百九十二話 怪獣決戦
オゥアマトと作戦を決め、蔓の巨大な魔物と戦っていく。
まず俺たちは、周囲の気配に気を配りながら、森の中を分かれて進むことにした。
遠巻きに蔓の魔物を挟む形に布陣すると、まずオゥアマト側が行動を起こす。
森の中に転がっていたであろう、人の腕ほどの大きさがある石が、空中を飛んでくる。
その石は見事なまでに、魔物の頭部に命中した。
蔓自体はさほど強度がないのか、千切れた破片が空中を舞っている。
蔓の魔物は衝撃に顔を横に向けていたが、すぐに石が飛んできた方向に顔を向けた。
「ゾル、ゾゾゾルル」
蔓をこすり合わせたような異質な声が上がり、体の各所から細めの蔓が外へと伸び出てきて、空中に蠢き始める。
何かを探しているような動きをする蔓を見るに、どうやら捕食腕と同時に感覚器にもなっているようだ。
それにしても、あの触手を生やした海洋生物のような姿は、前世のゲームか映画で見た、クリーチャーに寄生された動物を思い出す。正直少し気持ち悪い。
けど、オゥアマトのいる方へと動き出したので、嫌悪感を抱いてばかりもいられなくなった。
俺は弓を手に取ると、番えた矢を蔓の魔物へと射ち出した。
太い蔓に当たったが、魔物の動きは変わらない。
ならと、次の矢で細い蔓を射抜いてみた。すると、その蔓は激しく動き始めた。たぶん、攻撃した相手を探しているんだろう。
その反応を見てから、次は魔物の体に生った果物を狙う。
洋梨に似た果物に矢が当たった瞬間、その周囲にある細い蔓が翻り、矢を瞬く間に絡めとった。けど、食べられるものではないと判断したのか、すぐに空中に放り投げている。
ここでようやく、魔物の動きが変わる。歩みを止めて、顔を左右に何度も向け始めた。そして方向転換し、こちらにゆっくりと近づいてくる。
ここまでの蔓の魔物の動きを見て、分かった特徴は三つ。
太い蔓の触覚は鈍い。
逆に、細い蔓と果物の部分は鋭敏そうだ。
そして判断の遅さから、大して頭は良くない。
「頭が悪い魔物なら、やりやすいな」
観察の一環で、わざと小声を出し、蔓の魔物反応を伺う。
聴覚器官も細い蔓が担っているのか、いくつかの蔓がこちらに先端を向けてきた。
けど、俺がじっと音を立てないでいると、再び獲物を探すように揺れ始める。
どうやら、聴覚自体はさほど優秀ではないみたいだな。
そんな判断を下していると、オゥアマトがいる方から、再び大きな石が飛来して魔物に当たった。
「ゾルゾ、ゾルル」
投石で細い蔓を何本か吹き飛ばされたからか、蔓の魔物は声を上げてすぐに反転する。そして狙いを、俺からオゥアマトに変えたようだった。
ならと、俺は弓矢で果物を何個か射抜いてみた。
すると魔物はまた反転し、こちらに狙いを変える。
これは頭が悪いというよりも、刺激で反射的に動く機械のようなものなんじゃないか。
この特性を逆手に取れば、楽に戦えるんじゃないだろうか。
そう予想しかけて、周囲に気になる気配を察知して、さっと木の陰に隠れる。
オゥアマトも俺と同じ気配を察知したのか、投石を止めて、どこかに大人しくしているようだ。
少しすると、感覚が鈍い蔓の魔物も異常に気付いたのだろう、こちらに来る足を止めて別の方向へ顔を向けている。
それからすぐに、地面を伝わって、重たい足音が聞こえてきた。
そっと顔を出して覗くと、羽のない竜が蔓の魔物へと突進していく姿が見えた。
「グギシャアアアア!」
「ゾ、ゾルル、ゾゾルル」
大型の魔物たちはお互いに声を上げると、体当たりをしかけあった。
蔓の魔物の方が重量が上だったのか、竜が弾き飛ばされる。
しかしダメージは無いようで、すぐに大きな口を開けて噛みつきにいく。
「グルギィシャアアア!」
鋭い牙で齧られて、蔓の魔物の首元がごっそりと抉り取られる。動物だったら、これは致命傷だ。
「ゾル、ッゾゾゾゾ」
しかし蔓が集まってできた魔物だからか、傷口から緑色の汁を滴らせながらも生きている。
それどころか、傷口部分の蔓が蠢き、空いた空間を埋めていく。
そんな怪我の治療をする最中に、蔓の魔物は竜に攻撃を仕掛けていた。
「ゾゾゾルル」
まずは体当たり。そして、よろめいた竜の上に伸し掛かる。
すると、体の下面から無数の細い蔓が伸びてきて、竜に絡みつき始めた。
そのことに竜は、忌々しげに鳴く。
「グルギィイイイ!」
