二百十二話 冬の村の光景
冒険者組合に答えを返してから、十日が経った。
この世界での季節の変わり方は、前世と違って夏から冬、冬から夏にいきなり変わる。
なので、畑の作物を全て刈り入れることが、冬に入ったその日の仕事となる。
俺たちが宿暮らししている、このウィートンの村もそうだ。
ぐっと寒くなった空気の中で、村人と冒険者たちが額に汗して、せっせと農作物を回収する。
俺とイアナは、獲物を多く村に卸してくれたお礼だと渡された、毛皮の外套を着ながらその光景を見ていた。隣ではチャッコが、冬毛に生え変わり始めた体を後ろ脚で掻き、夏毛を払い散らしている。
こうしてのんびりとしているのは、俺がアグルアース伯からのゾンビ討伐の依頼を拒否したから、というわけじゃない。
理由の一端は、農作物が積み上がる風景を見る、帳面を手にしている男のせいだ。
「人頭税の代わりに、農作物を徴収する。こうして見ているから、誤魔化しはできないぞ!」
村人たちに声をかけるこの男は、この地域の徴税官だそうだ。
そして彼が集めた年貢を、俺とこの村から去りたい冒険者たちが護衛して、アグルアース伯の住居がある町に向かう手はずだそうだ。
なんで俺たちが年貢の護衛をするかというと、アグルアース伯からの言いつけだからだ。
『君の腕前を信じて、税の運搬の護衛に入って欲しい。心配しなくても、ゾンビ連中の討伐を始めるのは、冬に入って以降だから。なにせ寒くなると、連中の動きが鈍くなるから、安全のためにもそうするのだよ』
加えて、他の人には内緒で集めた、腕利きの冒険者を泊める場所と装備の手配をするために、少し時間が欲しいんだそうだ。
冬に入る直前まで、村に狩った獲物を供給できること。それで村びとに喜ばれ、こちらの懐も潤うこと。ゾンビと戦う前に、イアナの腕前を可能な限りに伸ばすこと。
それらの思惑もあって、俺はアグルアース伯の提案を受け入れた。
けど、こうして徴税が追わるのを待っているのは、別の理由もある。
それは、村人たちに断られてしまったからだ。
実は、俺たちも農作業を手伝おうとしたんだ。
「狩人の兄さんとその連れの方は、十分な肉を供給してくれた恩人だ。こんな土まみれになる真似はさせられませんよ」
「そうだよ。肉を集めてくれた上、作物も収穫させたんじゃ、こっちが楽しっぱなしで悪い気になっちまうよ」
そう言ってあまりに恐縮するものだから、俺たちは手を出すことができなくなった。
そんな事情を知らない畑仕事をする冒険者たちは、俺たちと護衛仕事を受けた人たちを、裏切り者を見るような目で見てくる。
彼らはいま収穫を手伝わないと、冬の間に村人から食料を売り渋られて、肩身狭く村で暮らさないといけなくなるらしい。そのため、依頼料が安いのに、ああやって必死に働いているそうだ。
大変だなと思いつつ、手伝うわけにもいかないんだよなぁ。
俺は心の中で頑張れと応援しながら、早く収穫し終わらないかななんて身勝手なことも考えていたのだった。
収穫が終わり、年貢が馬車に積み込まれた。
徴税官は手元の帳簿と、馬車の荷を三回比べて確認して、ようやく納得した様子になる。
そして、ハラハラとした顔で見守っている村人に向き直った。
収穫時とは打って変わり、人の好い笑顔で徴税官は声をかける。
「では、村の皆さん。納税を確認できましたので、安心して冬の日をお過ごしください。冬の間、なにかお困りのことができましたら、そちらの村長がすぐに領主館に連絡するようにしてくださいね」
「は、はい。それはもう。通年のようにさせていただきます」
「分かっておいでだとは思いますが、領地の宝である領民を守るためでしたら、アグルアース伯は犠牲をいとわないお方ですから、遠慮は無用ですよ」
優しく声をかけた後で、徴税官は村人に別れを告げて、満載した馬車の一つに乗る。
それを合図に馬車が動きだし、護衛である俺たち冒険者も歩き始めた。
村を去る道中に、少し長くお世話になった宿の老夫婦が見送りにきてくれた。
今日宿を出る前に別れを言っていたのに、律儀な人たちだ。
俺とイアナは護衛の列から外れることはできないので、手を振って改めて別れを告げる。
「今日まで、いい宿をありがとうございましたー!」
「お料理、とても美味しかったです! おかげで、前より力がつきましたー!」
「ゥオワン!」
俺たちとチャッコの大声に、老夫婦は笑顔で手を振り返してくれる。
護衛の冒険者たちが馬鹿を見るような目を向けてくるけど、老夫婦の姿が見えなくなるまで、俺とイアナは手を振り続けた。
手を振り終わり、俺が前を向こうとすると、イアナから鼻をすする音が聞こえてくる。
「なんだ。泣いているのか?」
「ふぐっ。だって、あのお爺さんとお婆さん、いい人だったんですもん。祖父母があんな人がよかったなって……」
孤児であるイアナは、あの老夫婦に理想の肉親を投影してしまっていたようだ。
前世も今世も、俺にはちゃんと両親がいるので、彼女の気持ちを真に理解できない。
だからというわけじゃないけど、イアナの頭を撫でて慰めてやることにした。
その様子を見ていたらしき冒険者が、鼻で笑ってくる。
「ははっ。泣き虫のチビの坊主を慰めてやるなんて、『狩場の荒くれ者』もお優しいことだな」
「――ああんッ? 誰がチビだって!!」
嫌いな言葉を聞いて、睨みつけながら襟首をつかんで吊り上げると、笑ってきた男は顔を引きつらせていた。
「怒ってくる理由、そっちなの?! いや、チビはあんたじゃなくて、そっちの坊主だから――く、苦しいってぇぇ」
坊主って言葉は、人間の男性を指す。
こちらは、俺、イアナ、チャッコだけだ。
なら、俺しか『チビの坊主』って言葉の適合者はいないよなぁ?
そう言って怒ろうとして、そういえばイアナは男装なんだったっけと怒気が鎮まった。
俺は男を静かに地面に降ろし、肩を叩く。
「勘違いして悪かった。けど、人の身体的特徴を馬鹿にすると、殺し合いになることもあるから、やめた方がいいぞ」
「お、おう、そうするよ。というか今のを見たら、アンタと連れの坊主に軽口を叩こうってやつはいなくなっただろうよ」
男は青い顔で首を擦りつつ、俺たちから距離を取って歩き始めた。
争いが終わったので、俺も進行方向に顔を向けようとする。
そのとき、俺の視界に入った人たちが、さっと顔を横に向けた。こちらと視線を合わせたくないという、明らかな意思が透けて見える。
彼らと連携が取りにくくなってしまった様子に、俺は少しまずいかもしれないと思った。
けど、終わってしまったことはしょうがない。
これからの実直な行動を見せて行けば、挽回は可能だろうと気持ちを切り替える。
そんな俺の横では、チャッコが強者然とした態度を辺りに見せつけ、イアナは諦めに似た苦笑いを浮かべていたのだった。