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百九十三話 蔓の魔物――フルゥクリパ

 収穫物を手と籠にエルフの集落に戻ってみると、早速アリクさんがお出迎えしてくれた。隣には当たり前の顔で、アガックルもいる。

 アリクさんは嬉しそうな顔で、俺たちに近寄る。


「やあやあ、待っていたよ。その様子だと無事に――うん??」


 俺たちが抱える野菜や果物を一通り見て、アリクさんは首を傾げた。


「あれ? 黄金の実は? もしかして食べちゃった??」


 楽しみにしていたお菓子がなくなっていた子供のような顔で、アリクさんはすがってくる。

 俺は苦笑いしつつ、蔓の魔物と出会ってからの顛末を語った。


「――というわけで、これは拾い物です」

「ああ、なるほどね。ちょうど大物を捕食する場面に会ったのか。それなら、黄金の実がないのにも納得だね」


 そう言ってはいるけど、でもまだどこか不満そうな気配がある。

 それほどアリクさんは、黄金の実を楽しみにしていたということなんだろうな。


「なんだかごめんなさい。ぬか喜びさせちゃったみたいで」

「ああ、いや、謝らなくていいよ。此方わたしも、こんな結果になるとは思ってなかったし。どうせなら、何が欲しいか言っておくべきだったよね」


 お互いに謝罪しあっていると、アガックルが鼻で笑ってきた。


「ふふん。意気込んで出かけた割に、お使いも満足にできないとはな。ああ、もちろんアリィトイック様に落ち度はありませんよ」


 露骨な差別に、俺は眉尻を吊り上げる。

 こちらの反応を見て、アガックルが何かを言おうと口を開く。その口にすかさず、手にある果物を一つねじ込んでやった。


「ほら、採ってきた美味しい果物ですよ。味わってみてくださいよー」

「もがが――ええい! そんなに押し付けられたのでは、食えないだろうに!」


 アガックルは一歩後ろに下がってから怒鳴ると、俺が押し込んでいた果物を手に取りなおし、一齧りした。

 意外なほど美味しかったのか、目を見開いて、自分の齧り痕に目を向けている。

 俺がその姿を鼻で笑うと、アガックルは口惜しげな顔になりつつ、手の果物をまた齧る。どうやら俺があげたものだと気にならないほど、果物自体は気に入ったみたいだ。

 そんな現金な様子を、アリクさんは見て微笑む。


「あの蔓の魔物――エルフの間で『フルゥクリパ』って呼ばれている魔物から獲れる、野菜と果物は美味しいからね。多くの魔物がその甘い匂いを嗅ぐと、襲わずにはいられなくなるぐらいだし。此方わたしも一時期、フルゥクリパぐらい美味しい野菜を集落内で採れるよう頑張ったんだけど、どれも味がいま一つで諦めちゃったんだよね」


