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二百八話 早朝訓練

 離れの宿に戻る前に、俺から老夫婦に伯爵一行たちと起きた事を伝えた。

 すると、意外な反応が返ってきた。


「はぁ、あの伯爵さまの護衛と言い争ったとは。腕の立つ狩人さんらしく、胆力が強いことだ」

「伯爵さま本人は怒っていなかったんだろう。なら、気にしなくていいと思うよ。あの方はお優しいことで有名ですから」

「あの方のこと、よくご存じなんですか?」

「そりゃあ、もうね。この村は農作物がよく採れるから、毎年納税のときに見に来てくれるんですよ」

「村人にも気楽に話してくれて、いい御仁だよ。その代わりのように、護衛の人たちは怖い人が多いのだけどね」


 老夫婦の話から、あの伯爵さまはフットワークの軽い良い人で、村人に慕われているみたいだ。

 だからだろう、二人は俺たちを宿から追い出すことはなかった。

 貴族相手に喧嘩をした人を、良く扱っていいのかなと思わなくはない。

 けど、何か起きたときは、俺が率先して泥を被ればいいかって開き直ることにした。

 念のために夜は、森にいるときのように周囲の気配を察知しながら浅く眠った。

 結局のところ、取り越し苦労だったけどな。

 翌日起きてもなにもなかったことに安心して、早朝の訓練を始める。

 最初はチャッコとイアナのじゃれ合いからだ。


「ゥワ、ワン」

「く、このっ。てや!」


 チャッコが避けて、イアナが棍棒を手に追っていく。

 普通なら危ないと思う光景だけど、二人の実力に差があり過ぎて、戦いにすらならない。

 チャッコはひらひらとからかうように移動して、ときどき軽く体当たりを食らわせる。

 イアナは向きになって追いかけるが、動きが雑になったところに攻撃を食らって、ひっくり返ったりしている。

 そんな様子を、俺は魔塊から紡いだ魔力を、三属性混ぜ合わせる訓練をしながら見ていった。

 チャッコが遊びに満足した顔になった後で、俺とイアナの訓練が始まる。


「それじゃあ、イアナはいつも通りに攻撃してきて」

「はい。それじゃあ、行かさせてもらいます!」


 イアナが棍棒を振るって襲い掛かってくるのを、俺は腕で受けた。

 もちろん、普通に受けたら骨折してしまうので、攻撃用の魔法で生み出した水を薄く纏わせてある。

 俺が平然とした顔をしているので、イアナも思いっきり攻撃を続ける。


「てや! とや! せーの!」


 俺は攻撃を腕で受け止めつつ、纏わせている水の厚みや範囲を変えて、衝撃の伝わり具合を確認する。

 この魔法の防御性能の詳しい把握に努めつつ、イアナに助言もしていく。


「思いっきり棍棒を振るうことはできているな。なら次は。動きに変化をつけていけ」

「えっと、どうやってですか?」

「振ると見せかけて突いたり、殴ったり蹴ったりを織り交ぜたりだな」

「はい! やってみます!」


 イアナは言われたことを、素直に実行しようとする。

 言われてすぐできるはずもなく、もたつきながらの攻撃だ。

 それでも工夫しようとしている気持ちはわかるので、俺は何も言わずに打たれるがまま放置する。

 イアナが殴り慣れてきた頃、防御に裂く意識が散漫になってきたので、こちらも反撃していく。

 俺がまともに殴ったら怪我をさせてしまうので、デコピンで注意をする。


「ほら、防御を忘れているぞ」

「あッぅ! バルティニーさんのコレって、いつもすっごく痛いんですけど! 本当にわたしと同じ指なんですか?」

「これを当てられるのが嫌なら、ちゃんと注意しろ。気を抜いているようなら、もう一発だぞ」

「気を付けても避けれる気が――いたぁッ!」

「口だけじゃなく、体も動かせ。攻撃してこないなら、次々にいくぞ」

「わわわっ! 攻撃しますって、やりますから!」


 俺のデコピンを恐れて、イアナは尻込みしながら攻撃するようになる。

 そんなへっぴり腰での攻撃じゃ、訓練にならない。

 ここ最近、イアナは意外に向こうっ気があると分かってきた。なので、手招きで徴発してみたり、避けてからわざと鼻で笑ったりして、イアナの負けん気を引き出していく。

 すると面白いほどにムッとしてくれて、棍棒を振る手にも力が入ってきた。


「この! このこの!」

「その調子、その調子。でも防御を捨てるのは駄目だぞ」

「あだッ! ううぅ、この! せーのぉ!」


 訓練を続けていき、イアナの額がかなり赤くなった頃、朝日を浴びていたチャッコが顔をあらぬ方に向ける。

 どうやら、訓練の時間は終わりみたいだな。

 俺は身振りで終了を告げると、汗だくのイアナに手ぬぐいを投げてやる。

 ちょうどそのとき、老夫人が離れに現れた。


「朝食の用意ができましたよ」

「呼びに来てくれて、ありがとうございます。イアナは井戸で汗を流して、着替えてこい」

「はぁはぁ、はひぃ。しつれい、しますー」


 くたくたな様子のイアナが去ると、老婦人に注意されてしまった。


「もう、狩人さんったら。女の子には優しくしてあげないと、嫌われてしまいますよ」

「助言してくれて、ありがとうございます。けど俺は教える立場ですからね。イアナの実力が伸びるなら、嫌われることぐらい受け入れる準備はありますよ」

「ふふっ。棍棒を腕で受けるなんて、文字通りに体を張っている狩人さんには要らぬお世話でしたね」


 そんな世間話をしていると、チャッコが警戒するように耳を立てて、すくっと立つ。

 俺の方もすぐに、こちらに近づいてくる気配を察知する。

 少しして、馬車が道を走る音が聞こえてきた。

 まさかと思っていると、昨日冒険者組合で見たあの馬車が現れた。

 あれに誰が乗っているのか、老婦人もわかるようで、少し困ったような顔をしていた。


「あらあら。伯爵さまも朝食を食べにいらしたのかしら? 舌に合うといいのですけど」


 老婦人は足早に、食堂の建物へと去って行った。

 一方、俺は動かずに、イアナが戻ってくるのを待つ。

 老夫婦がそろって馬車から降りてきた伯爵さまをお出迎えしているころ、濡れ髪のイアナがようやく戻ってきた。


「あれ、バルティニーさん。待っていてくれた――わけじゃないみたいですね……」


 伯爵さまの姿を見て、イアナは気おくれした顔になった。

 そして、老夫婦と護衛を引き連れて食堂に向かうのを見て、嫌そうな顔に変わる。


「ここの朝食、美味しくて楽しみなのに。あんな人たちがいたら、緊張で味が分からなくなりそうですよね」

「同じ卓を囲むわけじゃないんだから、そこまで気を張る必要はないだろ。なんなら、離れまで料理を持って行って食べるか?」

「そうしたいですけど。バルティニーさんは、食堂で食べるんですよね?」

「そりゃな。あの伯爵さまが、単に朝食を食べるためだけに、この宿にやってきたとは思わないしな」

「ですよねぇ……。ならわたしも食堂で食べます。一人で食べるときと、緊張しながら食べるとき。どっちが味気ないかを確かめられますしね!」


 やせ我慢をしていると分かる姿に、俺は苦笑しながらイアナの頭を撫でる。

 すると、かなり湿っていた……。

 彼女の手から手ぬぐいを奪って、しっかりと水気を取ってやる。

 その後で、早くいこうと緊張とは無縁のチャッコの視線に背中を押しされて、食堂へと向かったのだった。

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