それと同時に、体を振りつつ噛みついて、体に纏わりつく蔓を排除していく。
だけど、続いて蔓の魔物から太い蔓が伸びてくると、排除が難しくなったようだ。
「グギィ、ウグギギシャ!!」
「ゾゾゾルルゾルゾゾルルル」
暴れて外そうとする竜と、絡みつき取り込もうとする蔓の魔物。
二匹が暴れまわる余波で、蔓の魔物の果物が潰れでもしたのか、周囲にほの甘い匂いが漂っている。
思わず吸い寄せられそうな美味しそうな匂いだけど、巨大な魔物が争っていると分かっているのか、野生動物どころか他の魔物が近づいてくる気配はない。
他の存在を気にしなくてもよさそうなので、戦いをじっくり観戦することにした。
少し時間が経つと、蔓の魔物が竜の顔を覆いつくして窒息死させることで、決着がついたようだ。
戦いを制した蔓の魔物は、全身の蔓を解くように伸ばし、竜を丸ごと覆い隠していく。
その際に、これまで取り込んできた動物のものらしき白骨片と、多数の野菜や果物が零れ落ちて地面に降っていく。その中には、まだ羽がついている鷲っぽい鳥の姿もあった。
竜を覆いつくした蔓の魔物は、覆った状態で動き始める。どうやら竜の死体を、無理やり蔓で動かしているみたいだ。
だからより動かしやすい形にするためだろう、次第に全体のシルエットが竜の造形に近づいていく。
きっと安全なところまで運んでから、じっくりと血肉を吸収するんだろうな。
そんな観測をしていたところ、こちらに近づいてくる気配が二つ。
弓矢を構えようとして、感じ慣れた気配だと悟り、警戒を解いて待つことにした。
ほどなくして、オゥアマトが狼を連れた姿を現した。
作戦にないことに、俺は首を傾げる。
「どうしてこっちに?」
「いやなに。いまの戦いを見てえた情報から、作戦を新たに練るために合流したのだ」
たしかに、蔓の魔物の特徴を集めながら戦っていたときより、二大怪獣決戦を見て得た情報をもとに、新しく作戦を立てたほうが効率的だろう。
「でもさ、あの蔓の魔物って、どうやったら倒せると思う?」
「切り刻む以外に、対処が思い浮かばないな。そも、急所になりそうな部位は見えなかったぞ」
「だよな。竜を取り込んだ場面を思い出すと、完全に蔓だけの体だったよなぁ」
となると、魔法で全身をこんがり焼くしか、方法はないんじゃないだろうか。
でもそうしてしまうと、蔓の魔物から果物や野菜を取ることはできない。
アリクさんが俺たちに、この魔物を獲ってくるよう言ったからには、丸焼き以外に方法があるはずだよなぁ。
考え込みつつ、蔓の魔物に顔を向ける。
そのとき、ふいに気になるものが目に入った。
死んだ竜を覆いつくす蔓の間に、黄金色が見えたのだ。
よくよく目を凝らすと、遠目でも人間ほども大きさがありそうな、リンゴっぽい金色の果物だ。
蔓の魔物が体につけていた多くの野菜や果物が、竜を取り込む際に地面に落ちたのに、あの金色の果物だけは太い幹で蔓に繋がっている。
もしかしたら、あれが急所だったりするか?
追って矢を射かけてみようかなと考えかけたとき、すぐ近くで何かを齧る音が聞こえた。
顔を向けると、オゥアマトが洋梨っぽい果物に噛みついているところだった。
「これ美味いぞ友よ」
「……それ、どうしたの?」
「どうしたもなにも、先ほどの魔物が地面にばら撒いた一つだぞ?」
オゥアマトが指す方を見ると、大量の野菜と果物が地面に散らばっていた。
蔓の魔物から落ちた際に砕けた物もあるが、無事に形を保っているものもある。
それらを見て、はっと気が付いた。
「……あれ持って帰れば、蔓の魔物を倒す必要がないんじゃない?」
「むむっ、そう言われてみればそうだな。竜を取り込んだあの蔓の魔物には、もう野菜や果物は大して残ってなかった。今から倒しに向かうより、あの野菜を拾い集めるほうが収穫がよさそうだな」
俺たちはお互いに顔を見合わせると、いつ他の魔物や野生動物がやってくるかわからないと、大慌てで野菜と果物の確保に向かった。
両手で抱えきれる量じゃないので、竜との戦いで蔓の魔物から千切れた細い蔓を大急ぎで荒く編んで籠を作り、その中に放りこんでいく。
しばらく回収作業し、俺とオゥアマトは一杯に入った籠を背負い、両手と腋にも野菜や果物を抱えた格好になる。
まるで野菜泥棒だなと苦笑いしつつ、野菜と果物の匂いで魔物を引き寄せないために、俺たちは一目散にアリクさんが治める領域の森へと駆け出したのだった。