十九話 狩りでのあれこれ
朝から夕方まで働いた鍛冶場での給金は、銅貨四十枚ほどだった。
六つ鉄インゴットを作ったにしては安い気もするけど、石は用意されていたし設備の使用料分を引いたと思えば、悪くはないかな。
炉の装置――鞴を踏んで動かし続けていた人たちなんて、一人十枚らしいので十分にマシだけどね。
そうそう、あの炉だけど。
石から精製に邪魔な鉄を抜いて、砕いてから炉に入れて温めるという手順で、銅を作っているらしい。
元々この開拓村は、近くの魔の森に銅が含まれた石が出るために作られたようで、主要の交易品が銅なのだそうだ。
なので、この村の賑わいは魔の森の開放による需要だけでなく、ゴールドラッシュならぬ、カッパーラッシュも含まれているみたいだった。
といった今日のことを、夕食を共にしているテッドリィさんに話していた。
これは同席相手がむっつりとしかめっ面でエールの入った木のジョッキを傾けているので、少しでも和ませようとした配慮だったのだけど――
「――もう、護衛の仕事で何かあったりした?」
どんな話をしても態度が変わらないので、たまりかねて理由を尋ねる。
すると、いきなりデコピンされた。
「あ痛ッ!? なんで、いきなり……」
額を押さえて文句を言うと、不機嫌そうな吊りあがった目で見てくる。
「不機嫌なのはな、バルトのせいだ」
「えっ!? 俺の?」
今日別れてからは、特に怒らせるようなことをした覚えはない。
鍛冶仕事でもヘマはしなかったので、心当たりはないのだけど?
分からずに困惑していると、もう一度デコピンされた。
「あ痛ッ! も、もう、なんだよ……」
「バルト、お前ぇ。自分がどんな風に噂になっているか、知らねぇのかよ」
指摘されて、朝に事務所で言われたことを思い出した。
「ああ、腰抜けって噂されているんでしたっけ?」
あっさりとした口調で言ったのが気に入らなかったのか、テッドリィさんの睨み方がきつくなる。
「おい。知っていて、なんで手を打ってねぇんだよ」
「……噂なのに、対策する必要があるの?」
自分では当然の疑問だったのだが、返事は重々しい溜め息だった。
「はぁー。バルトは元一級民らしい、のほほんとしたやつだな」
そこでエールを飲むと、真剣な顔つきになった。
「冒険者ってのは、名前をよく売って何ぼの商売だぞ。なのに、腰抜けだとか弱っちぃなんて噂が立ったら、どうなるかわかんだろ」
噂を聞いた人たちから、俺が信用され難くなるって言いたいんだろうけど。
「言いたいことは分かるけど。冒険者になって直ぐの俺が弱いのは当たり前だから、テッドリィさんが教育係をしているんでしょ?」
「馬鹿か。バルトが新米だって組合やあたしなら知っているが、他のやつらが分かりっこないだろ。むしろ噂を立てるやつらってのは、その点を指摘せずに語るんで、バルトが新米かどうかなんて関係ねぇんだ」
他人の足を引っ張るのが好きな人は、ファンタジックな世界にもいるんだなと、変な感心をしてしまう。
そんな風に、俺が焦りも怒りもしないからか、テッドリィさんは疲れたような表情になった。
「ナメられんなって言ってんのを、分かってんのかよ」
そう言ってから、何かを思いついた顔になる。
「よっしゃ。んじゃ、明日はあたしと一緒に護衛――じゃ印象が弱いか。なら、弓で狩りをしてこい。良い獲物を持ってくりゃあ、逃げたのだって腰抜けじゃなく狩人らしい慎重さがあるんだって、噂が一発で反転すっかんな」
一方的に言ってから、問題は解決とばかりに、気分よくエールを飲み始めた。
まあ、狩りに行くのはいいんだけどさ。
