百八十四話 エルフ集落の日常風景
アリクさんの家に泊めてもらった翌日、エルフの集落を見て回ることになった。
もちろん、道案内はアリクさんがしてくれる。
当初は俺たちだけで行くはずだったのだけど――
「おはようございます、アリィトイック様。本日も、お傍に仕えさせていただきます」
「アガックルも飽きないね。他の人たちは、自分の興味のあることを追求しているんだからさ、君もそうしたらいいのに」
「そうは参りません。特に昨日からは、よそ者が来ているのですから。御身を案じることの何が変なのでしょう」
「語弊のある言葉だなぁ。ほんと、人のことを気にするなんて、君は一風変わったエルフだよね」
――アリクさんが折れて、アガックルも同行することになった。
彼は俺たちを警戒しているようで、剣と鎧をつけた状態で、アリクさんの横を歩いている。
暴れる気なんてないのになと思いながら、アガックルの鎧や剣に目をやった。
上半身を覆う鎧は、獣か魔物の革でできているみたいだ。どうやって染めたのか、深緑色をしている。
腰に帯びた細身の剣は、柄と鞘に綺麗な装飾がされていて、壁に飾ったら映えそうな外見だ。
鎧はともかく、剣とアガックルの細身の体からは、荒事に向いていそうな雰囲気はない。
昨日、エルフは魔法の名手って話を聞いたし。きっと、魔法が主体で、剣は補助なんだろうな。
そう結論付けて、視線を集落の様子に向けなおす。
ログハウス風の家々にあるテラスで、エルフたちがのんびりとしている。
ある人はギターのようなものを弦を爪弾いていて、またある少年は指先に火を灯す魔法の練習中。
人が集まってお菓子作りをしていたり、差し向かいでチェスのようなものをしていたり、安楽椅子で寝ていたりもしている。
平和すぎる光景に、ここが森の中にある集落だとは思えなくなる。
のんびり過ごすエルフたちは、こちらを見つけると、軽く頭を下げて挨拶する。けど、近寄ってきたり、話しかけたりはしてこないようだ。
俺とオゥアマト、そして狼の魔物を警戒しているのだろうか。
疑問を抱いていると、アリクさんが察したかのように話しかけてきた。
「エルフってね、個人主義的な性格な人が多いんだ。自分は自分、他人は他人ってね。その上、興味ある事にのめり込む性質だから、傍目にはそっけない態度に見えるんだよね」
「人見知りじゃないと?」
「むしろ人懐っこい性格だと思うよ。話しかければ、友好的な反応が返ってくるしね。その人が得意な分野を質問すれば、懇切丁寧に惜しげもなく教えてくれるほどだね」
「初対面な俺にも、教えてくれるんですか?」
「もちろん。人は考え方がそれぞれ違うんだから、知識は共有しそれぞれが深く考えてこそ、新たな発展があるものさ」
そういうことなら、あとで鍛冶魔法や戦闘用の魔法が得意な人に、色々と聞いてみようかな。
楽しみが一つ増えた。
エルフの生活を眺めていて、疑問を一つ抱いた。
「趣味的に日常を過ごしているなら、どうやって食べ物を得ているんですか?」
「もちろん、畑からだよ。けど、人間社会にあるような畑とは、ちょっと違うんだ」
調度いいからと、アリクさんは俺たちをエルフの畑に案内してくれた。
ついてみると、そこにあったのは草だらけの広い土地だった。
「……ここが畑ですか?」
「その通り。ちょっとそこの草を引き抜いてみて」
アリクさんが指した草を掴み、ぐっと引っ張る。
すると土の下から、ニンジンに似た野菜が現れた。
「そのほかの草も抜いてみて」
アリクさんの許しがあるからと、次々に引き抜いていく。
里芋っぽいもの、カブや大根に似たもの、自然薯のようなものさえ取れた。
よくよく見れば、草の間にピーマンやトマトっぽい実が、根本の当たりにカボチャやスイカっぽい野菜が見える。
