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二百一話 森の中での出会い

 俺は狼の魔物と、森の中を二人旅をしていた。いや、一人と一匹旅か。

 その旅路の中で、俺は狼に名前をつけてやった。

 ポチとか、タロウとか、いろいろと呼び掛けてみて、この狼が一番喜んだ名前で決定した。


「チャッコ。ウサギの顔がでている、仕留めるぞ」

「ゥワン!」


 毛皮が茶色なことから茶子ちゃこ――チャッコと名付けた狼は、一瞬のうちに穴から顔を出したウサギの頭に噛みついていた。

 噛んだまま穴から引きずり出すと、空中にぽいっと放り投げる。

 そのとき俺に、空中を飛ぶウサギを射抜けるかなっていう感じの顔を向けていた。

 楽にやれるさと、放った矢をウサギの胸元に貫通させる。

 美味い具合に心臓に当たったようで、地面に落ちたウサギはぴくりとも動かなかった。

 チャッコはやるじゃないかって顔をしてから、ウサギを加えて戻ってくる。

 俺は受け取ると、さっそく捌いていく。

 大人しく座って待つチャッコの前に、消化器以外の内臓を置くと、あっというまにペロッと平らげてしまった。

 それでもまだ足りなさそうにするので、毛皮を剥いだだけのウサギをあげる。

 すると肉だけでなく骨までもかみ砕いて、飲み込んでしまった。

 旅をしていて常々思うけど、すごい顎力だな。

 俺が感心する中、チャッコは汚れた口元を前足で拭い、さらに舌で舐めて綺麗にする。

 その動作は狼というよりも猫っぽくて、なんか不思議な感じだ。

 そんな俺とチャッコの仲は、たぶん良いと思う。

 旅路の中の小休止中に軽い取っ組み合いで遊ぶし、夜に大型犬よりも大きな体を抱いて寝ても嫌がられていない。

 チャッコの方も、俺に気を許している感じもある。

 でも俺とチャッコの関係は、主従というより、同列の友達という感じが強い。

 さっきウサギを取ったときみたいに、俺を試すようなこともしてくるからな。

 なにはともあれ、それなりに楽しく、俺とチャッコは森の中を旅していく。

 森での生活に慣れて不便はないので、森を移動していればいつか人里にでるだろうと、楽観しながら森を進んでいく。




 森を旅していたある日、久しぶりに人の話す言葉が聞こえてきた。


「くそっ。なんで、こんなはずじゃ!」


 なにか焦っている感じの声に、俺はチャッコと顔を合わせてから向かってみることにした。 

 ほどなくして、ゴブリン二匹と単独で戦う、冒険者らしい人を見つけた。

 薄っぺらな革鎧に、野球バットのような棍棒を手にしている。

 あまりにも貧弱な装備を見て、俺が抱いた感想はというと、森の際が近いのかなという場違いなものだった。

 そしてチャッコが抱いたであろう気持ちは、別の場所に行こうという目を見れば、あの冒険者に興味を失ったんだろうなって理解できた。

 けど、見捨てるのは忍びないので、俺はチャッコの頭を撫でて少し待つよう指示する。

 その後で、弓矢を番えて、ゴブリンの片方の頭を射抜いた。


「グギャ――」

「ギャ、ギャギャガヤイ!?」


 仲間が矢を受けて死んだことに、もう片方のゴブリンはうろたえた。

 その隙を、冒険者は見逃さなかったようだ。


「うわああああああ!」

「ググゲッ――ゲガ、ゲガガ」

「あああ! おあああ! うわあああ!」


 冒険者は悲鳴のような声を上げながら、棍棒で滅多打ちにしている。

 最初の一撃が良い場所に入っていたのか、ゴブリンは体を丸めて耐えようとするばかりだった。

 滅多打ちは、冒険者の息が切れて腕が上がらなくなり、ゴブリンが顔の穴という穴から血を出すまで続いた。

 一部始終を見ていた俺は、もう大丈夫だろうと立ち去ろうとする。

 そのとき、冒険者が疲れで掠れた大声を発した。


「あの! 誰だか知りませんが、助けてくれてありがとうございます! それでその、ゴブリンの討伐部位の分け方を話したいんですけど!」


 掠れてはいても、誠実そうな若い声だった。

 けど、森の中で大声を出すその無鉄砲さに、俺は額に手をあてる。

 大きな音を出せば魔物が近寄ってくるのは、森で活動する人の間では常識なのに。

 きっと冒険者になったばかりか、森のことを知らないんだろうな。

 このまま放置すると、俺が出ていくか魔物が来るかするまで、あの冒険者は大声を出すのを止めないだろう。

 仕方がないと、俺は弓を片手にチャッコを引き連れて、姿を現すことにした。

 もう一度声を上げようとしていた冒険者は、俺を見て安心した顔をした。

 けどすぐに、隣にチャッコがいるのを見て、身を強張らせる。


「え、あ、あの。人間の方ですよね?」