「昨日、今日、明日って、依頼をころころ変えるのって、変な噂になったりするんじゃないの。職員さんに、そんなようなこと言われたけど?」
「馬鹿か。色々な種類の依頼が出来るのは、それだけ才能があるって証拠だろうが。バルトが言われたのはきっと、昨日草摘みで死人が出たから依頼を変えると逃げたように見える、ってことだろうよ」
ああ、あれってそういう意味だったのか。
そう納得していると、テッドリィさんがジョッキに口をつけたまま聞いてきた。
「で、明日狩りをやりにいくってんで、いいんだよな?」
「教育係さまの言うことに従いますよ」
と冗談で丁寧口調で言うと、生意気だとばかりにデコピンをされたのだった。
翌日、事務所で狩りの依頼を受ける。
そのとき、例の男性の職員さんが安心したような表情をしていたので、噂のことを気にしてくれていたみたいだった。
さて、狩りの依頼についてだけど。
これは勝手に魔の森へ入って、獲物を取って帰ってこいというもの。
これで獲物が取れなくても基本給が入るのだから、ズルをする人が出てきても良いはずなのだけど、そうは問屋が卸さないらしい。
「組合には凄腕の狩人がいまして。仕事をちゃんとしているかを、狩りを行いながら片手間でこっそり見ているのです」
職員さんはそう言ったが、ちょっと現実的じゃない。
俺の予想では、きっと全員ではなく狩りの依頼を初めて受ける人を中心に見張るんだと思う。
どちらにせよ、対象者である俺は魔の森に入らないといけない。というか、別にサボるつもりもないのだけどね。
村を出ると、木こりが働く際から森に進入して、草摘みをしている人の脇を抜けて、少し奥へと入っていった。
このときには、木の陰や草むらの陰に隠れながら進むのがコツだ。
そうして木こりの働く音が聞こえなくなるぐらいまで移動し、クルミのような実がなっている木を見つける。
あつらえ向きに、座るのに良さそうな張り出した根を持つ木も、その近くに見つけた。
茂った木の枝を何本か切ると、根に座りながら周囲に突き刺して隠していく。
こうやって、クルミっぽい実を食べに獲物がくるのを、待ち伏せするのだ。
これが故郷の魔の森での狩りならば、どこにどんな獲物がいるかだいたい分かっているので、移動しての狩りなんだけれど。
初めて場所での狩りでは、このスタイルが一番獲物が獲れやすい。
暇なので、弓に矢を軽く番えた状態にしてから、体にある魔力の通り道を意識する。
このとき魔力が体外に出ると獲物が逃げる場合があるので、魔産工場は動かさないままでやらなきゃいけない。
これは、獲物の気配を探りつつ、魔力の通り道も意識しないといけないので、難易度は高いけど待ち伏せでの暇つぶしにはもってこいな訓練なのだ。
そうしてしばらくすると、ふと風ではない何かに草が揺れる音が聞こえた。
ゆっくりと音を出さないように弓を引き、音のした方へ向ける。
何なのか確認すると――人だった。弓を持っているから狩人のようだ。
その人は、俺が隠れている場所――というか弓を構えている俺を見ると、素早く何処かへ去っていく。
俺がここで張っているので移動したのかな。
もしかしたら、職員さんが言っていた、監視役の凄腕の狩人だったのかも。
どうでもいいことだな。弓を戻して、静かに獲物が来るのを待とう。
時間と共に日の高さが上がっていき、もうそろそろ場所を変えようかと考え始めた頃、ようやく獲物が現れた。
濃い茶色の毛皮を持つ、ぐんぐりむっくりな四本足で、大きな牙が下あごから生えている、全長の脂が乗ってそうな大きな猪だ。