なるほど、草だらけだけど、ちゃんと畑だ。
「けど、畑なのにどうして草だらけで、こんなに色々な種類が植わっているんですか?」
「ううん、エルフが植えているんじゃないんだよ。ここら一帯には自然と野菜が生えてくるんだよ。そういう風に、土地を此方が弄ったからね」
森の主の力を、こういう風に使ったのか。
なるほど、たしかにこんな畑があるなら、畑仕事はいらないな。
そう感心していると、アリクさんは別の方向を指す。
「集落内にあるあの林は、全部果物が採れるようにしてあるよ。ちなみに、この畑もあちらの果物林も、一年中採れるようにしてあるよ」
「……なんだか、森の主の力を無駄にしている気がするんですけど?」
「だって自分と森の改造に、森の主の力をほとんど使わずに済んじゃったんだもの。持ち腐れ状態にするぐらいなら、同胞のために使ったほうがいいでしょ?」
それもそうだなと納得して、もしも自分が森の主になった場合の参考にさせてもらうことにした。
傍らのオゥアマトも、腕組みして考え込んでいる。きっと、自分が森の主になった場合、どう力を使うか悩んでいるんだろうな。
「さて、畑の案内はここまでにして、次はエルフの訓練場に行こうか」
アリクさんが歩き出したので、俺たちもついていく。
ちなみに引き抜いた野菜たちは、この日の食事に使うというので、抱え持って移動することにしたのだった。
エルフの訓練場についた。
集落を囲う木の壁間際にある、少し広めの運動場だ。
訓練用の武器を納めているであろう小屋と、懸垂棒や登り棒などの体を鍛える器具、そして武器を当てる目標となる木の人形が置いてあった。
運動場の周りを走る人。器具で体を鍛えている人。武器を扱う訓練をしている人がいる。
運動している年齢はバラバラだけど、ぱっと見で若い人が多い気がする。
人形相手に武器の訓練をしている人は、特に若い見た目をしていた。
弓で木人を狙って射ていている人たちをよく見ると、少し年上の人が年下に矢の放ち方を教えている。
「最初は、もっと大きい動きで弓を引くんだ。狙う際には、親指を頬につけるように保持し、矢の先が目標に合っているか確認するんだ」
「風を読むのは、矢を放つ数をこなさないと身につかない。逆に言えば、矢を放ち続ければ、いつしか身につく」
そうやって少し教えて、実際にやらせる。
それこそ教わった人が、当たらないからまた教えてと泣きついてくるまで放置だ。
その間、教えていた人は自分の技術向上に邁進している。
早打ちや曲射、二本の矢を別々に放ち同時に着弾させるなんて、曲芸じみたことをしていた。
弓の調子が不満なのか、削ったり何かを塗って調整している人もいたりする。
この光景を見て、個人主義で凝り性だというエルフの気質がよくわかった。
あと、放任主義的な部分もありそうだ。
この光景を見て、同じ森に住む種族でも違うなと、少し感慨深くなる。
黒蛇族が子供に過酷な訓練を課して成長を促し、エルフは自分の成長を第一に考えて後進の成長もその人任せ。
どちらが良いかは、それぞれ別の種族なので、論じるだけ無駄だと思う。
けど、俺が将来領地持ちになったとき、人間の気質を考えて、教育の比重をどちらに置くかを考える材料にはなる。
考え事をしながら訓練場を見ていると、ある一人の若いエルフがこちらに近寄ってきた。
「アリィトイック様。また、魔法を教えてください!」
「お、君は、アゥマリのとこの子だったね。どんな魔法を教えて欲しいんだい?」
「竜を倒すようなのがいい!」
「うーん。君の実力じゃ、その魔法はまだ早いかな。先に、木人を壊せるぐらいの魔法を教えてあげるよ。それができてから、またお願いにきてね」
「分かった! ぱぱっとできるようになって、強い魔法を教えてもらう!」
