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二百十一話 名指しの依頼

 食堂での会談から三日が経った。

 この間、アグルアース伯から何か依頼されたり、また臣下になれと要望が来たりすることはなかった。

 こちらの手を借りる気がなくなったんだろうと判断して、チャッコとイアナと訓練したり、狩りの獲物を納めて稼ぐ日々を過ごしていく。

 なのに四日経った昼過ぎ、冒険者組合で獲物を渡したところで、職員さんに呼び止められてしまった。


「申し訳ありません、バルティニーさん。支部長が面会したいと呼んでいるので、奥に来てはくれませんか」

「それは、俺一人でってことですよね?」

「はい。お連れさんと従魔の狼は、この場で待機していて欲しくて」


 そういうことならと、俺はチャッコに顔を向ける。


「チャッコ。俺がいないからって手を出してくるやつは、叩きのめしていいからな」

「ゥワン!」


 了解と元気に鳴いたチャッコを見て、職員さんが慌てて俺に苦情をいってくる。


「変なことを命令しないでください。心配しなくても平気ですよ。職員の目のあるところで、いざこざを起こそうだなんて冒険者はいませんから」

「なんでそう言い切れるんですか?」

「冒険者組合は、荒くれ者と善良なお客様の橋渡しをする組織ですからね。こちらの決まりを守らなかったり、依頼者を脅して上乗せ金をゆすったり、無意味に争いごとを広げるような人には、凄い厳罰が下されるんですよ」

「……本当ですかー?」


 各地で見てきた冒険者組合を思い出すと、とてもそうは思えない場所もあったしなぁ。

 疑いの視線を向けると、職員さんは目をそらした。


「す、少なくとも。支部長やそれに準じる方が常駐する場所では、そうなってますよ」


 とりあえずそれで納得して、俺は職員さんに連れられて、建物の奥へと進むことにした。

 そして奥まった場所にある重厚な扉を、職員さんはノックする。


「件の冒険者を連れてまいりました」

「入っていいぞ」

「はい。ほら、バルティニーさん」


 職員さんが扉を開いてくれたので、挨拶してから入室することにした。


「失礼します。なにかご用ということですが」


 問いかけながら、俺は支部長らしき、四・五十代の男性を観察する。

 オールバックに固めた赤髪。鷹のように鋭い目。一筆書きされたような細く長い眉。気難しげに口はへの字になっている。

 綺麗にしつらえた服を着ているが、内側から筋肉で押し上げられて、少しぱつぱつになっている。

 座っているから断言できないけど、立てば俺より背も体格も大きいに違いないだろう。

 視線を横にずらすと、彼がすぐ手に取れる範囲に、槍と斧を合わせたような武器がラックに立てかけてある。部屋の広さから考えると、ちょっと取り回しずらそうな武器だ。

 けどなんとなく、目の前にいるこの人なら、場所の狭さを気にせずに取り回してみせそうな感じがした。

 だからというわけじゃないけど、警戒心を一段上げて、即応できるようにしておく。

 そんな俺の一連の態度を見てだろうか、支部長という男は面白くなさそうな顔をする。


「二つ名持ちでも上等な部類だな、お前さんは。貴族が直々に斡旋した働き口を、はね退けるに相応しい力があるようだ」

「……もしかして、アグルアース伯に何か言われましたか?」

「依頼を頼まれたときに言われたとも。開拓の夢を持つ古風な気質の冒険者だから、組合全体で気にしてやれとな。要は、他の貴族に渡すようなことはするなと、釘を指しされてしまったわけだ。よかったな、これでお前は二度と組合から貴族へ口利きする機会が消え失せたぞ」

