二百七話 領主貴族と護衛
冒険者組合の中に入ると、豪華そうな服の男性とその護衛らしき人たちが、職員さんと話している姿が目に入った。
なにやら熱心に話しているので、とりあえず放置することにした。
俺はイアナとチャッコを連れて、冒険者たちがやっかみを含んだ視線を送ってくる中、手すきの職員さんに近づく。
「こんにちは。狩りで獲ってきた物を持ってきました」
「承ります。では、獲物を確認させていただきますね」
職員が横にある、獲物や素材を受け渡す場所まで移動する。
「チャッコ、イアナ」
「ゥワフ」
「はい。よいっしょーっと」
呼びかけると、チャッコが咥えていたものを、イアナが背負子を受け渡し場所に置いた。
職員は獲物の量に驚いた素振りもなく、淡々と獲物の選別を行っていく。
「相変わらず、腹部に矢を当てずに仕留めているのは流石ですね」
「下手に胃や腸を射抜いちゃうと、周辺の肉が食えなくなっちゃいますから」
「でも的が大きい分、お腹の方が狙いやすいでしょう?」
「食える部分が減れば、それだけ労力が無駄になり、手に入るお金が少なくなりますからね。それと折角狩った命ですから、できる限り残さないようにしないと、失礼じゃないですか」
「失礼うんぬんのお言葉は、バルティニーさんの狩りの先生からの言葉ですか?」
前世の日本で常々言われたことだけど、そうは言えないよな。
俺は曖昧な顔をする。
「まあ、そんなものです。それで、かなり狩りの依頼をこなしましたけど、まだまだあったりするんですか?」
「もうそろそろ冬になりますからね。今のうちに肉の塩漬けを作ったり、毛皮をなめしたり、羽毛の服を拵えたりするために、依頼はひっきりなしですよ。過剰に作った分は行商人に売れますからね」
「ここはそんなに冬の厳しい土地なんですか?」
「いえいえ。雪すら降らないぐらい温暖ですよ。ですが、ここに長年住んでいる人にとっては、かなり冬は応えるみたいですね」
他の地域に住んだことのない人にとって、生まれた場所の冬が一番寒いもんな。
そんなお喋りをしていると、こちらに近づいてこようとする気配を感じる。
顔を向けると、豪華な服を着た男性が一歩踏み出した格好で止まっていた。
じっと見ていると、急ににこやかな顔になり、こちらに歩み寄ってくる。
「お話し中、失礼しよう。あちらの職員に、君が例の噂のバルティニーだと紹介を受けたのだが、相違はないかな?」
喋りかけられて、俺は豪華服の男性をざっと観察することにした。
建物の前に止まっていた馬車から、この人は貴族か豪商だ。服のしつらえを見るに、かなり裕福そうではあるな。
それなのに、すっきりとした体格を保っている。このことから、上に立つ者の自制と誇りを忘れていないことが見て取れる。
常識的な相手だろうと推測して、会話を続けることにした。
「その噂が何かは知りませんが、俺がバルティニーって名前ってことは、間違いないですよ」
丁寧な言葉で言ったのだけど、なぜか護衛の一人が怒った顔をしてきた。
「貴様、このお方をどなただと思っているのだ! この村を含むアリアルの地を治める、アティクルエス・アリアル・アグルアース伯爵さまだ! 膝を折り、伏して拝謁するのが礼儀であろう!」
そう聞いても俺は、ふーんこの人って伯爵なんだとしか思えない。
膝を折らずに突っ立ったままでいると、怒った護衛がこちらに踏み込んでくる。
「礼儀を知らぬ若造め。その様子と貴様の体格を見る限り、噂もどこまでが本当なのか」
こちらを馬鹿にしてきたので、口喧嘩を買ってやることにした。
「はんッ。冒険者に礼儀作法を求めるほうが、常識知らずだろうが。どこでもかんでも、お前の流儀を持ち出してくるなよ」
「無礼な口を聞くなよ、冒険者風情が」
「偉いのは、そちらにいる伯爵さまであって、お前じゃないからな。無礼な相手に対して、相応の口調を取って何が悪い」
「はぁ。こんな者を持ち上げているターンズネイト家も、目が曇ったと見えるな」
その言葉に、一層カチンと来た。
「俺を攻撃する材料がなくなったからって、他所の人を持ち出してくるなんて、なにを考えているんだ?」