 失礼な物言いに眉を寄せると、慌てた弁明がやってきた。


「いえ、その、そちらの犬って、魔物ですよね? それを従えているんですから、えっと、人間なのかなって」

「一応言っておくが、犬じゃなくて狼の魔物だぞ。それと従えているんじゃなくて、仲間だ」

「ゥワン!」


 俺とチャッコの抗議を受けて、冒険者は顔を青くしている。


「ごめんなさい! 命の恩人なのに、失礼なことを言っちゃって!」


 大声での謝罪に、俺は注意口調になる。


「混乱していたのは分かっていたから、声を少し潜めろ」

「え、どうしてですか?」 

「大きな音を出すと、森の魔物が寄ってくるからだ」


 理由を話した途端に、冒険者は口を両手で塞ぐ。そして、息まで止めているようだった。

 なんだか極端な人だなと、今更ながらに容姿を観察する。

 身長は百六十センチもないぐらい。武器は棍棒と、腰のナイフ。

 見える手足の肉付きは筋肉が薄く、さほど鍛えてはいなさそうだった。

 来ている服が粗末なものなので、単純に食糧事情が悪くて痩せているだけの可能性もあるな。

 整った顔立ちは幼く、きっと十代前半。俺より年下、成人したばかりかもしれない。

 髪はこげ茶で、伸びてボサボサになっている。

 食い詰めて冒険者にならざるを得なかった、孤児って印象だ。

 そう総評を締めくくろうとして、冒険者の動きが気になった。

 なぜか、胸元を窮屈そうな動き方をしている。

 男に見える平坦な胸なので、不思議に思いかけ、一つの可能性が思い浮かんだ。


「サラシで胸を押さえつけているのか?」


 疑問というわけでもなく、つい口が滑って出てしまった。

 けど、俺の言葉を聞いた、少女と思われる冒険者はより顔を青くしていた。

 反応の意味が分からないので首を傾げつつ、とりあえず遅くなった自己紹介をすることにした。


「隠しているなら、悪いことを聞いた。俺はバルティニー。少し遠くからここに来た。こいつはチャッコ。さっき言ったように、狼の魔物だ」

「ゥワン」


 チャッコが鳴いて挨拶したが、少女冒険者は口に手を当てたまま喋ろうとしない。

 それどころか、周囲を見回して心配そうにしている。

 どうしてそんな真似をしているか予想して、安心させるべく喋りかける。


「ああ、普通に喋る分には、魔物は寄ってこないぞ」

「……えっ、そうなんですか? でもさっき、声を出すと魔物が寄ってくるって」

「『大声』ならな。多少の大人なら、木々のざわめきで消えるから問題ないって言われている」

「へぇ、そうなんですかぁ……。あ! えっと、わた――ボクは、イア――イワンっていいま――いうぜ」


 口調や態度を男らしくしようとしているんだろうけど、色々とぐだぐだだな。

 どう対処したらいいか悩みかけたが、とりあえず真正直に聞くことにした。


「女性だってことは分かっている。言っておくが、それを知ってなにかをする気はないぞ。ただ、どうして女性だと隠すのを知りたいだけだ」


 真面目に問いかけると、イワンと偽名を使った少女は、腹を決めたような顔になった。


「お兄さん――バルティニーさんが見抜いたように、私は女性です。名前も、イワンじゃなくて、イアナといいます。十五歳です」


 そう聞いて、俺は意外に思った。


「へぇ、俺と同じ年だったのか」

「えっ。その大きな体と存在感で、十五歳なんですか?」

「……失礼なことを言われた気がするんだが?」

「あの、その、ごめんなさい!」


 大声の謝罪に、俺は自分の唇に指を当てて静かにと伝えた。

 イアナはハッとして、口に手を当てて、こくこくと頷く。

 その後、小声で俺の質問の答えを言ってきた。


「それでですね。わたしがなぜ男装をしているかですけど、それはもちろん貞操を守るためです」

「予想はついていたが、なんでまた男装を選んだんだ。女性の冒険者だっているぞ?」


 俺に冒険者のいろはを教えてくれたテッドリィさんを始め、普通に女性も冒険者活動をしている。

 わざわざ男装をしなくたって、貞操は守っていけるはずだ。

 けどイアナの考えは、違っているようだ。


「でも女性の冒険者って、男性の冒険者に守ってもらうために、その、体を使うのが、常識だって。むしろその、経験がないと、一人前じゃないって……」


 後半部分を顔を真っ赤にして、イアナは純情そうに語る。

 それを受けて、俺は首を横に振った。


「必ずそうするわけじゃない。俺の教育係は女性冒険者だったけど、誰かに体を差し出して良しとする人じゃなかったしな。むしろ、男性に体を差し出す代わりに守ってもらおうっていう女性を、同性という立場から忌々しく思っていた節すらあったし」

