百九十七話 頂点の戦い
地上にいるアリクさんと、上空を飛ぶ竜との戦いが、すぐ目の前で行われていた。
アリクさんの手から様々な魔法が射出され、竜は口から火を吐いて対抗する。
その激しさに俺はすぐに逃げるべきだと判断し、オゥアマトと狼も逃げ道を探すように周囲に顔を向けていた。
けど、周囲にいるエルフの人たちは、一人と一匹の戦いを座って見ている。
あまりの余裕っぷりに俺とオゥアマトが驚いていると、アガックルが近くに寄ってきた。
「貴様らがどうしようと勝手だが、あの戦いに手を出そうとしたり、集落の外に出ようとは考えるな」
「……どうしてだ?」
「無論、アリィトイック様が、我らを守りにくくなるからだ。だからそこに座り、我らエルフの頂点に座するお方の、その強大なお力を拝見させてもらうがいい」
悠長に座っていられるかとも思ったけど、人がばらけると守りにくいという意見に納得もした。
激しい戦いの音が鼓膜を震わせる中、俺とオゥアマトと狼は地面に座る。そして改めて、アリクさんに目を向ける。
そこに広がっていたのは、魔導師の頂きにいる者と、生物の頂点にいる者の、目を見張る戦いがあった。
「今日は、いつになくしつこいね」
アリクさんは微笑みを浮かべながら、手から出す色とりどりの魔法を直撃させていく。
一方で竜は、ことあるごとに口から火を浴びせながら、ときどき急下降で集落に下りてこようとしてくる。
「BTREAAAAAAAA!」
「させるわけ、ないでしょ」
アリクさんは右手で水の膜を空中に張って炎を防ぐと、左手から出した多数の火の球を竜の顔面に当てて、その高度を下げさせない。
しかし竜の方は、魔法を当てられてもケロッとしている。その鱗や肉体に傷一つない様子から、魔法の威力を防ぎきっているようだ。
このままでは千日手になるんじゃないかと危惧していると、竜の動きが変わった。
アリクさんから座っているエルフたちに、視線を向け変え、口から炎を放った。
もし直撃すれば、人の体なんて松明のように燃えてしまうことだろう。
けど当然のように、上空と地上を隔てる水の壁が空中に出現し、炎どころか巻き起こった熱風すらも防いでみせた。
そこで、攻撃を失敗した竜を咎めるような声が、アリクさんから放たれる。
「ほらほら、戦っている相手から狙いを逸らしていいのかな? いまので特大のを準備する時間がとれちゃったよ?」
アリクさんの右手には、氷でできているようにみえる、特大の投げ槍が握られている。
その槍を力強く投擲すると、一瞬後には竜の腹に突き刺さっていた。
アリクさんの膂力では説明がつかない現象なので、きっとあの槍は魔法なのだろう。
なにせ刺さった部分が一瞬にして凍り付き、徐々に霜が降りる範囲が広がっていくのだから。
「IKGTROOOOOOOO!」
悲鳴を上げた竜は、自分の腹に向かって炎を吐き出した。
肉が焼ける臭いが漂ってきたが、竜は炎を出し続ける。
やがて、すっかり腹が黒くなったころに、ようやく止めた。
すると不思議なことに、氷の槍が刺さっていた周辺部位だけは、綺麗な状態なままだった。きっと炎の中にあっても、つい少し前まで、氷の槍は健在だったんだろうな。
ここで改めて、竜の状態を見る。
大きな体にしては小さな範囲だけど、腹の一部が吐いた炎で炭化し、その周囲はケロイド状になっている。
どうして自分でこれほどの怪我を負ったんだって、疑問に思った。その答えはすぐに、見てわかることになった。
竜のケロイド状になった体が、瞬く間に健全な状態に再生していく。それどころか、炭化した部分も新しい肉に押されて体外に排出されていった。
十秒も経たずに、竜の体は元の状態になった。
「KLYUOOOAAAAAA!」
完全復活を知らせる雄たけびを上げる。
以前アリクさんが、あの竜は領域の主としての力を自己改造に全て使ったと語っていた。
けどあれほど、劇的な回復力があるだなんて思ってもみなかった。
あれじゃどんな攻撃も意味がないじゃないか。
そうあ然としている俺の耳に、アリクさんの困ったような声が聞こえてきた。
「あらら。いつもならあれぐらいの痛手を負わせれば、本能で君は逃げ帰るんだけどなぁ。今回は、焼いた黄金の実があるからか、やけに頑張るね」
そう言いながら、準備が済んでいた氷の槍を『三本』、竜へ射出していた。
左後ろ脚、胴体の真ん中、右前脚に着弾し、すぐさま凍り始める。
攻撃を受けた竜の対応は素早かった。
「IRWQAOOOOOOO!」
左前足の鉤爪で、凍りだしている脚を二本とも切り落とし、腹に炎を吐きかける。
空中を落ちる間に氷漬けになった脚は、アリクさんの魔法で途中から落下がゆっくりとなり、集落に静かに着地した。
そんなことをしている間に、失ったはずの竜の脚が生え変わり、炎で炭化した腹も元通りになる。
怪我から復帰した竜は、再びアリクさんを狙って炎を吐き出す。
「おやや。今回は本当に頑張るね。これで逃げないとなると、どんな魔法を使うか悩んじゃうなぁ……」
愚痴のような言葉を吐きながら、アリクさんの手から見えない何かが発射する。
