二百六話 不安の予兆
ウィートンの村にやってきて、早数日。
周辺で毎日狩りを続け、それなりの量の獲物を組合に卸し続けている。
その成果なのか、道で出会う村人のほとんどが、俺のことを知っているようだった。
「狩人の兄さん。弟子のお嬢ちゃんと散歩かい?」
「いえいえ、これからまた狩りですよ。なんだかたくさん依頼がありまして」
「そりゃそうだろうな。兄さんがいるうちに、塩漬け用の肉を確保しておきたいって考えるやつばかりだからな。かくいうオレも、その一人だけどな。アッハッハ!」
畑仕事をしている男性と別れて、俺とイアナとチャッコは村の外周へと歩みを進めていく。
もう少しで畑から平原に変わるという場所で、また別の村人に呼び止められた。
「狩人の兄ちゃん、いいとこにきた。あれ仕留めてくれよ」
クワを持った手で指す先には、ヤギっぽい見た目の野生動物が四匹いた。
畑の中に入って、野菜をむしゃむしゃと食べている。
俺は三本の矢を手に持つと、一本を番えて引く。
オスを狙って放ち、すぐに二本目を放つ。
「コオォォォ――」
「ヒィヤ、コォォ――」
「ヒィヒィイイコ!」
頭に矢が刺さった二匹が倒れ、他は草原へ逃げ始めた。
俺は三本目の矢を放ち、さらに一匹倒す。
最後の一匹は少し離れ過ぎたので、見逃すことにした。
間近で俺の行動を見ていた村人が、手を叩いて褒めてくれる。
「おおー。噂通りの腕前だな、兄ちゃん。ああそうだ、ちょっと待っててくれ」
村人は走って近くの家に入ると、少しして戻ってきた。
「ほいよ。三匹分の肉代と手間賃」
そう言って、俺の手に銀貨と銅貨を握らせてくる。
俺は硬貨の数を詳しく見ずに、財布代わりの革袋の中に仕舞った。
「それじゃあ、狩りに行きますから」
「おう、助かったよ。次に畑を食われたときも、兄ちゃんを呼びにいくとするよ」
「宿にいないことが多いので、他の冒険者に追い払ってもらった方がいいですよ」
「はんっ。あんな何も獲ってくれない金食い虫に頼むくらいなら、自分で追い払うさ」
威勢がいいなって苦笑いしてから、俺たちは獲物に刺さった矢を回収してから、平原に入っていく。
これから狩りをするわけだけど、最近は少し役割を変えることにしていた。
「チャッコ。行っていいよ」
「ゥワン!」
声をかけると、チャッコは一目散に平原へと飛び出していった。
そしてあっという間に、姿がどこかに見えなくなる。
ああやって小一時間ほど放しておくと、大きな獲物を取ってきてくれる。
チャッコが帰ってくるまでの間に、俺とイアナで穴にいる獲物を獲っていく。
「イアナ。穴を燻すから、草を刈っていくよ」
「はい! じゃあ、あの大き目な穴のところに置いていきましょう」
イアナは背負子を背負ったまま、草刈鎌で元気に草を狩り集めていく。
あの背負子と鎌は、宿屋の老夫婦から借りたものだ。
俺も鉈を手に草を刈って、穴の前に積んでいく。
膝の高さまで積み終わると、今度は生活用の魔法で火をつけ、息を吹いて煙をださせていく。
十分煙が出てきたら、魔法で風をおこして、煙を穴の中へと送り込む。
繋がる他の穴から煙が出てきた頃になると、他の場所まで風が通ったからだと思うけど、穴の中に自動的に煙が入り続けていく。
俺は魔法を止めて、弓矢を構える。
少しして、煙に燻された獲物が、穴から出てきた。
それを次々に、矢で仕留めていく。
中には、こちらに向かってくる動物や魔物もいないわけじゃない。
それをまず相手にするのは、イアナの役割だ。
「よ、よーし! やっちゃうからね!!」
イアナは棍棒を手に、こっちに来るグレードッグを見据える。
「い、せーの、せーのおお!」
声でタイミングを取りながら、イアナは飛びかかってきたグレードッグめがけて、棍棒をフルスイングする。
見事に当たり、頭か首の骨が砕ける音がした。
死体になったグレードックは放置して、イアナは次にくる相手に目を向ける。
けど、こちらに来ようとしていた動物や魔物は、怖気づいたように平原の奥へ向かって走っていった。
そんな攻防の間にも、俺は穴から出てくる獲物を、持ちきれる限界まで仕留めていた。
