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百九十九話 エルフの集落から去る日

 俺とオゥアマト、そして狼が集落から去ることを伝えに挨拶回りをすると、仲良くなったエルフの人たちは名残惜しんでくれた。


「そうか。少し寂しくなる。別れはいつ体験しても、心地いいものじゃない」

「この集落に生まれ育つと、数十年に一度ぐらいしか、別れを体験しないもんな」


 一通り別れの挨拶をして、集落の出入り口に行く。

 見送りに集まってくれたエルフの人たちの中に、アガックルの姿もあった。

 挨拶回りのときには見つからなかったので、俺たちは彼に近寄る。


「見送りに来てくれたんだ?」

「いや。ちゃんと出ていくか、見張るためだ」


 相変わらずの様子に、この場所を離れる気分も手伝って、俺は苦笑する。

 一方で、オゥアマトは不愉快そうに眉をひそめていた。


「オマエは終始、こちらを敵視してくるな。なぜそんな態度を取る。褒められたものではないぞ」

「他所で育った者は、違う価値観のもとで行動するものだ。集落の同胞エルフ以外の者を信用などできるか」

「それはその通りだ。しかしそのことと、相手を知ろうとしないことは、別問題だろう」

「はんっ。この集落とアリィトイック様に害をなす恐れがあるというだけで、警戒するには十分な理由になるだろうに」


 平行線のまま、二人は言葉を交わしている。

 このアガックルが頑なな態度は、前々から少し疑問だった。

 他のエルフは大らかで優しい人ばかりなので、種族的には寛容な性格なはずだ。

 個人差と考えても、アガックルの態度は度が過ぎている感じがある。

 不思議に思って考えて、ふとした直感が働いた。


「ねえ、アガックル」

「なんだ。貴様も文句を言いたいのか?」

「いやそうじゃなくてさ。なんとなく思ったんだけど、アガックルってアリクさんのことが好きだったりする?」


 ほんの思い付きの疑問だった。

 やけに集落とアリクさんのことを気にするものだから、そういう可能性もあるのかなって程度の気持ちだった。

 けどこの質問に、アガックルの態度が面白いほど変わる。

 赤面し、うろたえ、誰かが俺の言葉を耳に入れていないか探る目をしていた。


「な、なにを、急に」

「ああうん、その態度で十分だ」

「ほほぅ。アガックル、お前、アリクのことを好いていたのか」


 弱点を見つけたと言いたげな顔で、オゥアマトが問い詰める。

 アガックルは言葉を詰まらせてから、目を背けた。


「そ、それがどうしたんだ。個人的な嗜好など、貴様らに関係ないではないか」

「そう言われちゃうとそうだけどさ。そっか、アリクさんのことが好きなのか」

「それで態度に合点がいった。お前、僕たちがアリクを害しないか、常に不安だったんだな」

「訓練所に顔を出していたのも、俺たちがどれほど力をつけたか確認するためだったんだろうね」

「アリクの実力を知っていれば、要らぬ心配だと思うんだが?」

「好きになると、まともな判断ができなっていうから」

「そうなのか?」

「話に聞いた分じゃ、そうなっているね」


 俺とオゥアマトが勝手に話を進めていると、アガックルが割って入ってきた。


「こ、こら。あまり大声でしゃべるな。他の人に聞かれるだろう」

「別にいいじゃない。好きなんでしょ。誰かに聞かれて、アリクさんに話が通じたら、反応が返ってくるさ」

「それが困るから、やめろと言っているんだ。こ、告白は、アリィトイック様と釣り合うようになったときと、決めているんだからな」


 おお、具体的な計画をしていたのか。

 感心した俺とは違い、オゥアマトは疑問顔だ。


「お前がアリクに敵う存在になれるのか? その前に誰かにかっ浚われそうなものだが?」

「ふんっ、黒蛇族は腕っぷししか目に入らないのだな。戦いの力で劣っていたとしても、それを補うに余りある知能があれば、釣り合うというものだ。それに、アリィトイック様に恋愛的な行為を向けるエルフは滅多にいない。ほとんど、親や祖父母に接するのと同じ気持ちだそうだ」

