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二百二話 バルティニーという存在

 森を抜けると、この世界ではよく見かける類の、ごく普通の村が先にあった。

 イアナは安心した顔になると、こちらに振り返る。


「あれが、コーディンの村です。と紹介しましたけど、つい最近来たばかりで、わたしよく知らないんですけどね」

「イアナは、元は別のところに住んでいたのか?」

「はい。少し大きな町に。家がなくて、他の子たちと路上で暮らしていました」


 路上生活年少者ストリートチルドレンだった、ってことか。

 前世のドキュメンタリーだと、そういう類の人は犯罪組織に入るって相場が決まっていたな。

 この世界でもそうかは分からないけど、少なくともイアナは、冒険者まっとうな道に進めたようだ。

 男装をしているのも、冒険者の噂を聞いたからだけじゃなくて、路上生活での知恵だったりするんだろうな。


「あの村に来る前は、冒険者としてどんな仕事をしていたんだ?」

「育った町でお手伝いのようなことをしてましたね。この革鎧を買ってからは、村から村に移動して。薬草や野生動物を獲ってきました。バルティニーさんは、ここまでどんな道をたどってきたんですか?」

「俺はな――」


 ここまでの自分の身の上話をしながら、二人と一匹で村の中に入った。

 見慣れない俺とチャッコの姿に驚いているのか、通りかかる人たちがこちらをまじまじと見てくる。

 視線の方向から、チャッコ自身と俺が持つ魔物の素材を注目しているようだった。

 俺を冒険者として値踏みしているんだろうと考え、気にするほどのことじゃないなと結論する。

 村人を無視することに決めると、イアナに語っていた身の上話も終わりに差し掛かった。


「――とまあ、この村までくるまでのいきさつは、こんな感じだな」


 そう締めくくりつつ、イアナを見る。

 するとなぜか、少し怒ったような顔をしていた。


「どうかしたか?」

「もう。なんで嘘の話ばっかりなんですか」

「……いや、嘘を吐いたつもりはないぞ?」

「いや、絶対嘘です。だって、荘園の子に産まれて、冒険者をやっているなんて変です。それに、海で小山ほどの魔物を釣り上げたとか、見上げても先が見えないほどの巨樹の魔物を倒したとか、最終的に空を飛ぶ強い魔物と戦って生き延びたなんて、嘘にきまってます!」


 冷静になって俺の生い立ちを考えると、確かに嘘っぽいな。

 むしろ、法螺話としても程度が低いとすら思える。

 本当のことなんだけどなと思い、俺は苦笑いする。


「信じなくたっていいさ。けど、思ったことをずけずけ言うよな、イアナって」

「え、あ、その。気分を悪くさせたなら、ごめんなさい。思いつくことをすぐ口にしちゃうなって自覚はあるんですけど、治らなくって」

「口は災いのもと、っていうからな。できるだけ気を付けたほうがいい」

「はい、そうします。って、嘘を吐いたの、誤魔化しましたね!」


 ぷんすかと怒って、こちらに問い詰めようとしてくる。

 素直な性格なのは接していてわかるけど、イアナの場合はそれが損に直結するタイプだな。

 ハイハイと宥めすかしながら、俺たちは冒険者組合の建物に入った。

 ここは酒場も兼業しているのか、酔客が目につく。

 その割に活気は少ない。冒険者然とした人も、あまりいないように見える。

 この分だと、あまり冒険者が稼げない村だろうな。

 予想を裏打ちするように、カウンターの向こうにいる職員たちはやる気がなさそうだ。

 早めに去った方がいいなと思いつつ、俺はイアナに連れられて、中年の女性職員の前まで進む。

 まずイアナが、朗らかな笑顔で喋りかける。


「こんにちは、お姉さん。ゴブリンを討伐したから、換金してよ」


 イアナの少年ぽく偽った口調を受けて、女性職員は少し微笑んでいる。


「あら、無事に帰ってこれたのね。それにしてもゴブリンを倒したなんて、やったじゃないの。ほら、取ってきた耳を見せて」


 イアナが切り取ってきた耳を出す。

 女性職員は引き換えに銅貨数枚を渡した後で、頭を撫でて褒めた。

 イアナは嬉しがっているけど、どう見ても冒険者として扱われていないよな。

 それでいいのかって呆れていると、女性職員がこちらに目を向けてきた。そしてイアナに喋りかける。


「あの人は誰だい?」

「冒険者のバルティニーさんだよ。森で偶然に会ってね。ここまで連れてきたんだ。海ででっかい魔物を釣ったとか言ったりする、すっごい嘘つきなんだ」

「変な説明をするな。というか、嘘はついてないって言ったばかりだろ」


 俺は冒険者証を引っ張り出し、女性職員に差し出す。

 彼女は受け取ると、しげしげと見つめて、唐突にハッとした顔になった。


「海で強大な魔物を釣った、バルティニーって名前。もしかして『浮島釣りのバルティニー』って、アンタのことかい?」


 言い当てられたことに、俺は驚いた。


「この村はサーペイアルからかなり離れているよな。なのになんでその二つ名を知っているんですか?」

「あらら、まさか本物なの?」


 変な反応に首を傾げると、事情を話してくれた。


「『浮島釣りのバルティニー』ってのはね、お貴族さまの多くが剥製やら特注の鎧とやらで間接的にお世話になったって、有名になった人物なんだよ。さらにターンズネイト家の当主さまが、息子の腕扱きの護衛だったって自慢するものだから、さらに人気に火がついたのさ。いまじゃ、多くのお貴族様が、噂のバルティニーを召し抱えようと躍起になっているぐらいさ」