 その試行錯誤の中で、年中収穫できる野菜畑と果物畑が生まれたらしい。

 あれって、エルフたちのために作ったんじゃないんだ。

 ちょっとだけ残念に感じていると、アリクさんが微笑みながら手を叩いた。


「集落にいたんじゃ、滅多に食べられない野菜と果物だからね。みんなにおすそ分けしようじゃないか」

「むぐむぐ。これほど美味なもの、分け与えなければ、皆が不満に思いますから。良い判断だと思います」


 アガックルが同意したように、俺とオゥアマトにも異存はなかった。

 訓練場で仲良くなった人を中心に、野菜や果物を配っていく。


「フルゥクリパから採れたものなら、大歓迎だよ。これ、すごいご馳走なんだ」

「いいものをありがとう。お返しに、野鳥の燻製でも持って行ってくれ」


 そんな風に感謝されながら集落を一回りすると、俺とオゥアマトの簡易籠の中には、肉や卵、そしてハーブを中心とした香辛料が収まっていた。

 集まったものを見て、アリクさんは嬉しそうに提案する。


「それじゃあ、これらでご馳走を作ってもらうとしようよ。これだけあれば、美味しい夕ご飯が期待できそうだ」


 ウキウキとスキップしながら、アリクさんは自分の家がある方へと進んでいく。

 俺とオゥアマトは苦笑いし、アガックルは嘆くように顔の下半分を押さえながら、後ろについていく。

 その道中で、アリクさんが不意に振り返った。


「ああ、そうそう。二人にはまた明日にでも、フルゥクリパを獲ってきてもらうから。次は、黄金の実を持ってきてよー」


 そう念押しする様子から、どれほど楽しみにしていたのかが透けて見えた気がした。

 そこまで望まれ期待されているのならと、俺は次こそはフルゥクリパを倒すと心に決めたのだった。





 朝がきて、昨日の夕食の残りのフルーツのパイや、野菜と籠に使っていたフルゥクリパの根を刻んで入れたスープを食べてから、俺とオゥアマトと狼はまた森へと出かけて行った。

 狙うはフルゥクリパのみ。

 なのだけど、そうそう上手くは行かないもの。

 他の魔物は探さなくても見つかるのに、フルゥクリパだけは発見できない。

 散々に探し回って、ようやく一匹見つけた。

 相変わらず、蔓を鹿か馬の形により合わせたようなシルエットをしている。


「……けど、昨日みた個体より小さくない?」

「一回り――いや、二回りは小さいな」


 小声でささやき合ったように、昨日の個体は大型トラックよりも大きかったのに、すぐ先にいる個体は中型トラックぐらいしかない。

 大きさが減った分だけ、体にある果物や野菜も少なそうにも見えた。


「フルゥクリパの子供かな?」

「いや。昨日のアレが、大物だっただけではないか?」


 どっちの意見があっているにしても、あの個体を逃がす理由にはならない。

 むしろ、大きさが小さい分、俺たちにしてみれば戦いやすいはずだ。


「じゃあ、立てた作戦の通りに、最初は様子見でいくよ」

「まずは、黄金の実がどこにあるか探るのだな」


 俺たちはフルゥクリパや他の魔物に気づかれないようにしながら、後をつけまわして観察していく。

 見る限り、体表にある果物と野菜の中には、黄金色をしているものはない。

 どうやら体内――集まった蔓の内側に、隠しているようだ。

 俺が思うように、黄金の実が急所だとすれば、内側に隠すのは当然なことに思えた。

 目で見て観察する俺の横では、オゥアマトは舌を狼が鼻を使って、匂いから黄金の実のありかを探っている。


「かすかにだが、いままでにに味わったことのないような、『酷く美味しそうな匂い』があるな」


 不思議な響きのある言い回しに、俺は首を傾げた。


「美味しそうなのに、酷いって。それをいうなら、凄くじゃない?」

「言い間違ってはいないぞ。この匂いを直で嗅いだ場合、実に噛みつかずにはいられないだろう。そんな危ない匂いだから、酷い、と表現したのだ」

「ゥオッ」


 オゥアマトの意見に賛成するように、狼は小さく鳴いてみせた。

 人間の鼻には感じられないので、にわかには信じがたい。

 でも、オゥアマトの狼が言っていることが真実だからこそ、他の魔物や動物がフルゥクリパに引き寄せられているんだろうな。

 そんな考察は横に置くとして――


「――それで、黄金の実がありそうなのはどこ?」

「うむむっ、位置の判明が難しい。なんとなく、腹のあたりだとは思うのだが」


 フルゥクリパは中型トラック並みの大きさかつ、鹿っぽいシルエットなので、腹と表現できる部位はかなり広い。

 でも、明確な場所が分からなくても、黄金の実がない場所が分かる。


「胸元から上と、お尻から下には、黄金の実はなさそうなんだね?」

「うむっ、それは保証しよう。あるのは、あの腹のどこかであるとな」


 オゥアマトの言葉に、俺は十分だと頷く。


「なら、黄金の実がない場所を重点的に狙って、蔓を排除していこう。体を作る蔓の量が減れば、その分だけ黄金の実が露出するはずだし」

「ではそうするとしよう。小さめの相手とはいえ、強敵には変わりなさそうだからな。この鉈を振るうのに、ためらいはいらない」


 オゥアマトは俺があげた鉈を抜き、誇らしげに掲げる。

 お気に入りなのはわかったからと落ち着かせた。

 その後で、戦うのに適した位置に到着するまでフルゥクリパを泳がせ、俺たちはその後についていったのだった。


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