二百四話 次の滞在地
次の村までの道中、俺は魔物が出てくるたびに、必ず一匹はイアナに戦わせていった。
「その程度の相手なら、楽に勝てるはずだぞ」
「は、はいぃ。でも、あの、うひゃあぁぁ!?」
何回か戦いを経験しても、イアナはまだ慣れない様子だ。
でも、持ち前の素直な性格で、俺の教える通りに動こうとしている。
そのお陰か、棍棒を段々と上手く当てられるようになりつつある。
そして止めの段階で、相手を滅多打ちにすることも止まり、体力に余裕を残して戦い終わることができるようになってきた。
今回も、平原のゴブリンの頭を殴打し、倒れたところをもう一発殴って仕留めている。
「終わったな。お疲れ」
「はあ、はあ……。こうして、戦うと。あっという間に、倒す、バルティニーさんって、凄いって、実感しますよ」
「褒めても、教育の手は抜かないからな?」
「ぎゃふぅ……。ううぅ、でも強くなるためには必要なことだよ。がんばれ、わたし!」
戦い疲れからか、イアナは自分自身に言葉をかけていた。
その姿を、チャッコが変なものを見る目で眺めている。
俺は苦笑いすると、倒した魔物たちの討伐部位を取り、可食部位も集めていく。
それが終われば移動をして、休むに適した場所で食事休憩をすることにした。
俺が鍛冶魔法で、土から竈や土鍋を作るのを、イアナは不思議そうに見ている。
「もう何度も見ているのに、なんでそんなに見ているんだ?」
「これは、バルティニーさんって、何でもできるんだなって感心しているんです」
「またお世辞か?」
「いいえ、本心からですよ。戦う技術も凄いし、倒した魔物の部位を取るのも手早いですし、そうして魔法だって使えてます。そして組合と貴族に知れ渡っているような二つ名を持っていますよね。なんというか、理想の冒険者象を形にしたような人だなって、見ていて思うんですよ」
「俺が理想だって?」
イアナの褒め殺してくるような言葉に、俺はチャッコに肉をあげながら首を傾げる。
「俺よりも強い人はごまんといるし、魔法の腕だって魔導士や本職に劣る。それを頂点のように言うのは、どうも変な気がするんだが?」
「……わたしからしたら、バルティニーさんより強い人っていう想像が、そもそもできないんですけど」
「そうか? 何事にも、上には上がいるものだって、俺は常々思っているけどな」
前世でチビだった俺は、上がいることは思い知っている。
俺が喧嘩で勝てない相手でも、体育教師が柔道の授業で簡単に捻っていた。けどその体育教師も、大人の大会に出れば一回戦負けの常連だったりした。
だから自分が最強だなんて、自惚れでも思えない。
けどその考えが、イアナは納得できない様子だった。
「それだけの力を持っていても、まだ自分が強いって思えないんですか?」
「まだ俺の実力は伸びているからな。だからこそ、現時点の自分が強いとは思えないだろ」
「バルティニーさんぐらい強くて有名になれれば、もう冒険者の『アガリ』に近いと思いますよ。なのにそれ以上を求めているんですか?」
「なんだ、そのアガリって」
「えっと、到達できる終わりっていうか――そう、終着点ってことですよ。いまのバルティニーさんなら、貴族や大商人にだって召し抱えてもらえます。そうすれば一生安泰です。冒険者として、これ以上にいい人生はないと思います」
「言ってなかったが、俺の目標は森の主を倒して土地持ちになること。夢は、デカイ男になることだぞ。それを実現するには、俺に足りない部分がまだまだあるぞ」
「そ、それは、だ、大それた夢ですね。森の主を倒すだなんて、酒の席の夢物語というか法螺話の類ですよ」
「そうでもないさ。魔物の種類にもよるけど、森の主を倒すぐらいならできるだろうからな」
俺が料理を進めながらあっさり気味に言うと、イアナは絶句しているようだった。
「えっ。もしかして、森の主を倒した経験があったりするんですか?」
「共闘して、一匹だけ。言っておくが、倒せなかった主ももちろんいるからな」
「……一応念のため聞いておきますけど、倒した主って楽な相手だったんですか?」
「楽といえば楽だったかもな。見上げるほど巨大な樹木の魔物だったから、火が通用したし」