そいつは大きく平たい鼻でクルミの匂いを嗅いでから、口に入れてバリバリと音を立てて食べ始めている。
俺はその姿を見ながら、ゆっくりと弓を引く。
狙いは前脚の付け根。ここを射抜ければ、肺は確実に潰せるし、上手くすれば心臓を射抜くこともできるからだ。
猪が落ちているクルミを食べようと移動し、矢の先に狙った場所がくる。
俺は矢を放つと、当たったかどうかの確認をしないまま、弓を手放して隠れていた場所から飛び出す。
「ブキィィイィイ!」
矢は刺さった。口から血を垂らしているので、肺まで達しているだろう。
だけど、鳴き声を上げていることから、心臓は打ちぬけていないと分かった。
この状況を予想して飛び出してよかった。このまま接近して一気に仕留める。
抜いた鉈を振りかぶると、猪は逃げ切れないと悟ったのか、こっちに突進してきた。
「ブキイイイイイ!」
「どりゃああああああ!」
腹の辺りを狙ってきた猪に、真っ向から鉈を振り下ろす。
ガツッとした手応えの後には、猪は俺の足元の地面へ頭を突っ込ませて動かなくなっていた。
「ぐっ、くそ。深く入っちゃったな」
鉈は深々と頭を割って、中の脳みそまで到達しているのが外からでも見える。
猪の死体を踏んづけながら、どうにか鉈を引き抜き、隠れ場所に置いてきた弓を回収した。
割った頭から血が出始めたが、俺は隠れるのに使っていた枝を抜くと、枝葉を打ち払って棒の状態にする。
近くの木にはっている蔓を切り、横向きにした猪の足と棒を結び繋いだ。
その後で、棒と猪の腹の間に体を入れ、前脚後ろ脚をそれぞれ俺の肩にかける。
目の前にある棒を両手で掴み、気合を入れながら腹筋と足で猪を持ち上げた。
「よっとー! よっし、中を抜かなくても持っていける」
猪は肉でなく内臓も食料になるので、これは幸いだった。
血の匂いで、他の獣や魔物が来ないうちに森を抜けるため、可能な限り早足で進む。
少しすれば、木こりが作業する音が聞こえてきた。
その音を頼りに、足を速めていく。
草摘みする人の姿がみえてきた。後もう少しで森の外――
「ぐあッ!?」
誰かに押され、背にある重たい荷物も手伝い、俺は地面の上に倒れる羽目になった。
咄嗟に体を捻って横向きに倒れることで、猪の死体に下敷きになるのは免れる。
しかし、死体と棒の間に自身の体を入れていたのが災いして、いま直ぐには起き上がることが出来ない。
なので腰に吊った鉈を引き抜いて、押してきた誰かを牽制しようとする。
「くっ、ゴブリンか――」
「ギャギギヤー!」
直ぐ近くにいたゴブリンは、木の棍棒を振り下ろしてくる。
俺は鉈で横へ打ち払いながら、猪の死体の上を這うようにして、起き上がる場所を確保した。
しかし、起き上がらせまいと、ゴブリンは執拗に棍棒を振ってくる。
「くっ、面倒だ、なッ!」
「ギャギャギ!」
地面を転がりながら鉈を振るうと、運良く脛の辺りを傷つけることが出来た。
怯んだゴブリンは、俺から少し距離を取る。
これでようやく起き上がった俺は、鉈をしっかりと構えて対峙した。
向こうは警戒して、遠い間合いで棍棒を振るって牽制してくる。
だが俺は、落ち着いて構えたまま機会を待つ。
故郷の森でゴブリン程度なら何度も戦ってきた。目の前にいるこいつも、倒してきたやつらと大差がない。
なら、勝てない道理がない。
そう心の中で呟いて、ゴブリンが棍棒を不用意に振るったタイミングに合わせ、前に出て鉈を強振する。
「だりゃああああああ!」
「ギャギャギギ!?」
棍棒を引き戻そうとしているが、こっちの方が早い。
俺が振るった鉈は、ゴブリンの頭へ斜めに入り、顔の中間まで叩き斬った。
