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百八十三話 森の主とは

 アットホームな歓迎会は終わった。

 お手伝いさんたちは、湯呑に入れたお茶を配った後で、個々の部屋に戻っていった。

 なので食堂にいるのは、俺とアリクさん、オゥアマトと狼だけだ。

 アリクさんはログハウスに不似合いな湯呑を啜ってから、こちらに目を向ける。


「さてっと、君たちがこの集落に来たのは、たしか森の主について聞きたいからだったね」


 俺とオゥアマトは頷く。

 アリクさんは少し考える素振りの後、真面目な顔で質問を一つした。


「なんでそんなことが知りたいか、教えてもらってもいいかな?」


 俺とオゥアマトは顔を見合わせ、まず俺が答える。


「大昔に森の主になった人間の成れの果てが、ゴブリンやオークといった人型の魔物だと聞きました。それが本当かどうか、知りたいと思ったからです」

「純粋な知的好奇心だと。森の主になる気はないということかな?」

「うーん。確約はできません。俺は将来の目標として、森の主を倒して領地を得る気でいます。もし、森の主になったほうが、その土地を守ることに最適なら、選ばないとは言えません」

「そっか。うん、正直なことはいいことだよ」


 にこりと笑った後で、アリクさんはオゥアマトに目を向ける。


「オゥトちゃんは、どう?」

「僕は機会があれば、森の主になる気でいるぞ。黒蛇族が辿るべき、最高到達点の内の一つであるからな」

「黒蛇族だから、森の主になりたいってこと?」

「いや。僕が強くなりたいと望んでいるからだ。その方法の一つに、森の主になるという選択肢があるというだけのことだな」

「うーん、ちょっと気持ちが分からないかなぁ……」


 アリクさんは苦笑いした後で、お茶をもう一度啜る。

 そして笑みを消し、こちらの真意を見透かすような目で、森の主について語り始めた。


「森の主というものはね、なっていいものじゃないよ。実際になっている、此方わたしが言うんだから間違いない」

「それは、どうしてですか?」


 意外な言葉だったので質問すると、アリクさんは言い困った顔になる。


「そうだなぁ。なった後の利点と欠点を話していこうかな」


 アリクさんは指を一つ立ててから、続きを話していく。


「まず欠点。これは単純で、常に領域を保とうとする意識が生まれ、森から離れたくなくなる。だから旅なんてできないし、活動範囲を広げようと思えば、隣接する領域の主を倒して併合しないといけない。人間社会の領地と領主に近い関係ってことかな」


 つづいて利点の話になる。


「主となって自分が治めるようになる森を、いろいろと改造できる。それこそ、植生から定住する動物と魔物まで、ありとあらゆる森のことを決めることができるんだ」

「ありとあらゆるって、何でもできるんですか?」

「本当になんでもだよ。地下水を常に綺麗にすることができる一方で、毒の水に変えることだってできる。土から生まれ出る石を、全て金や宝石のみにすることだって可能だよ。もともとは森の主となった個体が、自分と近しいものを生むための権能みたいだけどね」


