百八十二話 森人(エルフ)たち
アリクさんに連れられて入ったエルフの集落は、黒蛇族と同じように森の中にあった。
けど、ちゃんとした木の壁で周囲が囲まれていて、出入り口には格子の門が作られているという違いがあった。
不思議だなと思いながら見ていると、アリクさんの解説が入った。
「此方たちは、寿命がないと言われるぐらいに、長く生きる種族なんだけどね。子供の期間が他の生き物より長いから、ああした防備が必要になるんだー」
「長いって、どのぐらいですか?」
「まず胎児が生まれるまで三年かかるね。乳飲み子から幼児まで五年ぐらいと早いけど、幼児から少年に、少年から青年に、青年から大人になるまで、それぞれ十数年ずつかかるかな。」
要するに、成人するまで五十年ぐらいかかるらしい。
それだけの期間、守り育てることを考えると、あれぐらいの防備じゃ足りない気もするけど……。
懸念を抱いていると、アリクさんに微笑みかけれた。
「そんな風に弱い期間が長いけど、大人になったら他の生き物より強いんだ。しかも果てなき長寿だから、さらに実力を伸ばしてもいける」
「つまり、アリクさんに勝てる生き物は、どこにもいないと?」
「だいたいの相手には勝てるねー、って。いま、此方のこと、年寄扱いしたでしょー」
このこのと、アリクさんは俺の体をぺしぺしと叩き始めた。
前世にいた年の離れた従姉を思い出す行動だけど、初対面の相手なので、どうしたらいいか反応に困る。
大人しく叩かれ続けていると、こちらに近づいてくるなにかの気配を感じた。
顔を向けると、槍や弓矢を手にした緑肌の人たちの姿が見えた。
先頭を走る一人が、こちらに向かって大声を放ってくる。
「アリィトイック様! 無断で集落の外に出るのはお止めくださいと、何度も申したではありませんか!!」
彼に怒鳴られて、アリクさんはうげーって顔になった。
「あの人、苦手なんですか?」
「苦手っていうか、エルフは大らかな性格が多いんだけど、あのアガックルはかなり細かくてね。たびたび衝突しちゃうんだ」
「それ、苦手って言っているようなものだと思うんですが?」
そんな受け答えをしている間に、アガックルという男性に見えるエルフが近づき終えていた。
「アリィトイック様。あなたはこの集落で、一番に必要とされる方です。なのにおいそれと外に出られてしまわれたら!」
「ええー、そんなに怒るほどのこと? 此方が招待した子がきたから、自分で迎えに行っただけだよ?」
「そんな些事は、他の誰かにやらせればよろしいことです!」
「でも、みんな基本的にのんびりとした人ばかりだから、迎える前にこの子たちが集落についちゃうと思うけど?」
「そうなったらなったで、その時に対処すれば構わないではありませんか!」
「ええー。久々のお客さんを迎えるのに、それは礼儀を失していないかな?」
二人の言い合いに、俺はこっそり他の武装したエルフの人たちを見やる。
男女のほぼ全員が、二人の言い争いを孫を見る祖父母のような目で眺めている。
どうやら、大らかな性格なのは、本当らしい。
もしくは、彼ら彼女らがそんな態度になるほど、この光景は見慣れたものということだろう。
言い争いの果てに、折れたのはアガックルの方だった。
「はぁ。終わったことですので、もういいです。それで、こちらの二人――と一匹が、アリィトイック様が招いたという?」
「そう。こっちの男の子がバニーくん。黒蛇の子がオゥトちゃん。それでそちらの狼が……なんて名前だったかしら?」
「名などないぞ。狼は狼だ」
「ゥオン!」
オゥアマトが告げ、狼の魔物もそれで不満なしとばかりに吠えた。
アリクさんとアガックルは、それで納得したようで、話を先に進ませていく。
「アリィトイック様が招いたからには、二人と一匹の面倒はお願いいたしますよ」
「大丈夫だよー。久しぶりのお客さまだから、集落のみんなだって放って置かないはずだしね」
「それは面倒を見るとは違うと思うのですが」
「もう。そんなに細かいと、アガックルは将来、木くずになっちゃうぞー」
そこで周囲のエルフから、小さな笑い声が漏れた。
どうやら、さっきの木くず発言は、エルフ独特の冗談のようだ。
対するアガックルは毅然と返す。
「木くずになろうと結構です。そうなれるほど、アリィトイック様にお仕えできたということですからね」
「ええー。此方に仕えることじゃなくて、人生を楽しむ方向で生きがいを持とうよー」
「いいえ。誰になんと言われようと、この役目を他の誰かに譲るつもりはありません」
「此方の世話役って、そんな固執するほどの役目じゃないんだけどなぁ。あ、もしかして、アガックルって此方のこと好きで、手放したくないとか思っていたりする?」
「……何を言うかと思えば。長く生きすぎて、とうとう頭から樹液を出せるようになったようですね」
この切り返しに、また周囲のエルフたちから笑い声がでた。
アリクさんも、笑っている。
「あははっ。うん、そうだったら面白かったんだけどね。あいにく、まだ頭に虫は集ってこないね」
「なら、頭の中は琥珀が詰まっているのでしょう。琥珀の中に虫がいないか、確かめてはどうですか?」
ここでまた、エルフたちは笑う。
