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二百十三話 アグルアース伯の街

 年貢の護衛として街道を進んでいて、分かったことがある。

 アグルアース伯の領地は平原ばかりの土地なことと、各地の村に広い農場を作ってあることがだ。

 でもそれは当然のことだ。

 なにせ平原に現れる野生動物や魔物は、森のそれと比べて格段に弱い。加えて見晴らしのいい場所では、野盗が隠れ住める場所も少ない。

 そのため外敵に怯える心配なく、楽に農地を増やすことができるようだった。

 もっとも、この土地では野盗が出ることは稀らしい。

 通りかかった村で、宿屋の主人が理由を教えてくれた。


「この周辺の村では、空き地を耕せば新しい畑が手に入るんだ。食い物を作って金を得る方法があるのに、好んで野盗に身をやつす人なんかいるものかい」

「でも、畑仕事よりも楽して稼ぎたい、って人はいるんじゃないですか?」

「そう思う奴らは、兄ちゃんのように冒険者になるのさ。そして大多数が夢破れ、村に帰ってきて畑を耕すことになるんだ。兄ちゃんも辞めて、農家にならないか?」


 俺を勧誘し、そして出戻りまで歓迎するほど、開拓地が余っているらしい。


「俺や冒険者を勧誘するより、他の場所から人を迎え入れたらどうですか?」

「そうもいかないらしいぞ。人が増えれば、農作物の収穫量が上がるだろ。そうすると、伯爵さまに税として入る金が増えるわけだ。だからこそ、伯爵さまの資金力が増えることを嫌がって、他の土地の領主は移民を渡さないようにしているらしい」

「移動しようとする人を抑え込んでも、問題が増えるだけのように思うんですけど?」


 働き場所がなくて食い詰めた人が野盗になってしまうことは、今世でだと当たり前なことだしな。

 俺が理解できないでいると、宿屋の主人もよくわかっていなさそうだった。


「単に、伯爵さまに嫌がらせをしたいんだろうさ。もしかしたら、移民をくれてやるから金を寄越せと、他の領主は言ってきている可能性もあるしな」

「それが本当なら、領主じゃなくて奴隷商人なんじゃないですか?」

「おお、上手いこと言ったな、兄ちゃん。なるほどたしかに、奴隷商人みたいだな」


 こんな会話がでるように、アグルアース伯の領地は平和で豊かな場所だということだ。

 だからこそ、年貢の護衛として活躍の場がないほど、道中は暇な時間が続く。

 あまりにも平和に過ぎるので、護衛が交代交代で、荷馬車の上で昼寝をするほどだ。

 それこそ、周囲を警戒する俺やチャッコの姿を見て、他の冒険者は『勤勉なことだ』とからかってくる。

 こんな仕事っぷりで食料とお金がもらえるのだから、楽して稼ぎたい人が冒険者になるのは頷ける。ウィートンの村でも、外周を見回るだけで小金が貰えていたしな。

 楽して稼げる仕事ばかりだからだろうか、この土地の冒険者たちは、さほど腕の立つ人がいないようでもある。

 だからこそ、アグルアース伯が外様の俺を雇い入れる気になったんだろうな。

 もしかしたら、成長した今のイアナの戦闘力なら、この土地の冒険者の中ではいい位置に行くのではないだろうか。

 そう思いながら、長い休憩中に模擬戦を行っていた、イアナとチャッコに目を向ける。


「あ、あのー、チャッコちゃん。ちょっと、重いんですけど……」

「ゥワッワン」


 模擬戦の最中、得意げなチャッコに背中を踏まれて倒れ伏しているイアナの姿に、それはないなって思い直すのだった。





 日数をかけて、俺たちはアグルアース伯の屋敷のある街にやってきた。

 そう、『町』ではない。

 この世界で俺が見た中で、一番広くて大きい『街』だ。

 石畳の大きな街道が敷設されていて、ひっきりなしに馬車や荷鳥チチックが行き来している。

 立ち並んでいる家屋も、石造りの頑健な作りのものばかり。しかも多くは二階建てで、三階建てなのも珍しくないようだ。

 裕福な土地の中心地だからか、飲食店も数多くあり、美味しそうな匂いが漂っている。優雅にお茶をする老紳士や、甘味を間に挟んで談話する婦人たちの姿がよくある。

 見かけた商人に雇われているらしき冒険者たちだって、すごく立派そうに見える装備をしている。けど彼らが強いかどうかといわれると、俺の直感では首をかしげたくなるけどな。

