二百五話 ウィートンの村に滞在中
対応してくれた老夫婦は、チャッコを見て事情を察してくれたようだ。
「従魔持ちは他の宿じゃ肩身が狭いでしょうからね。少し安く離れを貸しましょうかね、お爺さん」
「そうだな、婆さんや。従魔を持つ狩人のお兄さんなら、畑にくる害獣を仕留めて、村に肉を卸してくれるだろうしな」
「あの、狩人じゃなくて、冒険者なんですが」
「はっはっはっ。謙遜せんでもいいよ。弓と矢、そしてその手のタコを見れば、旅の狩人さんだってことはよくわかるからね」
「流れの狩人さんが各地で仕事を受けるには、冒険者の身でいたほうが楽だものねぇ」
なんか変な勘違いをされたけど、とりあえず離れを貸してくれることになった。
連泊する気なので、代金に金貨を一枚支払うことにした。
老夫婦は受け取ると、より一層にこやかな顔になった。
「おやまあ、お爺さん。この方、腕のいい狩人みたいですよ」
「なら、ここらで一等に美味しい獲物のこと、教えてやらねばな」
その獲物を教えてもらうよりも先に、俺たちが泊まる離れに荷物を置かせてもらうことにした。
案内された離れの家は、ちゃんとした一軒家で、戸締りもちゃんとできる作りになっていた。
「いい家ですね。元は誰かの住居だったのですか?」
尋ねると、お爺さんが頷いた。
「息子夫婦が住んでいたのですけどね。息子が開墾した畑の近くに家を建てたもので、取り壊すのも忍びないからと、旅人向けの宿にしておるんですよ」
「畑の収穫時期になりますとね。わたしどもの田舎料理が恋しかったという商人さんたちに、使ってもらっているんですよ」
続いたお婆さんの説明に頷きながら、さっそく中に入ってみた。
宿として使っているからか、家具は少な目だけど、なかなかに綺麗にしてある。
続いて案内されて、部屋に向かう。
「従魔がいるお兄さんは、一階のこの部屋がいいでしょうねえ」
通された部屋は、ベッドが二つある部屋だった。
結構広い部屋で、机を一つおけそうな空間が、まだ空いている。
いまでは名残が全くないけど、老夫婦の息子さんは夫婦部屋として使っていたんだろうな。
なかなかいい場所で気に入り、荷物をベッドの横に置くことにした。
一方、部屋の出入り口で、お婆さんがイアナに問いかける。
「男の人と同じ部屋じゃ落ち着かないだろう。お嬢さんは、二階の部屋にするかい?」
年の功なのか、男装しているイアナを女性だと看破していた。
そのことに気づいているのかいないのか、イアナは平然とお婆さんに言葉を返す。
「いえ。師匠と同じ部屋がいいです! わざわざ離れた部屋に行くのって、面倒っぽいですから!」
「そうかいそうかい。あのお兄さんとは、師弟なのかい。ならお嬢ちゃんも、いい狩人になるんだよ」
なんか勘違いが、どんどん深まっている。
でもこちらが訂正を入れる前に、老夫婦は勝手に話を進めてしまう。
「夕食は日暮れごろから、食堂の建物で出すからね。料理がなくなったら、店じまいになるから、早めに来た方がいいよ。ああそうだ、食事のときに、例の獲物についても教えようねえ」
「この離れにも台所があるから、自炊しても構わないよ。わたしどもに話してくれれば、食糧は融通してあげるからね」
それじゃあごゆっくりと、老夫婦は言うだけ言って去って行ってしまった。
声をかける暇もなかったなと、俺は後ろ頭を掻く。
その間に、イアナは自分の荷物を、もう一つのベッドの脇に置いていた。
本当に、俺と同室で泊まる気らしい。
「イアナは女性なんだから、俺とは別の部屋で寝たって、文句は言ったりしないぞ」
つい老婆心で声をかけると、イアナに笑われてしまった。
「あははっ。いまさらなことを言わないでくださいよ。でもちょっと安心しました」
「安心って、なにがだ?」
「いえほら。バルティニーさんって道中でも、わたしの体に興味があるような素振りなかったので。女性として見られていないのかなって、不安だったんですよー」
「そういうことなら。むしろ安心するべきは、俺がイアナに性的な興味を抱いていないことの方じゃないのか?」
「いやいや。そこはなんというか、複雑な乙女心ってやつがありまして」
よくわからないでいると、イアナは服の中に腕を入れて、もぞもぞし始めた。
「なにしているんだ?」
「胸にまいたサラシを取っているんですよ。部屋の中ぐらいは、ゆったりした気分でいたいですから」
ふーんと納得していると、布がハラっと解ける音がしてきた。
同時にイアナは、拘束が解かれたような、開放感を得た顔になる。
「ふぃー。やっぱり窮屈だったー」
背をぐっと伸ばしたイアナの胸元は、ちゃんと女性だと分かる盛り上がりが現れた。
背が小さく痩せぎすな体格にしては、少し大きいな。
他の場所の脂肪は薄いのに、そこだけにあるのが不思議で、思わずじっと見てしまう。
すると、イアナは胸元を腕で隠した。
「やっぱり、バルティニーさんも男ですねー。けどなんというか、男性が胸を見たときの獲物を狙う視線とは違うのが不思議ですね」
「多分それは、そこだけ脂肪があるのはなんでかな、って思っているからだろうな」