うーん。エルフの冗談って、高尚過ぎて理解できない。
オゥアマトと隣の狼も首を傾げているから、俺と同じ気持ちなんだろうな。
俺たちが困惑していると、アリクさんが笑い顔のまま謝罪してきた。
「あはははっ。いや、ごめんね。内輪だけで盛り上がっちゃって。さて、集落の中に入ろう。ご馳走を用意させてあるから、楽しみにしててよ」
アリクさんが話は終わりと身振りすると、エルフたちは笑うのを止めて、さっとこちらを取り囲む。
けどそれは、捕まえるためじゃなくて、俺たちを集落まで護衛してくれるためだった。
このとき、彼ら彼女らの俺たちを見る目が気になった。
多くの人は孫を見る祖父母のような視線で、数人は興味のない顔をしている。
そんな中、唯一といっていいほど、アガックルはこっちを警戒する目を向けていた。
その様子に、アガックルってエルフらしくない変わった人なんだなと、思ったのだった。
集落の中は、ログハウス風の家が立ち並んでいた。
見る限りでは、前世にあった物と遜色ないほど、しっかりとした家に見える。
その上、装飾も凝っている。
模様が掘られた洒落た手すり。網で吊るされている鉢植え。木管で音をだす風鈴。安楽椅子に可愛らしい柄の毛布。
言い方は悪いかもしれないけど、前世の西洋の片田舎にでも飛ばされたかのような風景だ。
オゥアマトもこの景色に驚いているようで、しきりに家を眺めている。
「ふむっ。丸太を積み上げて家にするとは贅沢だな。虫に食われたら、補修が大変そうではある」
感心する点はそこなんだと思っていると、アリクさんが大丈夫だとオゥアマトの懸念を否定した。
「家を作る際に、虫よけと防腐処理をしてあるから、子供から大人になるまでは優にそのまま使えるよ」
判断基準は人間ではなくエルフだろうから、五十年は軽く保つということだろう。
なんだか凄い技術っぽいなと思っている間に、ひときわ大きな家の前についた。
そしてアリクさんが、その家の扉を開ける。
「ここが此方の家だよ。ささ、お二人と一匹さん、中に入って入ってー」
アリクさんが俺たちを手招きすると、ほかのエルフの人たちは、役目が終わったとばかりにあっさりと去っていく。
アガックルも立ち去るが、他のエルフたちとは違って、俺たちとアリクさんをチラッと見ていたのが印象的だった。
それは置いておいて、家の中に入ってみると、またもや驚いた。
内装は木材ばかりだけど、装飾やら造形やらが凝りに凝っていて、明らかに豪邸な趣があったからだ。
その上、ニスを塗ったかのような艶が各所にあって、高級感がただ事ではないほどある。
思わず呆然とする俺の鼻に、いい匂いが漂ってきた。
触発されて、俺のお腹がぐぅっと鳴ってしまった。
「あっ……」
慌てて押さえても、しっかりとアリクさんに聞かれてしまっていたらしい。
「あはっ。うんうん、若いとそいういう事もあるよね。ささ、食堂に行こう。お手伝いさんが、大量の料理を作ってくれているはずだからさ」
アリクさんに導かれ、いい匂いの元――食堂に入る。
丸太を縦半分に切って作られた長机の上に、いろいろな料理が乗っている。
多くは野菜を使った料理のようだけど、献立を見て驚いた。
前世の日本で見知った見た目の品が、いくつかある。
その中でも一番似ているのは、白いペーストの山に、赤い丸や緑色の四角があり、潰された卵もその中に見える料理。
見た目だけなら、前世でよく食べたマッシュポテトそのままだ。
料理に見入っていると、アリクさんが笑みを向けてきた。
「どうやら、お気に召してくれたようでよかったよ」
「あの、この料理って?」
「あ、もしかして、人間の料理にはないものがあったかな?」
そうじゃないけどと言葉を濁すと、アリクさんが苦笑いする。
「エルフは長生きで凝り性だから、料理開発とかもよくやるんだよ、日々の食事をより美味しくってね。見慣れない料理が多いとおもうけど、味は保証するからさ」
アリクさんの言葉を聞くに、どうやら料理が前世と似ていたのは、その料理開発の末の偶然のようだ。
そう知ってよく見ると、ところどころ違いがあると分かってくる。
なんだそういうことかと、納得半分失望半分の気持ちになる。
その後、アリクさんに促されて席に座り、歓迎会が始まった。
出席は、僕らとアリクさん、そして料理を作ってくれたというお手伝いさんが四人。
なんとも、アットホームな歓迎会だ。
「それじゃあ、皆で楽しく食事をしよう」
そんな軽い開会の音頭の後で、各々が料理を食べ、喋り合う。
その中でときおり、四人のお手伝いさんは、俺とオゥアマトの世話を焼きたがった。
「ほら、遠慮しないで。たーんとよそってあげるから、お皿を貸してね」
「これが一番の自信作なんだ。食べてみて、食べてみて」
世話の焼き方が、お客に対するものというより、孫に対するように感じられるのはなぜなんだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、進められるがままに料理を口にする。
記憶にある前世の似た料理よりも、かなり美味しくて、ちょっと複雑な気持ちになった。
明日は、更新をお休みする予定です。




