百九十五話 決着と黄金の実
行動を開始すると、俺とオゥアマトは木の陰に隠れ、狼の魔物だけがフルゥクリパの前に立った。
「ゥオオン! ゥオオォオ!」
仕切りに吠え立てて、注意を引こうとする。
けどフルゥクリパは狼を相手せずに、俺のいる方向へと太い蔓を伸ばし始めた。
作戦は駄目かと諦めかける。
しかしそのとき、狼が伸びた蔓に飛びつき、噛みついた。
大型犬をやや超すぐらいの見た目しかないのに、蔓を齧り取る。
すごい顎力に俺は驚いたが、フルゥクリパも同じのようだった。
「――ゾル、ゾゾゾルルル」
少し動きを止めた後で、怒ったような鳴き声を上げ、フルゥクリパは狼を負い始めた。
「ゥオッ!」
狼はこっちだと教えるように鳴くと、森の中を逃げ回っていく。
フルゥクリパはもう狼しか目にない様子で、太い蔓を木に巻き付ける移動の仕方で追い始めた。
けれど、狼の身動きと走力は、俺の比ではないほど素早い。フルゥクリパを馬鹿にするような動作を入れるぐらいに、余裕を見せてもいる。
俺がオゥアマトを通して指示した通りの動きだけど、ああも見事にこなされると嫉妬したくなるな。
少し複雑な気持ちを抱えつつ、俺とオゥアマトは木の陰から出て、黄金の実を狙撃できる位置をそれぞれ探す。
狼には同じルートを通って逃げてもらっているため、候補地はすぐに見つかった。
俺は弓矢を構える。少し遠くに潜伏したオゥアマトは、握り拳大の石を使うようだ。
「ゥオオン!」
「ゾゾルルル」
狼とフルゥクリパが俺が隠れる前を通り過ぎ、音が遠ざかっていく。やがて周回してきて、段々と音が近づいてくる。
弓に番えた矢を引き絞り、フルゥクリパの下腹部の中――蔓の隙間から見えるであろう、黄金の実を射る準備を整えた。
俺が隠れる近くの木に、フルゥクリパの太い蔓が巻き付く。追ってこいと挑発する狼の姿も見えてきた。俺はもうそろそろだと、気を引き締める。
「ゥオン、ゥオオオン!」
「ゾゾルルルルル、ゾルル」
狼、フルゥクリパの順に前を通り、黄金の実の光が視界に入――
「しッ!」
――った瞬間に、矢を放った。
狙いは間違いなく、黄金の実に一直線に飛んでいる。
当たると確信する。だけど運悪く、フルゥクリパの胴体に残っていた太い蔓がうねって、矢の端に掠ってしまった光景が見えた。
矢の軌道が曲がり、指一本分ほどの距離を隔てて、黄金の実の横を通過していく。
惜しいと舌打ちしかける。そこに、オゥアマトの気合の入った声が聞こえてきた。
「おぅらああ!」
掛け声と共に放たれた石は、黄金の実をめがけて飛んでいく。
けど、太い蔓の間を通すように投げるのは難しかったのか、蔓の一つに当たって、投石は砕け散った。
二度の失敗で、フルゥクリパの注意がこちらに向くかもと警戒する。
慎重に観察するが、狼を追うばかりで、俺たちに蔓を伸ばしてくることはなかった。
少し安心しながら、次のチャンスを狙って、俺は弓矢を構える。
一方のオゥアマトはというと、腕組みして何かを考える仕草をすると、上半身ほどもある大石を尻尾で持ち上げて見せてきた。
作戦にはない行動に、フルゥクリパに警戒されないように声ではなく身振りで、どういうつもりか尋ねる。
すると、尻尾の大石を投げるふりをした後で、自分の腹を平手で押すような仕草が返ってきた。
意味が分からず首を傾げると、待ての合図をしてきた。その後で、オゥアマトは自分に一本指を向け、続けて俺に二本指を向ける。
きっと、オゥアマトが先に攻撃するから、俺はその次と言いたいのだろうと理解した。
俺が頷くと、オゥアマトも頷き返し、再びフルゥクリパがやってくるのを待った。
少しして、狼の声がきた。
「ゥオオオン!」
今度は失敗するなと、こちらに発破をかけるような声だ。
分かっているさって、俺は口に笑みを浮かべつつ、弓を引き絞る。
程なくして、狼を負ってフルゥクリパが現れた。
素早く矢の狙いを、黄金の実に向ける。けど、矢は放たず、オゥアマトが行動するのを待つ。
「しゃああらあああああ!」
気合がこもった声が森の中に響き、大きな石が砲弾のようにフルゥクリパに飛んできた。
もちろん、黄金の実がある付近に直撃する軌道をとっている。
この投石に、フルゥクリパは蔓の力で移動させていた体を急停止させた。
そして鳴き声を上げて、投石が来る方に太い蔓を終結させていく。
「ゾル、ゾルルルル――」
投石の衝撃で、フルゥクリパの鳴き声が、一瞬止まった。
でも、どうにか蔓で大石を防ぎきったらしく、こちらから見える黄金の実には石の飛沫すら浴びていない。
そう、俺の位置からだと、黄金の実が『丸見え』になっている。投石を防ごうと、フルゥクリパが片側に蔓を密集させたせいでだ。
この絶好の機会を、逃すほど間抜けじゃない。