「へぇ、そんなことになっているんですね。でも、本物かどうかって、なんで疑ったんですか?」

「そりゃあ、名を偽ってでもお貴族様に雇われたいって、ニセモノが出てくるからだよ。けど、対処法が知り渡って、今じゃ少し下火になったけどね」

「対処って、俺の顔を覚えている人でも連れてくるんですか?」

「そんなわけないさ。ただ単に、重たいものを持たせるのさ。それこそ、一人じゃ絶対に持てない物をだよ。浮島釣りならできるだろうって言ってね」


 なるほど、確かにそれなら区別はつくな。

 それに、それぐらいの膂力を持つ人なら、ニセモノでも雇い入れようと考える貴族もいるだろう。

 双方ともに、損のない良い判別法だな。

 そう感心していると、女性職員は片隅を指さした。


「というわけで、あの壺を持ち上げてみせて。そうしたら本物って信じてあげる」


 そこには、俺の身長と体格ほどもある、大きな鉄の壺があった。

 近寄って触ってみると、ものすごく重い手応えが返ってくる。

 手を壺の中へ入れてみると、どうやら砂が限界まで中身が詰まっているようだ。


「……これを持ち上げろと?」

「ええ。浮島釣りなら、できるでしょ?」


 できるけど、やる必要がない気がした。

 別にニセモノだって思われても、なにか不便になるわけじゃないだろうし。

 けどイアナの、壺を持ち上げるなんてきないだろう、っていう目が癪に障った。

 彼女の性格からすると、単純にできるできないを判別しているだけなんだろう。けど、なんとなく見返してやりたい気分になってくる。


「分かりました。どの程度、持ち上げれば?」

「おや、やるのかい。そうだねぇ。できるのなら、壺の頭が天井につくぐらいまで上げてはくれないかい?」


 上を向き、天上の高さを確認する。

 二メートル半ぐらいなので、壺を腰ぐらいまで持ち上げればいいみたいだな。

 まず俺は中腰になり、壺に抱き着く。

 そして魔力の塊――魔塊から魔力を引っ張ってきて、魚鱗の防具を纏っている部分に、攻撃用の魔法で生み出した水を薄く纏わせる。 

 魔法による補助アシストの効き具合を、壺を保持する具合から確かめた。

 十分だと判断して、ぐっと壺を持ち上げる。それとほぼ同時に、天井にぶつかる音がした。

 目測を誤ったかなと、壺を床にゆっくり下ろしてから、視線を上に向ける。

 壺の口と同じ丸い形に、天井にへこみができていた。

 まあ、あれぐらいなら、修理する必要はないだろう。

 俺はほっと息を吐きつつ魔法を解除すると、驚きで目を見開いているイアナと女性職員に笑みを浮かべてみせた。


「これで本物って理解してもらえたよな?」


 問いかけると、二人は連続して首を縦に振りだした。


「ほ、本当に、本物マジモンだったのかい」

「は、はへぇ~。バルティニーさん、本当に嘘ついてなかったんですね」

「さて、腕試しも終わったところで。獲ってきた素材を換金したいんだが?」

「あ、はい。すぐやるよ」


 女性職員は引きつった笑みを浮かべると、テキパキと換金作業に入ってくれた。

 素材と引き換えに差し出されたお金を、俺は数えずにひとまとめに持つと、イアナの手に押し付ける。


「約束通り。案内料だ」

「え?! 本当に、全部くれるの!?」

「そう約束しただろう」


 イアナの額を指で小突くと、俺は二人に背中を向ける。


「いくよ、チャッコ」

「ゥワン」


 暇そうに床で寝そべっていたチャッコが立ち上がり、俺の横に素早くきた。

 酔客が驚いた顔のまま固まっている中を進み、俺は冒険者組合の建物から出る。

 そして、森とは反対側へ道なりに進んでいく。

 あと少しで村の外というところで、後ろに走り寄ってくる気配を感じた。

 振り向くと、イアナが走ってきている。背には、どこかに預けていたらしい荷物があった。

 無視して先に行くのは薄情だなって、立ち止まって待つことにした。

 ほどなくして、汗だくなイアナが、俺の前にやってきた。


「よかった、追いついた……」


 よほど急いできたのか、息も絶え絶えな様子だ。

 けどイアナは、息苦しさを堪えながら真っすぐに立ち、こちらに真摯な目を向けてくる。

 そして、がばっと頭をこちらに下げてきた。


「バルティニーさん、お願いします! わたしを、弟子にしてください!」


 その言葉に、俺は目を丸くした。

 仲間にしてくれと言ってくることは予想していたけど、まさか弟子にしろと言われるとは思っていなかったからだ。

 チャッコがどうするって目で見上げてくるが、俺も正直困っている。

 どうしようかと考えていて、ふとテッドリィさんと過ごしたことを思い出した。

 懐かしい記憶に、彼女から教わったことを、イアナに伝えてもいいかなって気分になる。

 

「……わかった。弟子にしてやるよ」

「本当ですか! やったー!!」


 飛び跳ねて喜ぶイアナの背から、ボロボロと物が零れ落ちた。

 その物音に、イアナは慌てて背中の荷物を下ろし、地面に転がった物を拾い集め始める。


「あわわわっ。急いで荷造りしたから、止め方が甘かったかな」


 イアナのおっちょこちょいな様子に、俺は苦笑いし、チャッコは呆れた眼差しを送ったのだった。

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