 とにかく、広大な土地を持つ貴族のお膝元とあって、この街はかなり栄えているらしい。

 あまりに立派な街並みなので、初めて目にしたらしいイアナと年貢を護衛する中の数人が、ポカンとした顔をしている。

 俺はイアナだけを突いて、我を取り戻させる。


「ほら、ボーっとしてないで行くぞ。街の観光は、護衛が終わった後で十分にできるからな」

「は、はい! あれでも、バルティニーさんは見て驚きませんでしたね。二つ名のある冒険者だから、この街並みも取るに足りないとか思っているんですか?」

「いや、十分にすごい街だとは思っているぞ。単に、似た光景を見慣れているだけだ」


 なにせ、前世の大都市や地方都市と呼ばれる場所は、この街より近代的で威圧的なほど立派な街並みだったからな。

 けど、俺の考えを知らないイアナは、感心したような顔になる。 


「ほへー、こんな大きな街が他にもあるんですね」

「そうは言うが、お前の故郷っていう町だって、アグルアース伯の領地にあるんだろ。なら、それなりに大きいんじゃないのか?」

「この街に比べたら、わたしの故郷なんてチンケなものですよ。ここにくるまで、故郷こそが一番立派な町だって思ってはいましたけどね」


 そんな話をしながら大通りを進んでいくと、少し変わった光景が見えてきた。

 身なりが立派な人たちに交じって、粗末な衣服を着た子供たちが、力仕事を手伝っていたのだ。

 俺がいぶかし気に見ていると、イアナが説明してくれた。


「汚い服の子は、路上生活の子ですね。誰かに引き取られたり、冒険者になれる年齢になるまで、ああして店の手伝いなんかでお金を手に入れるんですよ。この街は裕福だから、渡すお駄賃がちょっと多そうですね」


 なるほどと頷いてから、疑問が湧いた。


「路上生活って言っていたが、普通ああいう子供ってのは、孤児院に引き取られたりしないのか?」

「さあ? この街の流儀は知りませんよ。けどわたしの故郷では、無償の施しは孤児のためにならないって考えがあって、路上生活者用の格安の宿泊所が作られていましたね」


 世知辛いなと思っていると、イアナが笑いながら説明を付け加える。


「そんな考えはありましたけど、優しい人は多かったですよ。力のない子供でもできる仕事をくれて、今日は寒いからって、宿泊所に泊まって安い食事を取れるぐらいのお金をくれました」

「施しじゃなく、見返りに色を付けたわけか」

「はい。ああ、でもですね。中には上手い話って言って、悪い道に引き込もうとする人もいましたよ。良いお金になるからって、そっちに向かっちゃった子もいますしね」


 あっけらかんと語っているが、重い話だな。

 なんと言って返すか困っていると、年貢を積んだ馬車列が止まった。

 横を見ると、門構えが立派な商店がある。そこからわらわらと、使用人と路上生活者っぽい子供たちが現れた。そして馬車に積んだ農作物を、店の中に運び入れていく。

 こんな堂々とした盗みもないだろうから、この店で年貢を農作物からお金に変えるんだろうな。

 そう予想していると、馬車から徴税官が帳簿を手に下りてきた。


「冒険者のみなさん、護衛のお仕事はここで終わりです。一人ずつ依頼料を支払いますので、一列に並んでくださいね」

「待ってました! これがなきゃ、お楽しみにもいけないぜ」

「うへへっ。金をもらったら、こんだけ大きな街ならいるはずのベッピンの娼婦に、お相手してもらうとするかー」


 口々に報酬の使い道を語りながら、護衛の冒険者たちが徴税官の前に並んでいく。

 列形成に出遅れた俺たちは、大人しく最後尾に並ぶことにした。

 徴税官は最後の俺たちに報酬を手渡すと、声を潜めて小声をかけてくる。


「貴方たちは、これから私と共に、アグルアース伯の屋敷に向かっていただきます」

「分かりました――」


 今から行くのかと聞こうとして、徴税官の手にある出納帳が見えた。


「――けど、俺たちは少し待った方がいいんですよね」

「長年の取り引きがある大商店なので、測量詐欺を行う心配は薄いですが、やはり心配はありますので」


 ではと断ってから、徴税官は店の中に入っていった。

 俺は馬車列にまだある荷物を見て、小一時間ほどかかりそうだなと、隣に寄ってきたチャッコの耳を指で揉みながら待つことにしたのだった。


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