その何かは竜の炎を真っ二つに割って突き進むと、竜の頭に直撃し、半ばまで真っ二つに裂いてしまった。
「GFCRAAAAAA――」
割れた頭から血を滴らせて鳴いた竜だが、数秒も経てば怪我は消え失せていた。
頭を破壊しても生きていられるなんて、凄い生命力と再生力だなって、感心よりも呆れてしまう。
そしてそんな感情を、目の前で物凄い戦いが起こっている中で抱けることに、自分でも驚いてしまった。
周囲のエルフの人たちが暢気にしていることもそうだけど、アリクさんが余裕そうにしているから、焦る必要はないと無意識に感じているんだろうな。
けど、再生能力が高い相手がいつまでも逃げないことに、アリクさんは困っている様子が続いている。
「なんで逃げないかなぁ。そっちはどうか知らないけど、此方は君を倒して、森の支配領域を広げたいなんて、これっぽっちも思ってないんだよ?」
「KRGBAAAAAAAA!」
「まったくこれだから、知能を失った君は嫌なんだよなぁ」
アリクさんは左手を向けると、色々な属性の魔法を、次々高速で撃ち始めた。
着弾に次ぐ着弾に、竜は空中に釘付けになる。けど、自慢の回復力に自信があるのか、それとも広大な森の主という矜持があるのか、逃げ回るようなことはしていない。
決着はどんなものになるのだろうと思ってみていると、俺を手招きするアリクさんが目に入った。
戦いの最中に入るのは少し怖かったが、アリクさんの大丈夫っていう顔で、歩いて近づく決心がついた。
「どうかしましたか?」
「いやね。きっと竜に、此方以外に傷をつけれれる人が居ると分からせれば、逃げるんじゃないかなって思ってね。バニーくんに手伝ってもらおうかなって」
「……それって、俺に魔法で攻撃しろってことですか?」
「うん。全力で放っていいからさ、頼めないかな?」
それぐらいならと、俺は竜に手を向ける。
攻撃魔法を行使しようとして、アリクさんが助言を差し挟んできた。
「ちょっとやそっとの魔法じゃ、きっと逃げないよ。バニーくんが可能な、一番すごい魔法をぶっ放しちゃってよ」
『できる』じゃなくて『可能』と言ったあたりから、竜を練習台にいま自己最強の魔法を開発しろという意図を察する。
ならと、目をつぶって最強の攻撃用魔法をイメージする。
得意な水や、破壊力がある火を考えていくが、どれもなんかしっくりこない。
前世からの知識も動員して、何が一番強い属性かと考えて行って――ふと『光』じゃないかと思った。
脳裏に浮かぶのは、映画や記録映像で見た、地上の太陽。
あれ以上の破壊力のある存在を、俺は思い描けない。
ならと、あの凶悪な光のイメージに近づけるべく、魔力を使っていく。
ベースは大量の光属性の魔力。そこに火属性の魔力を徐々に混ぜていった。
徐々に凶悪な力が高まっていくのを感じる。しかし同時に、イメージ通りまで至らない、なにかの欠損がある感じもある。
欠けているのが何かわからないまま、俺はこれ以上火属性の魔力を混ぜられないという感触を得た。
「混合の限界です。魔法を放ちますよ」
「いいよ、やっちゃって」
アリクさんの許しを得て、俺は竜へ魔法を発動した。
目を焼くほどの物凄い光が手から発生し、空気を焼き焦がす臭いがする。
うっかり直視して、目がくらんで見えなくなった俺の耳に、竜が苦しむ声が聞こえてきた。
「KLKMOAOAAAAAAA!」
アリクさんの魔法を食らったとき以上の悲鳴に、俺は見えないままに魔法が直撃したんだと直感した。
魔法が終わり、目のくらみが段々と取れてくる。
その白やんだ光景の先に、竜の姿が見えてきた。
腰のあたりに大穴が開いていて、大量の血や臓物が断面から零れ落ちている。
俺は体の中心を狙っていたのだけど、どうやら目がくらんだ際に狙いがそれてしまったらしい。
普通なら致命傷に安心するところだろうけど、相手は回復力が凄まじい竜だ。安心なんてとてもできない。
俺の懸念が実現したかのように、竜に空いた穴が泡のように盛り上がった肉で塞がっていく。
ならもう一発と狙いをつけようとして、アリクさんに伸ばした腕を掴まれた。
「大丈夫。もう逃げるから」
「KMVXAAAAAAA!」
アリクさんが言葉を放ったすぐあとに、竜は口惜し気な鳴き声を放って、空中高くに飛び去って行った。
地上に落ちる竜の影が素早く移動していき、遠くの山に向かって遠ざかる。
少し待っても竜の羽音や鳴き声が消えてこない。
そこでようやく俺は、安堵の息を吐くことができた。
「はぁ~、よかった――むぐっ?!」
息を吐くため開いていた口に、何かが押し込まれた。
ビックリして横を向くと、悪戯な笑顔を浮かべたアリクさんがいる。
「お疲れ様。竜を追っ払ってくれたご褒美に、もう一欠けら黄金の実を食べる権利をあげちゃおう。そして此方も働いたから、一欠けらをもらっちゃうもんねー」
俺の目の前で、アリクさんはぱくっと焼いた果実を齧る。
周りのエルフの人たちが物欲しそうにしているのに、いいのかな。
そうは思いつつも、口の中に広がる美味しさに負けて、俺も黄金の実を噛んで味わうのだった。