ビクビクと震えているゴブリンを蹴り、反動で鉈を引き抜く。
地面に倒れた死体を見ながら、倒した証拠はどこを持っていけばいいのか知らないことに気がついた。
とりあえず、ゾンビやスケルトンにならないよう頭を落とすから、それを持っていけばいいのかな。
故郷では獣や魔物に食わせて処理するために腹を割いていたので、少し苦労して鉈で切り落とした。
耳を指で掴んで持ち上げて、狩った猪の方へ顔を向けると、見知らぬ革鎧姿の男性二人が持っていこうとしているのが見えた。
「ちょっと、なにしてるんですか!」
呼び止めると、俺の姿をジロジロと見てから、そいつらは明らかに見下した顔をした。
「なにって『落ちていた』のを拾っただけだぜ?」
「そうだそうだ。それともなにかよ。この猪がお前のだって証拠でもあるのかよ」
こっちが若いと見て侮った口調だ。
前世もそうだったが、こういう手合いはいまでも気に入らない。
「あるよ。だから猪から手を離せ」
俺が自信たっぷりな様子で言い切ったからか、男たちはイラついた顔をする。
「どこにだよ。脚を縛っている棒に目印でも刻んでんのか? そんなようには見えねえぞ?」
「それとも、この猪はお前が飼っていたとでも言う気か?」
「証拠を見せてやるから、さっさと離せよ」
相手の挑発に乗らずに、淡々と言い返す。
すると、向こうは猪から手を離して、それぞれが持っていた剣を抜いてみせてきた。
「それじゃあ、見せてもらおうじゃねーか」
「ちゃんとこっちにきてな」
そうやって脅せば引くと思っているのだろう。
だけど、いまの俺よりもチビで武器も何もない状況だった前世でだって、ナイフを持った男に立ち向かったんだぞ。
加えて今世では、既に武器をもった野盗を殺した経験があるし、いま俺の手には鉈がある。
なら、品性下劣そうな性格に似合った、程度の低そうな剣を前にしたって、何を怯むことがあるのか。
「じゃあ、猪が俺のだって証拠を見せるよ」
言いながら力強く一歩近づくと、男たちは驚いた顔を見せる。
さらに遠慮しないで一歩ずつ近づいていくと、こっちの自信ある動きに怖がったのか後ろに下がった。
しかし、一歩退いたところで、俺に剣の切っ先を向けてくる。
「うるせえ、うるせえ! お前がなんて言おうが、これは俺らのものだ!」
「そうだぜ。どうせ証拠だってねえんだ。難癖つけるの止めてもらおうか!」
なんと言おうと関係ないが、近づいていくと牽制するように剣を振り回してきたので、剣の間合いの外で立ち止まる。
「ちゃんと証拠はあるって言ったんだが?」
「う、うるせえよ。来るんじゃねえ」
「そ、そうだぜ。それに、そっちは一人で、こっちは二人だ」
「なら、一人ずつ倒せばいいだけだろ?」
近づこうとすると、また剣を振るってきた。
面倒だから、次に振るってきたら、鉈で叩き折ろう。
そう心に決めて近づこうとすると、横合いから声がかけられた。
「おい、お前ぇら。護衛の仕事をほっぽり出して、なにしてんだよ。てか、あたしの手を煩わせんじゃねーよ」
苛立った声の内容から察するに、この二人は木こりの護衛依頼を受けていたようだ。
きっと、この付近でサボっていて、俺がゴブリンに押し倒されたのを見て、漁夫の利を掻っ攫おうとしたのだ。
そんなことよりも。その声を聞いた二人の顔に喜色が浮かび勝ち誇っているので、新手はできる人のようだ。
まったく、面倒になりそうだ。
しかしそこでふと、どこか聞いたことがある声だと思った。
新手の人を確認するべく顔を向けてみると、やっぱりテッドリィーさんだった。