イアナは黙ると、空を見上げている。
きっと、俺が話した巨樹の魔物の姿を、空に思い浮かべているんだろうな。
イアナは黙ったまま、こちらに顔を向けなおしてきた。
「……バルティニーさんって、人間ですよね?」
「失礼な言い方だな。森の主を倒す力がある人が人間じゃなかったら、魔導士だって人間じゃないだろ?」
「魔導士って、空を飛んだり、水中で呼吸したり、森を火の海に変えたり、なんか後光が射していたりっていう、人間を辞めちゃっているって噂の人たちのことですよ! 引き合いに出すの、間違ってますからね!」
初めて聞く話に、俺は目を瞬かせる。
「魔導士が酷く言われているように思うんだが?」
「いやいや。噂だと、人を辞めちゃっているから、国が囲って管理しているらしいですからね。力のない二級市民からしたら、言いすぎじゃないですよ」
「……噂話ばっかりだけど、イアナって意外と情報通だったんだな」
「情報は、路上生活者の武器でしたからね。って、意外ってなんですか、意外って」
ぷんすかと怒るイアナの前に、できた料理を入れたお椀を差し出す。
「さっきのは語弊があった。俺が魔導士のことについて、知らな過ぎだったんだな」
素直に謝ると、イアナはやりにくそうな顔になりつつ、おずおずとお椀を手に取った。
「ま、まあ。魔導士のことは、普通に生活していれば、二級市民には関係のない話ですからね。バルティニーさんが知らなくても、変じゃないですよ。わたしには耳敏い仲間がいたから、よく知っていただけですから」
「おっ。慰めてくれるているのか?」
「違いますー。バルティニーさんを人間じゃないように言っているって気づいて、後ろめたくなっただけですー」
ふんっとそっぽを向いて、イアナはお椀に口をつける。
中身は、魔物の肉と野草が入った、出来立て熱々のスープだ。
平気かなと思っていると、イアナは大慌てでお椀を口から遠ざけた。そして唇を手で押さえている。
どうやら、かなり熱かったらしい。
「水、いるか?」
うんうんと無言で頷くイアナに、俺は水筒を差し出したのだった。
イアナの案内で次の村にやってくると、確かにかなり大きな村だった。
大きい集落なのに、町ではなく村と表現する理由は、大規模な畑が周囲にあるからだ。
見渡す限りに平地な上に、水量豊富な川が近くにあるからだろう。
いままで見てきた中で、一番広大な畑がある。
その畑を管理するためか、家同士はかなり間隔を空けて点在しているようだ。
魔物や野生動物の対処は大丈夫かと心配になるが、冒険者らしき人たちが畑の外周を巡回している姿が見えた。
のどかに感じる風景を見ながら、俺はチャッコとイアナと共に、この村の冒険者組合を探して歩いていく。
程なくして、冒険者が出入りする建物を見つけた。
かなり大きなレンガ造りの建物だけど、俺が見て抱いた感想は平屋の倉庫だ。
中に入り、建物に染みついた穀物の香り――今世の故郷でよく嗅いだ、早麦の匂いを感じて、予想が確信に変わる。
何らかの理由で使われなくなった穀物倉庫を、組合が改装して使っているに違いない。
懐かしい匂いに心が浮足立つ中、俺は組合の男性職員に近づいた。
「こんにちは。ここまで旅をしてきたので、いろいろと付近の情報を聞かせて欲しいんですが」
冒険者証を差し出しながら言うと、俺の隣からイアナも冒険者証を差し出す。
職員はにこやかに二枚の証を受け取るとざっと見て、大人しくしているチャッコに視線を向けてから、こちらに顔を向けてきた。
「ようこそ、ウィートンの村に。この村は平和かつ良い作物が採れるので、いいところですよ。冒険者の人にとっても、仕事が多くて、食うに困らない場所です」
そこまで定型台詞のように言ってから、声を潜めてくる。
「あの。間違っていたら申し訳ないのですけど。貴方、浮島釣りのバルティニーさんですか?」
「……そうですけど。もしかして、麦が詰まった大袋を持ち上げろとか言い出しませんよね」
「いえいえ。近くの村から、噂のバルティニーさんが現れたと。彼は大きな犬を連れていたと。そう伝書が届きまして。単なる本人確認のための質問です」
犬と言われて、チャッコが不服そうに鼻に皺を寄せている。
