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二百十話 進むべき道

 俺たちが食事を終わると、老夫婦は調理場へ引っ込んでいった。

 表に立派な馬車が止まっているからか、珍しいことに他の客も中に入ってこない。

 伯爵さまはニコニコとしているが、俺たちが食堂から外に出ることを許してくれる雰囲気ではないな。

 仕方がないので、こちらから用件を切り出すことにした。


「それで伯爵さま。俺に用があって、この食堂にやってきたと思っていいですか?」

「その通り。もちろん、ここの料理が美味しいから食べにきた、というのも本当だがね」

「あらかじめ言っておきますが、生涯仕えろみたいな話なら、断りますよ」


 けん制で言うと、護衛の人たちが黙ったまま、目に見えて怒り始めた。

 伯爵さまの好意を断るなんて、失礼だとか思っていそうな感じだ。

 しかし、伯爵さま本人は少し驚いた顔をしただけだった。


「それはまた、どうして? 自分で言うのもなんだが、私ほど健全な貴族は他にいないと思うよ。払う給金もかなり多めだぞ」

「貴方の人柄は関係なく、俺自身の夢のためです。それにお金は、いざとなれば森の中で暮らす術がありますので」

「夢、とは?」

「森の主を倒して、新しい土地持ちになること。そしてデカイ男になることですよ」


 俺の言葉に、伯爵さまは感心したような顔になった。

 一方で、護衛の人たちはこちらを馬鹿にするような笑顔になる。そして、たまらずという感じで、こちらに喋りかけてきた。


「森を開拓する夢を持った冒険者なんて、まだいたんだな」

「その夢のために、安定した生活を送れる機会をふいにするなんて、なぁ?」


 馬鹿にする言い方だったが、少し実感がこもっているような声色でもある。

 直感的に、彼らは元冒険者かそれに近い立場から、護衛に雇われた人たちじゃないかと感じた。

 だからこそ、俺が折角の申し出を断ることを、馬鹿だと思っているんだろうな。

 俺が彼らに何かを言い返す前に、伯爵さまが制止する声を上げた。


「こらこら、止めないか。私の祖先は、元は開拓者だったのだぞ。開拓を志しているバルティニーくんを笑えば、我が祖先も笑うことに繋がるのだよ」


 静かな口調な言葉だったが、護衛の人たちは姿勢を正して謝罪を始めた。


「そこまで考えが及ばず、申し訳ございませんでした」

「こらこら、謝罪は私にではなく、バルティニーくんにだろう?」

「……そうでした。申し訳なかった」


 注意されたから謝っている感じがあるので、俺は身振りだけで、もういいと返す。

 その後で伯爵さま――アグルアース伯に、向き直る。


「というわけで、仕える話は受けません」

「そうか、やはり駄目か。優秀と噂の君を抱え込めれば、領地の不安も減ると思ったのだがね」


 変な言い回しに、俺は小首を傾げた。


「なにか、現実で問題があるんですか?」

「ふむっ。ないわけではないが、あまり言いふらしていいことでもないのだよ」


 どうやら関係者ではない人に、聞かせられるような問題ではないらしい。

 そう察した俺は、これ以上踏み込まないことにした。

 けど、これぐらいは言っていいだろうと、口を開く。


「仕える気はありませんが、冒険者組合を通した依頼という形で雇われるなら、俺は大歓迎ですよ」

「ほう、いいのかね?」

「アグルアース伯自ら、金払いが良いと仰っておられましたからね。払ってくれるお金に見合う仕事はする気でいますよ」

「はっはっは、そうかね。君になにか仕事を頼むことになったら、謝礼は弾ませてもらうとするよ。とりあえず今日は、士官の口の件が物別れしたので、引き下がらせてもらうとするよ」


 アグルアース伯は言いながら、席から立ちあがる。

 護衛たちも立つと、一緒に食堂から出て行った。

 馬車が走り去る音が聞こえてきたので、俺は姿勢を崩して頬杖をつく。

 すると、ここまで静かにしていたイアナが質問をしてきた。


「本当にお貴族様に雇われるのを、断っちゃってよかったんですか?」

「俺の目標に合わないからな。もしかして、断ったら報復されないかって心配しているのか?」

「いえいえ。あの人はそんなこと、しなさそうだったじゃないですか。なんというか――そう、大富豪喧嘩せず、みたいな方でした!」


 ずいぶんな評価だなって苦笑いしながら、俺はイアナに言う。


「イアナにしたら、むしろ俺が断ってよかったって安心する場面だぞ、いまのは」

「なんで、わたしが?」

「だってそうだろ。もし俺が申し出を受けていたら、イアナとはこの場でお別れになってたんだからな」

「えっ?! あ、でもそうですよね。わたしが雇われるわけじゃないから、お貴族さまのところまでついていけませんもんね」


 イアナが理解した顔になる中、チャッコがこちらを見上げてきた。

 俺はその頭を撫でやる。


「チャッコはアグルアース伯に気に入られているからな。俺と一緒に来ることになっただろうな。まあ、お前にとったら貴族に雇われる生活は退屈だろうから、すぐに俺と別れてどこかに行っちゃうんだろうけどな」

「ゥワン」


 当然だという鳴き声に、俺とイアナは笑顔になる。

 さて、食事も終えたので、今日も狩りに精を出すとしますか。

 もしかしたらアグルアース伯の依頼で、近日中にこの村から離れることになるかもしれないな。

 ならと、今日からはいつもより多めに獲物を狩って、村の備蓄に貢献することにしようと考えつつ、俺はイアナとチャッコを連れて村の外周へと向かっていったのだった。


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