一話 転生したらしい
そんな痛い記憶を思い出しながら、夢から覚めるように目を開ける。
……見た記憶がない天井だった。
古民家特集番組でテレビで映るような、自然な木目がある天板だ。
なんでナイフで刺されたのに、こんな病院ぽくない場所に寝かされているのか。
もしかしたら手術した大病院が満床で、古民家住みの町医者へ移されたのかな?
そんな事を考えながら、枕元にあるであろう呼び出しボタンを探す。
腕が動かし難い。枕元にボタンがない。
「うぅ……あぅ……?」
困惑で声が出たが、その声も出し難かった。
もしかして、血が足りていないのか?
でも、怪我の治療をしたのなら、輸血はしているはずじゃないのか?
考えながら付近を見回すが、輸血パックや栄養剤のパックは、寝ているベッドの近くにはないみたいだ。
動かし難い体と頭を動かして、転落防止の木の柵がベッド周りにあると確認できた。
「あーーーえーーーーあーーーーーー」
出しにくい声を必死に出して『誰かー』と呼んでみるけれど……。
どうやら、付近には誰もいないらしい。
仕方がないなと起き上がろうとするが、本調子じゃないためか、身体が腹筋で持ち上がらない。
足を上下させての反動で起きようとするが、まるで上半身がやたらと重くなったように、びくともしない。
長く試したが無理だったので、起きるのは諦めた。
そのとき、ナイフで怪我をしたはずの足をバタバタさせても痛くないことに気づいた。
たしか、この辺を刺されたんじゃなかったかなと、手を伸ばしてさすろうとするけれど――うん、腹筋が働かないので、手が届かない。
仕方がないので、わき腹も刺されていたはずだと、手を当てる。
痛みがなく、手触りからも、怪我はないと分かる。
だが、やけにふにふにとした、脂肪たっぷりの感触が……。
ここで寝ているうちに太ったとしたら、一体何年寝て太ったのかと思うほどに、ぷよぷよだった。
腕を掲げて、見て見ると、小樽を繋ぎ合わせたような、丸い腕である。
まるで赤ん坊のような腕だ。
「あーあーひゃーんーほひーー?」
赤ちゃんっぽい、っと口に出しながら考えると、今の俺の状況がまさしくそうではないかと直感する。
色々と手で触れて確かめる。
それで、長年連れ添ったチビな体よりも、いま触っている体のほうが小さい。
あー……。
うんうん。
なるほど。
赤ん坊になっちゃったか。
まあ、背が小さかったし、赤ん坊になっちゃってもおかしくは――あるよ!
「あーうーーおーーーーー! あーうーー! あうんああああああああ!」
驚き慌てながら自身に突っ込みを入れると、行き成り感情の閾値が越えたように泣いてしまう。
「あううううううううううううううーーー!」
まるで冷静に考える自分とは乖離したかのように、体だけが勝手に泣き喚き続ける。
自分がやっているはずのことながら、五月蝿いと端で聞いているように感じてしまう。
そうこうしていると、バタバタと焦ったような足音が近づいてきた。
俺の上に影が差し、誰かが顔を覗かせてくる。
目の前に現れた姿は、色白でウェーブかかった赤髪を持つ、絵本に出てくる欧州系肝っ玉お母さんような恰幅がいい女性だった。服も絵本に出てくるような、ごわついたやけに大きいサイズのものを着ている。
観察していると、俺は彼女の力強い腕で、ベッドから抱き上げられた。
「――、――――、――――」
顔を近づけてきて、聞き覚えはないがフランス語っぽいとなんとなく感じる、そんな謎言語で語りかけてきた。
顔つきと手つきから、心配してあやしに来たらしい。
その困りながらも愛しそうな表情を見て、俺はなんとなくこの状況を理解した。
俺はあのナイフの傷が原因で死に、なぜか記憶を持ったまま、この女性の子供として生まれ変わったのだなと。
「あああああううううううう!」
そんな考察の中でも、俺の体は泣き止むつもりはないらしい。
泣き続けていると、母親らしい目の前の女性が、閃いたといった顔をした。
そして、衣服のボタン――質感から何かの角や骨のようだ――を外し、大きな乳房を出して見せる。
背の小ささから、クラスメートの女子に可愛いがられたことはあっても、その裸を見た経験はなかったため、俺は目の前の光景に絶句した。
俺の体も、目の前にある少し垂れぎみな乳房を目の前に、ぴたりと鳴き声を止めてしまう。
すると、女性は嬉しそうな顔をして、俺の口にその乳房をあてがってきた。
「―――、――――、――」
再び謎言語で喋りながら、ぐいぐいと押し付けてくる。
そして悪いことに、泣き止んでからは、また俺の意識で体を操れるように戻ったらしかった。
なので、自分の意思と決断で、この状況をどうにかするしかなくなっていた。
でもまあ、やるべきことは分かっている。
「……んっ。んく、んく、ちゅ、んく――」
意識では赤面しながら、乳房を吸い母乳を飲むという行為をする。
だが、授乳の際に顔が火照った感じはなかったため、やはり体と意識に少し乖離があるみたいだ。
そんな風に考えながら俺が母乳を飲んでいる最中、この女性は母親らしい慈愛ある表情で受け入れてくれていたのだった。