俺は手で伸ばすように、チャッコの鼻づらを撫でやりながら、職員さんに応対する。
「伝書って、ここまでの道中ですれ違った人は、いなかったようと記憶しているんですけど?」
「近くの村にある組合の間では、鳥を使って伝書を届けあっているんですよ。空を飛ぶ魔物は少ないですからね、地上をいく人手より伝達事故が少なくて、よく活用しているですよ」
ということは、この付近の村々には、すでに俺の情報が回っていると考えた方がいいようだな。
手回しの良さに関心しつつ、ならこのウィートンの村に、少し長く滞在してもいいなと思った。
農耕地帯なので、美味しい食事にありつけそうだしな。
俺は改めて、職員さんに尋ねることにした。
「今日はとりあえず、旅の疲れを癒すために、いい宿を取りたいんですけど。どこがいいですか?」
「あー。犬の『従魔』を連れてとなると、場所はどうしても限られてしまいますね。冒険者の中には、同じ空間に魔物がいることを嫌う人が多いですから」
「旅路や森で魔物と出会うときは、戦うときですからね。同じ冒険者として、気持ちは分からなくはないです」
「そう言ってもらえると助かります。なので、えーっと……」
職員さんは使い古した冊子を取り出すと、調べ物を始めた。
チャッコを連れていっても平気な宿を、探してくれているようだ。
「……ああ、ありました。老夫婦が営んでいる、家の離れを改装した民宿なら泊まれますね。あの夫婦が出す食事は美味しくて、食堂としては評判なんですよ」
「そう食事を引き合いにだしたには、宿の方はなにか問題があるんですか?」
「いえ、問題ということはないのですけど。宿が広い分だけ、宿泊代が少々お高いのです」
試しに代金を聞くと、その日暮らしの冒険者が払うには少々苦しい値段だった。
「その代金は、部屋貸しですか。それとも一人頭ですか?」
「いえいえ。離れを丸まる貸す方式ですので、その代金ですね」
「ってことは、行商人向けの宿ってことですよね?」
「はい。それもかなり上質な方のですね」
そう聞いて、俺はその宿を取ることを決めた。
幸いなことに、使い道のない金貨が何枚もあるので、多少散財しても痛くはない。あと、美味しい料理が食べられるという点も、気に入ったしな。
「じゃあ、その宿の場所を教えてください」
そう言うと、横から袖を引っ張られた。
顔を向けると、イアナが首を横に振っている。
「高すぎます。違う宿にしましょう」
きっとイアナは、自分も折半した宿代を払う気で、そう言ってきたのだろう。
その気持ちは嬉しいけどと、俺は職員さんに尋ね直す。
「従魔を連れていける宿は、他にないんですよね?」
「中に泊まれる宿はありませんね。馬屋に共に寝ることなら許す宿は、たくさんあると思いますよ」
「なら、一緒に馬屋に泊まりましょう。その方が安上がりですよ」
「それだと野宿と変わらないだろ。せっかくの村なんだから、イアナだっていい宿でいいご飯を食べたいだろ?」
「それはそうですけど。でも、何日分もの食事代と同じお金が、一泊で消える宿代なんて……」
節約が骨身に染みている様子のイアナの肩に、俺は手を置いた。
「じゃあこうしよう。俺はこの宿に泊まりたいから泊まることにする。でも宿貸しだから、同居する人がいようといまいと、支払いは同じ値段だ。だからイアナが一緒に泊まったほうが、結果的に値段は安くなるわけだ。だから俺はイアナに、同じ宿で泊まってくれと頼むことにする。これでどうだ?」
「うぅぅ……。分かりました、お師匠さんの頼みなので、弟子は断らずに受け入れるとします。ごめんなさい。そして宿代持ってくれて、ありがとうございます」
「気にしなくていいって。俺が泊まりたいだけって、さっき言ったばかりだろ?」
俺たちのやり取りを見て、職員さんは苦笑いしている。
その後、老夫婦の宿の場所を教えてくれたので、早速行ってみることにした。
見えてきたのは豪農の家って感じの屋敷。付近を見回すと、食堂らしき建物と、その向こうにこじんまりとした家が見えた。
きっとあの離れの家が、俺たちが使うことになる宿だろう。
さっそく宿を押さえるべく、老夫婦に会うため大きな屋敷の扉を潜って、中に声をかけたのだった。