軽く息を吐きながら、矢から手を離す。
「しッ!」
飛んでいく矢は、黄金の実の中心ではなく、やや上に向かって飛んでいく。
その軌跡を見て、俺は弓を持つ手の力を抜いた。
なにせ狙い通りの位置――黄金の実と蔓とを繋ぐヘタに、矢の起動がドンピシャだ。心配して、次の矢を構える必要はない。
俺が見つめる先で、ヘタが鏃に抉り飛ばされ、支えを失った黄金の実が重力に引かれて落下を始めた。
黄金の実が体から切り離されたフルゥクリパは、戸惑っているような鳴き声を上げる。
「ゾ、ゾル、ゾルルルルル――」
けど声はすぐに、蔓が力を失って地面に落ちる音に変わった。
大量の茹でた麺を地面に落としたような響きが、周囲に渡っていく。
音が収まると、フルゥクリパがいた場所には、折り重なった蔓の間に野菜や果物が散乱していたのだった。
倒したフルゥクリパから、甘いいい匂いがしてくる。
けども、まずは黄金の実を探さないといけないよな。
動かなくなった蔓を踏み越えていくと、目的の物はすぐに見つかった。
「これが、黄金の実か」
黄金色のリンゴに似た実は、前世のニュースにあったお化けカボチャのように大きい。
匂いはリンゴや梨、葡萄に桃など、匂いが強い果物を混ぜたような、甘さに脳が痺れる香りだった。
さっそく抱え持とうと、異様な重量に腰が折れるかと思った。
それこそ、この実が本物の金でできているかのような、非常識なほどの重みだった。
ビックリして腰に手を当てていると、狼と共にオゥアマトが近寄ってきた。
「なにをしてるのだ、友よ。さっさと、黄金の実とやらを集落に持っていく――うぉ!?」
長い尻尾で持ち上げようとして、オゥアマトは重さに驚いた声を出した。
その後でハッとした顔になると、照れ顔でゆっくりと黄金の実を持ち上げて、咳ばらいをした。
「う、うんッ。物凄い重量だな、この実は。まあ、こうやって持てないほどではないがな」
なぜか勝ち誇った顔をして、胸まで張ってみせてきた。
俺は苦笑いを返しつつ、オゥアマトの尻尾が震えているのが目に入る。
「オゥアマト。それ持って移動できる?」
「ふふんっ。余裕、だ、と、も」
実際に歩いてみせてくれたけど、一歩一歩ゆっくりとしか歩けていない。
そんな進み方じゃ、エルフの集落に戻るまで、どれだけ時間がかかるか分かったものじゃないな。
それに、黄金の実は強く甘い匂いを発している。ゆっくりと進んでいたんじゃ、魔物や野生動物に襲ってくれと言っているようなものだ。
そう考えていて、こここそが魔法の出番だという気がついた。
「オゥアマト。黄金の実を軽くするから、ひっくり返らないでよ」
「わ、かった。やって、くれ」
やせ我慢も限界だったのか、オゥアマトは素直に提案を飲んでくれた。
俺はまず単純に生活用の魔法で風を起こし、黄金の実を支えてみた。けど、威力が足りない。
今度は、左右の手に集めた生活用の魔力を混合させて作った、強い風で浮かせてみる。
「これならどう?」
「ん、なかなかに軽くなったな。これなら軽く走ることぐらいはできそうだ」
言葉は嘘じゃないようで、オゥアマトの尻尾と足には力みが消えている。
ならと、俺たちは黄金の実を持って、急いで移動することにした。
フルゥクリパと大きな音を立てて戦っていたことと、果物や野菜の匂いで、気配が近くにちらほら現れ始めていたからだ。
戦っていた場所から離れても、黄金の実の匂いのお陰で、まったく気の抜けない。
でもどうにかこうにか、アリクさんが治める領域まで逃げ切ることができた。
「ぶはぁー。生活用の魔法なのに、魔力を混合し続けるのって、脳が疲れるなぁ……」
安堵感から愚痴り、身振りで休憩しようと持ち掛ける。
オゥアマトは素直に従い、黄金の実を地面に降ろす。その後で、俺を手招きする。
「友よ。水を体にかけてはくれないか。冷たいものだとよりよい」
「それぐらいなら」
生活用の魔法で水を手から出し、オゥアマトの頭からかけてあげる。
すると、体から軽く湯気が立ち上った。
不思議に思ってオゥアマトに触れてみると、熱い風呂に手をつけたような温かさを感じる。
人間なら、明らかにぶっ倒れているはずの体温だった。
「こんなに体が熱いのに、平気なの?!」
「黒蛇族は竜と祖を同じくする種族だからな、熱さにはかなり強い。これぐらい何てことはない。だが熱に強いがゆえに、上がった体温を排熱する機能が、種族的に貧弱なのだがな。はっはっはー」
種族的な弱点を笑い飛ばすオゥアマトに、本当に大丈夫なのかと疑わずにはいられなかった。
けど、オゥアマトの頑張りなくては、黄金の実は運べない。
そのことを申し訳なく思いつつ、集落に運び終えたら冷たい水を浴びせてあげようと、俺は心に決めたのだった。