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二百九話 穏やかな朝食

 食堂に入ると、伯爵さまは老夫婦と談笑しながら、食事を取っているところだった。


「いやはや、美味しいですな。ついつい食べ過ぎて、腹が出てしまいそうですよ」

「あははっ、伯爵さまもお人が悪いですね。常に体系を維持されていることは、領民なら誰もが知っているのですよ」

「これでもかなり苦労しているのだよ。我が領地の作物はどこも美味しくてね。特にここの麦は、パンにすると薫り高くて、ついもう一つと手が伸びてしまうのだから」


 料理を手放しに褒められて、老夫婦の相貌が崩れに崩れている。

 褒めつつ一口ずつ味わうように食べている伯爵さまの隣には、護衛の人たちが料理をがっついて食べていた。

 昨日叩きのめした護衛は、近辺警護から外されたのか、姿がない。

 それにしても、ここの食事はとても美味しいから、急いで食べたくなる気分はわかる。

 でも護衛として、警護対象と同卓したりその態度で食事をしていいのか?

 なんとなく常識が違うように思うが、きっと伯爵さまの指示でやっているんだろうって納得することにした。

 盛り上がっているあちらに悪いので、俺たちは少し離れた席に座ろうとする。

 けど、伯爵さまが気さくにこちらを手招きしてきた。


「どうせなので、同席してはどうかな。食事の後に、少し離したいと思っているのでね」


 伯爵さまに続いて、老夫婦も心配しなくていいとばかりに手招きしている。

 俺は少し悩んでから、申し出を受けることにした。


「同席、失礼します」

「そう硬くならずに、楽に座ってくれたまえ。といっても、我が屋敷ではないので、こちらが許しを与えるのも変だがね。あははははっ」


 伯爵さまが大笑いするので、こちらも愛想笑いを返すことにする。

 こうして、少し遅くなったけど、朝食が始まった。

 貴族に多少慣れている俺や、人間社会の階級なんて気にしないチャッコは、いつものようにぱくぱくと食べていく。

 伯爵さまのように体型を気にする立場でもないので、当たり前のようにおかわりだってする。

 なにせ、今日の野菜のスープはかなりの力作なようで、今までここで食べた中で一番美味しいのだから仕方がない。

 一方でイアナは、ガチガチに緊張しながら、必死な感じでお上品に食べようとしている。

 似合わないことしているなって、俺はパンを大き目な一口大に千切ると、彼女の口に押し込んでやった。


「むぐぅ――うんぐっ。なにするんですか!!」


 パンを飲み込んでから食って掛かってきたイアナに、俺は呆れ顔を返す。


「お澄まししてないで、いつもみたいに美味しい美味しいって騒ぎながら、たくさん食べればいいだろうに」

「そんなことできるわけないじゃないですか! 伯爵さまの目の前ですよ! お貴族さまに下手な態度をとったりしたら、無礼打ちですよ、無礼打ち!!」

「……そこまで失礼なことを言ったんだ。もう今更だぞ?」

「へっ? 失礼って、何がですか??」

「お前はいま、そこの伯爵さまは無礼打ちをする短気で粗暴な人だ、って言ったようなものだぞ。ほら、護衛の人たちが静かに怒って、額に血管が浮かんでいるじゃないか」

「えっ?! ひ、ひえぇ! ち、違うんです。いまのは、伯爵さまに言ったんじゃなくて、よそにいるお貴族さまに対してで――いや、それも違ってですね」


 あわわと慌てる姿を面白がりながら、俺は視線で護衛の人たちにけん制を入れる。

 イアナに手を出せば、昨日の護衛の二の舞にするぞと、睨むに近い目で告げた。

 護衛の人たちは睨み返してくるが、口を引き結んでから、食事を再開していく。

 聞き分けの良い態度に、俺は視線を伯爵さまに向けなおす。

 そうすると、彼は笑いながら気にするなという態度をとる。


「はははっ。太らない程度によく食べることは、良いことだよ。そちらの君は少し痩せぎすに過ぎるからね。もっと食べて、筋肉と脂肪を増やした方がいいな」

「は、はい! たくさん食べます!」

「うむうむ。作法なんて気にしなくていい。ここは貴族の館じゃなく、村の食堂だからね。それに量を食べられない我が身の上だと、民の健啖な様子を見るのが心地よくてね。つい食べさせえてやりたくなるのだよ」


 伯爵さまが指を振ると、老夫婦が分かっていますとばかりに、イアナの前に鳥の丸焼きを置いた。

 丁寧に料理されたんだろう。茶色に色づいた皮から、香ばしい油の匂が放たれている。

 目の前にそんなものを置かれたイアナは、口からよだれを垂らしそうな緩い表情になっていた。

 あまりにいい匂いなものだから、チャッコがイアナに、下っ端なんだからこっちに寄越せって目を向けている。

 俺はチャッコを頭を撫でて制止しつつ、イアナに声をかける。


「ほら、伯爵さまのご厚意だ。ありがたく、ぺろっと食べてしまえ」

「えっ!? これを全部ですか??」

「食べられるだろ?」

「それはそうですけど、バルティニーさんやチャッコちゃんにも分けた方が……」

「分け与えようとするその気持ちは尊く受け取るが、それは伯爵さまがお前にくれたものだ。ならそれは、お前だけのものだ。全て食べれないというのなら、残して他の人に下げ渡すのが礼儀ってことになるな」


 俺が説明すると、イアナはぐっと覚悟を決めた顔つきになった。


「そ、そういうことなら。食べさせていただきます」

「はい、召し上がれ。温かいうちに食べるといい」


 伯爵さまの声の後で、イアナはナイフとフォークで、鳥の丸焼きを切り崩しにかかった。

 やけになっているかのように、次から次に肉を口の中に運んでいく。

 けどときどき、美味しさに震えるように、幸せそうな顔で動きを止めたりもしている。

 その調子が喜ばしいのか、伯爵さまはにこにこと笑って、イアナの食事の様子を見ていった。

 一方で俺は、チャッコが羨ましそうに丸焼きを見ているので、老夫婦に追加料金を払って生肉をもらうことにした。

 骨付きのあばら肉がやってきて、チャッコは尻尾を振りながら、骨ごと肉をかみ砕き始める。

 その生々しい音に、護衛の人たちが警戒する目を向けている。

 方や伯爵さまは大した性格をしているようで――


「ほう、大いに健啖そうな相棒ですな。ふむ、馬以外の動物を飼うのも悪くない気がしてきた」


 ――チャッコの食べ姿を、興味津々という感じに見ている。

 とまあ、いろいろありつつも、朝食はおおむね平和に進んで終わったのだった。

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