変な偶然もあるものだと思っていると、面倒くさげに近寄る彼女に、男たちは必死に呼びかける。
「姐御! ちょっと聞いてくださいよ! この小生意気のガキなんですけど」
「そうなんすよ! 俺らの獲物をかっさらおうとしてるんっすよ!」
「んなこと、あたしが知るか。勝手にどうにか……あんッ? なんだこの状況はよぉ?」
男たちと一緒にいるのが俺だったことに、テッドリィーさんは不可思議そうな顔をする。
なので、状況を分かりやすく説明してあげようと思う。
「こんにちは、姐御さん。どうやら、俺がその猪を掻っ攫おうとする犯人らしいですよ?」
「んだよ、なに言って――」
言葉の途中で、俺の意図したことを察したのか、テッドリィーさんは急に怖い顔になる。
「おい、テメェら。その猪は、テメェらが仕留めたもんなんだよな、あぁん?」
「も、もちろんでさ、姐御!」
「そ、そうっすよ。この剣で、額を割ったんすよ!」
睨まれて、男たちは震えながら嘘を喋った。
テッドリィーさんは、剣に視線をやると、さらに不機嫌な顔になった。
「おいぃ! 剣に血がついてねぇが、これはどういうことだ、あああん?」
「ひぃ! あ、いえ、そのあの!?」
男の一人が、不用意な嘘を言った方を肘でつついて急かす。
「そ、そりゃあ、拭いたんっすよ。血がついたままじゃ、剣が斬れなくなるっすから」
それを聞いて、テッドリィさんは納得したような、冷めた表情になった。
だが、それは違う。俺には分かる。
あれは、痛めつけてもいい獲物を見つけた、残虐者の顔だって。
「ほーん。その剣でだな。なら、もう一度やってみせろ」
「えっ!? な、なにをっすか?」
「だからよぉ。猪の額を割ったんだろ、そのナマクラでよぉ。なら、やってみせろよってんだよ。その死体の頭を、かち割ってみせろって言ってんだよ、あたしはよぉ」
「え、そのあの、それはちょっと――」
「あああん!? 一度やったのに、二度はできねぇってのかああああ!」
「ひぃいい! やります、やらさせていただきます!」
悲鳴を上げると、嘘を吐いた男は猪の額に剣を振り下ろした。
傷つく毛皮の心配をしながら見ていると案の定で、剣は頭蓋骨で弾かれてしまっていた。
「おい、割れてねぇぞ?」
「いや、その、調子が出なくって」
「なんだ、あたしが見てたら、出来ねぇって、そう言いたいわけか、くらぁ!」
「ち、違うんっすよ。ちょっとその、剣の振りをまずっただけで」
テッドリィさんはそこで笑顔になると、言い訳する男の肩に手を置いた。
許されたと思ったのか、男の表情が緩み、次の瞬間には苦悶の表情を浮かべる。どうやら、肩を思いっきり掴まれているようだ。
「いぃだだだだだあああ! 姐御、痛いっす」
「いやいや、恐れ入るよ。つーかよぉ。あたしでも、そんなヤワな剣じゃ、猪の額なんて割れねぇんだよ。それを出来るってんだからよ。これからはあたしがテメェを、兄さんって呼ばねぇとよぉ、いけねぇよなぁ?」
「いぎぎぎぎぎぎぎいいいい!!」
肩に食い込ませた指をぐりぐりと動かすたびに、凄い悲鳴が上がる。
しかしそうまでされて、ようやく自分の失態に気がついたのか、男二人の顔色が青ざめた。
それでどうしようかと考えを巡らせたのだろう、無事なほうの一人が取り入る顔つきをして話を始める。
「へ、へへへっ。姐御。嘘ついたのは謝りますよ。けど、こんな立派な猪なんですから、そのガキから取り上げちまって。あっしらで山分けしましょうや」
肩を握られている方も、同意するように首を上下に動かしている。
俺はこの状況においては被害者なのだけれど、彼らが選択肢を誤ったことに心底同情した。
