二百三話 旅の連れ
イアナを加えて、街道上を旅していく。
俺は最初、当てずっぽうで道を選ぼうとしていた。
けど、イアナが道案内を買って出てくれる。
「あの村まで旅してきましたからね。近くの地理には明るいですよ。どこに行きますか?」
「そうだな……。流通の要所になっている、村か町がいいな」
色々な噂や情報が集まるし、冒険者の仕事も見つかりやすい。
もしいい話が聞けなくても、商隊の護衛として別の場所に行くことだって可能になるしな。
そんな思惑を話すと、イアナは腕組みして考える素振りをする。
「えっと、流通っていうのがよくわかりません。でも一番近くの町となると、わたしの故郷ですね」
「どのぐらいかかる?」
「歩きだと、何十日もかかっちゃいますね。けど比較的に大きな村なら、ここから歩いて四、五日って感じのところにありますよ」
そんな近くに大きな村があるから、さっきの村は寂れていたのかもしれないな。
とりあえず、その村に行ってみることにしようか。
「じゃあ、道案内を頼むな」
「はい、任せてください!」
イアナはウキウキとした様子で、俺の前を歩き始める。
ピクニックに向かう子供のような、警戒感の薄い姿に、俺は思わず心配になってしまった。
「なんだか、嬉しそうに歩いているな」
「はい。なんだかんだと、人と一緒に行動するのが久しぶりなので!」
「久しぶりって、他の冒険者と仲間を組んだことはなかったのか? 俺のときは、テッドリィさんからの教育が終わった後、組合側に無理やり組まされたぞ?」
「えっと、組んではいたんですけどね。喧嘩別れしちゃいまして」
「それはまた、なんでだ?」
「わたしの言葉が気に入らないって、言われちゃいまして。特に変なことを言っている気はなかったんですけど、なんか傷つけちゃっていたらしくて」
ちょくちょく失礼なイアナの言動を振り返り、俺は納得した。
「それからは、ずっと一人ってことか?」
「他の人と一時的に組んだこともありますよ。けど、わたしの体目当てのエロオヤジだったり、報酬を多くせしめようとする守銭奴だったりで、長続きしなくって。次第に、一人で活動していたほうが気楽だなって、今の感じに」
「一人を選んだ結果、イアナはゴブリンに殺されそうになっていたんだが?」
「あははっ。死にそうになった結果、バルティニーさんっていう、強くて信用できそうな人と出会えましたから。差し引きトントンか、儲けが上になっていると思いますよ。それに、快く弟子にしてくれたし!」
「……やっぱり、失言が多いよな」
「えっ?! わたし、また変なこと言いましたか?」
今回は自覚がないみたいだった。
もしかしたら『快く弟子に~』ってのは、イアナにとったら誉め言葉をかけたつもりなのかもしれないな。
それにしても――
「――イアナって、思ったことを口にすぐするな。それは誰かからの教えだったりするのか?」
「はい、そうですよ。町で家なし同士で集まって暮らしてたとき、仲間には知ったこと思ったことを包み隠さず話すって、掟があったんです」
「それは生きるために必要だからだよな」
「たしか、ちょっとした話や見たことに、生き延びるために必要な情報がある。そう年長の人に言われた気がします。でも当時はよくわからなくて、素直に喋ることは良いことだって短く教え直してもらったっけ」
懐かしそうに話すイアナに、俺はかける言葉に迷った。
辛かっただろうとか、大変だったと言うことは簡単だ。けどイアナの態度から、そんな安易な同情を欲しているとは思えなかった。
なので、俺は感想は言わずに、話の流れに沿った言葉を選ぶことにした。
「そういう生い立ちから、思ったことを素直に口に出し過ぎる性格が生まれたのか。『三つ子の魂百まで』――ゴブリンは成長してもゴブリンってことわざの通りに、矯正は難しいだろうな」
「あははっ。バルティニーさんって、ときどき辛辣ですよね。こう、心にグサッときますよ」
「そんなこと、初めて言われたな」
「なんか、素っ気ないというか、言葉が直接的というか。こう、言葉に温かみがないんですよ。だから私みたいに、一人なんじゃないんですか?」
「いや。チャッコがいるから、一人じゃないぞ?」
「ゥワン!」
その通りだとばかりにチャッコが鳴くと、イアナはビクッと体を強張らせる。
「えっと、その、今更なんですけど。噛みついたりしませんよね、その子――」
「ゥワワワン!」
「――ひゃ! な、なんでいま、吠えられたんですか?!」
怯えるイアナに、俺は恐らくと断りを入れてから、説明をする。
「自分より立場が下な存在に、『その子』なんて下に見る発言されたから怒ったんだろうな」
「えっ?! わ、わたし、その――えっと、チャッコちゃんに、下に思われているんですか?」
「そりゃそうだろ。俺とチャッコは同列の仲間だぞ。俺の弟子になった時点で、イアナは下の立場になるだろ?」
「うっわー、それは考えてもみませんでした。でもたしかにそれだと、わたしチャッコちゃんの下ですね」
イアナは素直に状況を受け入れると、チャッコの前にしゃがみ込み、目と目を合わせた。
