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百九十四話 フルゥクリパとの戦い

 戦いの狼煙代わりに、小さめのフルゥクリパの体にある果物を一つ、矢で射抜いた。

 細い蔓がすぐに伸び、刺さった矢を抜く。


「ゾル、ゾゾルル」


 独特な鳴き声の後で、矢を地面に捨てると、フルゥクリパは体中から細い蔓を伸ばした。そして索敵するように、周囲に先端を向け始める。

 どうやら矢は誰かからの攻撃だと、認識はできているらしい。

 ならと、俺は隠れていた木からあえて体を出し、矢を次々に射ち込んでいく。

 狙うのは細い蔓。うねる先端じゃなく、体から伸びている根元を狙えば、簡単に射抜ける。

 五本ほど蔓を射飛ばしたところで、フルゥクリパはこちらに向かって移動を始めた。


「ゾゾゾルルゾゾ」


 鳴き声を上げて、鹿っぽく形作った蔓の足を動かしている。

 けど、その歩みは遅い。それこそ、象がゆったりと歩いているような、速度でしかない。

 その代わりのように、俺に向いている細い蔓は、襲う準備のように俊敏に動いている。

 触手っぽい動きに、嫌悪感が刺激される。

 俺は顔をしかめながら新たな矢を番え、フルゥクリパの頭部に見える場所を狙う。

 上半身には黄金の実がないと、オゥアマトが言っていたので、攻撃を躊躇う理由はない。


「ふぅ……」


 軽く息を吐きながら、腹の奥底の裏にある魔力の塊を意識する。

 その塊を少し解き、細い糸のような魔力を腹から腕、腕から指、指から矢の先へと送り込んでいく。

 イメージの力で、矢の先に集めた魔力を変換して、鏃を赤熱化させた。

 エルフの集落での練習のお陰で、秒に満たない速度で魔法が発動できている。

 その出来栄えに自分で満足しながら、矢を放った。 

 赤い飛跡を残して飛んだ矢は、当たり前のようなあっけなさで、フルゥクリパの頭部に突き刺さる。そして、鏃を中心とした火柱が上がった。


「ゾル、ゾゾゾルルゾゾ!」


 驚きか焦りに聞こえる鳴き声を上げ、フルゥクリパは頭を横に振る。

 けど、赤熱化した鏃から引火した炎は、それで払えるほど甘くない。

 苦しみもだえるフルゥクリパの頭が、段々と延焼し、炭化する範囲も増えていく。

 このまま頭から首、そして上半身まで燃え尽きてくれれば楽だ。けど、何事もそう思い通りにはいかない。

 フルゥクリパの燃えている頭が、見えない誰かに切り落とされたかのように、唐突に地面に落ちた。

 どういうことだろうと、フルゥクリパの首の断面に目を向ける。

 燃えていない太い蔓が、首に巻き付いて、燃えている部分を潰し切ったようだった。

 トカゲの尻尾切りのような機能があるんだなって、少し感心してしまう。

 観察していると、それだけじゃないことに気づく。

 フルゥクリパの体から、樹液のようなものが外に染み出し、全体を覆い始めたのだ。

 そして潤った足で、まだ燃えている頭を踏みつぶして消火してみせる。

 火を踏んだ足に焦げ跡がない点を見るに、あれは難燃性の体液なんだろうな。

 どれほどの耐火性があるか、断面を見せる首に、赤熱化させた矢を放って確かめてみた。


「ゾル、ゾゾルル」


 首に刺さった矢から火柱があがると、フルゥクリパは頭がなくなったのに鳴き声を上げる。

 苦しげだけど、燃えているのは矢が刺さった場所の、すぐ近くだけだ。そして燃えている部分も、すぐに切り離されてしまった。

 火矢では、これ以上有効打は望めないか。

 俺は一度木の陰に隠れると、弓を体に斜め掛けにすることにした。

