百九十話 アリィトイックからのお願い
俺の魔法の練習は、アリクさんとの一戦以来、模擬戦主体に移った。
エルフの人たちと共に、魔法発動の速さを競ったり、相手がゆっくりと打ち出した魔法を相殺する魔法を放ったりだ。
模擬武器と魔法を併用する訓練もするけど、そっちはオゥアマトとやる方が多い感じになっている。
「どうした、友よ。魔法と武器の片方に、意識が集中しが――うわっぷっ!?」
「指摘ありがとう。でも、ワザとそうしてただけだから、ねッ!?」
「――喋っている最中に、口に水を入れるのは反則ではないか?」
模擬剣同士を打ち合わせつつ、オゥアマトは尻尾、俺は生活用の魔法で手数を増やして攻防を行う。
全力かつ真剣で戦っているので、お互いに気は抜いていない。
けど手加減は必須で全力は出せないし、出会ってから何度も模擬線をしてきた相手だ。ここ最近は戦い慣れてしまって、俺もオゥアマトも緊張感よりも楽しんで戦うようになってきている。
死ぬ心配や大怪我を負う心配もないので、思い切った手を打ってみたり、一見無駄や無意味に思える行動をしてみたりと、相手の意表を突くことに比重をおいている。
それでも、手を変え品を変えて戦っている中で思わぬ発見があったりして、技術向上に役立っていた。
いうなら、スポーツ感覚で戦っているわけだ。
楽し気に戦う俺たちを見て、エルフの人たちの多くはじゃれ合う子供を見つめる大人のような目で、その他はよくやるって呆れ眼だ。
そんなある日、オゥアマトとの模擬戦を終えると、アリクさんがアガックルを横に連れてこちらにきた。
「やあやあ、いつもながら励んでいるようだね」
ニコリと笑うアリクさんを見て、俺は汗を腕でぬぐいながら、顔を上に向けた。
茂った木々で空は大して見えないけど、木漏れ日から太陽の位置を掴むぐらいはできる。
「まだ夕食の時間には、早いと思いますけど?」
「そうだな。あと一・二戦やった後で、ちょうどいいぐらいだろう」
「いやいや、ご飯だって呼びに来たんじゃないから」
アリクさんの言葉に、俺たちは首を傾げる。
「ここ最近、アリクさんが訓練場に顔を出すのって、夕食に呼びにくるときだけだったよな?」
「その通り。もう手取り足取り教える段階は過ぎたからと、僕らに自主練を任せて、日々のんびりしていたと記憶しているが?」
「あははっ、なかなか痛いことを言うね」
アリクさんが苦笑いすると、隣のアガックルが目を怒りで吊り上げた。
「アリィトイック様は集落の長だぞ。貴様らに戦い方を教えていた今までが、特別なことだったのだと自覚しろ!」
言われなくたって分かっているって身振りしてから、ふと思いついたことがあった。
「でもその言い方だと、俺たちが来る前のアリクさんって、集落の中でのんびりする以外に何もしてなかったと聞こえるんだけど?」
俺が指摘すると、アガックルは反射的に口を開いた。
けど言葉を発しないまま、チラリと横目でアリクさんを見て、それから喋り始めた。
「……アリィトイック様は、その存在そのものが尊いお方だ。何をするしないは関係がないことだ」
それって、俺の質問を肯定していないか?
弁明しようとして失敗するだなんて、どうやらアガックルは意外と嘘が下手らしい。真面目そうな性格っぽいから、納得だけどな。
そんなことよりも――
「――それで、アリクさんは俺たちに何か用があってきたんですか?」
「そうそう、その通りなんだ。ちょっと二人には、狩りに行ってきてほしくてね」
意外な要望に、オゥアマトが尋ね返す。
「狩りか? この集落では、食べ物の心配はないだろう?」
「手入れなしで野菜が採れる畑があるから、それはそうなんだけどね。けど、たまには美味しいものが食べたくなるのが、人ってものでしょ?」
「ふむっ。それはたしかに、道理だ」
オゥアマトが神妙に頷く姿に、俺は苦笑する。
「ははっ。話は分かりましたけど、狩りでなにを獲ってくるんですか? 俺たちに声をかけるってことは、集落周辺にいる動物や魔物じゃないんですよね?」
エルフの人たちだって、四六時中集落にいるわけじゃない。
ときたま周辺の森に出かけて、弓矢や魔法で獲物を手に帰ってくる。
なので集落内には、ある程度の肉が蓄えられていて、求めれば分けてくれることだってある。
いわんや、エルフの長であるアリクさんが頼めば、エルフの人たちは喜び勇んで森に狩りに行くような雰囲気すらあったりする。
なのにあえて俺たちに求めるということは、この集落にはない類の獲物に間違いない。
そんな予想をしていると、まさしくその通りの答えが返ってきた。
「獲ってきて欲しいのは、周囲の森じゃなくて、空飛ぶ竜の領域にいる魔物なんだよ」
「……黒蛇族の里からこの集落にくるまで、俺たちは森の中を隠れ進んできたんですけど」
そうしなければいけないほど、強い相手ばかりの場所にいる獲物をとって来いと?
