百八十五話 提案と訓練
鍛冶場や工作所などを巡って、集落の案内が一通り終わった。
アリクさんが振り向く。
「だいたいこんな感じだね。どう、なかなかなものでしょ」
胸を張るアリクさんに、俺は頷く。
「そうですね。今まで見てきた町や村の中では、ここが一番発展していて、一番平和ですね」
前世の日本では比べ物にならないけど、本当に今世では随一の集落だ。
俺の下層に、アリクさんは誇らしげな顔をする。
「そうでしょでしょ。なんならバニーくんとオゥトちゃん、ここに移住しちゃう?」
軽い口調での提案に、気色ばんだのはアガックルだ。
「アリィトイック様! エルフ以外の者を、集落に永住させるおつもりですか!!」
「え、ダメなの? 別にここは、エルフのためだけに作ったわけじゃないんだよ??」
「よそ者を受け入れるということは、もともとの住民と移住者の間に軋轢が生まれるということです。諍いが起こる可能性を看過しろというのですか!」
「気にし過ぎじゃない? 第一外の人を敵視しているのは、ここのエルフの中じゃ、君だけだと思うんだけどなぁ……」
アリクさんは首を傾げて、アガックルの意見を受け入れがたく思っているようだ。
二人の言い争いに割って入るわけじゃないけど、俺は移住の提案についての意見を告げる。
「申し訳ないですけど、俺は魔の森を介抱して領地持ちになって、その上でデカイ男になるという目標があります。なので、移住の件は断ろうと思います」
俺に続いて、オゥアマトも言う。
「僕も将来は偉大な戦士として里に戻るか、他の場所の森の主となってみたいのだ。だから提案は断らせてもらう」
俺たちの意見を聞いて、アリクさんは理解した表情を浮かべる。
「そっか。それなら仕方がないね。その目標のために、この集落を明日明後日に出立する気だったりするのかな?」
アリクさんは行って欲しくなさそうな目を、こちらに向けてきた。
その目を受けてではないけど、質問に対して答える。
「俺は魔法を使います。けど独学で身につけただけなので、ここでエルフの誰かに本格的に教えてもらおうかなと考えています」
「それだったら、此方が教えてあげるよ。なんたって、集落随一の魔法の名手だからね。バニーくんの成長に打ってつけだと、自分でも思うぐらいだよ」
嬉しそうにするアリクさんに、オゥアマトも発言する。
「僕もアリクに戦いの指南をしてもらえるのならば、滞在を伸ばすつもりでいる。仮にしてもらえないのならば、友がここを離れるのを待つために、集落の外の森で魔物相手に鍛錬を重ねるつもりでいる」
「ゥオオン!」
狼がオゥアマトの意見に追従するように吠えると、アリクさんはより笑顔になった。
「そんなお願いなら、楽に飲んじゃうよ。でも疲れるだろうから、模擬線は一日一度でいいかな?」
にこにこと安請け合いしたアリクさんに、アガックルが声を荒げる。
「アリィトイック様が、そんなことをする必要など――」
「うん、君はちょっと黙ってて。此方が二人の相手をしたいんだから、口を挟まないでね」
「なっ!? 私は、あなたとこの集落のことを案じて――」
「案じるのは勝手にしなよ、止めないから。けど此方の行動を止める権利は、誰にだってないことを理解しておくべきだと思うかなー」
柔らかい言葉だけど明確な拒否に、アガックルが口を噤む。
少しして、重そうな感じに口を開く。
「では、その者たちに教えている場所に、共に居させてもらいます。それは構いませんね?」
「言ったでしょ、勝手にしなよって。けど、そんなことをして何になるのかな?」
アリクさんが本気で理解できていない顔で問いかけると、アガックルは答えずに軽く頭を下げて去った。
「相変わらず、アガックルってば変な子なんだから……。さて、持って帰ってきた畑の野菜を使って、今日も美味しい料理を作ってもらおうじゃないか」
ほらほらとアリクさんが、俺とオゥアマトの背を押していく。狼もご飯がもらえると分かっているのか、丸まっている尻尾を軽く振りながらついてくる。
俺は押されて前に進みながら、アガックルが去った方へ顔を向ける。
彼の心配する気持ちは分からなくはなかったけど、一人で空回りしているよなって、残念な気分を抱いたのだった。
翌日からお願いした通りに、アリクさんから直々に手ほどきを受けることになった。
場所はあの訓練場の片隅。
オゥアマトが軽く準備運動している横で、アリクさんは俺に魔法の手ほどきを始めている。
「バニーくんは魔法が使えるって言っていたけど、どの魔法?」
「どの? 生活用の魔法と、戦闘用の魔法ですけど?」
俺の答えに、アリクさんははてな顔をした。
これは見せた方が早いなと、二種類の魔法を使う準備をする。
まずは、魔塊を回すことで細胞にある魔産工場を活性化させる。過剰生産された魔力が体から溢れて外に出る。その魔力を使って、拳大の火の球を指先に浮かべた。