 そしてすぐに鉈を抜きながら跳び出て、こちらからフルゥクリパに近づいていく。


「ゾルゾ、ゾゾルル」


 獲物が近づいてきたことを喜ぶような鳴き声を上げて、フルゥクリパは細い蔓を素早く伸ばしてくる。

 俺は迫る蔓を斬り払いながら、どこまで細い蔓が伸びるか確かめるため、徐々に後退していく。


「よっ、はっと。どうやら、ここが伸びる限界だね」


 俺が構えを解いて挑発しても、フルゥクリパの多数ある細い蔓は、それ以上伸びてこない。

 ざっと長さを見ると、フルゥクリパの全長分だけ、細い蔓を体から伸ばすことができるようだ。

 こうして安全圏が分かれば、対応もしやすくなる。


「オゥアマト、よろしく!」


 俺が大声を上げて跳び退ると、待ってましたとばかりに大きな石が飛んでくる。

 石は見事に命中し、俺に向けて伸ばしていた細い蔓を、まとめて何本も千切り飛ばした。

 けど投石は一発だけじゃない。次々に飛んでくる。

 その度に、細い蔓は千切れ、太い蔓も抉られていく。


「ゾゾ、ゾルルルル」


 手痛い投石を受けて、フルゥクリパは細い蔓を太い蔓の内側に仕舞い込み始めた。

 予想通りだけど、対策はある。

 俺は六方手裏剣を一枚取り出すと、オゥアマトが狙いやすいであろう位置にある、フルゥクリパの果物に投げつけた。

 手裏剣が刺さると、反射的にだろう、細い蔓がまとめて飛び出てくる。

 そこでオゥアマトとの投石がやってきて、果物ごと蔓を叩き潰した。

 このフルゥクリパの習性を利用する方法で、さらに細い蔓の数を減らしていく。

 潰れる果物や野菜がもったいないけど、今回俺たちが狙っているのは黄金の実だ。それ以外はオマケでしかないと、心を鬼にして犠牲にしていく。

 そうした攻撃を続けていると、フルゥクリパの体に変化が生まれ始めた。


「ゾゾゾゾ、ルルルルル」


 体を形作っていた太い蔓の結束が弱まり、解け始めたのだ。

 嫌な予感がして、咄嗟に近くにある木の陰に隠れる。

 すると、バットを力強く振り回したような音がした。

 はっとして振り返る。振るわれた人の体のように太い蔓が、俺が隠れた木に衝突する間近だった。

 それを目にして、慌てて地面に伏せた。

 平手打ちを何倍にもしたような音がすぐにきて、木が悲鳴を上げながら破断する軋みが聞こえた。

 この木の陰に居続けるのはまずいと直感して、走って別の木の陰へ向かう。

 その最中にチラリと後ろを向くと、フルゥクリパが半ばまで幹が抉れた木を、太い蔓で握り潰す場面が目に入った。

 馬鹿力に驚愕すると共に、フルゥクリパの体の奥に光るものが見えた。

 結束が緩んだ蔓の向こう、動物でいうと骨盤の中にあたる位置に、黄金の実がある。

 急いで立ち止まり、弓矢を構えて狙いをつける。

 それと同時に、フルゥクリパの太い蔓が、またこちらに振るわれてきた。

 前兆は見えていたから、避けることはできた。けど、矢を放つことはできなかった。

 諦めずに、避け切ってから、黄金の実をもう一度狙う。

 するとこちらの狙いを見透かしたのか、フルゥクリパは体の向きを変えて、黄金の実を狙えないようにしてきた。

 俺は歯噛みして、ここは逃げに徹するべきと決断した。


「ゾ、ゾゾゾル、ゾルゾゾルル」

「ちっ、細い蔓よりも、伸びるのか!」


 舌打ちしつつ、どうにか安全圏まで下がろうと、俺は必死になって避けていく。

 蔓という丸太のように太い鞭で、周囲の木や地面が抉り取られるのが目に入ると、一発たりとも体で受けたら駄目だと背筋に寒さが走る。