「そ、そうなんですか?」


 意外そうに目を見開くイアナに、俺は苦笑する。


「でも見ていて、体を差し出す女性の方が多い気はするな。冒険者として自立するのと、誰かに寄生して過ごすこと。どっちが楽かは、言わなくてもわかるだろ?」

「なるほど。はい、それはまあ」


 考え込むイアナの姿に、俺は少し踏み込み過ぎたかなと反省した。


「さて、女性冒険者の話は終わりにするぞ。ゴブリンの取り分の話をするんだったろ?」

「あ、はい、そうでした」


 イアナは顔を上げると、おずおずと切り出してきた。


「えっと、一匹ずつ倒したので、半々ということじゃ、ダメですか?」


 普通の冒険者なら、命を助けたのだから両方貰う、って主張する場面だろうな。

 けど、いまさらゴブリンの討伐部位を集めても、俺にあまりうま味はない。

 少し森の中を探せば、それ以上に価値のある獲物を楽に獲れるからな。

 なので、俺は固辞することにした。


「いや。俺が倒した分もあげるよ。慣れてない森に来るほど、イアナはお金が必要なんだろ?」

「くれるというならもらいたいですけど……。バルティニーさんって、裕福そうには見えませんよ?」


 きっと俺がやせ我慢か、女性相手にいい格好をしようとしているんじゃないかって、イアナは心配してくれたんだろう。

 彼女の表情から、そう読み取れる。

 けどそう分かっていても、そう受け取れない言い方に、俺は眉を寄せた。


「……なあ。イアナって、ちょくちょく失礼だよな」

「え、あの、その、気分を悪くさせたら謝ります。なんでか、失礼だって言われちゃうんですよね……」

「悪気がないってことは分かっているから、俺は気にしない。けど、気を付けた方がいいぞ」

「はい、わかってます。でも、どう気をつけたらいいか、よくわからなくて」


 困り笑顔を見せるイアナに、俺はどうしたものかと頭を抱えたくなった。

 けど、頭を抱えたりはしない。

 魔物の気配が、こちらに近づいていることを察し、迎撃する必要があるからだ。

 チャッコも戦闘態勢に入り、近づく魔物の方へ、顔と耳を向けている。

 俺たちの雰囲気が変わったことに、イアナは戸惑っているようだった。


「あの、どうかしたんですか?」

「魔物が来た。ゴブリンの死体のそばなのに、少し長話が過ぎたな」

「えっ!? 普通に話している分には、魔物が寄ってこないんじゃなかったんですか?!」

「いまの場合の問題は、声の大きさじゃなくて、ゴブリンが流した血の方だ。魔物ってのは、血の匂いに敏感なところがあるからな」


 俺は弓の張りを確かめてから、近づいてくる気配の方に進む。


「くる魔物を片づけてくる。イアナはそこで、ゴブリンの耳を回収していろ」

「え、あの、大丈夫なんですか。血の匂いに引き寄せられているなら、ここに来るんじゃ?」

「気配を晒して近づく間抜けを見逃すようなヘマを、俺とチャッコがやるはずがないだろ」

「ゥワン!」


 侮るなとチャッコが吠えると、イアナは引きつった顔で頷く。

 了承は得たので、俺たちはイアナから離れて、魔物との戦いに移った。

 森の際が近いからだろう、大した相手は居なくて、ものの数分で決着がついた。

 魔物の頭を落とし、討伐部位や換金可能な場所をはぎ取って戻ると、イアナが棍棒を不安そうに構えていた。

 彼女は俺たちを見ると、露骨なほど安心した顔になった。


「よかったぁー。帰ってきたー」

「安心するのは早い。ほら、森を出るぞ」

「でもその、まだゴブリンだけしかとってなくて、あんまりお金を稼いでなくて」

「近くの人里までの案内料として、俺たちが獲った分を払う。それでいいだろ?」

「え、それなら、はい。十分です」


 俺がぽんと素材を手放すことに、イアナは不思議そうな顔をする。

 けど、俺たちが命の恩人だからか、素直に森の外へと案内をし始めた。

 さてどんな町か村だろうと、まだ見ていない人里を想像して、イアナの後についていくことにしたのだった。

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