「……アリクをどう思うか、集落の人らに聞いて回ったのか?」

「ああ。恋敵がいないか調べるのも、重要なことだ」


 オゥアマトの言葉に真面目に頷くアガックルを見て、俺はあちゃーって顔を覆いたくなった。

 俺たちとは違って、長年彼と接してきた人たちだ。アガックルがその質問を、どんな気持ちで言ってきたか察しているに違いない。

 たぶんだけど、この集落で彼の恋心を知らないのは、アリクさんだけなんじゃないかな。

 二人の恋路の結末がどうなるか気になるけど、話を切り上げないといけない。

 なにせ、アリクさんが俺たちを見送りに現れたからだ。


「おや。まだ外に出ていなかったのかい。領域の際まで、こっそり案内する気だったのに」


 アリクさんがさらっと言った言葉に、アガックルが噛みついた。


「アリィトイック様! 集落から離れるのは、おやめくださいと、何度も言っているではありませんか!」

「ええー、いいじゃんかー。昨日痛めつけたばかりだから、あいつはやってこないだろうしさ」

「そういう問題じゃありません! アリィトイック様は、もう少しこの集落の安全というものを考えてください!」


 いつもの光景だけど、アガックルの気持ちを知ると、少し変わって見えてくる。

 彼は恋心を隠しているので、素直に好きなアリクさんの身が心配だと言えないんだろう。

 もしかしたら、あえて捻くれた言い方をして、気を引こうとしているのかもしれない。

 俺が状況を察してニヤニヤしていると、オゥアマトがアリクさんに声をかけていた。


「おい、アリク。アガックルの奴は――もがが」

「はい、オゥアマト。その話は止めよう」


 俺はオゥアマトの口を塞ぎ、アリクさんに何でもないと首を振る。

 不思議そうにされたけど、気にしないことにしてくれたようだ。


「アガックルがうるさいから、二人の見送りはここまでになっちゃったよ。ごめんね」

「いえいえ。アリクさんにも立場がありますし、仕方がないですよ」

「そう言ってくれると助かるよ。それでね、口を塞がれたオゥトちゃんが、迷惑そうな顔をしているんだけど?」


 言われて、俺は急いでオゥアマトの口から手を退ける。

 すると口を押えた反撃なのか、長い尻尾の先端で俺の太ももを軽く打ってきた。

 魚鱗の防具のお陰で痛くはなかったけど、強い衝撃を感じた。

 オゥアマトは怒った様子で、口元を拭う。


「長々と口を塞ぐなど、まったく。僕の友じゃなければ、手に噛みついているところだぞ」

「ごめん。でもほら、あのときは咄嗟だったから」

「あの話は内緒にした方がいいのだろ。それぐらい、もう分かっている」


 言い合いを、アリクさんにくすりと笑われてしまった。


「ほんと、君たちは仲がいいね。種族は違うけど、恋人みたいに見えるよ。恋仲の相手がいない此方わたしとしては、羨ましくなっちゃうね」


 その言葉に一番反応したのは、アリクさんの後ろに控えている、アガックルだった。

 相手がいないという情報に喜んでいるような、恋人の存在を欲しているような言葉に焦っているような、不思議な表情をしている。

 一方で、言われたオゥアマトは、いやいやと手を振っていた。


「バルティニーとは友以上の関係ではないぞ。それを恋仲と誤解するなど、アリクの目は腐っているのではないのか?」

「あははっ、辛辣だね。まあ、どちらにせよ。仲がいいことはいいことだ。その友情が長く続くことを祈っておくよ」

「ふふんっ。友誼というものは、一度結んだからには長年続き、距離が離れても消えることのないものだ。そんなことも知らないのか?」

「おや。黒蛇族の友達の定義って、かなり重たいんだね」

「なぜ友誼の話で、重量が出てくるんだ?」


 不思議そうにするオゥアマトに、アリクさんは気にしないようにと身振りする。

 その後で、ここまでの話は終わりと知らせるように、手を叩いた。


「さて、長々と引き留めていたら、君たちの出発が明日になっちゃうね。それじゃあ二人とも、エルフの集落に滞在ありがとうございました。此方わたしも集落のみんなも、楽しいひと時を過ごさせてもらったことに、感謝しているよ」


 アリクさんの別れの挨拶に、俺、オゥアマトの順で返していく。


「俺も、この集落に来てよかったです。魔法のことだけじゃなく、いろいろなことも知れましたし」

「僕もだ。呪い師相手の修練など、黒蛇族同士ではなかなかできないことだからな。有意義だった」

「ゥオオオン!」


 狼も同調した鳴き声をあげたことに、ここに集まった一同が微笑む。

 その後で、俺たちはアリクさんと握手を交わし、集落の外へと出て行った。

 森の中を進み、集落の出入り口が閉まる音を背に感じたころ、俺はオゥアマトに顔を向ける。


「アガックルの恋路は応援したいけどさ。アリクさんって、男性なの、女性なの?」


 中性的な見た目だったので、アリクさんの性別がどっちか、俺はわかっていない。

 それはオゥアマトも同じなようだった。


「知らん。黒蛇族は雌雄同体だからな。もともと、他種族の男女の区別を見極める能力が低い。性の象徴的な部位を見る機会があれば、その限りではないのだが」

「……もしアリクさんが男性だったら、不毛な恋路になりそうだね」


 女性でありますようにと祈っていると、オゥアマトに首を傾げられた。


「男性同士、女性同士で恋愛することは、いけないことなのか?」

「人間は男女で番にならないと子供が作れないから、恋愛するのも男女ごとっていうのが、『この世界』での常識だね」

「ふむ、そうなのか……。理解はできるが、実感はできんな」

「オゥアマトは雌雄同体だから、仕方がないよ」


 そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは森の中を進み、アリクさんが治める領域を抜けたのだった。

 

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