一先ず狩りは終わったので、燻る草に水をかけ、さらに土を被せて鎮火させる。
その後で、獲物に刺さった矢を回収していく。
一方でイアナは、矢を抜いた獲物を背負子の中に積む作業をしていく。
獲物は大小さまざまだけど、それを積み木のように組み合わせて、多く載せられるように工夫している。
「几帳面なことをしているよな」
「こうやってきっちり積むと、乱雑に載せたときよりも軽く感じますからね。多く持って帰るために、必要な処置です!」
鼻息荒く主張しながら、イアナは丁寧に獲物を背負子に入れていく。
そんな作業が一通り終わった頃、チャッコが獲物を咥えて戻ってきた。今回は大きな狐だった。
誇らしげに咥えて掲げるチャッコを、俺は労いを込めて撫でてやる。
その後で、俺たちは帰路につくことにした。
イアナとチャッコが獲物を運んでいる中、俺だけが手ぶらなのは訳がある。
「ちょっと待てよ、新参者。その背中にあるもの、何匹か置いて行け。それで仕事場を荒らしたことは、帳消しにしてやるからよ」
こんな感じで、他の冒険者に絡まれることがあるからだ。
今回立ちはだかった人たちは、合計で五人。使い古された武器防具を見る限り、全員が長く冒険者として暮らしていることがわかる。
いや、もしかしたら。この村で見回りとして根付いた人かもしれないな。
そんな彼らの身勝手な言い分に、俺は呆れ顔をしてやった。
「仕事場って。単に見回っているだけのヤツに、場所がどうこう言われる筋合いはないんだが?」
「ああん?! 図体がデカイだけの若造が、イキがるんじゃねえ!」
前世では受けなかった『デカイ』という評価に、思わず頬が緩んでしまった。
すると、勘違いした様子の冒険者が、さらに凄んでくる。
「なに笑ってんだ!」
「随分と余裕だなァ!」
精一杯に威嚇してくる彼らをよそに、チャッコが俺を体で押してくる。
視線を向けると、弱者に付き合う必要はないって目をしていた。
身内以外は、強者にしか興味がない様子に、俺は微笑んで頭を撫でてやる。
俺たちが怯まない様子を見てか、冒険者の一人がこちらに殴りかかってきた。
「舐めんじゃねえ、立場を分からせてやる!」
腕を振り上げる姿を見ながら、オゥアマトよりかなり動きが遅いなって感想を抱く。
迫ってくる拳を手で払いつつ、襟首を捕まえて引っ張り、全力で膝を腹に叩きこんだ。
俺の攻撃はわざと革鎧に当てたんだけど、ちゃんと衝撃は内臓まで通ったようだ。
「おごぉぅぉ――」
吐き気を堪えるような声を上げて、その冒険者は前のめりに倒れた。
それを見て、彼の仲間たちが武器に手をかける。
抜こうとする前に、俺は警告をすることにした。
「一応言っておくけど、それを抜いたら手加減なしだからな。死ぬ覚悟をしろよ」
言いながら、目の前に倒れている男のベルトを掴む。
これぐらいの重量なら、やせ我慢すれば持てそうだ。
ぐっと片手で男を引き上げてみると、できてしまった。
ならと、全身の力を使って、彼を仲間たちへと投げつける。
ちゃんと受け取ったのを見てから、戦う気はあるかって視線で問いかけた。
彼らは迷う顔を見せると、こちらに背中を向ける。
「きょ、今日のところは、このぐらいで勘弁してやる!」
「だがな、あまり派手なことしていると、夜に死ぬことになるぞ!」
「ご心配なく。夜に外を出歩く予定は、今のところないからな」
「う、うっせ、うっせ! ばーか、ばーか!」
子供のような捨て台詞を吐いて、道を塞いでいた冒険者たちは去って行く。
見送っていると、イアナが近寄ってきた。
「また違う人たちでしたね。なのにわざわざ絡んでくるなんて、この町の冒険者って暇な人ばかりなんですかね?」
「畑を食いにくる動物と魔物だけが敵っていう、平和な村だからな。きっとそうなんだろう」
「組合に、また苦情を入れに行きますか?」
「どうせ獲ってきた獲物を納めにいくし、言うだけは言っておくか」
諦めのため息をついてから、冒険者組合に向かう。
すると、組合建物の前に豪華な馬車が止まっているのが見えた。
また面倒なことになりそうだなって思いながら、逃げても意味がないだろうと腹をくくり、建物へと歩みを進めたのだった。