百八十八話 魔法の扱いと危険性
さらに十日経つと、大まかに二種類の属性をどう混ぜ合わせたら、どんな効果が得られるかが分かってきた。
水の比重を多く、火の魔力を混ぜると温水が、風で渦巻く水、土で泥、光で綺麗な水、闇で毒水を出せる。
逆に比重を軽くすると、火で蒸気が、風で電気、光で破裂音、闇で沈音。そして不思議なことに、土では土が出てくるだけになるみたいだった。
さらに言えば、混ぜる比重を変える度に、程度の強さが変わる。
でもまったくの半々だと、属性が失われて魔力に戻るという、変な性質も見つけた。
これらは全て、生活用の魔法の練習から分かったこと。
だけど、ほぼそのまま戦闘用の魔法に、流用できそうな気がして、一度試してみた。
両手に二つの属性の魔力を集めることに慣れたからか、いつの間にか魔塊から抽出した魔力でもできるようになっていた。
「さてっと、むむっ――うわっ!?」
二つの属性を混ぜ合わせようとして、強烈な反発を感じた。無理に混ぜようとすると、両手が左右に弾かれるほどだった。
魔塊からの魔力は、細胞から出る魔力よりも高威力だから、この反応は予想できたことだ。
けど、あまりの反応の違いに、俺は驚いて茫然としてしまう。
もう一度試しながら、二種類の魔力を無理に混ぜようとせず軽く接触させるぐらいで、手から伝わる感触をよく確かめる。
二つの魔力は、回転するコマをぶつけたときのように、近づけると反発してしまう。
それでも接触指せ続ける。するとある瞬間に、歯車が?み合ったような、魔力同士がお互いに混ざり合うような反応が得られた。
それはほんの一瞬の出来事だったけど、これが突破口になると直感する。
何度となく試していき、片方の魔力はしっかり集め、もう片方を薄っすらと集める方法に行きついた。
この二つの魔力を近づけると、少しの反発の後に、しっかりと集めた方にもう一方が自動的に吸収されていく。
そのまま混ぜ合わせたい比率まで吸収させ続ければ、二属性を混ぜた戦闘用の魔法が出来上がるな。
――なんて考えは、楽観的に過ぎた。
吸収させればさせるほど、魔力が不安定になってきた。
なんとなく嫌な予感がして、手にある魔力をすぐに現象化させる。
混ぜていた量が少量だったのが幸いして、手から現れたのは指先ほどの小さな球だ。しかしよく見ると、ボコボコと煮えたぎっている様子が見えた。
それが落ち、地面に生えた雑草に当たる。
その瞬間、草が煮溶けた。
砂糖や塩を入れたように、一瞬にして溶けたのだ。
見た光景が信じられずにいると、俺の横からアリクさんが顔を伸ばして、溶けた雑草に目を向ける。
「おー、限界ギリギリまで混ぜられたようだね。ここまで自力でいっちゃったことを、大いに褒めるよ」
アリクさんは俺の頭を撫でてから、こちらの目をのぞき込んできた。
「やってみたならわかるだろうけど、二種類混ぜる攻撃用の魔法って、かなり危ないでしょ?」
「はい。これを見ると、恐ろしいですね」
煮えたぎる水球がかかったのが、雑草ではなく人の体だったら、あっというまに肉が溶けてしまったことだろう。もしかしたら、骨まで煮崩れてしまっていたかもしれない。
そんな恐ろしいものが、自分の手から出てきたことに、ちょっと血の気が引いてしまう。
怖さを感じていると、アリクさんが慈しむように再び撫でてきた。
「恐ろしさが分かっているのなら、大丈夫だね。あとは、必要なときに躊躇わずに使う覚悟だけ、持っておけばいいよ」
「……てっきり、使うのを禁止されるのかと」
「あははっ、使わせないなんてことしないよ。それはバニーくんが獲得した力だ。その力を活かすも殺すも、君が判断すること。此方がどうこう言うつもりはないさ」
練習を頑張るようにとさらに一撫でして、アリクさんは離れていった。
自分で判断しろと言われて、俺は自分の手を見つめる。そして、いまさらながらに魔法の力の恐ろしさを実感した。
その後で、人間としての道を間違えないように、二属性混合の戦闘用魔法を適切に使うと心に決める。
それでも躊躇わずに使う覚悟は、まだ抱けそうになかった。
その覚悟を固めるためにも、もっとよく魔法のことを知ろうと、練習に没頭するのだった。