 なり振り構っていられないので、体に攻撃用魔法の水を纏わせ、そのアシストの力で一気に距離を離した。

 そこでまた、フルゥクリパの動きが変わった。


「ゾ、ゾゾゾゾルルル」


 数本の木に、太い蔓を引っ掛けていく。

 俺が行動を不思議に思っていると、なぜかフルゥクリパがすごい速さで前に進み出した。

 ――くそっ。木をアンカーにして、自分の体を引っ張っているのか!

 直線的に逃げると追いつかれるかもしれないと、じぐざぐに森の中を逃げる。

 けど、俺が逃げる後を追うように、フルゥクリパは蔓を巧みに木に巻き付けて追ってきた。

 大質量の体を素早く移動させ、移動途中にある細木や朽ち木などを吹き飛ばしながらの猛追だ。


「ゾ、ゾゾゾルルル」


 鳴き声を上げながら追ってくるフルゥクリパの体は、移動に太い蔓を何本も伸ばしているので、かなりスカスカな状態になっている。

 それこそ、前を走る俺でも、黄金の実が蔓の隙間から見えるほどだ。


「でも逃げ続けないといけないから、黄金の実を矢で狙ってなんていられないじゃないか!」


 内心の焦りを口に出して、少しでも自分を落ち着かせようと試みる。

 その甲斐あって、事態を打開する方策を練るため、頭が動き始めた。

 エルフの集落で魔法を学んできたんだ。この状況にあって使える魔法の一つや二つ、身についているはずだ。

 悩んで考えている俺の耳に、唐突にオゥアマトの笑い声が入ってきた。


「ははははっ。ようやく追いついたぞ!」


 声がした方に目を向けると、空中を飛びながら鉈を振り上げているオゥアマトの姿があった。

 向かう先には、木に巻き付いて伸びきった、フルゥクリパの太い蔓がある。


「しぃぃああああああああ!」


 オゥアマトが叫び、鉈を力強く振り下ろす。この一撃で、木を掴む蔓は半ばまで断たれた。

 思わず惜しいと思ったが、それは俺の杞憂だった。

 半分千切れた蔓では、引っ張っている自重を支えきれなかったようで、すぐに千切れてしまったのだ。


「ゾ、ゾルル、ルル――」


 高速移動する支えを一つ失ったことで、フルゥクリパは態勢を崩し、地面の上を転がった。

 危ない場面を助けられ、俺はオゥアマトに近寄る。


「ありがとう、いい援護だったよ」

「礼は受け取ろう。だがな友よ。一人でやろうとせず、こちらを当てにしてくれてもいいのだぞ?」


 ついオゥアマトの存在を忘れかけていたので、俺は指摘に耳が痛い思いをした。

 そして、あの狼の存在も忘れていたと、周囲に顔を向ける。

 見つけた狼は、倒れたフルゥクリパに飛びかかっては跳び退きを繰り返しいる。どうやら残っている細い蔓を、牙で噛み千切り続けているようだ。太い蔓にも歯形はあるが、噛みきれないので狙いを変えたに違いない。

 その姿を見て、俺には仲間がいるんだったと、もう一度強く実感した。


「ふぅ……。じゃあ、オゥアマトとあの狼にも、働いてもらうとしようかな」

「なんだ友よ、いい方策が思い浮かんだのか?」

「まあね。『餅は餅屋』に任せればいいってね」

「?? なんと言ったのだ?」


 つい日本語を口に出してしまい、オゥアマトに首を傾げられてしまった。

 何でもないと身振りすると、立ち上がったフルゥクリパから逃げてきた狼が戻ってくる。

 俺はオゥアマトと狼に作戦を伝えると、それぞれが離れた位置に移動して、再び高速移動を開始したフルゥクリパを迎え撃つことにしたのだった。

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