「バルティニーさんの仲間なら、チャッコちゃんもわたしのお師匠さまです。これから、よろしくお願いします」
狼に真面目に話すイアナの姿は、俺にしてみれば少し変に見える。
けど、丁寧な態度と言葉を受けて、チャッコは機嫌をよくしたようだ。
でもイアナへの返事は、頭突きで返してた。
頭に直撃を食らった、イアナはひっくり返った。
「痛ッ!? え、なんか、すごく痛かったですよ?! チャッコちゃんって、かなり石頭ですよ!」
「ゥワワン」
「わわ、吠えないでください。バルティニーさん、チャッコちゃん、なんて言っているですか?」
「俺だって狼の言葉が分かるわけないだろ。でもきっと、許してないのに勝手に弟子になるんじゃない、って言いたいんじゃないか」
「なるほど、それもそうですね。バルティニーさんがあっさり許可してくれたから、ちょっと勘違いしちゃってました。チャッコちゃんの態度の方が、普通ですもんねね」
「それだと、俺が普通じゃないって言っているように聞こえるぞ」
「いえ、あの、いい意味でですよ。いい意味で、普通じゃ――いえ、あの、えっと??」
混乱した様子のイアナの肩に、俺は安心させるように手を置いた。
「……褒めようとしてくれたことは分かった。怒ってないから、そう焦らなくていい」
「なんだ、良かったぁ。わたしのせいで怒らせちゃって、弟子の件はなしって言われるかと思いましたー」
イアナがほっと安心した態度をとったことに、少し意外に思った。
俺って、約束を平気で反故にするような薄情者に、人からは見えたりするのかな。
自己分析だと、人助けで死んで生まれ変わるぐらいには、かなり有情な性格だと思っていたんだけど……。
落ち込みかけるが、まあいいかって気分を入れ替える。
いつまでもくよくよするなんて、小さい男って感じがからな。
俺はイアナの肩に置いたままの手を退かし、彼女の背中を軽く押した。
「ほら、道案内が止まっているぞ、俺の弟子」
「あ、そうでした。ほら、わたしのお師匠さま。次の村はこっちですよ」
冗談に冗談を返してくるイアナへ微笑み返しながら、一つ言葉をかけた。
「魔物が来たから、戦闘態勢に入れよ」
「はい!――はい??」
不思議がるイアナを無視し、俺は素早く番えた弓矢を草むらに打ち込んだ。
上手い具合に即死させられたようで、頭に矢が刺さったグレードッグが、鳴き声もあげずに茂みから転がり出て倒れる。
さらに二匹出てくるが、片方の胸元に矢を射ち込み、もう一匹の腹に六方手裏剣を投げつけた。
「ギャ――」
「キャィ、グルルルルル」
矢を受けたほうは即死。手裏剣を食らった方は、死にはしてないが動きが鈍くなった。
ここでようやく、イアナが野球バットのような棍棒を両手に構え終える。
でもすでに戦いの趨勢が決まった状況だからか、彼女は気を抜いているように見えた。
それは良くないと、俺は指示する。
「最後の一匹は、イアナが仕留めろ。怪我をしているから、必死に反撃してくるだろうけど、頑張って倒せ」
「え、そんな――うわわわっ?!」
グレードックは俺たちの中でイアナが一番弱いと見たのだろう。
俺とチャッコを無視して、血走った目で彼女に襲い掛かっていく。
イアナは棍棒を振るってけん制したり、噛みつきや体当たりを必死に避けたりしていく。
その姿を、俺は弓矢を持った状態で、チャッコは地面に伏せて、観戦している。
「あ、あの! 助けて、くれないんですか?!」
泣き言がきたけど、俺は首を横に振る。
「ゴブリンを倒せたんだ。冷静に対処できれば、それぐらい一人で倒せるって」
「ひーん! バルティニーさんは、血も涙もないお師匠さまだよぉー」
「喋れているってことは、まだ余裕があるってことだぞ。ほら、冷静に動きを見て避けろ。そして棍棒で殴れ」
「うひー! や、やってみますー」
イアナは持ち前の素直さで、俺が指摘した通りに動き始める。
それでも、よくいままで冒険者としてやってこれたなって感じの、酷い戦い方だ。
平原に出る魔物と戦いなれていない様子に、もしかしたらイアナは運がとてつもなく良くて、戦う必要がなかったのかもしれないなって感じた。
そう考えると、彼女が魔物と戦うようになったのは、俺が運が悪いせいってことになるな。
……冒険者になってから波乱続きなので、運が悪いってのは合っているかも。
それでも無事に生き延びられているのだから、悪運が強いと言い換えてもいいかもしれないな。
なんてことを考えているうちに、イアナが強振した棍棒がグレードックの頭に直撃していた。
「この! このこの!!」
絶好のチャンスを逃さないように、イアナは棍棒で滅多打ちにしていく。
程なくして、イアナは荒く呼吸をながら動きを止め、グレードックはボロボロな状態で地面に倒れた。
俺は弓矢を片付けると、イアナの頭に手を乗せて労う。
「よくやったな。討伐部位や素材の回収はやるから、座って休んでいていいぞ」
「は、はひぃ。つ、つかれましたー」
イアナはすぐに地面に座り込み、棍棒を振るい続けた腕を自分で揉み始めた。
グレードック一匹でこの有様だと先行きが不安だなって思いつつ、俺は三匹のグレードッグの解体に移ったのだった。