アリクさんが見たことを確認して、火の球を消す。
その後で、今度は魔塊を解いて作った魔力を手の先に導き、手のひらから水の球を生む。上へと投げると空中で破裂し、大きな音と水滴を周囲にまき散らした。
魔法を披露し終わり、アリクさんに顔を向ける。
「この二種類なんですけど」
「なるほど、それで生活用と戦闘用か。うんうん、言いえて妙な名づけ方だね」
アリクさんは納得した顔になり、一つの質問をしてきた。
「バニーくんは、単属性の魔法しか使えないのかな? 水に光を与えて浄化の水を作ったり、水に闇を加えて毒の水を作ったりとかできない?」
「やったことはないですね。二つ以上の属性を混ぜて使うのは、難しいって聞いたことがあるので」
教育係だったテッドリィさんが、そんなことを言っていたので、あえて挑戦しようとは思わなかったからだ。
するとアリクさんは、指を俺につきつけてきた。
「じゃあまずバニーくんは、生活用の魔法ってので、二種類以上の属性を混ぜるところからやってみて」
それじゃと、オゥアマトの方に行こうとするので呼び止めた。
「あの、どうやるとか教えてくれないんですか?」
「なにごとも、まずは挑戦から。人に教わるのはその後でだよ。失敗してみないことには、何が分かっていないかわからないし、間違った方法からの発見だてあるからね」
頑張ってと手を振って、準備運動が終わったオゥアマトの方へ行ってしまった。
仕方がないので、俺は生活用の魔法で二つの属性を混ぜようと、悩みながら試みていく。
しかしこれが、なかなかに難しい。
細胞から出る魔力を集めて使うのだけど、いまの俺では一つの属性にしか変えられなかったのだ。
集めた魔力を少量変化させようとしても、一気にすべてが属性変化を起こしてしまう。
途中で変化を止めようとしても、それは無理だった。
なら一つに集めるのが問題だから、魔力を右手と左手に分けて、それぞれ別の属性にするところから始めることにした。
けどこれもまた難しい。
例えば、空中に右手で四角を左手に三角を書くように動かすと、どちらかの図形がもう一方に引っ張られてしまうことがある。
それと同じことが、魔法の発動にも言えたのだ。
右手で水を出そうと意識すると、左手の魔力も水になってしまう。左手を意識すれば、今度は右手。平均的に意識を向けようとすると、発動すらしない。
難しいなと思っていると、どっかんどっかんと音が聞こえてきた。
顔を音のする方へ向けると、オゥアマトとアリクさんが戦っていた。
オゥアマトは木製の武器を使っているが、アリクさんは素手だ。
けど、アリクさんは魔法を使っている。
「ほらほら、どうしたの。そんな実力じゃ、森の主の中でも弱い魔物しか倒せないよ」
「ぐぬっ、まだまだ!」
オゥアマトが四肢と尻尾に力を漲らせて、物凄い速さで襲い掛かる。
けどアリクさんは冷静に指鉄砲を向け、そこから野球ボール大の水の球を発射した。
オゥアマトは横に避けたが、そこに次から次へと水の球が飛来する。
「ぐぬっぬっ、くのおおぉ!」
避けきれないと悟った顔で、オゥアマトは模擬武器を振るって水の球を撃ち落とそうとする。
けど、切り裂かれた球が破裂して、周囲に水と衝撃波をまき散らした。
オゥアマトは至近でそれらを食らってしまい、体勢が大きく崩れる。
そこに、アリクさんが指先から連続して水の球を発射した。
マシンガンでばら撒いているかのような数と速さに、俺は思わず目を丸くする。
単一属性の魔法は俺も使えるけど、あんな速さで次々と打ち出すなんてことはできない。
驚き固まっている俺の視線の先では、オゥアマトが水の球に滅多打ちにされていた。
少しして、ずぶ濡れになったオゥアマトが、地面に膝をつく。
「さ、さ、寒い……う、動けない……」
オゥアマトはカタカタと歯を鳴らし、濡れた体を手で拭い擦って、少しでも体温を上げようとしている。
どうやら水の球の威力は調整されていたようで、大した怪我は負っていないようだった。
悠々とした歩みで、アリクさんがオゥアマトの前にたち、額に指をつけた。
「これで此方の勝ちってことでいいよね?」
「ガチガチ……今回は、僕の、負けだ……」
「うんうん、素直に負けを認めて偉い偉い。じゃあご褒美に、温めてあげよう」
アリクさんはチラッとこちらを見てから、オゥアマトに手を向け、そこから風を出した。
みるみるとオゥアマトの体を乾かす風が、こちらにもかすかにやってくる。
風が温かい。
アリクさんはどうやら、風と火の属性を混ぜた魔法で、オゥアマトに温風を浴びせているようだ。
そして、属性を混ぜることが可能だという例を、俺に見せるつもでもあったようだ。
それを見て、俺の負けず嫌いの性格に火が付いた。
今日中に、温風の魔法を使えるようになってやる。
そう決意して、火と風の属性を混ぜた魔法を使おうと、試行錯誤していったのだった。。