「はぁ。そうなんですか」


 予想外の言葉に驚いて生返事をしてしまったけど、俺としては願ったり叶ったりだ。

 しかし食堂でアグルアース伯と受け答えした感触から考えると、組合に依頼を出すついでの世間話に俺を出しただけで、そこまで深く考えているとは思えないよな。

 もしかして裏表のある性格だったとか? いやそんな素振りはなかったしなぁ……。

 貴族のことはよくわからないなと結論付け、話を進めることにした。


「それが俺を呼んだ用件でいいんですか?」

「いいわけないだろ。こんな小言は、職員の口から伝えるだけでいいもおんだ。わざわざ支部長の部屋まで、呼び寄せたりするものか」


 ほらっと、こちらに一枚の紙を差し出してきた。

 俺は前に出て受け取り、後ずさりして元の位置まで戻る。

 その後で、文面に目を通す。


「アグルアース伯から俺に名指しでの、魔物討伐の依頼書みたいですね」


 言いながら、少し変なことに気が付いた。

 普通なら、どれそれの魔物を倒せとか、あれこれの部位を取ってこいみたいに書かれているものだ。

 けど、この依頼書には全くそれが書かれてなくて、単純に『任務:魔物討伐』みたいな感じに書かれているだけ。向かう先の場所すらない。

 その割に、成功報酬が最低でも金貨五枚で、討伐数の出来によってさらに上乗せと、大盤振る舞いなことが書いてある。

 どっからどう見ても、怪しい依頼にしか見えない。

 訝しげな目を支部長に向けると、分かっているという身振りをされた。


「貴族からの依頼では、たまにそんな風に依頼書が書かれることがあるんだ。他所に知られたらり、公式の記録に残せない類の、内緒の仕事の場合は特にな」

「この依頼を受けるか判断する人――つまり俺以外に知られないように、依頼書は曖昧に書いているんですね」

「そしてこの部屋に一人だけで呼んだのは、口頭で説明するためでもある」

「聞いたからには受けなきゃいけない、って類の話じゃないですよね?」

「そんなことは言わん。冒険者は依頼を受けるかどうか、自己裁量できる権利があるからな。もっとも、他言はしないようにと制約してもらうが」

「うっかりでも漏らした場合はどうなるんです?」

「さてな。そんな人はいままでいなかった、とだけ言っておこう」


 不穏な発言に眉を顰めるが、秘密は守る主義なので、関係ない話だって気にしないことにした。


「それで、この依頼ってなんなんですか? 領地に強い魔物が出て、森に浸食されて困っているとかですか?」

「そんな分かりやすい話なら、わざわざこんな手間などかけない。ことはもう少し厄介だ」


 よく分からない言い回しに首を傾げていると、すぐに答えを教えてくれた。


「うろつく亡者や出歩く骨格――つまりはゾンビやスケルトンを始めとする、死してなお動くモノが出ているんだ」


 言われたことを想像し、この世界の常識と照らして、首を傾げる。


「ゾンビとは前に戦ったことがありますけど、さほど大した相手じゃなかったでしたよ。なぜこんな風に、警戒して伝えているんですか?」

「ああ、確かに単体では大した脅威ではない。しかし、大量に湧いているとしたらどうだ。それも魔物や動物のゾンビが、うじゃうじゃとだ」


 改めて言われたことで思い出したのは、前世で見た世界中がゾンビだらけになる映画だ。

 でも、この世界と映画の世界では、根本的に違う点がある。


「噛まれただけでゾンビの仲間入りするわけじゃないんですから、数が多くても一匹ずつ倒せば駆除しきれますよね」


 そう疑問を告げると、いやいやと首を横に振られてしまった。


「たしかに噛まれただけでは、人はゾンビとはならない。だが死体が魔物や動物に食われなかったり、その首を刎ねずに野ざらしにするとゾンビと化す。そう、ゾンビに襲われ殺された者は、遅かれ早かれやつらの仲間となるわけだ」

「……そうやって、ゾンビやスケルトンは仲間を増やしていくわけですか」

「それにゾンビが弱いというのは間違った認識だ。腐った歯に少しでも噛まれれば、病気になって大熱を出す。これが厄介なんだ」


 腐った肉を傷口に刷り込むようなものだから、病気にならない方がおかしいな。


「それでそんな相手がうじゃうじゃといるところに行って、戦って欲しいということですか?」

「先方は、お前――いや冒険者『鉈斬り』なら無傷で倒し切れるに違いないと、そう考えていたぞ」


 その言葉に、少し驚く。


「そっちの二つ名も通っているんですか?」

「ああ。まあ、浮島釣りの方が有名だからな。お前のことを詳しく調べた人なら知っているかも、ってぐらいだろうな」

「そうなんですか……。それにしても、大量のゾンビが相手か。仮に俺が断ったら、どうするんですか?」

「どうもしない。先方は人手が欲しくて、他の冒険者にも声をかけて欲しいそうだからな。お前がいようといまいと、ゾンビやスケルトンたちは駆逐されるだろうさ」


 それなら依頼を受ける受けないを、あまり深く考える必要はないな。

 さてどうしようと腕組みすると、支部長は考えるなら他所でやれとばかりに手を振る。


「返事は二・三日後まででいい。ゆっくり考えることだな。ああ、ちょっと待った。言い忘れていたことがある」


 俺が退室しようとすると、呼び止められたので、顔を向けなおす。


「この依頼を受けたら、先方が責任を持って、衣食住と装備の手配をしてくれるそうだ。もうそろそろくる冬の間の、いい稼ぎになると思うぞ」

「話は分かりました。では、三日後までにここに返事をしにきますね」

「いや、受付の職員に言えばいい。こう見えて、かなり忙しいんだよ、支部長って役職者はな」


 話しは終わりと追い出すように手を振られたので、俺は素直に退出した。

 通路を歩きながら、俺は考える。

 自分一人だけだったら、きっとゾンビ討伐なんて依頼は受けないだろう。チャッコを連れていても、きっと同じだろう。

 けど、イアナがいる。

 彼女にちゃんとした装備を安く整え、さらに訓練をつけられる場所が得られる機会だと考えると、今回の依頼は大変にいいものに思えた。

 そして――


「依頼は大歓迎って言っちゃったからな」


 ――口から出した約束は果たすべきだろうと、チャッコとイアナと合流したときには、半ば以上にこの依頼を受ける気になっていたのだった。


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