「あ、あたしに、ぬ、盗人の、マネを、しろだとぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
テッドリィさんが上げた怒声に混じって、軟骨を噛みきったときのような、コキリとした音が聞こえた。
「ぎゃああああああああ! 肩が、肩が外れたあああ!!!」
「うっせぇぞ。黙りやがれ!」
「うごぇ!」
襟首掴んで引き寄せてからの膝とは、テッドリィさん、容赦ない。
だけど考えようによっては、膝の一発で失神できたので、逆に肩が外れた男にとっては痛みが長く続かなくて良かったかもしれない。
しかしながら、これで怒りが収まるはずもないらしく。
「おい。知らなかったとはいえだ、あたしの身内に、なに難癖つけてやがるんだ、コラァ!」
今まで無事だった男の手を蹴って剣を落とさせると、襟首を掴んで締め上げて持ち上げた。
「ぐぇえ!? あ、姐御の、お、お知り合いだったんで?」
「その通りだよ、テメェ。こいつは、あたしが直々に教育してやってるヤツなんだよ。今日は狩りに行けって言いつけてたんだ。それをテメェらは」
拳を顔面に叩き込もうとするように、テッドリィさんは大きく腕を振りかぶる。
突き刺さったら痛いだけではすまなそうだからか、襟首掴まれた男は必死な声で最後の弁明をし始めた。
「姐御の知り合いに絡んだことは謝ります。だけど、その猪をそいつが狩ったって証拠はないじゃないですかー!」
涙交じりの説得に、テッドリィさんは腕を振りかぶった体勢のまま、真偽を問う視線を俺に向ける。
まあ、こっちは真実を言えばいいだけなので、気が楽だ。
「猪を狩るときに最初に射た矢は、まだ刺したままだ。それと矢は俺の自作で、同じものはどこに行っても手に入られない。あと、見ての通りに鉈は出来がいいし、猪とゴブリンを殺したから、血まみれになってるよ」
俺の答弁に満足したように、テッドリィさんは獰猛な笑みを、襟首を掴んでいる男へと向ける。
「つーわけだ。覚悟しろ、コラァ!!」
「ま、待って、ま――ぶげぇおおお!」
顔の中心に拳を叩き込まれて、男は鼻血を噴出しながら失神した。
「ケッ。けったくそ悪ぃ!」
殴っても気分は晴れなかったのか、失神した男を地面に投げ捨てると、駄目押しに顔面に蹴りを放つ。
痛そうだなと俺が顔をしかめていると、テッドリィさんが近寄ってきた。
すると、今までの状況が嘘だったかのように、嬉しげな笑顔で頭を撫でてくる。
「しっかし、よくやったなバルト! 猪とゴブリンを殺っちまうなんてよ。これで、あの噂はもうなくなったも同然だ。まあ、最後にちょっと気分の悪ぃことがあったのが残念だったけどよ!」
上機嫌なまま、俺が持っていたゴブリンの頭を取り上げると、両耳を剣で切り落とした。
そして、二つの耳は俺に手渡して、頭はどこか遠くへ投げ飛ばす。
どうやらゴブリンを倒した証明は、耳一揃えで出来るみたいだ。
「んじゃあ、森の外まで案内してやんよ。あたしもいい加減、護衛に戻らねぇといけねぇしな」
歩き出したテッドリィさんを、俺は猪を持ち上げながら呼び止める。
「あの、この人たちどうするんですか?」
「あー……チッ。死なれても面倒だが、起こしてやる義理もねぇ。森の際まで運んで放置すっか」
引き返して男たちの足を持つと引きずって、すぐ近くにある森の際まで歩いていった。
俺も猪を持ってその後についていく。
そうして森を抜けると、男たちを木の根元に横たえてから、テッドリィさんは護衛に、俺は猪を換金するため組合事務所に戻ることにしたのだった。