また日が過ぎ、水属性に限っては生活用の魔法ならほぼ完ぺきに、攻撃用の魔法は少し把握した。
そのタイミングで、アリクさんから提案がきた。
「バニーくんも、連日魔法の練習ばかりじゃなくて、体を動かしたらどうかな? 此方相手なら、魔法を使いたい放題でいいからさ」
オゥアマトが狼と遊んでいる訓練場を指しながらの、実践練習の申し出だ。
自分の力を確かめるためにも、是非と俺は受けようとする。
けど口に言葉を出す前に、アガックルから待ったがかかった。
「お止めください、アリィトイックさま。お互いに高威力の魔法が使える同士で模擬戦など、万が一があったらどうなさるおつもりなのですか! 貴方の体は、代えがないものなのですよ!」
心配する言葉に、アリクさんは苦笑いを浮かべる。
「あのね、アガックル。君、変なことを言っているって自覚はあるかい?」
「変とは、どこがですか!?」
「此方の体は、此方だけのものだよ。それを人の物のように言わないでくれないかな?」
「そんな!? 貴方が死んでしまったら、この土地はどうなるのです! エルフたちだって苦境に立たされることになるんですよ!」
「なんでそれが此方のせいになるのか、理解に苦しむね。エルフは独立独歩な気風の種族だよ。そうなったらなったで、自分でどうにかするはずだよ。それだけの知識と経験と力を蓄える時間は、ここまででたっぷりあったはずだしね」
二人の言い合いは平行線だ。
俺の心情に近い意見は、以外にもアガックルの方だ。
いうなら、国のトップが命の危険がある行為をしようとしているのだから、周りが止めることは当たり前に思える。
けど、エルフたちがどちらに同意しているか伺う。
「アリィトイックさまが、あの人間の子供に負けるはずがないだろうになぁ」
「でもアリィトイックさまが死んだら悲しいし、空飛ぶ竜が襲ってくるかもしれないことは恐ろしい。しかし、ただそれだけだよな?」
「周囲の森が変化するだろうから、子供の安全は心配になるわね。けど魔物の相手は、大人がどうにかすればいいだけの話ね」
「集落内の畑で野菜が採れなくなるのは痛いな。そう気づけたのだから、アリィトイックさまが生きているうちに、普通の農法を改めて修めてみるか」
練習の手を止めて、アリクさんとアガックルの言い合いの感想を、隣の人と呟いている。
どうやら、アリクさん側の意見に同意する人が多いようだ。
逆に言えば、アガックルの考え方は、エルフたちの価値観にそぐわないみたいだった。
その様子に変な感じを受けていると、アリクさんが俺を手招きする。
「アガックルのことは気にしないで、模擬線をしよう。取り決めはどうする?」
「え、あのー」
いいのかなとアガックルに視線を向けると、なに見ているんだという目で見返されてしまった。
腹を立てる気持ちはわかるけど、それを俺に向けるのは筋違いじゃないだろうか。
少しムッとするが、当てつけにアリクさんと攻撃用魔法で合戦する気はない。
不必要に強力な魔法を向けるほど、俺だってアリクさんのことが嫌いなわけじゃないしね。むしろ好きな人物だし。
「じゃあ取り決めは、魔法は生活用のみで、代わりに模擬武器ありにしましょう」
「それでいいの? アガックルに遠慮しなくたっていいんだよ?」
「いえ。生活用の魔法でも、二種類混合になると結構危ないと気付いたので、まずはそちらを習熟しようかなと。あと情けない話ですけど、攻撃用の魔法を人に向けるには覚悟が足りないので」
アリクさんは納得したように頷き、一つ取り決めを追加してきた。
「じゃあ、危ないと思ったら、防御に限って攻撃用の魔法の仕様は許可ということにしよう。そちらの方が、お互いにより安全だからね」
「分かりました。ではそれで」
ルールが決まったので、俺とアリクさんは小屋に模擬武器を取りに行くことにした。
しかし俺が歩き出した瞬間、アガックルから小声がやってきた。
「こちらを助けた気なら、余計なお世話だ」
俺は振り返り、そんなわけないだろという意味を込めて、口元だけで笑ってやった。
それを受けて、アガックルはギッと睨んできた。しかしそれ以上は何かする気はなさそうだ。
俺は気にすることも馬鹿らしくなり、小屋の手前で手招きするアリクさんへと、駆け寄っていったのだった。