咎める視線を向けれあ、アリクさんはにっこりと笑い返してきた。
「大丈夫、平気だよ。二人とも、ここにきてからずいぶん強くなったから、あの森にいる大抵の魔物なら倒せるって。それに、敵わなさそうだったら逃げ帰ってきていいからさ」
「必ず獲ってこいということでもないのなら。俺は構いませんけど」
言いながら目をオゥアマトに向けると、すでに乗り気でいるようだった。
「なんだか、すごく張り切っているね?」
「ふむんっ。力をつけたこの身が、どこまで通用するか確かめるいい機会だからな」
俺とは違って、オゥアマトは自分の実力が高まったことを疑っていないようだ。それどころか、あの魔物たちに通用すると考えているようでもある。
俺もやると決めたからには、オゥアマトみたいな心構えの方がいいよな。
そう覚悟を決めつつ、もう一度顔を上に向けて、太陽の位置を確かめる。
「今から行くと夜になるかな。ということは、その獲ってきて欲しい獲物って、夜行性なんですか?」
「いや、昼か夜に決まって活動するとかはなかったはずだよ。だから、朝でも昼でも獲れたはずだよ」
「ならなんでいま、その話をしたんですか? 夕食のときにしてもよかったのに」
「いやぁ、伝え忘れる前に言っておかなきゃと思ってね。それに、二人とも狩りに出る準備がいるかもしれないし」
アリクさんが狩りをお願いする立場だからか、こちらを気遣ってくれたらしい。
日ごろお世話になっているので、気にしなくてもいいのにと思いつつ、ちょっとだけ意地悪な質問をしてみる。
「俺たちじゃなくて、アリクさんが自分で取りに行った方が、早いと思いますけどね」
「そうしたいのは山々なんだけどー」
含んだ言い方を、誰に向けているかはすぐに分かった。
なにせ、アガックルが不愉快そうな顔で、こちらに苦み走った言葉をかけてきたからな。
「アリィトイック様が集落を離れ、周囲の森を探索することすら認めがたいのに、遠方の森に行くなど一考する価値すらないことだ」
「って、反対されちゃってねー」
集落の安全を考えれば、最大戦力のアリクさんがすぐに戻ってこれない場所に行かせられないよな。
アリクさんが領域に入ったことで、空飛ぶ竜が怒り出すなんてことも、なくもないかもしれないし。
そう理屈では理解できるけど、正直言えば、アリクさんの意思を無視するようなアガックルの考え方は、いまいち納得しきれない。
けど納得できないことを考えても仕方がないので、狩りについて気にしなければと意識を変える。
「今から狩りの準備を整えていきます。なので、アリクさんには夕食のときに狙う獲物の話をしてもらいますね」
「分かったよ。さて、頼みごとをするんだ。頭金代わりに、夕食は少し豪勢なものを提供するよ」
「作るのは、アリクではなく使用人だろう?」
「なにさ、作るよう指示するのは此方なんだからね」
オゥアマトの言葉にむくれるアリクさんを笑いつつ、そっとアガックルを見る。
アリクさんが狩りに行かなく済んでほっとしているような、俺たちが一時的にも集落から出ていくことを密かに喜んでいるような、少し嬉しげな顔だった。
下り腹と頭痛から、ようやく復調しました。
ご心配をおかけしました。
ぶり返さないぐらいで、執筆を進めていきたいと思います。




