導士あちら側は測り損ねたようでして」


 やっぱり、魔導師は他の貴族と交渉するときのように、軽く揺さぶるために断ってみただけらしい。

 けど、アグルアース伯が断られたなら仕方がないと諦めてしまい、あって当たり前な再交渉の場が消滅してしまったわけだ。

 お互いに変なボタンのかけ違いをしたなって、俺は呆れたくなる。

 アグルアース伯が目の前にいるのに、そんな感情を表に出すわけにはいかないので、話をもとに戻すことにした。


「分かりました。それじゃあ、俺たちはその村に向かって、ゾンビたちとその王を駆逐すればいいわけですね。拠点にするのは、近隣の村ですか?」

「いや、滅んだ村の近くに、頑丈な小屋を建てさせている。私が雇った冒険者はそこで暮らしつつ、ゾンビとスケルトンを倒すようになると思う」

「……他の冒険者と、共同生活ですか?」

「駄目かね?」

「俺は構いませんけど、冒険者の多くは従魔が嫌いと聞いていますので」

「ああ、あの狼のことを心配しているのか。それは気がつかなかった」


 アグルアース伯は腕組みすると、こちらに確認をとってくる。


「これから同じ小屋をもう一軒建てるとなると、完成まで時間がかかり過ぎてしまう。なので、手狭な物置ぐらいの物になってしまうと思うが、構わないだろうか?」

「雨風防げて、冬の寒さに震えないで済む暖炉がある物置でしたら、構いません」

「そう言ってくれると助かるよ。プラシカル、すぐに建材と職人の手配を急ぎ整えろ。危険地域なので、護衛の手配と、職人には危険手当をたっぷりつけることは忘れずにな」

「かしこまりました。冬の間の出稼ぎに調度いいと、建築職人たちと冒険者は喜ぶことでしょう」

「そうであると、私もうれしい。さて、建築に時間がかかるので、バルティニーくんたちは、この屋敷の一室に泊まってもらうことになる」

「……あの、街の宿に住むのでも十分ですけど」

「そうはいかない。当家の事情で不便を強いるのだ。ならば、せめて心づくしの世話をせねば、他家の笑いものになってしまう」


 そういえば、貴族って貸し借りに厳しい気質だったっけ。

 ならここは断らずに、受けたほうが利口だろうな。


「分かりました。それでは、物置ができるまで、お世話になろうと思います」

「そうしてくれ。では、世話をさせる使用人をつけねばな。狼を恐れない者の中で、いれば女性を宛がうことにしよう。たのんだぞ、プラシカル」

「かしこまりました。バルティニーさまたちに、ご不便をおかけしないよう勤めさせます」


 あれよあれよという間に話が決まっていく。

 その後、俺がアグルアース伯の執務室から出て、イアナとチャッコと合流する短い時間の間に、俺たちが住む部屋が決まっていた。その上、俺とイアナと同年代の女性使用人も、世話係としてやってきたのだった。

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