イライラと言うと、なにを勘違いされたのか、相手が勝ち誇った顔をしてきた。
「ターンズネイト家に悪評が及ぶ前に、貴様が振る舞いを正せばいい。いま膝をついて謝れば、水に流してやろう」
勝利宣言のような言葉に、俺の気持ちがスッと落ち着く。
いや、言い換えよう。怒りが許容量を突破していた。
「分かった。十分に分かった。後のことはどうにでもなればいいから、とりあえずお前を殴り飛ばすことにする」
宣言すると、護衛がいぶかし気な顔をしている。
構わずに、俺は思いっきり踏み込んで接近すると、力の限りに相手の顎を拳で撃ち抜いた。
反応できずに食らった護衛は、吹っ飛び、力なく地面に倒れ込む。
それでも怒りが治まらない俺は、歩いて近づき、気絶している男の腹を蹴って起こしてやった。
「――げほっ。な、なにが??」
状況を分かってなさそうな男の髪を掴んで引き上げて、目をのぞき込みながら睨む。
「俺はな、こちらを一方的に下に見る態度を取られるのが、一番嫌いなんだよ。それこそ、この後の状況がどうなろうと、どうでもいいぐらいにな」
「こ、こんな真似をして、この地にいられると――」
「そういう、権力や他人の力を当てにする発言も、大っ嫌いだ!」
力任せに男の額を床に打ち付けて、再度失神させた。
指にからまった髪を手を振るって払いつつ、立ち上がる。
護衛たちは伯爵さまを守りつつ、こちらに厳しい視線で睨んできている。
視線を少し外して、チャッコとイアナの様子を確認する。
チャッコは、顔面蒼白なイアナを守るように、その前に立っていた。
そして、俺にやってしまえと言いたげな目を向けている。
どうやらチャッコとしても、実力がほぼ同じ俺が、『弱い人』に下に見られるのが嫌みたいだな。
その期待に応えようかなと思っていると、先に伯爵さまが声を上げた。
「不幸にも、お互いに考えの行き違いがあったようだ。このような状況では話すらままならないな。また出直してくるので、そのときはお互いに冷静に話をしよう」
伯爵さまが引き上げると身振りすると、違う護衛が言葉で制した。
「アグルアース伯。それではこちらの面目が――」
「良いのだ。彼は丁寧な言葉を使い、冒険者ながらに礼節を尽くそうとしていた。翻ってこちらは、貴族のしきたりに合わぬからと糾弾してしまった。どちらが悪いかは、明白であろう?」
護衛たちは口惜しそうな顔になると、気絶した仲間を抱え上げる。
伯爵さまは周囲に手だけで謝る仕草をすると、先に引き上げていく。
護衛たちは彼を追いつつ、最後にこちらを一睨みしてから去って行った。
だいぶ怒りが収まった俺は、彼らのその姿を見て、冒険者とやることは変わらないなって感想を抱く。
伯爵一行が去った後、組合の中の雰囲気は一変した。
冒険者の多くは、俺を命知らずを見るような目を送ると、関わり合いになりたくないように顔を伏せる。
職員さんたちも全員、顔を引きつらせている。
彼ら彼女らの気持ちを代弁するかのように、イアナが真っ青な顔で詰め寄ってきた。
「お、お貴族さまに喧嘩を売るなんて、ど、どうするんですか?!」
「どうもしない。まあ、ここの村人にはお世話になっているから、出て行けと言われたら、素直に出ていくぐらいだな」
言いつつ、俺を慰めるように近寄ってきたチャッコの首筋を、手で漉いていく。
すると、イアナが猛烈に起こり始めた。
「暢気すぎますよ! あのお貴族さまが指名手配をしてきたりとか、闇の組合に殺害依頼をしたりしたらどうするんですか!」
「そりゃ逃げるさ。森の中にある町なんていう、逃げるのに絶好な場所も知っているしな。というか、殺しの依頼を受ける闇の組合なんてものが、本当にあるのか?」
「故郷の町で、噂に聞いただけです!」
怒り口調での返答に、なんだ都市伝説の類かって、ちょっと残念に思った。
けどそれなら重く気にしなくていいなと、怒りが冷めやらないイアナをぐりぐりと撫でて誤魔化しつつ、職員から依頼の報酬を受け取って宿に引き上げることにした。
村は噂が伝わる速度が速いから、すぐに追い出される可能性もあるなって、ちょっとだけ今日の寝床を危惧しながら。