 その話を聞いて驚いた。

 森の性質を弄ることのできる能力を使えば、前世の童話にあったジュースの出る泉や、油田だって作れるんじゃないだろうか。

 そう質問すると、苦笑いを返された。


「果汁や燃える油が欲しいなら、泉なんて大々的なものを産まなくても、生えている樹木を変えれば対応できるよ」


 ジュースの件はともかく、油田については誤解されたっぽいな。

 けど、原油の説明を『燃える油』以外に、どういったら適切かが思い浮かばなかった。

 そう悩んでいる間に、アリクさんの話は利点の二つ目に移っていた。


「次は、森の主になった瞬間に、とても大きな力が体に生まれるね」

「大きな力とはなんだ? まじないに用いるという力と、同じものなのか?」


 オゥアマトが聞くと、アリクさんは首を横に振る。


「体全体から生み出したり、お腹の奥底に溜まった魔力とも、もちろん筋力とも違う、不思議で異質な力さ。此方わたしは『変革する力』と呼ぶようにしている」

「変革力ですか?」

「そう。この力を使うと、領域にある色々なものが変えられる。生きてないものなら瞬間的に、生き物でも時間をかけてゆっくりとね」


 にわかには信じがたく思っている俺とは違い、オゥアマトは納得した顔だ。


「なるほど。森の主となったものが精強なのは、その力を使って自分を改造したからなのだな」

「その通り。誰かになり替わられないように、主となった多くの生き物や魔物は、まず自分を作り変えるね。より屈強に、より体を大きくってのが主流かな」 


 失礼だとは理解しているけど、アリクさんの容姿を改めてじっくりと観察する。


「……アリクさんは、集落周囲の森の主なんですよね。その割には、ほかのエルフの人と見た目が変わってませんけど?」

「まあね。此方わたしは強さじゃなくて、肉体と精神の劣化を防ぐ方向で体を改造したから、見た目は主になった当初のままだよ」

「なんでそんな風に、その便利な力を使ったんですか?」

「簡単だよ。此方わたしはね、結果よりも過程を重視する気質なの。だから、誰かに与えられた力で強くなるのは、ずるっぽくて嫌いだったってだけ」

「肉体と精神を弄るのは、いいんですか?」

「劣化を防いだだけで、強くなってはいないから、許容範囲でしょ?」


 何が問題かわからないという顔だ。

 心身の改造を許すことは、エルフの価値観なのか、それとも精神を弄った結果得たアリクさん独自のものなのか。

 気にはなるけど、俺は口を噤む。本人に尋ねるには、失礼に過ぎる質問だと思ったからだ。

 そこにアリクさんから、自己改造の補足説明が入った。


「君たちが森の主になった後のために、助言するけど。肉体や精神を大きく変貌させる方向に、この力を使わないほうがいいよ。肉体だけを弄っても、精神性が体に引っ張られるし、逆もまたしかりだから。そうねえ――」


 言葉を区切ると、オゥアマトに指を向ける。


「仮に、森の主になったオゥトちゃんが強くなりたいと思って、物凄く先頭向きに体を作り変えたとしましょう。すると、その肉体を十全に発揮させるために、半ば自動的に知性や価値観が戦闘向きに書き換わってしまうんだよね。悪くすれば、知性を失って新たな魔物になってしまうかな」

「……それは危険だな。知性なき強者は戦士ではない。単なる厄災だ」


 問題を理解した風のオゥアマトが、硬い口調で言う。

 その反応に、アリクさんは微笑む。


「そうね。だからこそ、自分とほぼ変わらない程度に、自己改造を留めておくことをお勧めするわ」

「話は分かりましたけど、よくそんな問題点を知ってますね」

「魔物で実験して、この力の使い方を確かめてみたんだよ。訳の分からない力を、真っ先に自分に使うだなんて、怖くてできなかったんだよねー」


 さらりと酷いことを言っているけど、理解できなくもないと思った。

 そして同時に、疑問が湧いた。


「その変革力って、使ったらなくなる類のものなんですか?」

「なくなっちゃうね。なくなるからこそ、あのはた迷惑に飛ぶ竜が森の主を次々に襲撃して、新たな変革力の取り込みに勤しんだんだから」

「……ということは、とてもあの竜が強いってことですか?」

「あははっ。そうそう上手く話しはいかないものさ」


 アリクさんは本当におかしそうに笑い、笑顔のままであの竜について話し始めた。


「あの竜はね、自分の改造に全ての変革力を使ったみたいなんだよ。そこで、肉体を改造すると精神にも作用するという話に繋がるわけなんだけど。あの竜、知性なんて欠片もないようなんだよね」

「そうなんですか?」

「本能剥き出しな野生に帰っちゃった精神性になったから、敵わないと分かっている此方わたしに挑むのを止めちゃったんだよね。ちょっと前までは競い合う相手にちょうどよかったんだけど、罠という罠にはまるような知性のない獣なんて、こっちの相手にもならなくなっちゃった」


 残念という口調だからこそ、本気でそう思っていることが伝わってくる。

 ということは、アリクさんにかかれば、あの竜を簡単に倒せるってことだよな?

 見た目が細い体なのに、どこにそんな力があるんだろう。

 俺がアリクさんの腕あたりに視線を向けていると、勘違いしないでと身振りしてきた。


「腕力で倒せるわけないでしょ。魔法だよ魔法。エルフなんだから、魔力を使うに決まっているじゃないか」

「そう、なんですか?」


 俺がおずおずと聞き返すと、アリクさんが逆に驚いていた。


「あれ? 人間の世間でも、エルフは魔法の名手って話ぐらい、流れていると思ったけど?」

「……すみません。聞いたことありませんでした」

「おかしいなぁ。長い年月で、話が消えちゃったのかな? それとも弓使いの方が、話として主流になっているとか??」


 二人して首を傾げていると、オゥアマトが口を差し挟んできた。


「アリクは呪い師だという認識でいいのか?」

「あ、うん、そう思ってくれていいよ。長い年月研鑽を積んだからね。人間の魔導士なんて足元にも及ばない、大魔導士とも呼べる存在なんだぞ」


 エッヘンと胸を張る。

 物凄く真っ平で、アリクさんが男女どちらか、相変わらず判別ができなかったのだった。

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[一言] 中盤の 「仮に、森の主になったオゥトちゃんが強くなりたいと思って、物凄く先頭向きに体を作り変えたとしましょう。 戦闘でいいかと。
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