アリクさんは俺たちに離れるという身振りをして、その子と訓練場に向かった。
どんな魔法を教える気なんだろうと思って見ていたけど、アガックルに邪魔をされた。
「おい、貴様ら。アリィトイック様がいない間に、忠告をしておいてやる」
いるときにだって言えばいいのにと思いながら、要件を聞いてあげることにした。
「忠告って、なんだよ?」
「アリィトイック様が、貴様らに気安いからといって、他のエルフもそうだとは思わないことだ。あの方は、エルフの中では風変りな人だからな」
人によって対応が違うなんて、当たり前のことを言われも、反応に困るんだけど。
それに風変りというなら――
「――自分第一主義のエルフにしては、アガックルって人のことを気にしすぎだと思うけど?」
「そうだな。森人にしては細かい奴な上に、無駄に偉そうだ」
オゥアマトに言われてはおしまいだなと思っていると、アガックルの顔が赤くなっていた。
恥じてではなく、怒りでだろう。
「貴様らにエルフの何がわかるんだ。この集落で平和に暮らせるのは、アリィトイック様のお力があるからこそだ。もし失ってしまえば、平和ボケしたエルフはその瞬間に滅んでしまうのかもしれないんだ!」
この言葉を聞いて、アガックルもエルフの一人なんだと理解した。
きっとアガックルは政治とか学問とかを修めた人なんだ。それも凝り性な気質を発揮して、かなり深く学んだに違いない。
その知識とエルフの現状を照らし合わせて、危機感を抱いているんだろうな。
アリクさんに付きまとうのも、最大戦力が消えて、自分を含めたエルフ全体が危機に陥らないように見張るためだろう。
なんというか、エルフの個人主義が悪い方向に発揮された、典型のような人だな。
個人的に好きになれそうにないので、話を切り上げることにした。
「俺らは、アリクさんとエルフに何かしようという気はない。警戒するだけ損だと思うよ」
「僕らは客人として、森人にもてなされている。ならば客人としての礼は尽くす」
「ふん。心の中ではアリィトイック様を闇討ちする予定を立てていたとしても、口ではどうとでも言えるからな」
被害妄想も甚だしいな。
そもそもの話だけど、アリクさんは闇討ち程度で倒せる相手じゃないだろう。
空を飛ぶ竜と渡り合うという話からすると、あの竜と同程度以上の力があるんだぞ。
仮に不意打ちが決まっても、勝てそうな道筋が思い浮かばないぐらいだ。
そんな相手と、わざわざ戦って命を落とすなんて真似、したいはずがないだろうに。
俺のこの考えが当たっているかのように、訓練場の片隅にあった人形が、アリクさんの魔法で粉々になっていた。
「あわわっ。えっと、こんなに強くなくていいからね。まずは、水の球を人形に当てることを考えて」
「分かったよ、アリィトイック様。がんばって、人形を壊せるようになる!!」
「う、うん。できたら、また魔法を教えてあげるから」
キラキラとした若いエルフの目で見られ、アリクさんは冷や汗が浮かんだ顔で苦笑いしていた。
その後で、微妙な空気が流れるこちらにやってきた。
「おや? どうかしたの?? はっ、まさか。さっきの失敗を見て……」
恐々とこちらを伺う様子に、俺とオゥアマト、そして狼は笑い声を漏らす。
「ぷふっ。そんなわけないじゃないですか。次はどこに行くのですか?」
「ゥワッ、グゥ!」
「こいつが警戒するように、変な匂いがするな。アリク、何か知っているか?」
先ほどの魔法なんて気にしていないという態度をとると、アリクさんは安心したような笑顔になった。
「なめし皮を作っているところが、近くにあるんだよ。その臭いだろうね。次はそこに行ってみようか」
気楽な調子に戻り、案内を再開する。
俺たちはアガックルとの間に見えない壁を作りつつ、アリクさんの後ろに付いていくのだった。、