「ああー、それは私も思いました。路上生活をしていると、こんな場所が大きくなっても、嫌なことしか起きなかったですからね。他の場所についてくれないかなって、よく願っていましたよ」
苦労したんだなって感じ入って、困り笑いをするイアナの頭を慰めに撫でてやった。
結果的には、その困り具合が深まっただけに終わったけどな。
老夫婦の離れを宿にした翌日、俺とイアナとチャッコは村の外周を巡っていた。
冒険者組合で依頼を受けたのが理由だけど、ただそれだけじゃない。
老夫婦が俺を狩人と村人たちに伝えたらしくて、狩りの成果を期待する声が来たことにも起因している。
ウィートンの村にいる冒険者は、畑に来る野生動物や魔物を倒すことが、主な仕事になっている。
けど、多くの場合は追い散らすだけで、殺すことは稀なのだそうだ。
「あいつらは、動物や魔物を殺してしまったら、数が減って受けられる仕事が減ってしまうと思っているんだよ。そんな簡単に、数が減るわけがないってのにねえ」
なんて冒険者事情を、お爺さんが教えてくれた。
その証言の正しさは、畑の外にある平原の様子を見ればすぐにわかった。
野生動物が暮らしているであろう穴が、あちこちにかなりの数ある。
その中には大きなものもあって、きっとあそこには魔物が住み着いているんだろうな。
俺はイアナとチャッコを連れて、畑の外周を逸れて、平原に足を踏み入れる。
「イアナ。穴ぼこだらけだから、足元に注意しろよ」
「はい。でも、見えている穴で転んだりなんて――あわわわっ!」
コントかと思うほど、イアナはすぐに穴に足を取られて転びそうになっている。
俺が抱きかかえて止めると、照れ笑いが返ってきた。
「あ、ありがとうございます。バルティニーさんって、けっこう体ががっちりしているんですね」
「なに変な感想をいっているんだか。もう転ぶなよ」
「はい。大丈夫です。同じ失敗は、二度繰り返さないんで!」
それが自慢だとばかりに、イアナは胸を張る。ちなみに今はサラシを撒いているので、その胸はぺったんこだったりする。
「はいはい、それはすごいな」
俺はイアナの頭にぞんざいに手を乗せてから、平原を進んでいく。
チャッコも軽く体を擦り当ててから、俺の横に並ぶ。
その対応が、イアナは不満だったようだ。
「もう、本当に二度繰り返さないんですってば」
「……それが本当なら、失言をたびたびしないはずだろ?」
「うぐっ。そういわれると、困るんですけど……。そう、失言以外は繰り返さないんです!」
変なことを言い出したなと思いながら、穴の一つに近づく。
「ここが良さそうだな。チャッコ、頼んだ」
弓矢を構えながらの俺の指示に、チャッコは穴に口を近づける。
そして、耳をつんざくほど、大きく吠えた。
「ゥゥワオオオオン!!」
大声を受けて、平原の中で休んでいた鳥が、ぱっと空に飛んだ。
さらに、穴があちこち繋がっているようで、平原の方々から木霊のように、チャッコの吠え声が出てくる。
俺は弓を引き絞り、穴から獲物が出てくるのを待った。
ほどなくして、チャッコの声に驚いたウサギが、穴から飛び出てきた。
「しッ!」
短く呼気を放ちながら、俺は矢を手放す。そして素早い動作で、次の矢を弓に番えて引く。
「――ピグゥ!」
ウサギが放った断末魔の声が引き金になったかのように、あちこちの穴から色々な動物が出てくる。
狐やネズミに似た動物、ゴブリンにダークドッグ、などなど。
俺は食べられる獲物だけ選んで、矢で次々に射止めていく。
その中で、お爺さんに教えてもらった、美味しいという獲物を発見した。
「シャググー」
穴から出てきたのは、サッカーボール大の緑色の毛皮を持つ獣――ホムガ。
昨日話を聞いた分だと、元の世界でいうアナグマのように、穴の奥にいてなかなか出てこない生き物らしい。
でも実物を見ると、モグラを大型化したような獣なんだけどなぁ……。
美味しいかどうか見た目からでは確信が持てないけど、とりあえず矢で射抜いてみた。
けど、胸元を横に貫通したはずなのに、しぶとく生きて穴を掘って逃げようとしている。
凄い生命力だなと感心しながら、もう一度胸を射抜く。
今度は急所を捕らえたのか、ホムガは動かなくなった。
とりあえずこんなものでいいだろうと、俺は弓を肩掛けにすると、仕留めた獲物を回収することにした。
なかなかいい量になって持ちきれないので、大ネズミを数匹、チャッコに食べさせる。
すると、美味しそうに食べる姿を、イアナは羨ましそうに見ていた。
「朝食を取ったのに、もうお腹がすいたのか?」
「い、いえ、違うんです。ネズミは美味しかったなーって、思い出していただけですから」
遠い目をしているので、イアナにとって思い出の食べ物のようだ。
「なんなら一匹ぐらい、イアナにやろうか?」
「いえ、それはバルティニーさんが獲ったものです。という事は、依頼で納める品です。それに手を付けるなんて駄目ですよ。欲しいですけどね。すごく欲しいですけど……」
殊勝なことを言いながら、すごく葛藤している。
そんなイアナの様子を見て、近いうちに依頼なしでイアナを狩りに連れて行こうと、決めたのだった。